滅び
わたくしが正式に巫女となりし日から、目眩く人類の歴史が通り過ぎ去りました。
今、見下ろす世界には、重苦しい霧が立ち込めている。
万華の精の化身である、愛すべき妖精もこの世から消え去って久しい。
この世を循環する精は濁り、アルシアが施す浄化も間に合わない。
どうやら今回も、地上を支配せし生き物が構築した社会における権力構造は失敗ではないかしら・・・?
せっかくわたくしが芽吹かせた若き命が、今日も一つ二つ、自ら消えてゆくことを選択するのはなぜ・・・?
正義と悪は時代によりその定義が入れ替わることはあれど、聖なるものと邪悪は決して入れ替わることはありませんわ。
*
空では他者を病へと誘う毒が故意に流され、山の森林は、儚き夢を享受しようと企む者らに切り裂かれ、一面黒く覆われてしまった。
命育む水はとうに汚染され、浄化には人の一生では到底足りない年月が必要となっている。
ほんの一部の者らの果実を生み出すために。
人々は穢れた水を飲み、異変を起こさせた作物を食す。
目に見えぬ力に、無意識のまま多数が蹂躙されて行くとは、ずいぶん奇妙なこと。
発現する事象には皆気づいているのですが、それでもほとんどの人々は不思議なことに、全くの無関心なのです・・・
わたくしたちは万物を司る神に与えられた使命にて、この世の精を広大無辺に循環させ、生まれる命に精を吹き込み体を与え、そこに魂を賦与し、神が理想とする箱庭を創る手伝いをして来たのです。
愛しき生きとし生けるもの、全てに愛を注ぎながら・・・
それなのに──────
どうして人はこんなに愚かなのでしょう?
自ら自分たちを支えている足元を崩して行くなんて。
神に与えられ、厳選された体内埋設のからくりさえ、己で壊すとは?
それは植物動物にまで波及させるとは、人とはなんて傲慢な生き物なのでしょう?
その系譜は、延々と脈々と異物と混じり合いながら永久に続くしかない─────
神の領域を壊せば、人では修復の仕様もないというのに。
もし人に治すことが出来ると言うならば、この世に系譜の病があるのはなぜだとお思いなの?
アルシアは満身創痍なのです。
眷属のわたくしはこんな状況を認めるわけにはいかないのですが、アルシアは、まだ決断しない。
余りに壊されてしまったら、ちまちまと取り繕うより、総て消し去った方がいい。
宮殿に住まう者、アルシア以外は皆そう感じてる。
けれどもアルシアが神に永遠の少女として生を与えられた理由は、ここなのですわ。
高度に汚染された世界が、ギリギリで看過されている理由。
無垢な子どもというものは、親を無条件に信じ慕い従うもの。他の者たちが何を言おうとその間に入り込むことは決して出来ないのです。
親である神に与えられた使命を健気にやり通そうとするアルシアを、わたくしたちが止めることは出来ないのです。
そしてアルシアは、自分が万年の悠久に渡り司り、循環させて来た精をとても愛しているのです。
幼子が、お気に入りのお人形がボロボロになっても大事にして放さぬように。
穢れた総てを海の底に深く委ね、新しいお人形に変えるべきですわ。
けれどもこの事に関しては、アルシアの意思がこの世界創設の神のご意思なのだわ。
わたくしが見つめているこの世界は、いったい何度目の神の箱庭なのでしょう?
そういうわたくしたちもまた、神の創造せし特別な箱庭にて、特別な使命を与えられ生きることとなった命なのですけれど・・・
この分では、神を気取る傲慢な人間たちが完全に自滅するまで、もう少し待つ事になるのかしら?
芽吹きの巫女に過ぎない、神でもないわたくしには、わかりかねることね・・・
【芽吹きの巫女 完】
生け贄を捧げる儀式が始まった。
この世の憂いを込めて─────
Maze




