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10話 黒髪黒目のヨーコ

よろしくお願いします。

私、薬莱ヨーコはとうとうひとりになった。


両親はもうなく、ばあちゃんは10年前に病気で逝った。じいちゃんと猫とのんびり田舎暮しをしていたけれど、今週じいちゃんも逝ってしまった。


病室で旅立ったじいちゃんを前に呆然としていたのは少しの間だけだったように思う。


親戚や近所の人達に手伝ってもらいながらなんとか葬儀を終えたのが今日の事で。

1人になったら急に体も心も脱力してしまった。


まとめていた髪を解き、夕日が差し込む畳に喪服のまま体を横たえた。


この家こんなに広かったっけ。


木々のざわめきや虫の声が部屋中に響く。


私は家も村も大好きで、バイトもそこそこに家の仕事や村のお年寄りの手伝いばかりしていた。

村の人達は大好きだけど、今は誰にも会いたくない。

会いたい人たちはもういないのだと突きつけられるから。


「どこかへ行ってしまいたい」


ぼんやりとした頭で、そんな空想を呟いた。

心に暗くて深い穴が空いたようだ。

ばあちゃんが亡くなった時はじいちゃんが居たからなんとかなったけれど、1人になったら色んな思い出が溢れるばかりで動けない。


畳の感触を確かめるようにゴロゴロしていたら、着替えるのも忘れ寝入っていた。


ふと、猫が鳴いたような気がした。


「クロ?」


黒猫だから安易にクロと名付けた我が家の猫は、果たしていつから食事をしていないのか。


ご飯、あげなきゃ。


真っ暗な部屋の中、覚めきらない頭で立ち上がると、猫が足に絡んできた。着慣れないタイトな喪服のスカートも相まって、あっと思うまもなく転倒してしまった。


倒れた先は畳ではなかった。

ザブンという音と共に、どこかの深い水流の中に落ちた。


川!?


パニックになる中、肺の空気が水に溶ける。


息が!


手足をバタつかせてもどこにも触れない。

激しく渦をまくような流れに逆らえず、意識が飛びそうになる。

しかし次の瞬間。


ビタンっと手のひらが、地面を打った。肘も膝も打った。

体がびしょ濡れで酷くだるい。

痛みに身を捩りながら、石のような硬い地面に混乱した。

畳は?川は?ここは?

髪から滴る水が目に入って開けられない。


「いっ痛。……クロ?」

目を閉じて痛みが引くのを待ってから、顔を袖で拭って目を開く。一瞬溺れたのもここが家じゃないのも納得いってないが、とりあえずクロには足にじゃれるなと言ってやらないと気が済まない。

しかし、そこには猫はいなかった。


ここはどこだろう。


よく見えないけれど、天井は高くて闇に溶けているし、薄暗い建物内は壁に付いた松明のような灯りと地面からの青白い光で照らされていた。


石造りの大きなお城か教会か。重要建造物の雰囲気にたじろいでしまう。


何、ここ。


人がいる。皆日本人ではなさそうだ。騎士と、魔法使い?中世風の装いの彼らは、驚いた顔で私を見ていた。


起き上がろうと身動ぎすると、近くにいた金褐色の髪をした、白い鎧の男が剣を構えた。


鋭い敵意に、ぞわりとする。


鎧も真剣も見たこともない私は怯んだ。野生動物にでもあった時のように、目をそらせば最悪なことが起こる予感がした。


恐怖に身を震わせながらお互い何秒そうしていたのか。実際には一瞬だったかもしれないけれど。


私の濡れた髪から一雫、瞳を濡らして私はまばたきをした。


それが合図であったかのように、若い騎士は悲鳴のような大声を上げて私に斬りかかって来た。


「やめろ!」


後ろから声が上がる、目の前に若い騎士の切っ先が閃いた。


身体を貫く強い衝撃。


金属音。


私はどうすることも出来なかった。


切っ先は私の体に届き、激烈な痛みが私を襲った。

なにが起こったのか理解しないまま、喉に鉄臭く生暖かい液体がせり上り、手足は震えた。


視界が狭まり起きていられない。なんとか私を斬った騎士を見つけると、彼は怯えた表情でこちらを見ていた。


ああ、なにこれ。


意識を手放す瞬間、喧騒が耳に残った。


****



私は、眠りの中で長く続く夢を見ていた。


祖父母と暮らした茶の間。縁側。畳の匂い。雨の音。


小さい頃から飼ってる黒猫の「クロ」が、彼女の胸元に乗ってくる。


「よしよし、可愛いね、クロ……」


撫でるたび、猫はゴロゴロと甘えた声を立て、私の頬を舐めてくる。


自室でのんびりしていると、障子を開けて入ってくる。

いつもみたいに猫に声をかける。


「おいでおいで」


呼ぶとクロはすぐに来てくれる。私の膝に乗り、頭を擦り付けて来る。


「うんうん、偉いね。凄いね」


猫の頭を撫で、背中をぽんぽんと軽く叩く。


「いい子」


キュッと抱きしめると猫は暖かくて、ふわふわで、生きていることを感じさせた。


「かわいい」


その幸せな夢の中に、いつの間にか見知らぬ人の声が淡く混ざる。しかしそれは不安などひとつも無い、幸せな夢の続きに感じた。



ありがとうございました

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