第5話 警備会社
「今朝のニュースです。昨夜、大使館で武装組織による発砲事件が発生しました。」
朝の支度をしながらニュースを見る。
「あっ」
画面の中に、兄の姿があった。
頭を守って、震えながら伏せる要人を、身を挺して守ろうとしている兄が映っていた。
少しだけ、胸が痛んだ。
けれど、立派に仕事をする兄が、誇らしかった。
「兄さん、こんな危険な仕事を……。」
準備する手が止まっていた。
チャイムの音と、私を呼ぶ声が聞こえる。
あっ、とすぐに支度に戻る。
すぐ行く、と答え学校へ向かう準備をする。
ニュースは、負傷者と死者の数を伝えていた。
「この名刺をお使いください。」
次の任務の説明を聞いてる際に、渡された名刺を見る。
警備会社グローバル・セキュリティ
安全管理本部 セキュリティ対策二部 シニアコンサルタント
カズキ クスノキ
これが次の名前か、と受け取る。
「今回の任務は護衛です。できる限り発砲は避けてください。ですが、必要であれば躊躇せず発砲してください。護衛対象の安全が第一です。」
柔和な笑顔を浮かべながら、事務的に任務を説明するオペレーターと同じように、語られる内容に対して、一切動揺は無かった。
隊長の言葉を胸に刻んでいた。
「護衛対象との顔合わせがあります。用意したスーツに着替え、名刺を持って集合してください。」
まるで普通の企業だな、と聞きながら思った。
用意されたスーツは厚手で、武器を携行しても目立たないように仕立てられていた。
「初めまして。今回、護衛に就く、クスノキ カズキです。」
そう名乗り、名刺を両手で差し出す。
「グローバル・セキュリティ、ねぇ。また仰々しい名前じゃないか。」
そう言いながら、クライアントは片手で軽く受け取る。
「こんな紙に、何の意味があるんだか……。まあ、君たちのことは知っている。期待している。」
「ありがとうございます。」
そう言って、深く頭を下げる。
「……何もないのが一番だが、備えておくことは無駄ではない。」
そう言ってクライアントは高級そうな葉巻を吸う。
吐き出された煙が揺れていた。
一度戻り、武装をして任務に就く。
銃の重みが右脇に感じられた。
ベルトの内側のナイフの位置を、左手で確認する。
大丈夫、いつも通りだ。
そうして、クライアントの車を、警戒しながら頭を下げて迎える。
ドアが開くと同時に周囲を固める。
屋外は危険だ。
どこから狙われるか、予想がつかない。
警戒しながら大使館の入口へと向かう。
屋内に入ってしまえば、多少は安全になる。
入口手前で声がかかる。
「大使様。」
声の主の前に割って入る。
そこには、花束を持った少女がいた。
クライアントが我々を手で制し、少女に話しかける。
「何の用かね。」
「これを、お渡しするように、と。」
そう言って向ける花束の隙間に、青いコードが見えた。
「伏せてっ!」
叫ぶと同時にクライアントに被さる。
と、同時に爆発音が響く。
「ひっ。」
耳鳴りで何も聞こえない。世界が水中に沈んだようだった。
スーツの右袖が焦げていた。
少女のいた方を向くが、煙の中にはもう、その姿は見えなかった。
駆けていく足音が聞こえた気がするが、耳鳴りが判断を邪魔していた。
襲撃された、と言うことを再認識し、襟に付けた通信機を近付け、報告をする。
「爆破物による襲撃を受けた。オーバー」
『了解。引き続き護衛と連絡を。オーバー』
クライアントを物陰に誘導しながら、不審な人物を探す。
「な、何が起きている?!耳鳴りが……よく聞こえないんだ。」
混乱するクライアントが尋ねてくる。
大丈夫だ、と伝え、クライアントを隠す。
先程の爆破音に、動揺した警備員が集まって来る。
その中、銃声が響く。
銃撃音とともに、左から寄ってきた警備員の頭が貫かれる。
血が飛び散り、動揺とともに広がっていく。
音のした方角を見る。
が、発砲音の主は視認できない。
「銃撃を受けている。発砲元は視認できず。音から入り口方向と判断。オーバー。」
『向かわせている。クライアントの安全を。オーバー。』
音は聞こえる。
だが、姿が見えない。
どこから狙われているか分からない恐怖に、汗が流れる。
そして、他にもいるかもしれない。
警備員に紛れて襲ってくるかもしれない。
花束を持ってきた少女の姿も確認できない。
緊張感が汗を滲ませた。
そして、もう一発。
くぐもった破裂音が、近くから聞こえた。
サイレンサーで抑えられた音だ。
腹部を抑え、倒れる警備員と広がる混乱。
クライアントが隠れている物陰の、上の柱が欠けている。
近くにいる。
見えない恐怖の中、クライアントを守る、その任務だけを胸に抱いていた。
その後、襲撃は無かった。
クライアントは鼓膜を損傷。
俺は、右肘に軽度の火傷、水ぶくれができていた。
警備員は二人死亡、三人が銃弾を掠り、負傷。
大使館で予定されていた会合は延期。
クライアントの命は護れたが、死傷者の報告書にサインをしながら、後味の悪さを感じていた。
襲撃の際の少女は不明。
薬莢から狙撃ポイントは特定するも、撤退後。
近距離での襲撃をした偽装警備員も不明。
溜息が出る。
自分が軽傷で済んだことだけが、唯一喜べることだろうか。
「ご苦労だった。」
「はっ。」
任務を終え、契約書を交わした部屋へと案内される。
「見事な活躍だ。……なに、護衛の任務はほぼ果たせている。気にしなくて良い。」
男は、窓の外を見ながら話す。
本当にそうなのだろうか。
施設警備員は死に、クライアントも怪我を負っている。
心とは対照的に、外には、青空と街を歩く人々、平穏が広がっていた。
「海外での任務と、今回。大変だったろう。少し休むと良い。……一週間後、次の任務に就いてもらう。」
「はっ。ありがとうございます。」
書類上は有給休暇、と言うことらしい。
宿舎を出ることも可能ではある。
が、実家は引き払い、一人暮らしをしている妹のところに行くわけにもいかない。
考えたが、宿舎で過ごし、休暇中も訓練をして過ごすことにした。
他に、何をすれば良いか、思いつかなかった。
こうして、護衛の任務が完了し、ひと時の休息を享受するのだった。
兄から手紙が来ていた。
ニュースで危険な仕事をしている、と知った。
手紙が兄の無事を伝えていた。
少し、胸の奥がざらつくのを感じた。
「どこで、どんな仕事をしているのかは、分からないけど……。」
そう呟き、顔を上げる。
空は、迷いを吸い込む様に、青く澄んでいた。
元気ですか。
お兄ちゃんは元気です。
仕事は大変です。
ですが、その分やりがいも感じます。
勉強は大変ですか。
大変かもしれませんが、それはあなたの未来のためと、信じています。
学んで、好きな事をしてください。
当たり前の人生、と言うとつまらなく聞こえるかもしれませんが、あなたには、そんな当たり前を、当然のものとして受け止めて欲しいのです。
あなたの幸せを祈っています。
兄より。