stege 003 見えない証明書
午前10時、白い壁と無音の時計だけがある待合室。
誰とも目を合わせないまま座ると人の中で翔太は静かに呼吸を浅くする。
「適応障害ですね」
医師は淡々と応えた。処方箋の横に置かれたのは一枚の診断書。文字にすればたった一行、だけど、これが"全てを変えてくれるはずの証明書"なのだと翔太は思っていた。そんな思いを抱えたまま出社する。
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けれど・・・・、鞄の中に封書をいれたまま、翔太はその日も出社した。エレベーターのミラーガラスに映る顔は確実に"何か"が削り落ちている。
朝のミーティング
営業部に残っているのは半数以下。
「なぁ、佐野、あの商談どうだった?」
「はい、実家の方になんとか仕入れてもらいました」
先輩の井川は恩師に泣きついて無理やり1件獲得したと、聞いた。
翔太は唇を嚙み締めた。みんなプライドを切り売りして生き延びている。
翔太にも母がいる、だが・・・・・。
「これ以上迷惑かけるなよ、大学まで出してやったんだから」
最後に聞いた母の声が、背中に冷たく残っていた。
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「鳴白、あのさ、ちょっとだけ踏ん張ってくれないか」
課長が小声で言ったのは三週間前。
「希望退職、今は通せないんだ・・・ 来月には・・・なっ」
"な"の語尾ですべてが先送りになったのだった。
封筒の角が鞄の中で折れている、それすら自分の心の現われのようだった。
帰り道通りすがりのガラス窓に映る自分の姿を見て思った。
「あぁ"この姿"を俺は見せているのか」敗北の証明のように感じた。




