15話 フェリオンがっかり回
よろしくお願いします
やられた。
フェリオンは、魔法塔で怒りに飲み込まれないように自分を抑えていた。
塔主からの呼び出しに嫌な予感はしていたのだ。
目の前の塔主が新しいローブを差し出す。
それは、父リューディガーが身にまとうものと同じ、魔法塔幹部の証だった。
白い髭をたくわえた塔主は、いかにも温厚そうな笑みを浮かべて告げた。
「フェリオン・スヴァルトハイムよ。先の聖女召喚、見事でした。これからの活躍も期待していますよ」
「………ご期待に応えられるよう、精進いたします」
丁寧なお辞儀をし、恭しく受け取る。
ローブの布が腕に落ちる。その重みが、研究室の扉を静かに閉ざす錠のように感じられた。
――要するに、聖女召喚の功績で昇進だ。ちくしょう。
フェリオンの研究は魔力の質そのものに関するものだ。誰かに任せられるような代物ではない。
ここ一年は召喚の準備で研究自体は進まなかった。しかし、魔法陣の特性自体が、研究の生きた資料となり得た。白と黒の魔力を分離して利用したあの魔法陣。あれを流用して他の魔法陣や魔道具を作れないものか。
色々と夢が広がるが、今の彼の状況がそれを許さなかった。
幹部の仕事に忙殺されるこれからを思うと、研究を断念せざるを得ないと理解している。
それでもフェリオンは、表情を崩さず塔主に微笑み、一礼して辞した。
廊下に出ると、背後から父の声がした。
「行くぞ」
「……はい」
どこへ、とは聞かなかった。どうせ拒否権などない。
連れて行かれた先で、彼の視界に柔らかな光が差し込んだ。
そこにいたのは、亜麻色の髪が印象的な少女。
あの、召喚陣の中から現れた聖女だった。
「はじめまして。羽黒山みひろです」
透き通るような声。整った顔立ち。
彼女が微笑むだけで、部屋の空気が明るくなるようだった。
「はじめまして。フェリオン・スヴァルトハイムと申します」
礼を取ると同時に、彼女の魔力がふわりと流れ込む。
圧倒的に白い光が、静かに身体の内側へ染み込んでくる。
その瞬間、心が穏やかに鎮まるのを感じた。
「スヴァルトハイム……リューディガー様と同じですね」
「私の息子です。明日からみひろ様の魔法の指導を致しますので、ご挨拶に参りました」
背後から父の声。フェリオンは思わず眉をひそめた。
さすがに、それは事前に言っておいてほしかった。
「そうなんですね。よろしくお願いします、スヴァルトハイム先生」
毒気のない微笑みを向けられ、フェリオンは確信した。
――やはり、父に嵌められたのだ。
ローブの下の手が冷える。
召喚チームへの推薦も、幹部昇進も、すべてこのための布石。
父は、最初から聖女教育係に据えるつもりだったのだ。
あの「よくやった」という言葉も、喜びの称賛ではなく──
“計画どおりに進んだな”という意味だったのか。
駄目だ。これ以上考えるのは。
手足が震える。血の気が引くのがわかる。
自分がどんな顔をしているか分からなくなる。
フェリオンは自分に言い聞かせる。
いつもの事だろ、傷ついてる場合か。
ほら笑えよ。
フェリオンは瞳を細め、口の端を少しだけ上げた。
みひろの頬がぱっと染まった。
それほど美しい笑みだった。
「どうぞ、フェリオンとお呼びください。聖女様のお力になれる事、身に余る光栄でございます。何卒よろしくお願い致します」
聖女の白い魔力が部屋を包み、光の粒が空気を撫でる。
まぶしくて、暖かい光。
フェリオンはその輝きの中で礼を返した。暖かさに気持ちは穏やかになるのに、重石は残ったままだ。気分が悪い。心が胸の奥でなにかが軋んだ。
……何が聖女だ。
魔力は満ち足りても震えを止めてはくれない。
こんな考え、ただの八つ当たりだ。でも、願わずにはいられない。
彼女は聖女なのだから。
ありがとうございました




