13話 たった一言、それだけで
よろしくお願いします
「おかえりなさいませ、フェリオン様」
スヴァルトハイム邸の門を開けただけで声がかかるとは思わず、フェリオンは心臓が止まるかと思った。
まだ朝の五時だと言うのに家令のテオは元気だ。おじいちゃんなのに。
「ただいま。父上はいるかな」
仕事の朝帰りなのは承知しているくせに、テオは随分と険しい顔をしている。
「お待ちです」
言葉少なな老紳士テオは邸に手を伸ばした。フェリオンはため息をついた。父上も起きているのか。
庭園を重い足取りで進み、執務室で待っているであろう父リューディガーになんと言おう。
一言発しただけで全てを察してしまう父上に、黒髪の彼女の事を上手く説明できる気がしない。
「遅かったな」
「た、ただいま戻りました」
まさかのエントランスにいた父は、開口一番フェリオンを咎めた。
銀の髪を後ろに撫で付け、服装も仕事用のローブだ。フェリオンは彼の寝癖を見たことがない。
対してフェリオンはクロードのブカブカの服だし、急いで帰ってきたから髪も乱れていた。昨日の血と汗と雨でぐちゃぐちゃの服よりはマシだが。
フェリオンは笑顔で挨拶をし、そのまま真顔の父リューディガーと彼の執務室へ向かう。
「羽黒山みひろ様という」
連れ立って歩いていると、突然父が言う。
いつもそうだ。
こちらが分かっていると思って話をしてくる。
フェリオンは瞬きする間に頭をフル回転した。
父は昨日召喚成功の朗報を聞いて王城に足を運んだに違いない。
きっとそこで彼女に会ったのだ。あの、亜麻色の髪の少女に。
彼女はみひろ様というのか。
「溢れる魔力に、私はおののきました」
答え合わせはせずにフェリオンは会話を続ける。いつもの小さな意地だ。
いつか父に読み勝ち、聞き返させてやるのだ。
「まあ、聖女であるからな」
さして興味もなさそうに父はつぶやく。
聖女の性質があのようなものであると、父はお見通しだった訳か。
フェリオンの気持ちが沈む。昨日召喚された彼女の魔力に驚いた自分が、急に恥ずかしくなった。
フェリオンはクロード邸で作ったばかりの書類を書斎の机に置くと、すぐにリューディガーはペラペラとめくり出した。
相変わらず読むのが早い。
では、失礼します。
そう言おうとした矢先。
「かけなさい」
フェリオンは驚きながらも、促されるままに革張りのソファに座った。
珍しいことだった。
書類に不備がない限り、リューディガーは書いてあること以上に内容を理解してしまうので、座ってまで話すことはないのだ。
ちなみに今回の書類は時系列に内容をまとめていた。
ざっくり言うと、
『王賊、召喚チーム、騎士団立ち会いの元召喚の儀開始
亜麻色の髪、琥珀色の瞳、白い装束の女の召喚①
アデル王子昏倒
退室人数と名前
その場に留まった人数と名前
黒髪黒目黒装束の濡れた女召喚②
白の騎士団所属の騎士が②を攻撃(騎士は黒の騎士団に取り押さえられる)
②を黒の騎士団部隊長が保護(スヴァルトハイム同行)
ラングレイ邸にて治療を受け、②は治癒、昏睡』
このような感じだ。
因みにこの女をラングレイ邸に置き、魔法塔と黒の騎士団で見守る要望を書いている。
「あの、書類に不備が?」
恐る恐る尋ねると、リューディガーは書類から視線を外し、その紫の瞳を息子に向けた。
感情の読めない顔をしている。フェリオンは緊張して手のひらに汗をかいた。
「よくやった」
フェリオンは目をみはった。
たった一言。
それだけで、自分の全てが報われた気がした。
その一言のために、フェリオンは心の中でリューディガーと張り合っていたのだ。
ずっと届かないと思っていた言葉が、ようやく自分の胸に届いた。
「それで」
「は、はいっ!」
目頭が熱くなるのを堪えてフェリオンはリューディガーの言葉に返事をする。
「午後の会議は私も出る」
えっ、と?これは。書類を自分で持っていく、とかかな?
「その報告書は、宰相様に頼まれた物ですが」
リューディガーの眉間にほんの少しだけシワがよる。
「それは分かる。彼と私は打ち合わせの上会議に出席するのだ」
「はい。ええ……」
ダメだ、寝不足と疲労でなんの話ししてるのか分からん。
フェリオンが戸惑いの表情を浮かべると、リューディガーはその長いまつ毛に彩られた形のいい瞳を伏せた。
「便宜を計って欲しい事案があるなら今言いなさい」
初めての提案に、フェリオンは驚きを隠せなかった。
興味のないような顔をしていても、聖女召喚は彼の中でも大事だったのか。
「はい。では、」
「待て、渡り人の秘匿はもう決定している」
渡り人とは、きっと昏睡状態の黒髪の彼女の事だろう。
「マグヌス殿にはラングレイ邸に護衛を派遣し、渡り人の経過観察と健康管理はフェリオンがするよう話を通しておくから安心しなさい」
提案を許されているはずなのに先んじて提示されてしまった。
「では、私の方からは特には」
「欲のない子だ」
言いながら、リューディガーの紫の瞳の奥に、かすかな光が揺れた。
それが何なのか、フェリオンには分からなかった。
ありがとうございました




