stege 004 うつる空気
「あのも先輩もー?」
「昨日ロッカーの中、空っぽになってた。
退職が当たり前の空気になっていた。
耐えきれず、燃え尽き静かに会社を去った人たち。
その名前すら、やがて会話から抹消されていくのだ。
「"おつかれさまでした"の一言ももう言えないんですね」翔太がぽつんと漏らした時、同期の早川は苦笑した。
「俺たちもたぶん、もう、感染しているんだとおもうよ」
「えっ?」
「"辞めたい"けど辞めるって言えない"ウィルス、もう手遅れカモナ・・・」
冗談ぽく呟いたその言葉は、現実そのものだった。
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営業会議の数字はいつも冷酷。
「前月比〇〇%減」その一文だけで空気は瞬間冷凍だ。
上司の声も言葉より、トーンが刺さる。
皮肉のようなほめ方、誰かを吊るすことで保たれる秩序。
それは翔太にも、"あの日"が訪れた。
「鳴白、なにやってんの!」
「はい・・・」
「はいじゃなくてさ、、、これはどうすんのよ?数字でどうやって生活すんの?」
「申し訳ありません」
その日翔太は誰にも言えなかった。
朝から続く腹痛・吐き気・眩暈。
だけど体調不良の相談さえ、『逃げ』とみなされる世界で言葉にできなかった。
帰宅後シャワーを浴びながら自分の肩を見つめた。細くなった腕・呼吸の浅さ、何かがどんどん削り取られていく。
これは疲労か?それとも・・・ウィルスにむしばまれているのか?
答えなどあるわけがない。それでもこなくていい、朝は来る。
ただ時間は新しく刻まれていくのだ。時間は罪ではない。




