真夜中の声
医務室のベッドに寝かされている私。
カンテラ一つの薄暗い部屋。
消毒薬の臭いが漂う、しんとした室内。
「大シスター! シャイラが目を覚ましましたわ!」
私が目を開いた瞬間、シスターエルザの声が耳に飛び込んで来た。
首を横に向けると、シスターエルザの後ろ側、私の隣のベッドでロッシェルがスースー寝息を立てて眠ってる。
────良かった。生きてる・・・
心からホッとする。アルシアが良きに計らってくれたから。
駆けつけた大シスターが私の頬をそっと撫でた。
「シャイラ、気分はどう?」
「・・・・・」
私は無言のまま、素早く頭を巡らす。
大広間に逃げ込んで以降の事は、覚えていないことにした方が良さそうね。
無言で小さく首を横に振った。
「大丈夫よ。誰もあなたを無理やりここから連れ去ることはありません。今夜はここでゆっくりお休みなさい。朝までシスターエルザがついています」
「あの・・・大シスター。私はどうしてここで寝ているの? 大広間に逃げ込んでからのこと覚えてないよ・・・」
シスター2人は目線を交わした。
「大シスター、私を連れ去ろうとした人たちは? 帰った? もうここにいないよね?」
私は子どもの怯えを表すために、ブランケットを引っ張って顔を半分隠した。目だけは出して、シスターの表情は窺う。
私が意図せず芽吹きのイバラでお仕置きしてしまった人たちはどうなったのか気になる。ナチャの魔法では、そのことについては知れていない。
「・・・お帰りになりました。だからシャイラは安心してゆっくりお休みなさい」
「どうして、帰ったの? どうしてロッシェルまでここで寝ているの? 大丈夫なの?」
困惑の目線をシスターたちが再び交わしてる。幼い私に話すべきかどうか迷っているのね。
「シャイラ、今は真夜中よ。お話は明日にしましょうね。わたくしたちは嫌がるシャイラをどこにも連れて行きません」
「本当に? 寝ている間にも?」
「・・・ええ、決して」
シスターエルザは、私の髪を撫でた。
「ロッシェルは大丈夫よ。しばらく安静にして様子をみなければならないけど。それにわたくしたちには神様のご加護があります。この孤児院にはそれはそれは尊く美しい白銀の髪の天使様がついているのですわ。だから安心しておやすみなさいな」
シスターエルザが口元を小さく微笑ませ、私の目を見ながら頷いた。
白銀の髪の天使様・・・か。彼女がアルシアの姿を見たのは間違いない。
アルシアが降臨し、まるまる全てお片付けし、まあるく収めてくれた。
私がロッシェルの意識を捕まえに行ってる間に。
早く会いたいよ。大好きなアルシアに。けど────
私のこと怒っているかも・・・
感情的になってロッシェルの輪廻を操作しようとしたことに。
転生を繰り返し、やっと正式な巫女になれた、その瞬間に────・・・
───心が重たい。
考え事をしていたら、次第にまぶたが重くなってきた。
子どもが起きているには・・不自然な・・真夜中過ぎ・・だ・・ものね・・・
*
シャ・・ラ・・・シャイ・・・ラ・・・シャイラ様・・・・
私を呼ぶ声────
この男の人の声を、私は知っている。なんだかすごく懐かしい声・・・
《お久しぶりでごさいます。シャイラ様・・・》
────ハッ!!
私はブランケットを剥がし、ガバっと飛び起きた。
────夢?
見渡せば、チラチラ揺らめくオレンジ色のカンテラの灯りに照らされた変哲のない室内。
隣のベッドでスヤスヤ眠るロッシェル。
椅子に座ったまま、ロッシェルのベッドに突っ伏して眠っているシスターエルザの横顔。
今夜は私たち、相当疲れたよね・・・・
揺れる灯りが見せる、2人の寝顔に揺れる影。
静寂。
目が覚めてしまった私は、そっとベッドを下り、付き添い用の丸い椅子を窓辺まで運んだ。
すぐ後ろから、ふたつの寝息が聞こえて振り向いた。
大好きだよ・・・
ロッシェルに、そっとハグした。
────優しく勇敢なこの素敵な女の子に、幸せが訪れますように。
椅子に立って、庭に面する窓を開けた。夢の中で聞いた幻の声に誘われるように。
瞬間、フワリと白いカーテンが大きく舞い上がった。
少しだけ肌寒い空気。
わあ! 今夜は美しい星空ね・・・
周りに何もなく、ぽつんと町はずれに立つこの孤児院の庭から見る夜空は広い。
何度転生しても、どこに生まれても変わらないのは、地上から見上げる満天の星の美しさかしら。
これまでの転生人生の数々を、ふと懐かしく思い出して感傷に浸ってしまう。
苦しい時はいつも夜空を眺めていたから。
椅子に座り直し、窓辺に乗せた両腕に顔を乗せて目を閉じると、長い長いこれまでの過去が瞼の裏に蘇って来た。
どの人生にも苦しみがあった。努力が報われて幸せに終われた人生もあれば、生きる意味を見いだせない辛く苦しいだけの人生もあった。
ホント、これは運としか言いようはないわ。カオスの流れだもの。
《シャイラ様、お迎えにあがりました》
───え?
《わたくし、馭者のアレックでございます。芽吹の巫女シャイラ様、お迎えにあがりました。再びこのような形であなた様と再会出来るのは、感無量でございますな》
びっくりして顔を上げた。
────いつの間に?
孤児院の庭の真ん中には、おとぎ話から抜け出て来たような、白馬を連れた素敵な馬車。
私、かつてこの馬車に何回も乗ったわ!
馬車の扉の前で、見覚えのある男性が優雅な物腰で私に向かってお辞儀をした。
あれは!
忘れもしない、宮殿の馭者、アレックさんだ!!
200年以上経っても、最初に会った時のまんまの姿。
アレックさんが、馬車の扉を開いた。
そこから現れたのは、
─────アルシア!!
満天の星空を背負い、夜風になびく白銀の髪。
揺れる白いドレスの裾。腰には、ペリドット輝く柄頭の短剣。
最後に会った時と何ら変わらぬ少女の姿。
アルシアを夜の闇から浮き立たせてるのは、昔の私には見えなかった神格の纏うオーラ。
まるでアルシアが立つ所だけ、照らされてるみたいね。
私は椅子に立ち、窓枠に片手をついてシュバッと地面に飛び降りた。
だって、1秒でも早くアルシアの側へ行きたい!
「アルシアーーーーッ!!」
私は裸足のまま、アルシアの元へと駆け出した。




