stege 002 抜けない棘
翌朝目が覚めると世界が滲んで見えた。
瞼が重く手足は鉄のようだ。起き上がろうとするたびに、背中にじんわりと冷たい汗が流れる。
「…風ひいたかな?」声をだしてみると、自分の声が遠くに聞こえた。
スマートフォンの通知が震えた。
[営業グループ おはようございます 今日は、11:00から戦略会議です]
見慣れた文面なのに、今日はなぜか、刃物のように映った。
ほんの少し、ほんの少しだけ休みたい・・・そう思って、アラームを10分後にセットした。
次に目を開けたのは10:50だった。
布団の中で、凍り付いた心が焦燥と罪悪感に圧迫されていく。
「やばい」
着替え途中で手が止まる。ネクタイがうまく結べない。ボタンもうまく通らない。心臓の鼓動に追いかけられているように早くなっている。
出勤したのは11:35会議はとっくにおわっている。翔太は何も言わず自席に戻った。だが、隣の佐野が視線を向けてこないことで逆に「空気」がすべてを語っていた。
画面に向かってメールを開くが、文字列が読めない、目で追いかけても、脳が組み立ててくれない。
手は冷たく頬だけが火照っていた。
「鳴白くん」
背後から石井の声・・・。振り返った瞬間視界が暗くなる。
気づくと、給湯室の椅子に座っていた。佐野が栄養ドリンクを手に差し出していた。
「ちょっと、休んでください 顔色悪いですよ、真っ青で血の気がないです」
"ありがとう"と言おうとしても、言葉が出ない。代わりに小さく頷いた。
その瞬間心の奥に刺さっていた棘がふっと浮き上がった。
ーーーこれは病気だ。
ーーーでも心の病気は見えない。
だから誰も「気づかないふり」をするのだ。
その日定時退社した翔太の背中を誰も追わなかった。




