地下休憩所
天井に残っていたコウモリさんたちが、パタパタ外に向かって行く。
私は、なるべく足音を控えて洞窟を進んでく。不安を抱えながら。
この奥に大蛇がいるとして───
私の武器はリュックのホルダーに挟んでいた、この棒切れ一本だけ。しかも半分溶けて短くなった。これじゃまるで太鼓を叩く棒だよ。
大蛇の足跡はまだまだ奥に続いてる。
「トンネル、どこまで続いているのかな? ああ、お腹すいた〜・・・」
「人間はすぐに腹が減るんだな。俺は何日も食わなくても全然平気だぞ? ・・・あんっ?」
ふと、頭に乗っかってるナチャが、私の髪を引っ張った。
「おい、シャイラ。後ろを見ろ」
「なあに?」
わ! 振り向いたら細い分かれ道がある。さすが後ろも見えてるナチャ。
入口方向からだと見えない道だね。まるで隠してるみたい。
よく見ると壁には、小さな下向き三角のマーク▽ が、一ついてる。あれ? これって・・・?
「・・・アッ!」
そう言えば。
「シャイラ、どうした?」
私は急いでブローシュアを取り出してナチャに示す。
「思い出したよ! 私がまだよく見て無かったのに、ナチャのゲロで溶けたあの地図にね、点線で描かれた道があったんだよ。『通行可能な祠への近道だが、避けた方がよい』ってなってた。あれって、なんだろうって思ったけど、地下トンネルの道のことだったんだ」
「では、大体の俺たちの現在地が分かったってわけだな」
「そうだよ! それはこのブローシュアの略された地図には載っていないけど、この辺り。でね、あずま屋の位置の印は、ほら上向き△だけど、この辺りに一つだけ下向き▽があるよ。これって地下のあずま屋のことじゃないかな? ここの壁におんなじ印がついてるよ!」
「・・・では、この細道の向こうには?」
「あずま屋があるんじゃない? ちょっと行ってみようよ。きっと食べ物もあるし、地下用の役に立つ何かアイテムがあるかも知れないよ。それにとっくに日は沈んで夜だよね。 お子様はもうご飯食べて寝る時間だよ」
「そうだったな。シャイラは人間のガキだ。普通のガキとはいささか違うがな。今日はいろんな事があり過ぎた。ここいらで休んでおくのも必要だ」
「そういうことだね! じゃあ、行ってみよう、ナチャ」
ちょっとドキドキしながら暗い一本道の細道を進んで行く。
「明日には見つかるかな? このトンネルが祠までの近道ってことは、きっとこれは私が探すヘビさんだよね・・・」
「だろうな。災い転じたな」
道なりに右に曲がって真っすぐ進んで左に曲がったら、オレンジ色のほんわかした明かりが見えた。
「あった! かわいいドアだね」
「まるでドワーフの家のようだな」
「扉の窓から明かりが漏れてるし、まさか中に小人さんがいたりして〜」
ガチャガチャ・・・あれ? ドアが開かないよ。
押しても引いても開かない。
「シャイラ、鍵穴も無いし、もしかして呪文がいるんじゃないのか?」
「うーん、そうなのかな? でも私、呪文なんて知らないよ・・・」
「・・ったく、誰じゃ!! 扉をガタガタと! それは押しても引いても開かないのじゃ! なぜならば───」
中に先客がいたんだ! 急に聞こえて来た声に、ヒャッと飛び上がっちゃった私。
「なぜならば、それは引き戸だからじゃッ!!」
扉が、ガラッと音を立てて勝手に横にスライドした。けど、目の前には誰もいないよ。
「・・・えっと? 今の声はどこから?」
オレンジ色の暖かな光に照らされた部屋の中は殺風景。ただの洞窟だよ。あるのは干し草のベッド?
一歩、部屋に踏み出した私の右足は、モニョッと柔らかなものを感触し、びっくりして引いた。
「ぎゃ~っっっ!! この無礼者めがッ! わしの大事な手を踏むとはッ!」
「エッ? ご、ごめんな・・・ワワワッ! ゲッ」
この生き物はなに? 穴ポコから上半身だけひょっこり出してる。扉を開けて1歩目が穴ポコってて、中には謎生物!?
私が踏んづけたのは・・・イノシシ? にしては変だよね。カワウソ・・・じゃないし。
「シャイラ。これは、モグラという生き物だ。一般的なモグラよりもずいぶんデカいが」
ナチャは物知りだね。名前は知っていたけど、本物の姿は見たこと無かった。だって地面の下にいるんだよね。トンネル掘ってさ。あっ、ここはトンネル・・
「あの、もしかして、このトンネルを掘ったのはモグラさんなのですか?」
「エッヘン! そうじゃ。でもってここはわしの家じゃ。地下の休憩所はもっと先じゃ。ここは他のあずま屋と違ってデラックスな宿屋仕様じゃぞ。ほら、右に道が続いてるじゃろう? この先を左に曲がった突き当たりじゃよ。そしてお前たち2名様は───」
「ナチャと私?」
「ここを出て行く前に、トンネル通行料及び休憩所使用料をわしに払わねばならない」
エエッ! 聞いてないそんなこと!
「ちょっと! モグラさ──」
「分かった。明日の朝支払う。さあ、行こうシャイラ」
頭の上のナチャが、すかさず私の言葉を遮った。
私、支払うものなんて何も持ってないけど、なんとかなるのかな? まあ、いっか。今はとにかく休まなきゃね。これからが本番だもん。
「じゃあモグラさん、おやすみなさい。先ほどは間違って開けて、しかも踏んづけてごめんなさいでした」
「うむ。小娘が蜘蛛のペットとは奇妙な組み合わせじゃな。まあ、ゆっくり休みなされ。わしがじきに夕食を部屋に持って行くでの」
《・・・ハァ〜・・・ここにたどり着く前にカモは皆あいつらに食われてしまうし、わしは商売上がったりじゃ、全く・・・》
心の声をなにげに晒した独り言をブツブツ呟きながら、モグラさんは扉をバタンと閉めた。
「うっ!・・・なんたるヤクザ商法。俺たちはボッタクリのカモ?! しかもアイツ今、俺様をシャイラのペットと言ったのか? ・・・明日の朝、アイツを食ってやる。それで支払い問題も解決だ」
「フッフ。私はナチャがお友だちじゃなくて、ペットでもいいけどね」
「ナ、ナニッッ!」
「だって、そうしたらずーっとずーっとかわいいナチャと一緒にいられるもん♡」
「・・・ふ、ふざけてないで、さっさとデラックスな休憩所とやらに行け!」
「ハイハイ♡」
そういえば私、この冒険が終わったらナチャとはお別れなんだ?
なんだか心が痛い。
ナチャとは昨日出会ったばかりなのに・・・