12話 斬った奴の話
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夜半、城の地下にある拘束室。
湿った石壁と蝋燭の明かりが、淡く影を揺らしている。
重い扉の前に立つと、部下が無言で敬礼した。
「中にいるのは……マクスウェル伯爵家の三男、レオナルト騎士見習いです」
「分かっている」
扉を開けると、椅子に縛られた若い男が、縄を軋ませて暴れた跡を残している。
貴族の子弟にしては体格は良いが、鍛え上げられた兵士のそれではない。
その視線には、反省よりも不満が色濃くにじむ。
「ルーカス団長……俺は悪くない。あれは魔物か何かが人間の形をしているだけだ!」
「黒髪黒目の女が、魔物に見えたのか」
冷ややかな問いに、レオナルトは言葉を詰まらせた。
「……貴方はアレを見てもいないじゃないか。それに、あの場にいた魔法使いどもも、庇おうともしなかった」
「答えになっていない。お前は魔法陣内で、召喚直後の渡り人を斬った。神聖な聖女召喚の場を穢した罪は重いぞ」
「渡り人? 人かどうかも分からないのに……」
「判断するのはお前ではない。少なくとも――騎士見習いごときではな」
ルーカスは机に分厚い報告書を置いた。
「お前が斬った女は現在、昏睡状態だ。命があるだけ奇跡。貴様が首の皮一枚で繋がったことを、クロード・ラングレイ部隊長殿に感謝する事だな」
クロード名にレオナルトはカッとなった。
卑しい黒の騎士団。平民の寄せ集めの部隊長ごときに、感謝だと!?
反射的にルーカスを掴みかかろうとして、拘束に阻まれる。縛られた椅子の足がガタガタ鳴る。
レオナルトは荒い息を漏らしながらルーカスを睨む。
「……俺はマクスウェル家の者だ。召喚にだって貢献した。魔石だって、うちから出さなければ召喚自体出来なかったくせに――」
ルーカスは彼の肩書きを思い出す。
マクスウェル領は魔石の産地として知られている。その恩に騎士団は逆らえず、結果この若造を現場に出す羽目になった。
――若い者に経験を積ませるなどと、誰が言い出したのだったか。
「魔石の件は感謝している。だが、騎士団は商取引の恩を盾に罪を軽くする場所ではない」
ルーカスの声は低く、鋭かった。
「お前の行動は騎士団の名を汚し、召喚儀式そのものを危険に晒した。
処分は重い。家の名も、お前を守れはしない」
若者の顔色が変わる。
「その一言一句覚えたぞ。父上に言って……」
「言え。お前の父は分別のある人物だ。息子が何をしたかを知れば、私と同じ結論に至るだろう」
ルーカスはゆっくり立ち上がる。
その厳しい眼差しには侮蔑の色が濃い。
「白の騎士団は近衛の騎士だ。王族を直接護る立場のものが判断を誤り反省もない。――軍法会議にかける価値もない」
扉がゆっくり閉まる。
蝋燭の炎が一度だけ震え、拘束室には若者の荒い呼吸と、石壁に染み込む湿気だけが残った。
扉の向こう、ルーカスの足音が遠ざかる。
レオナルトの独善的な正義の炎は、彼が眠りについても黒い瞳の女をちらつかせ、やがて誰の目にも見えぬ形で静かに歪み続けていった。
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