内なる炎
早春を祝うお祭りからふた月が経ち、芽吹いた草花が艷やかな葉を風に揺らす頃となっていた。
あれから奇跡の少女のお話が広範囲に広まって、孤児院には寄付が増えた。そして見学者も。
どうしたわけか、『私の親』と名乗る人が次々現れたけれど、もちろん孤児院では、全てお断りした。
*
私を取り巻く環境がざわめき出したのを感じてた矢先のこと。
遂に運命の日が来た────
それは消灯時間が過ぎて、皆が寝静まった時間だった。
私はシスターエルザにそっと起こされた。
「眠いのにごめんなさいね。大事なお話があるの」
囁きの小声で。
────予感。
私はシスターエルザの部屋で髪をとかされ、見たこともないシルク素材の天使みたいな白いドレスに着替えさせられた。
シスターエルザは何も言わない。
私はわかっていた。少し前に馬車が来た音が聞こえたし。これってたぶん、私の生家のお迎えが来たんだって。
本当の親が現れた。
流石にこれは孤児院では断れない事案。本当の親元だし、返さない理由も無い。私が返されることで破格の報酬も入るはず。
カンテラの灯りで歩く廊下が軋む音が、何故か不穏を予感させる。
通された真夜中の部屋の灯りは、何処か白々しい。
連れられた院長室の粗末な来客用テーブルには、私によく似た黒髪の美しい女性と、壮年のいかにも貴族然とした身なりの男がいる。その後方脇に立つ、侍女らしき中年女性。
私にとっては初見だけれど、誰が誰だかすぐに分かった。
母親のカルミア、その父親の当主、私をここへ連れて来た侍女のエラ。
初対面の家族。いいえ、彼らは家族ではない。
私が入室した途端、カルミアと父親の2人は立ち上がった。私を一目見て、目を見開いたこの父娘は、高揚した様子で目線を交わした。
「まあ! 噂通り、なんて可愛らしい! さらに聖まで宿してるなんて!」
「フフ、カルミアによく似ている。いや、私の母親似かな。確かにこの子は我が家系である」
立ちすくむ私。
「シャイラ、ご挨拶を」
大シスターが私を促すけど、私は無言。チベスナ顔は崩さない。
「この子・・・シャイラと名付けられたのね。これからはあなたは貴族の娘になるの。ですから貴族に相応しい名前を最高位の聖人から頂くことにしましょう」
母親のカルミアがテーブルを回り、私の目の前まで歩きながら言った。
「・・・私はシャイラだよ」
これは私が私につけた名前。自分で自分に呪いをかけたの。シャイラとして生きるようにと。だから、名前を変えることなんてない。あなたがたの呪いをかけられるなんてごめんだわ。
見上げる私に目線を合わせるようにしゃがんだカルミア。
あなた、その高価そうなドレスの裾が汚れるわよ?
「あなたは高貴な生まれの子なのです。だからここでの生活のことは忘れていいのよ。もうこれからは何一つ不自由なことはなくなるのです」
私はここでなにも不自由などしていない。この人たちにここから連れ去られるなんてまっぴらごめん被るわ。それに、私は貴族の生活は存分に経験済みよ?
カルミアが私を抱きしめようとしたので、大シスターの後ろに回って目の前の脚に抱きついた。
「シャイラ・・・。ああ、すみません。ベノミー伯爵、カルミア様、この子は混乱しているのです」
「あらあら・・・戸惑うのも無理はないわ。本当にごめんなさいね。あなたをこんなところに預けたのには深い事情があったのよ。もうこれからは何も心配することはないのよ」
私はこのままでは、有無を言わせず連れ出されてしまう。
この人たちはただ、奇跡が降りたと評判となった私を利用したいだけ。6歳となる今まで、一度とて私を見に来ることすら無かったくせに。連れて帰られたらそれこそ私は貴族間でマウントを取るための人寄せ動物扱いね。期待に沿わねばまた簡単に捨てるだけ。
この人たちに、私の人生を利用させはしない!
「イヤだッ!!」
私は院長室を飛び出し、私たち子どもの遊び場であり教室である大広間に走り込んだ。
「シャイラ、待ちなさい!!」
「私があなたの母親よ。逃げないで!」
「コラッ、この子はどこに行く気だ!」
大人たちが一斉に追いかけて来た!
広間の一番奥の前方には北の星の神の祭壇。
私は祭壇の前まで追い詰められた。
「イヤァーッ! こっち来ないで!!」
手当たり次第、何かを投げつけた。
大人たちにグダグダ説得されても私は降参はしない。
「仕方がない。無理にでも捕まえよう」
ベノミー伯爵が袖を捲った時────
「コラァーー! シャイラを虐めるなッ!」
大人たちと私の間に、風のように駆け込んで来た1人の女の子。
私を背にし両手を広げて庇った。
「ロッシェル!!」
「シャイラが嫌がることすんなッ!!」
ロッシェルの背中。金色の長い髪が怒りで逆立つように見えた。
アワアワと青ざめた顔で、シスターエルザがロッシェルを諭す。
「ロッシェル、いけないわ。こちらへ戻りなさい。虐めてる訳ではないのよ。シャイラはここを出て幸せになるの」
「・・・違うよ」
思わず心の声が漏れた。
ロッシェルが私をギュッと抱きしめた。私も抱き返す。
「嫌って言ってるよッ! シャイラは絶対渡さないもんッ!」
「んまあ、嫌ですわ。この子は下賤の娘なのでしょう?」
「お前には用はない。そこをどきなさい。汚らわしい娘!」
ベノミー伯爵が、私を抱きしめてるロッシェルをバシンッと叩いた。
「卑しい娘、私の孫娘を放しなさいッ!」
「放すもんかッ!!」
髪を引っ張られ、バンバン叩かれても引かないロッシェル。
泣きながら、私をぎゅっと両腕で守ってくれてる。
けれども抱き合う私たちは、遂に力ずくで引き剥がされた。
「フゥー・・・全く。しつけがなっていませんな。院長」
ベノミー伯爵は、床に転がったロッシェルを思い切り蹴り上げた。
「グエッ!! ウウウ・・・オエッ・・グエッ・・・ウウウ・・・シャイ・・ラ・・・」
────この男、許せない!!
「下賤はお前だッ!!」
私は怒鳴って、今度は私が床に倒れて吐いてるロッシェルを後ろに庇う。
私に触れようとした伯爵の手に噛み付いた。
「このガキがッ!!」
瞬間、私は頬を張られて床にすっ転んだ。
「アアア、どうか気を鎮めてお許しを、伯爵様・・」
大シスター? 謝るのは本来はこちらではない。けれどもそれがこの場を収める正解ね。それが、人がこの大陸で構築した仕組みだもの。
私のジリジリと熱くなった左頬から発した熱が、体の奥底にある芯に溜まって行くのを感じる。このイラ立ちと怒り。
膝と手を床についたまま、下から大人どもを睨みつける。
怒り心頭だけれど、私は子どもの体だからフィジカル戦では勝てない。
どうにもならないこの世の身分差と理不尽。生まれながらに与えられた場所。
人が作り出す社会には、努力や能力では越えられないバリアが巧妙に張り巡らされているのは、私の転生人生にて十分見て来たわ。
「この子には早急に上等な教育が必要だ。行くぞ!」
ベノミー伯爵が私の手首を掴んで無理やり立たせた。
「キャァァー! ロッシェル!!!! しっかりしてッ!!」
床に倒れたロッシェルを介抱しようとしていたシスターエルザが叫んだ。
アアッ!!
反吐と血を吐きぐったりと横たわったロッシェルの肩を、シスターエルザが蒼白な顔で揺さぶっている。
イヤァァァーーーーッッッ! ロッシェルッ!!!!
私の体の奥で、先ほどからジリジリ焦げていた熱が、全身の肌から一気に炎を上げた────




