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  作者: 電脳探偵ナズナ
1/1

青の深さ

日曜日。静かな朝。


ナズナは、ささやかな用事をいくつか片づけた。

近所の本屋で予約していた本を受け取り、古びた靴を修理に出し、ついでに小さなパン屋でクロワッサンを買った。


誰にも会う予定のない休日。それでも、彼女は少しだけ気を遣って服を選んだ。

グレーのワンピースに、黒のカーディガン。髪は風にほどけないよう後ろで束ねる。


その足で向かったのは、公園だった。

子どもが鳩を追いかけ、年配の夫婦が並んで座り、風がゆっくりと木々の間を流れていた。


ナズナは、池のそばのベンチに腰を下ろす。


空を見上げる。

その青さに、一瞬だけ、深い静けさが胸の奥に降りてきた。


鞄からノートを取り出す。表紙は擦れているけれど、手に馴染む重さが心地よかった。


仕事の記録ではない。

そこには彼女の“ひとりの人間としての言葉”が書かれている。


ナズナは、ページを開き、少しだけためらってから、ペンを走らせる。


そして──そのまま、心の底に眠っていた言葉が、静かにあふれ出した。


空は真っ青で、どこにも境界がない。


上も下もない、ただ空間がそこに広がっている。


雲は薄く、青い風でなぞったように裂け、光をまとって揺れていた。


この世界は他に何も存在しないかのようだ


僕は、そこを突き抜けていく。


金属の翼と、燃えるような推進剤。機体は、けたたましく透明を突き破る


エンジンは、うねる。


リズムを刻む、低くて重い、鼓動のような轟音。


それはもう“音”ではない。


空を押し返す力、空気をねじ伏せる“意思”だ。


キャノピー越しに、地平線が見えた。


そこは、ただの境界じゃなかった。


青と橙が、ゆっくりと交わりが完全に溶け合い光の帯のように、空と地を繋いでいた。


夕焼けか?


あの光は、優しい終わりだ、どこまでも遠く感じる終わり。


今この一瞬を、僕はただ黙って、見つめていた。


スピードの中にいると、過去も未来も、どうでもよくなってくる。


空に包まれていること。


宝石みたいな光の粒子を突き抜けていること。


ただそれだけが、真実だった。


風が機体を叩くたびに、僕の心臓が震えた。


それが怖くてじゃない。


ただ湧き上がる。


エンジンの唸りと共に僕はこのすべての中で存在する


涙。


僕はまだ帰らない。


まだ、青が深い。


まだ、風がやまない。


まだ、、、


ナズナはペンを置いた。

その手は、わずかに震えていた。

けれど、それは迷いの震えではなかった。


ただ、静かだった。


──それは詩ではない。記録でもない。

ただ、彼女の中にしかない景色。

誰にも話さなかった、心の中の「空の奥行き」。


ふと、公園の空をもう一度見上げる。

雲が切れ、光が差し込んでいた。


「……まだ、青が深いわね」


彼女は、そっと微笑んだ。

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