第6話 プロ、として
幾つかの任務を経て、俺は小隊長として、部隊を指揮していた。
テーブルの上に広げられた地図に指を置く。
「今回の任務は敵勢力が利用していた補給拠点の再利用可能かの調査と、可能であればビーコンの設置だ。」
そう言って隊員の顔を見渡す。
今回のチームはデルタ。
小隊規模、12人だ。
「現在は放棄状態見られているが、敵勢力がいる可能性もある。」
D-12が息を飲む。
彼は今回が初任務だった。
新兵の教導も兼ねた、危険の少ない任務。
「移動はここの橋の手前までは車両。そこからは徒歩で向かう。途中にある廃村にて一泊。翌朝、目標地点を制圧・確認する。滞在は最大48時間。抵抗が確認された場合、即座に交戦可否の命令を下す。質問は?」
沈黙が場を支配する。
「では、出発は0600。以上、解散。」
走行車両のエンジン音が低い音を響かせる。
D-6がD-12に話しかける。
「緊張しているのか。」
「……え?あ、はい。」
それにD-6が軽く笑いながら答える。
「良いことだ。緊張しないやつは死ぬからな。」
その言葉にD-12は曖昧に笑い、視線を下に戻す。
振動とエンジン音だけが感じられた。
「各班、設営終わり次第交代で警戒。交信は2時間毎に切り替え。」
D-1の指示でタープと小型テントが張られていく。
廃村の一角の井戸跡を宿営地とした。
設営が終わり、警戒の任から解放され、休憩していたD-12の隣にD-1が腰掛ける。
「……不安か?」
「……はい。」
D-1は、自分の初任務の時を思い出しながら話していた。
「あまり、緊張しすぎるなよ。俺の初任務の時なんてな、緊張して、小便をしに物陰に入ったら敵兵とばったりだ。」
と、手を軽く広げてやれやれ、と首を振る。
D-12は少し呆然とした後に笑い出す。
「くく、それは災難でしたね。」
「ああ、まったくだ。」
しばらくそんな話をした後、D-12が真剣な顔で話す。
「俺、兄妹がいるんです。兄と、妹が。」
その真剣な言葉を静かに聞いた。
「両親は戦争で死んで、兄もそのときの怪我で……。だから、妹くらいは、真っ当に暮らして欲しいんです。」
「……そうか。」
D-12の想いが、伝わってくる。
「……俺にも妹がいてな、妹の学費のためにこの仕事に就いたんだ。」
D-12は驚いた顔をする。
「隊長も、同じなんですね……。」
そう言うと、D-12は俯く。
そして、間を置いた後にD-12が言う。
「それにしても、隊長はもっと怖い人だと思っていました。」
そう言いながら笑顔を向ける。
「俺が?まあ、怖いかも、な。」
「ええ、みんな隊長は冷酷な人だって。それが、緊張で小便を……」
そう言ってD-12は噴き出す。
それを見て、お道化て言う。
「俺だって人間だからな。緊張すれば小便もしたくなる。お前も、小便中に敵に遭遇しないように気を付けろよ?」
そう言うとD-12は、堪え切れず笑い出す。
その、静かな賑わいを、月が優しく見守っていた。
まだ日が昇る前、薄明の下をデルタ小隊は進んでいた。
「目標建屋、視認。距離120。監視塔に熱源一、正面警備二。」
ナイトビジョン越しのD-3の報告にD-1が短く返す。
「行くぞ。手順通りに。」
隊員たちは小さく頷き、それぞれの配置に着く。
D-9がサプレッサー付きのライフルで監視塔を撃ち抜く。
と、同時に全員が動き出す。
伏せていた警備兵も、銃声に気付く前に沈む。
「クリア!」
D-6の合図とともに建屋の扉が蹴破られる。
内部にいた寝ぼけ眼の敵兵は、事態を把握する前に倒れる。
「内部クリア。武器庫確認。通信装置、使用履歴あり。」
D-5の報告に、小さく頷く。
「ビーコンを設置。5分後に撤収準備に入る。」
ふと、後ろを見ると、D-12が敵兵の顔を見て震えていた。
「D-12?」
「あ……俺……」
D-12が銃を構えて後ずさる。
「落ち着け!D-12っ!D-6!鎮静剤をっ!」
D-6が鎮静剤を持ち、D-12に駆け寄ろうとするが、D-12がそれに銃を向ける。
「く、来るな、来るなぁ!!」
銃声が響く。
D-12の動きが止まる。
額にできた黒い点から、血が噴き出す。
D-12がゆっくりと後ろに倒れる。
敵襲、とその場の全員が前に銃を向ける。
が、その警戒は直ぐ解かれる。
隊長が、その手にハンドガンを握っていた。
その銃口からは白煙が上っていた。
隊長は銃をしまい、通信機を口元に近付ける。
「こちらデルタ・ワン。錯乱した隊員を排除。作戦は失敗と判断。ビーコンを撤去し、撤退する。オーバー。」
『了解した。ビーコン撤去後、撤退してくれ。オーバー。』
「了解した。行動を開始する。アウト。」
通信を終えた隊長がこちらに顔を向ける。
「作戦は失敗だ。遺体は放棄。」
そう言って、短く視線をD-12に向ける。
「……発砲で敵に所在を悟られた可能性がある。ビーコンを囮に使われるわけにはいかない。撤去してから戻るぞ。」
その言葉に、隊員は黙って従う。
撤退する隊員たちの足取りは重く、深い沈黙に覆われていた。
そして、来るときに利用した野営地で夜を過ごす。
野営地も沈黙に包まれたままだった。
誰かが呟く。
「仲間、だよな……」
「ああ……」
D-6が遠い目をして呟く。
「あいつ、昨日は笑ってたのに……」
その手は強く握られていた。
ただ、誰もが、あの時の判断は正しかったと理解していた。
それでも、昨日まで一緒に話していた仲間を、瞬時の判断で排除した隊長を、信じることを心が拒んでいた。
テントの中、小さな灯りの下、手紙を書く。
元気ですか、の文字が水滴で滲む。
その水滴は、拭いても拭いても、また、文字を滲ませていく。
文字が滲み、視界が歪む。
深い静寂に包まれた野営地に、声に出ない叫びがあった。
兄からの手紙が来ていた。
その手紙を胸に抱き、兄の優しさを想う。
卒業に必要な単位も取り、就職先も決まった。
兄が、ここまで支えてくれたお陰だった。
手紙を持って部屋に入る。
今、兄はどこにいるのだろう。
また、危険な仕事をしているのだろうか。
心配も不安もあった。
だが、手紙が、兄が無事であることを伝えていた。
元気ですか。
お兄ちゃんは元気です。
この前、新人が職場に来ました。
彼と、家族の話をしました。
彼にも妹がいて、その幸せを祈っている、と言っていました。
私も、同じだね、と、彼と、一緒に笑い合いました。
もうすぐ、卒業ですね。
勉強はしていますか。
辛くは、ないですか。
私も、あなたの幸せを祈っています。
兄より。