【幕間】 野心の魔蜘蛛
────まさかこの俺様が、怪物モンステラの通行止めくらいで引き下がったとでも?
*
目前まで来れたんだ。シャイラなら、あとは1人でなんとかなる。
俺には俺の目的がある。
死へと繋がる世界。眠りに落ちる瞬間点─────
人が意識を失う狭間に開かれる世界が、必ずある。
手に入れてみせる。この世の創造主と神格以外、存在さえ気づかぬダークフロンティア。
シャイラに出会ったお陰で、目的達成への大きなヒントを早々に得ることが出来た俺。
俺が目指すべきヒントの在処は、シャイラが目指す祠の中らしい。
『清廉の雫』・・・
────なるほど。
俺たちふたりは目的は違うが、目指す地点が同じだった。
シャイラが目的達成した後、誰にも邪魔されずに俺様の攻略が始まる。
モンステラ・モンスター? フッ・・・
あんなもので俺の通行を止められるわけはない。 俺は魔蜘蛛アトラナート様だぜ?
化け物植物群なんて、俺が本来の姿となれば根こそぎ蹂躙することが可能。
しかしながら、ここは神の下僕住まう神の箱庭。
選ばれた神格たちを囲うサンクチュアリ。
ここを荒らすわけにはいかない。勝てる見込みもない格上を怒らせるほど俺はイカれてはいない。
この神格領サンクチュアリの存在は噂では知れているが、探し当てるのも入り込むのも一苦労だったんだぜ?
*
俺様はシャイラと別れた後、魔力は封印し普通の蜘蛛を装った。野生の無垢な生き物なら、モンステラの林だってフリーパスだ。
シャイラを追った。
もう接触する気は無いが、あのお子様が早々に用事を済ませてくれないと、俺の用事もままならない。
*
地上は険しいから、葉から葉へ、枝から枝へ飛び移りながら進む。
すぐにシャイラを見つけた。しょぼんと、座り込んでる。
───あん? 膝が汚れてる。気根に足を取られて転んだのか・・・
泣き虫シャイラがブツブツこぼしながら泣くのガマンしてる顔を、俺は木の上から眺めてる。
『大丈夫か? シャイラ。シャイラも蜘蛛だったら転ばなかった』
『今のは、生き物の足は本来2本では足りない典型例』
────今のは!? シャイラは1人で何を言ってるんだ?
クックック・・・ったく、シャイラは俺の口真似かよ? シャイラの肩にはエアナチャがいる設定らしい。
俺の心はもどかしい。今すぐシャイラの前に飛び降りたい所だけど、俺たちはもう接触するべきじゃない。お互いのためにな。
気を取り直し、立ち上がって進むシャイラを潜みながら追いかける。
*
───おいおい、違う! シャイラ、そっちじゃねーだろ?
日が陰ったら方角がわからなくなったらしい。迷いに迷って倒木に座り込んだシャイラ。
『私は結局一人では何も出来ないただのお子様だったのかな・・・』
俺がくれてやったトレイルの土産物、水晶の華を眺めてグズグズ泣き出した。
『・・・ナチャ・・・クスンッ・・・』
しかも俺の名前を呼びながら。
・・・ったく。よりにもよって、なんで俺なんだ?
ああああ、聞くんじゃなかった! やめてくれ・・・
こんなにもこそばゆく、面映ゆく、気恥ずかしく、もどかしい思いをするのは生まれてこの方、初めてだ!!
────諦めるな、シャイラ!
((((;゜Д゜))) チョイ待ってろよ!
俺は取り急ぎモンステラの実を探す。
熟れ頃の美味そうなやつを近くで見つけてシャイラの近くにボトンと落とした。
────シャイラ、これ食って元気出せ。暮れてしまったら危険だ。時間が無い。
もうゴールは間近。天罰が起こる暇も早々ないだろ? それに俺は魔力は封印してるし、感知されてないと予測。神だって万能じゃない。全てを見知れるわけもない。だからこそ大陸が沈む過去があったんだろうし。神だって思い通りに進まなかったら面倒になって、丸ごと消去するってことだ。
*
見守ることがこんなにも疲れるとは・・・
俺様が気疲れとは情けない。だが、その甲斐は報われた。
シャイラは見事にやり遂げた!! 1人で祠にたどり着いた!
扉のカギは考察事項だったが、アルシアの短剣のトリックもクリアした。
お陰で俺も目的の『清廉の雫』は目前だ。
*
シャイラに見つからぬように、俺もササッと素早く内部に入り込んだ。
────ヨシ! 順調。
俺は闇に潜みシャイラを見守る。
時折シャイラの持つペリドットの灯りが俺を過るが、気づかれずに済んでいる。
シャイラは持ち合わせた感性で、短い文のヒントだけでオルゴールが何を問いかけているのかに気づくことが出来、さらに清い心を示したため、飾り台の下の壁に隠された地下への入り口を発見することになった。
シャイラの後から俺も地下階段へと続く・・・
この奥に清廉の雫が・・・・
*
────やったな! シャイラは目的を達成した。
なんだ? この湧き上がってくる感情は。
こんなにもホッとして喜びで胸がいっぱいだと? まさか俺はシャイラを本当に友だちと見なしていたのか? 人間の子どもを? イヤイヤ、まさか・・・
芽吹きの巫女残滓により、緑の竜巻に包まれたシャイラはどこかへ飛ばされた。
これは俺が見るシャイラの最後で、別れの時。
初めて出来た友だちとの別れ────
腹にズキンと来るって? 俺は切なき痛みを感じてる?
シャイラは俺の友だち・・・
───とっとっと、感傷に浸っている場合ではない!
「・・・うふ・・うふふ・・・久々に巫女が生まれるわ・・・それも芽吹きの巫女が。待ち遠しいことね。うふふっ♡ ラララ〜♬」
春を呼ぶ女神のような女が、芽吹きの歌を歌いながらクルクル踊りだした。
ドレスの裾を、片手で摘まんでヒラヒラさせながら。
女が全身から放つ光────
この殺風景な石の小部屋一面にみるみる草が萌え始めた!
あっという間に万華鏡のような、色とりどりの花畑になった。
壁はぐんぐん伸びる蔓植物に覆われ始めてる。
これが芽吹きの巫女の力か!!
俺は草むらに飛び込み、人間の姿に変化してからスッと立ち上がった。
俺は相当生きてはいるが、実は人間で言えばまだ少年。シャイラとそうそう変わらぬ年の。
薄い褐色の肌と黒髪持つ愛らしい少年。衣装は、魔蜘蛛の糸で出来た銀色のローブ。
「・・・今晩は、芽吹きのお姉さん」
「キャ! びっくり。あなたどこから出て来たの?」
一瞬で、元の冷たい石の部屋に戻った。
あれはただの幻。この雫たちに実体がない故に。
「俺は、アトラナート。別名アトラク=ナチャという」
「・・・! わかったわ! あなた、シャイラの衣装を紡いだ魔蜘蛛なのね!」
俺の目の前にしゃがんで目線を合わせて来た。
「わあ、本当に蜘蛛の化身なの? かわいい坊やだこと♡ ヨシヨシ。シャイラと仲良しなのね」
(・д・)チッ こんな風に子ども扱いされるから、俺は人間の姿にはなりたく無かったのだが、この方がここでは相応しい。
俺は子どもらしくコクリと頷いた。
「そう、その魔蜘蛛だ。済まないが『輪廻』の雫の化身を呼んでくれないか」
「魔蜘蛛よ。その必要はない。わたしはここにいる」
キリリとした声が響く。
空に溶けるように春の女神が消えて、一瞬でノアールに相応しい姿の女と、入れ替わっていた。
それは先程、天井から拝見した『輪廻』の巫女残滓の化身だ。
「『輪廻』への空間の裂け目があるはずだ。人が、無意識へと変わる瞬間点の向こう側、死への通過点でもある闇の世界への行き方を教えてくれ」




