星空のトンネル
薄暗いトンネルを道なりにテクテク。
「ナチャ、なんか臭うね?」
「ナニッ! 俺は体のお手入れはきちんとしている。俺様ではない。自分じゃないのか」
「そうじゃないってば。なんか臭って来てるよ。昨日と同じゲロの臭い」
「ああ、それのことか。確かに臭いは濃くなって来ている。そろそろ用心だな」
もうすぐミュリナスがいる? 緊張して来た・・・
「わわ、ここにも吐いた跡があるよ! 踏まないように気をつけなきゃ」
少し行った先に、吐瀉物が散らばってるのを発見。
「うーむ、1日経ってだいぶ酸は低くなっているように思うが、気をつけるに越したことはない」
ナチャがゲロを照らした時に、そこに紛れた、あるものにふうっと吸い寄せられた。
「・・・あれ? 待って、あれは・・・?」
私は例の思い出棒をサッと取り出して、吐瀉物を探って目的のものを棒でこっちに寄せた。
「やっぱりそうだ! これは私がおじいちゃんに作って貰った竹製の呼び笛だよ。アルシアがヘビに投げつけて口に入っちゃったって言ってた。紐は溶けちゃったみたいだけど竹は硬いから、お腹の中でもあまり溶けずに残っていたんだ!」
「ほお・・・ならばミュリナスはシャイラが追うべき大蛇だって確定だ」
「うん、ここで短剣見つかるといいな。他に手がかりはないもん」
*
トレイルさんによると、実はこのトンネルには、ところどころに避難口があるという。トレイルさんがトンネルのトンネル保守点検作業中に、巨大生物から身を守るための。
但し、それぞれがどこに繋がっているのかは、自分でもうろ覚えなので説明出来ないと言われた。避難口同士が奥で繋がっている場合もあるし、行き止まりもあるそうだ。
どこもトレイルさんがやっと通れるくらいの大きさだそうだけど、トレイルさんと背も同じくらいで、太さは半分もない私なら全然通行可能だよ。
そう言えば今までも、木の根っこが側壁から飛び出している下とか、岩が積み上げられてる陰の壁に穴ぽこが空いているのを数回見かけてたけど、あれも避難口だったのかな。
「ねえ、見て、ナチャ。あの大きな岩の後ろ。微かにだけど、光ってない?」
私は警戒しながらだったから気がついたけど、普通に歩いていたら見逃してしまう感じ。
「ああ、何かありそうだ」
ナチャが私の頭から岩にジャンプした。
「これは・・・」
私も遅れて追いついて、岩陰を覗く。
「わかりにくいとこだけど、ここもトレイルさんが言ってた避難口じゃない? すごーい! ここの穴の中は、内側一面に、綺麗な黄緑色に光るキノコが広がってるよ! すごく幻想的で綺麗。ちょっと入ってみてもいい?」
「・・・ここは他の避難口とは随分趣が違うじゃないか?」
「きっとトレイルさんのスペシャルな避難口なんだよ。ねえ、少しだけここで休憩もしよう。ここならナチャも光らなくて済むから休めるよ。ついでに光るキノコも数本貰っておこうよ」
「チッ、仕方ない。お子様のお遊びに付き合ってやるか」
「やったぁ!!」
ワクワクドキドキ。ハイハイしながら中に入る。ナチャは私のお尻にとまってる?
わぁ〜・・・星空の中にいるみたい。殺風景なトンネルの中の別世界。
入口は狭かったけど、奥の方は私が手を広げて立てるくらい広い。
下に寝転んで全体を眺める。
「こーんな綺麗なとこ初めて来たよ。夢の中みたい。不思議世界が巫女候補に与える冒険は、お子様には過酷だと思ったけど、頑張ってるご褒美もあるのかな?」
「・・・シャイラはよくやってるさ」
期せずしてかけられたナチャの優しい言葉が胸に染みる。
次いで私のおでこをナデナデした。
今まで張り詰めてた気持ちが、ふっと緩んだみたい。ちょっと涙が滲んだ。
「・・・ありがとう。ナチャは最高のパートナーだよ。私、ナチャとここに来れて一緒にこれを見れて良かったよ」
「フッ、それはどうも」
「・・・でもさ、私は承認試験に落ちたら全てを忘れさせられてしまうんだよ。ナチャのことだって、親切なトレイルさんのことも。そんなの悲しすぎるよ・・・」
「シャイラ?・・・もしも忘れてしまったとしても。心の奥底にはわずかながら痕跡が残る。新品のハンカチに染みがついて、きれいに洗ったとしても、新品には戻らないように」
けど、私は二度と取り戻すことが出来ない大切な宝物を失くしてしまうよ?
「それに、もしシャイラが忘れても、俺は忘れない」
────ナチャったら、私を泣かす気?
私はナチャを胸に、手のひらでそっと包み込む。
「・・・ウッ・・・ウウッ・・・クスン」
この柔らかな感触を私は忘れてしまうの?
ぎゅっと口を結んで、大声で泣きたくなるのを耐えた。
「記憶を失ったとしても、この景色を見た痕跡はシャイラの無意識に働きかけ、シャイラに豊かな感性を与えるはずだ」
ううん、私がこの記憶を失ったら、自分でもなぜ私に起こるのかもわからない虚無感しか残らない。
───私は今の私を失いたくないよ。
「・・・うん。けど、私はみんなのこと忘れたくないから承認試験には必ず合格したい。最初はアルシアのお友だちでいたい思いだけだったけれど、今はそれだけじゃなくなったもん」
「ま、シャイラが悲観的になるにはかなり早い。まだ始まったばかりだしな。失敗したとしても次がある。自分次第だ」
「うん、時間は余裕だよ。ねえ、もっと奥の方にも行ってみよう。どこに続いているのかな? それとも行き止まり?」
起き上がった私は、さらに奥へと進んだ。
先は行き止まりで、そこにあったのは────
「ワワワ、これは・・・・ええっ?」
「ここはトレイルじいさんの避難口ではないし、あるわけがない────」




