際どい一戦
───あの時は、躊躇する暇など無かったのです。そしてわたくしは、子ども故の怖いもの知らずでした。とても純真な。愛おしく懐かしい思い出ですわ・・・
*
「ウォォォーーーーーー!!!!」
私の渾身の一撃は、大蛇の胴に、鍔まで突き刺さった。
大蛇は体を一部くねらせて、私に巻き付き締め付けようとしてる。絡め取られたらおしまいだ! 手足もない太く重そうなニョロニョロなのに、こんなにも素早い自在の動きをするとは意外だよ!
私は短剣を引き抜くのを諦めて、このうねうねがきつく締まる前に慌てて抜ける。
「・・・んっ!? うわーッッ!!」
蛇って便利に出来てんのね。胴の位置は動かずして、ずっと向こうにあったはずの頭がもう私の上に。
でっかい口! どうすればあの頭の大きさからこんなに大きく広げられるのッ!? ヘビさんたら、シンプルなフォルムにして機能性抜群過ぎだよ!
今のうちにアルシアは隠れられればいいけれど、目の端に見えた感じ、動けてない。
アルシアを賭けて私はここで負けてはいられない。すばしっこさなら私が勝つもんね!
私が落とした薪の中の一番立派な棒を、一つ素早く掴んで脇の林を駆け抜け、祠の表側に隠れた。
*
───この裏側にアリシアと大蛇がいる。
ハァハァ息が止まらない。
私は上っ張りのチュニックを脱いで、中に落ち葉を入れて薪の先端に巻いて結びつけた。震える手を落ち着かせて慎重にマッチを擦る。
せっかくお母さんが作ってくれた服だけど、ごめんなさい。
そっと火をつけた。
もっと燃えろ! 振っても走っても消えないくらいに!
そっと祠の側面まで進んで覗くと、大蛇はアルシアのいた方へ向き直ってる。やっぱ捕まえやすいやすい方を狙うよね。
しっぽは、ムチ状態。
胴体は、巻き付き締め付けの危険。
ならば頭部を狙う! あのピンク色のでっかい口の中なんてどう?
出るタイミングをそっと窺う。
泣きながら側の石ころや葉っぱを投げつけたり、抵抗してるアルシアがいる。
───あッ! そんなのダメーーーッッ!!!
大蛇がアルシアを巻き取り、捕まえたアルシアにでっかい口を広げるまでは刹那だった。
────間に合って!!
「これを喰らえッ! アルシアは絶対渡さないからねッッッ!!」
私は咄嗟に飛び出し、蛇のどぐろの体を無我夢中で駆け上がり、ピンク色の粘膜を晒した大きな口に、メラメラ燃える即席トーチを目いっぱいの力で投げつける。
「ヤーーーッッッ!!!!」
やったぁー! 見事命中!
びっくりして一拍フリーズした大蛇が、アワアワ 藻搔き出した。
さあ、逃げるよッ!
苦しげに咳き込む蛇の動きに滑り落ちそうになりながら、巻き付きで下半分埋もれた蒼白のアルシアに、両手を差し出す。
「フッフッフ・・・アルシア、お・ま・た・せv」
「ああ・・・シャイラッ・・・!!」
大蛇がむせてる隙に、アルシアに肩を貸して、祠の表側まで運んで階段に座らせた。
「私、蛇の様子を見て来るね。まだ油断はならないよ!」
手のひら大の石を拾って用意。まだ私たちを狙ってくるのなら、アルシアを包んでた油紙が落ちてるはずだから、この石を包んで火をつけてもう一回投げつけてやろうと思ったんだけど・・・
決着はついたみたい。
あー、喉の奥の途中で棒がつっかかっちゃったのかな? オエッオエッってまだえづいてる。蛇さん、苦しそう。ごめんね。でもあんたが悪いのよ。よりにもよってアルシアを食べようとするから。
喉をヤケドして食欲は喪失したみたい。カーペッ、ケホケホッって苦しげにむせながら、おもむろに引き返し始めた。
密林の奥に姿が消えてくのを確認してアルシアの元へ戻った。包帯に染みた血の色も、鮮やかな赤から黒ずんでる、ってことは出血が止まってる。さっきより顔色が良くなってるみたい。
「もう大丈夫だよ。行っちゃった」
「シャイラ・・・ありがとう。私を見捨てずにいてくれて」
「シャイラは私の大事なお友達だよ? 当り前だってば。それよか、ごめん。アルシアの短剣が、大蛇の体に刺さったまま、結局取り返せなかった」
「いいの。私だって焦っていたから、アルシアに借りた笛を大蛇の口の中に石礫と一緒にうっかり投げてしまって、たぶん今頃は蛇のお腹の中だわ。ごめんなさい・・・それよりどうして下着姿なの?」
「さっきのトーチの先に使ったんだ。他には何も無くて」
「・・・私のために?」
「そうだけどちょっと違うよ。アルシアとアルシアを大事に思う人たちのためだよ。だから私のためでもあるよ」
「うふっ、ゼニスおばあさま! 見ていて?」
確かにゼニスおばあさまなら杖でちょこんとすればどこでも見られるけど、偶然に今の私たちを見ているとも思えないけどね。
兎にも角にもアルシアが怪我をしたからには、私たち2人の秘密のはずだった冒険譚を、ゼニスおばあさまに話すことになるよ。うわッ、やっぱ怒られる・・・?
「・・・シャイラ!! 大好きよ!!」
「どわっ、わわッ!」
いきなり笑顔の涙声で抱きついて来たアルシアに戸惑いながらも嬉しい私。テレテレしながらそっと私から剥がした。
「急に動いて頭の傷に響いたら大変だよ。アルシアったら・・・」
「だって、嬉しくて。シャイラは私が思ってた通りの子だったから・・・」
*
それからのことは記憶にありませんの。
覚えているのはそうね・・・
気づけば、昼食時にも、果樹園作業の午後の一休みの時間になっても一度も戻ってこない私を家族が心配して、手分けして探すことになったらしくて。
果樹園の端っこで寝ている私を兄が発見して、蹴られて起こされたこととか? あとは上っ張りのチュニックを失くしたことを、母親にがっかりされたことくらいかしら・・・