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14話 クロードよしよし回

よろしくお願いします


あれから、クロードは毎晩、黒髪の彼女の部屋を訪れた。


「こんばんは。今日も、穏やかな夜だな」


声をかけ、頭を撫でる。彼女から反応が返ることはない。

クロードは悲しそうに彼女の頬を撫でる。

彼女はあの夜一命を取り留めたが、今日まで目を覚まさないままだ。

クロードの瞳に影が落ちる。


フェリオンは毎日のように魔力で彼女を治療していた。

日々の世話はメイドのリゼに一任していた。

クロードは毎日リゼやフェリオンから彼女の様子を聞き、夜に見舞う事しか出来なかった。

彼女のケアに関して、彼は無力だった。


「意識がなくても聞こえているから、時間がある時話しかけて」


フェリオンにそのような事を言われてからは、寝る前の少しの時間この部屋で過ごすことにしていた。


窓辺の月を背にして、彼はそっと椅子に腰を下ろす。

灯りは月だけでいい。起きているのは自分だけなのだから。



最初は何を話していいか分からず、仕事の報告のようだった。


「今日宰相のマグヌス殿と初めてお会いした。君の事は、かん口令をしくらしい。隠されていた方が、君が安全だと言う判断だ。」


「隠された君のことを、『渡り人』と呼ぶみたいだ。堅苦しいと思うが、名前が無い以上俺もそれにならおうと思う」


「君を斬った男は、マクシミリアン伯爵家の三男。今は白の騎士団に留置されている。俺は、あいつを許すことは無いだろう」


渡り人はクロードの言葉に反応せず、すやすやと寝息を立てていた。

それでも彼は、毎日寝台の横に座った。


一度も話したことのない相手なのに、慣れとは怖いものだ。眠り続ける人間に話すことが日課になってきた。


今日の出来事。部下や訓練の話。質の落ちた野菜や肉の味。果実酒の香り。剣の重さ。戦地で抱えた痛みや恐怖。

時には、自分の未熟さと、戦地での学びを思い返し、吐露することもあった。


戦地で培った感覚は、今も彼の身体に残っていた。肩の力の入れ方、剣を握る手の硬さ、心拍の乱れの調整。すべてが彼を守るための過剰な条件反射となっている。

目の前の小さな黒髪の乙女に対しても、自然と守る姿勢を取る。

眠る彼女を見つめ、騎士としての緊張と決意を、胸に熱く抱くのだ。





ある雨の夜、窓に打ち付ける雨粒が、あの日の惨劇を思い出させた。


最近は話題に困らない程度には話していた口が、今日は重い。

彼の脳裏に広がる、黒髪の渡り人の歪んだ顔。騎士服に広がる彼女の血の感触。怯えた若い騎士。


知らず、クロードの膝に置いた拳が震える。


あの時、咄嗟に伸ばした手が君を掴んでいれば、城にいる聖女みひろ様と同じ待遇を受けていたかもしれない。


「……俺は、君を守りたかったんだ。

自分の未熟さが、憎い……」


震える手で、名も知らぬ彼女の手を取り、自らの頬に添わせる。

ふわりと、甘くて爽やかないい香りがした。

彼女は温かくて、柔らかくて、生きている。

その事実に胸が詰まる。

生きているのに。

どんな風に笑うのか、どんな風に話すのか。

知る術はない。

クロードの眉間に深いしわが刻まれる。

目を閉じ、祈る。

どうかせめて、夢の中は穏やかであるように。

こんなことしか出来ない自分が歯がゆかった。

「…すまない」

クロードの口から小さくもれた。



その時、彼女の指先がわずかに動いた。


「え……い……」


驚きと胸の高鳴りで、クロードは息を呑む。


「……えらい……えらいね」


思わず彼女の手を離すと、その手がふわりとクロードの頭を抱き寄せる。

柔らかな手が、彼の緊張をそっと撫で解す。

剣を握る手も、盾を構える肩も、今はただ、守るべき人が触れる温かさを感じている。


眠っているはずの彼女の、夢の中からの慰め。


騎士として鍛え抜いた心でさえ、溶かされてしまいそうな。


静かで柔らかな奇跡だった。



---


以来、朝な夕な彼女を見舞う事がクロードの「日課 」になった。

彼女の口から発せられる言葉は短い。


「すごいね」「いい子」「かわいい」


こちらの感情が揺れたときにだけこぼれる、小さなおき火のような言葉。

それだけで、クロードは戦場で鍛えた心をさらに溶かされ、決意は日に日に固まった。

守る意志を、強く確かめる。

彼女のそばに座るだけで、剣や盾を手にしていたときの感覚が蘇る。


騎士としての矜持とこの身を溶かす温かさ。決意と安息が同時に胸を満たす。


そしてある日――

いつものように布団に頭を乗せる。こうすると彼女の呼吸を感じられて安心する。

眠る彼女がクロードの頭を撫で、そっと言った。


「……クロ」


クロードは体を震わせた。

「……え? 今、なんて……」


「クロ」


もう一度、彼女は繰り返した。それは彼の本当の名前ではない。けれど、間違いなく、この場で彼女が自分に向けた唯一の呼び名だとわかった。


涙が零れた。


戦場でも、城内でも、決して見せなかった感情が、胸の奥からあふれ出す。


「クロ……俺の名前、知らないはずなのに……」


彼女はクロードの頭をきゅっと抱きしめた。


「クロ…いい子…」


優しく、慈しむように囁く。


騎士として剣を握り、冷静を貫いてきたクロードは、その夜、彼女の胸の中で静かに泣いた。


名前も、過去も分からない異世界の少女。

しかしその声が、クロードの胸の熱をしっかりと受け止め、彼の使命感をさらに強く燃え上がらせた。

戦場で鍛えた心と身体が、彼女の傍らでようやく誓いと出会う。それが安らぎと喜びに変わる瞬間だった。


屋敷の一室。

眠る黒髪の乙女と、彼女を守り続ける騎士。

夜ごと流れる静かな時間が、彼らの間に小さな絆を紡いでいった。


目を覚ます日は、まだ遠いかもしれない。

それでもクロードは信じていた。

――彼女の心は、確かにこの世界にある。

いつか、その瞳で自分を見つめ返す日が来たら、そのときこそ、全力で守るのだと。



ありがとうございました

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