承認
清廉の雫の承認を得るって、思ってたのと違う!
『輪廻』の雫の化身に去られ、茫然の私の前にスッと立ったのは、銀髪輝く髪を揺らす、『妖精』の雫の化身だった。
────この化身も・・・『輪廻』の雫と同じことを私に言うんだ?
私は涙でぼやけた目で、美しき化身の目を見上げる。
《あらあら? ライバルが減ってよかったわぁ♡ ね、シャイラ》
いたずらっ子みたいな微笑みを私に向けて、首を傾げた。
────どういうこと?
私の心の片隅が、ドキドキし始めた。期待して傷つきたくないから、控えめなドキドキ。
もしかして、もしかすると、私を『妖精』の清廉の巫女に認めてくれる?
抑えても期待が膨らんで、頬がカーッと熱くなる。手の甲で涙をゴシゴシ拭った。
《シャイラのお洋服のセンスはなかなかよ? とてもステキなチュニックね》
────エッ、そこ?
優雅な手つきで私のチュニックの裾を摘まみ、フワリと膨らませて放した。
《その衣装には愛情が込められているのが見えるわ。そしてその衣装は、シャイラのサイズにピッタリだってことは、その愛はシャイラに向けられたものね? その愛の中には魔物の匂いが混じってる。ねえ、その美しいレースの糸はたぶん魔蜘蛛のものでしょう?》
────すごい、見通してる!
「はい。魔蜘蛛のナチャが、ボロボロになった私の服を直してくれました」
《まあッ! 素晴らしいわ! 人は理解出来ないものを『魔』と呼び恐れるけれど、『魔』は邪悪とは違うのです。そこも理解なさっているのね?・・・ウフフ。魔蜘蛛という気難しい魔物からも愛情を与えられるれるあなたは『妖精』の巫女に相応しいわ。あの可愛らしい妖精誕生には、あらゆる種類の精が必要なの。妖精は魂の輪廻とは全く別の生き物なのよ。さあ、わたくしの手を取りなさい。わたくしはシャイラを妖精の巫女に承認します』
妖精の雫の化身が私に手を差し出した。
────私、清廉の雫の巫女になれるんだ! 『妖精』の巫女に。絶望の淵から天国だよ。
「わ・・わたし・・・」
私は再び溢れて来た涙をこらえ、感激で震える手で、差し出された白く細いに触れようとした刹那だった。
《ちょっと、妖精の雫! お待ちなさいなッ!》
『芽吹き』の雫の化身のお姉さんが、剣呑な声をあげた。
《シャイラは『芽吹き』の巫女になるべきです!》
私の肩をグッと掴み自分の方に向けた。
ワワ、スゴい気迫だよ・・・
「えっと・・・あの・・・」
私はどうしていいのか戸惑い、妖精の雫の化身を見たら、やれやれって顔で肩をすくめた。
《感じるわ・・・シャイラの左手にある太古の息吹を、微かに・・・》
私の左手をそっと取り、両手のひらで包み込んだ。
このお姉さん、なんて冷たい手をしてるの? ミュリナスより冷たい肌。化身たちは、こんなに生き生きとしてるのに、生きとし生けるものではないって本当なんだ・・・
《・・・やはり! シャイラは古の知識の箱をいくつか持っています。こんなに小さな少女がいったいどこで手に入れられたのか不思議ですわ。・・・んん・・・それは植物に関する知識のようね・・・それ以上はわからない》
そう言うと、私の手を解放した。
「私、ミュリナスという大蛇の涙に触れました。ミュリナスは小さな頃の夢を見て泣いていたの・・・」
《なるほど・・・。どんな生き物にも共通なのですが、先祖から引き継いでるその血の中に、細胞の一つ一つに古が刻み込まれているのです。大蛇ミュリナスが遡った記憶の涙に、太古の細胞の記憶も溶け込んでいたのでしょう。感情とは、無意識のままに摩訶不思議な作用を体に及ぼしているのです》
思いがけず、ミュリナスからお楽しみ箱を貰った私。
ナチャは、私がこれを開けたら誰かの役に立てるって、未発見の薬草の知識で、たくさんの人の苦痛をとってあげられるかもって。清廉の巫女になって秘匿のヴェールを剥げって励ましてくれたっけ・・・
《よく聞いて、シャイラ。あなたが『芽吹きの巫女』として成長するならば、いつの日かそれは開かれるの。かつて太古に存在して消えた植物を『芽吹き』の力によって蘇らすことが出来る日が来ると思うのです。芽吹きの役目は、『輪廻』から送られた精を、地上に新たな命として誕生させることなんですもの》
────そっか。そうだよ・・・・!
私はこの冒険の中で、『芽吹き』の巫女になるって決まっていたんだ!!
「妖精の雫のお姉さん! 私を認めてくれてありがとうございます! 妖精の誕生を司る巫女にもなりたかったけれど、私が神様に与えられた使命は『芽吹き』だと思うんです。私、『芽吹きの巫女』になります!!」
妖精の雫のお姉さんは、ちょっと口をへの字に曲げたあと、優しく微笑んでそっと私を抱きしめた。
───冷たい体。
フワリと懐に包まれながら、私は美しいそのアイスブルーの瞳を見上げる。
まさに妖精の化身とも言える、眩い美しさに見とれてしまう・・・
清廉の雫の化身は、何人分かわらないけど、かつての巫女たちが遺した綺麗な心だけで出来てる幻。
いつか私の心のカケラもここに入る・・・?
《・・・シャイラ、会えて嬉しかったわ。ようやく現れた逸材だったのに、残念だこと。また会える日までさようなら。あなたがよき芽吹きの巫女にならんことをわたくしは祈ります・・・》
私のおでこにそっと口づけをし、妖精の雫の化身の姿はスーッと薄らいで消えてしまった・・・
胸がキュッとする。置き去りにされた気分。
けど、私は余韻に浸る時ではまったくなかった。
薄暗い石の部屋に二人きり。『芽吹き』の雫の化身と私。
私たちはまっすぐに向かい合う。
《シャイラ、よく決心しました。あなたは芽吹きの巫女に相応しいことを、わたくしはここに認めます》
「ありがとうございます! なんだか夢みたいです・・・」
芽吹きの雫の化身が、小さな杖をスッとドレスのドレープから取り出した。
何やら呪文を口の中で唱え、杖を一振りすると、私の周りは緑葉っぱが渦巻く竜巻になった!!
ワワワ・・・どうなってるのさッ?! 芽吹きのお姉さんはどこなのッ!?
慌てふためく私の頭の中に、芽吹きの雫の化身の声が響く。
《芽吹きの巫女として承認されたとて、すぐに巫女になれるわけではないのです。シャイラはもっと人というものを知らなければならないからよ。生きとし生けるもの、命の意味を、シャイラという人間の一生をかけて深く考察しなければなりません。人としての人生を、何回か繰り返して学びなさい》
どういうことか、ちょっとよくわかんない。私は今から巫女になれるんじゃなかったの?
私の足は次第にフワリと持ち上がり、旋風に包まれたまま身動き出来ない。いつまで続くの?
*
思いのほか、あっという間だったかも。
風がやや緩んで来て、足が地についた感覚がした。
私を包んでいた竜巻の風がつむじ風に変わる頃には、ほぼ周りが見えるようになった。
────わぁ・・・なんて広くて高い天井の建物の中なんだろう!
窓には、色とりどりのガラスで出来た模様。
白い彫刻の柱。芸術的なオブジェが飾られた壮厳な祭壇。
見知らぬ場所。
私の足元に、小さな葉が1枚ハラリと舞い降りて、最後の風は消えた────




