第7話 矛先
作戦の失敗よりも、D-12を隊長が撃った、と言う事実が隊に沈んだ空気をもたらしていた。
車両で帰還する途中、爆撃で崩壊した街に差し掛かる。
「……止まれ。」
隊長が指示する。
「敵勢力の痕跡が無いか、調査する。」
放棄された街でも、再度拠点として利用されている可能性もある。
車両に4名残し、2名が後方支援、隊長を含む5名が、市街に進入していく。
廃墟に差し掛かり、隊長が何かを発見する。
「……止まれ。」
警戒したまま、廃墟の中に進む。
そこにはまだ使われたばかりの皿、毛布、家族の写真。
生活の痕跡があった。
「……民間人がいる。」
そう呟くと、隊長は周囲を見渡す。
そして、また歩き出す。
崩れかけた教会の、壊れた入口から中を覗き込む。
そこに、膝を抱える少年がいた。
「……生きて、いたんだな。」
随行していたD-5が言う。
「隊長、どうするおつもりで?」
「……保護する。」
そう言って隊長は銃を下ろし、少年の下に歩み寄る。
「大丈夫か?……ここは危険だ。」
隊長が話しかける。
少年は黙ったまま答えない。
「……安全なところへ行こう。温かい食事も、毛布もある。安心して良い。」
そう言って、隊長は少年の肩を軽く叩く。
そして通信機に話す。
「こちらデルタ・ワ――」
軍人が話しかけてくる。
何か、言っている。
危険?今さら何を?
安全だって?ここをこんなにしたやつらが、ふざけたことを。
怒りが、湧き上がってきた。
こいつは何を言っているのだろう。
大切なものを奪っておいて。
母さんを、父さんを、兄さんを、家族を、殺しておいて。
こいつらが、こいつらさえ、いなければ。
そう思っていると、近くの折れた鉄材が目に入った。
こいつは、向こうを向いている。
その背中に、鉄材を持ち、ぶつかった。
肉を突き破る感触が手を震わす。
思いが堪えきれず、叫んでいた。
「お前らが、お前らが来なければ……母さんも、父さんもっ!」
近くにいた別の軍人に取り押さえられる。
「放せっ!放せよっ!お前らが!……兄さんと逃げてたのに……っ!どうしてだよっ!!」
泣き叫んでいた。
こんなことをしても、家族はかえってこない。
戦争が、憎かった。
戦争をしているこいつらが、憎かった。
ただ、その感情をぶつける相手が欲しかった。
「取り押さえろっ!隊長!しっかりしてください!」
D-2が指示を出す。
「隊長が刺された!医療セットを!早く!」
直ぐに通信機に叫ぶ。
応急処置では対応できない傷だ。
「隊長!しっかりしてください!脈拍、低下!意識、無し!隊長!」
駆けつけたD-6がガーゼと止血帯を巻いていく。
傷を治療するにも、設備がない。
鉄材は抜くわけにはいかない。
できる処置をし、隊長を運んでいく。
「鉄材は揺らすな!気を付けて運べ!」
隊長は目を閉じたまま動かなかった。
その顔は、穏やかに見えた。
「こちらデルタ・ワ――」
その時、腰辺りにどすっと衝撃を感じた。
下を見ると、腹から鉄材が生えていた。
少年の声が聞こえる。
ああ、この子は、戦争で家族を失ったのか。
そう思った。
仲間が駆け寄ってくる。
何か通信をしている。
気付くと、地面が目の前にあった。
取り押さえられている少年の姿と、医療セットを持って駆けてくるD-6が見えた。
緊張の糸が解けたような気がした。
ああ、自分は緊張していたのだ、と、その時初めて思った。
すまなかった。
ただ、そう思った。
そうして、視界が黒く染まった。
郵便受けを開ける。
兄からの手紙は無かった。
もうすぐ学校を卒業する。
卒業と同時に、恋人と結婚する。
兄は、式に来てくれるだろうか。
「……忙しいもんね。」
自分に言い聞かせるように呟く。
風が吹き、髪を乱す。
遠くの兄を思うように見上げた空は、雲を広げていた。