慈愛の少女とミュリナスの涙
カラスさんたちが向かって来る気配はすぐそこまで!
私は古代魔道具のローブを纏ったから、カラスさんたちには見えていない。
壁にへばりついて息を潜め、気配を消してやり過ごす。
怒気を撒き散らしながら、スゴい勢いで2羽がバサバサ一瞬で通り過ぎて行く。
カラスさんたちの気がそれてる隙に、すぐさま夜光キノコ洞窟から脱出!
カラス夫婦縄張りのこの洞窟へは、二度と入ることはないよ。
穴の中の共鳴の響きでくぐもったカラスさんの怒鳴り声が、奥の方からここまで小さく聞こえて来る。
あの子たち、相当のおかんむりだよ。お宝置き場を荒らされたんだもんね。あんなに集めるのには、長きに渡って一生懸命働いたんだろうね。
───そうだ! いいこと思いついた。
「おいシャイラ、なに立ち止まってる? やつらに見つかって面倒になる前に早く行こうぜ」
「ごめん、ナチャ。秒だけ待って」
アルシアの短剣を拾ってくれたお礼と荒らしたお詫びを兼ねて、私の宝物になったばかりだったけど、古代チョウチョが眠っている琥珀の美しい石を置いていくね。カラスさんたち、これでご機嫌直してくれるといいな。
私は借りていたキラキララメのローブを脱いで、ささっと畳んで洞窟の中の入り口に置いた。次いで、ズボンのポッケから琥珀を取り出し、その上に置いた。
すっごく名残り惜しいけどね。私にはナチャから貰った水晶のお花もあるし。
「カラスさんたち、迷惑かけてごめんなさい。そしてありがとう。これはお詫びとありがとうのしるしだよ。では、さようなら」
私の声かけはカラスさんたちには聞こえてないけど、一応。
「(ー_ー) ・・・チッ、その配慮は全く必要ではないが、実にシャイラらしい」
「うっひっひ (〃ω〃) さあ、風みたいに走って行くよ〜。早くトンネルを出て、おひさまの光を浴びようね! ゴー!!」
走れば体も温まるしね。こんなボロボロの服のままじゃ、ここの空気はひんやり過ぎる。
*
────緊張。
このカーブを曲がり切れば。
次第に濃い闇が薄闇へと変わっていくのは、トンネル出口が近いから。
駆け足から早歩きに変えて、足音は控えて進む。
目前の難関。
大蛇ミュリナスはまだ寝ている?
最後の直線の出口への上り坂。
────あっ!
ミュリナスが一本の棒みたいにぺったり伸びてる。トンネルの真ん中で、ここらを向いてじっとしてる。
その目は起きてるのか寝てるのか、私を見てるのか見てないのか見当はつかない。
ここは進むべき、待つべき?
どちらにしろ、もう私はここではミュリナスから逃げられない。
───私はミュリナスの横を通って、今から外に出る!
こちらに向いた頭に近づくに連れ、ミュリナスの桁外れの存在感には圧倒される。
迫力の圧が、私の手足をカチコチにするよ。機械仕掛けのようにカクカクの膝で進む。
目の前まで来たけど、ミュリナスは動かない。
真横で見るミュリナスの顔。
ヘビの目にはまぶたは無い。
────なんて大きな目だろう。
間近過ぎる。
恐ろしくも美しくて。
その目を至近で見てしまった私は、もう目線が外せない。薄闇で金色に光る目の中にある縦長の黒い瞳は、満月の割れ目。吸い込まれそう。
────これは・・・涙?
ミュリナスが泣いているの? 夢を見て?
その水に恐る恐る指を伸ばしたなら、不意に流れ込んで来たイメージ。
────これはミュリナスが小さな頃の記憶? 子どもの頃の夢?
ミュリナスが、小さな雑草の葉っぱさえ見上げていた幼い頃の。
普通のカラスにさえ怯えていた頃の。
四つ足の動物たちから逃げて過ごしていた頃の。
この世の全てが瑞々しくて、綺麗で、不思議で、楽しくて、ドキドキで、けど時には怖くて、痛くて、命懸けで生きてた頃の。
いつしか見上げるものは、小さな草から大樹に変わり、今ではあなたは皆に恐れられ、周りは見下ろす存在ばかりなの。
それが運命とはいえ密林で王者として生き残ることは、とても厳しく孤独な旅なんだね・・・
私はミュリナスの耳の穴の横の鱗をそっと撫でながら、自然と歌っていた。
────私の内から湧き出るミュリナスへの子守唄。
♪ミュリナスはいい子 私の歌を聴きながら このひとときはゆっくりおやすみなさい
まだ見ぬ明日のために
強さと引き換えには孤独 耐えよ その天命尽きるまで
全ての命に精ありなん 繰り返す精の流れ
今は大蛇ミュリナスに 私は安らぎの夢を与えん────
私、ミュリナスが安らいで眠ってるって、なぜだかはっきりわかる。夢に癒やされて。
わかってるよ。ミュリナスは自然の法則に従って生きてるだけ。
アルシアを襲ったことも。
そして私が食われまいと抵抗したことも自然なことだよ。
「私たちの出会いは最悪だったけど、私はミュリナスが恐ろしいけど、もう二度と会いたくはないけど、それでも神様にとってはミュリナスが愛おしい存在だってわかるよ。じゃあね・・・バイバイ」
私は、長い長いミュリナスの体の横を足音も気にせず駆け抜ける。
ミュリナスの涙で濡れた左手をぎゅっと握りしめて。
ああ、トンネルの出口はすごく眩しい・・・




