ゼニスおばあさまのお話
次に私が宮殿に招かれた時には、アルシアの怪我はすっかり治ってた。
「ごきげんよう! ようこそシャイラ。あなたのお陰でこの通りすっかり元通りよ。私は恩人のシャイラにご挨拶出来たから、今日はここで失礼するけど、ゆっくりして行ってね。ゼニスおばあさま。シャイラのことよろしくお願いします」
私がいない間にアルシアとゼニスおばあさまで、先日の冒険譚のお裁きは終わっていたらしい。
怒られるかと思ったけど、ゼニスおばあさまも私を迎えてすっごくご機嫌良さそうな顔してるからホッとする。
アルシアは私の手をとって嬉しげに笑顔を見せてから、下がってしまった。
私はアルシアと遊べなくてちょっとしょんぼりだ。
ま、平民の私と違って忙しいんだろう。私が持っているお姫様の絵本から察知するところ、高貴な生まれの子は、特別な専任講師がいて革表紙の分厚い難しい本でお勉強とか、お嬢様の習い事とか、礼儀作法の練習とかありそう。男の子だと剣術とかも?
私は子供用の絵本も好きだけど、村の長老様の家にある貸本で、めちゃくちゃ古くてボロいけど、絵入りの図録の方が好きだけどね。家の周りや密林とかの、いろんな植物や動物や虫のこと載ってる。わかんない文字や言葉は聞けば教えてくれるよ。人によるけど、聞かれると得意げに教えてくれたりするんだよ。長老様の家には、誰かしら出入りしていて、面会の順番待って暇そうにしてる人もいるからね。
ゼニスおばあさまに促され、私は私が3人は座れそうな一人掛けのフカフカの椅子に座った。これに座るのは初めて。目の前の透き通ったテーブルの上には、贅沢にも万年雪で冷やされた美味しそうなマンゴージュース。その向こう側にはゼニスおばあさま。
「聞いて下さるかしら? 今日、わたくしはシャイラに特別なお話があるのです」
「特別? ゼニスおばあさまの冒険譚の一番すごいお話ですか?」
「ウフフ・・残念! もっとすごくて特別なお話なのです」
「んー? ・・・なんだろ?」
首をかしげてムムッと考え始めた私を見てか、ゼニスおばあさまがお上品だけど、ひどく楽しそうに微笑んだ。
「素晴らしいわ。あなたはアルシアに選ばれ、推薦されてここに来ることが出来ました。そして最初の試験に見事合格したのです!」
「えっと・・・?? アルシアに選ばれてって? それに私、試験なんて受けたことないよ? お兄ちゃんたちは3日に1回くらい学校に行くから、試験っていうのをたまに受けるみたいだけど」
「それはシャイラの世界の上に立つ人間が、都合の良い人間を選別する試験のことね? わたくしの言ってる試験とは、全く質が違うものですよ」
「・・・?? ゼニスおばあさま、ごめんなさい。私、なんだか良くわかんないです」
「わからなくて当然だわ。いいのよ。だんだん理解が進むはずだから。あなたはまだ幼い子ども。けれども、わたくしたちの試験を受けられるのは、この世に生を受けて2888日までの純粋な心を持つ子どもだけなのです。太陽の暦でいうと8年未満くらいかしら。シャイラ、あなたは今日で2555日目。太陽暦でちょうど7歳と2日の子どもでありますから、最終試験までに間に合う可能性がありますの。これは大変稀なことですのよ? ああ、何百年ぶりですわね! 祠が植物に覆われてしまうのも仕方がありませんわ」
わけがわかんなくて黙り込んでしまった私。
───せっかく宮殿に来れたけど、アルシアとも遊べないし、今日は期待外れだったな・・・
なーんて私の顔がなってたせい?
ゼニスおばあさまが、部屋の大きな扉の側に仕えてる、優雅な布地がひらひら裾が綺麗な白いドレスを着た綺麗なお姉さんに目線を送ると、まもなく私の目の前には甘い香りの焼き菓子の山がささっと運ばれて来た!
「さあ、これでも召し上がりながらわたくしのお話を聞いてくれるかしら?」
ゼニスおばあさまが楽しげに私の目を覗き込むように微笑む。
香ばしくて甘くていい香り〜・・・思い切り深呼吸だ、フガ〜・・・
「はいっ! もちろんですッ」
息を吐くと同時の私の即答に、私の目の前に焼き菓子を置いたお姉さんがクスッとした。
「ま♡ 素直で可愛こと」
そう呟いてから、私に背中を見せたお姉さんの優雅な足取りの後ろ姿を見ながら私は顔が熱くなったけど、恥ずかしさよりこの焼き菓子の魅力の方が上。遠慮せずに頬張る! わあい、いただきまあーす!
うっわ~! おうちの果樹園で作ってるマンゴーに匹敵する美味しい食べ物がこの世にあるとはッ! 半分食べて、残りはお家に持って返ってみんなに分けてあげようっと。
私の心を見透かしたかのように、優雅なお姉さんは振り返って言った。
「あの、シャイラ様。その焼き菓子は持ち帰りは出来ませんから、ここで召し上がって行ってくださいね。それはシャイラ様のために用意したものです」
「そうなのですよ。ごめんなさいね。その代わり、シャイラの家の庭のライチの実が、とびきり甘く大粒に実るように変わるようにわたくしゼニスが、直々に祈っておきましょう」
祈られただけで果物が甘く大きくなるならおじいちゃんもお父さんもお母さんも果樹園で苦労はしないんだけどね。けど気持ちは嬉しいよね。それに、焼き菓子を私が全部たべちゃっても仕方ない理由も出来たから、残念なようでそうでもないよ。えっへっへ。
「えっと・・・ありがとうございます。では、全部私がいただきまぁす♡」
もったいないからチビチビ食べることにした私に、ゼニスおばあさまのお話が続けられた。
「アルシアが、密林の脇に開けた果樹園で、ガゴに入ったシャイラと呼ばれる赤ん坊を見かけたのが最初ですの。乳を与える母親も仕事ゆえ、果樹園に一緒に連れて来られていたのでしょう。『シャイラ』という名前には、小さな妖精という意味がありますものね。気になっていたアルシアは幾度となくあなたの成長を見ていたのですよ。お転婆で好奇心が強くて優しい心に育ってゆくシャイラをすっかり気に入ってしまったようなのです。近づき過ぎてうっかりあなたに見つかってしまったことも何度かあったようですね。心当たりはあるかしら?」
───どういうこと?
アルシアと私は同じくらいの年頃だよ? 赤ん坊の私を赤ん坊であったはずのアルシアがどうやって見てたっていうのさ?? それに果樹園内でも、その奥の密林でも、家の周りでだって、アルシアを見かけたことなんてない。あんなに特別に綺麗な子がいたら、あの村では噂の的だよ。宮殿以外で見たことも会ったことも絶対ないってば。