濃霧から現れしもの
疲っかれた〜・・・お腹もちょっと空いてきた。
あずま屋に行けば食糧ゲット出来るはず。私、おやつしか持ってない。
「お昼ご飯のパンはお魚にあげてしまったし、この近くにあずま屋は無いのかな?」
「さっき持ってた紙に書いてないのかよ?」
「一応あるけど、あまりに省略された地図だから、近くの目印も載ってないし、あまり役には立たないよ。道っぽいとこに出て歩けばどっかにあると思うよ。湖も出来て地形も変わっているし、ここがどこかももうわかんないよ」
「目立つものがあれば俺がすぐ気づくはずだ。目はたくさんあるからな」
「うん、進めばそのうち見つかるよ」
誰かと一緒というだけで心強い。ナチャと出会えてたことに感謝だよ。
ちらっと肩の上のナチャを見たら、目が合った。
「私たち、運命の出会いだったのかな? だとしたら神様は私の味方だよね! きっとナチャも私も願いが叶うと思う!」
「うっ、うんめ・・・!? ったくガキはこれだから。運命の出会いって何だよ?」
「ナチャと私は、見えない糸で結ばれていたんだよ。きっと」
「お、俺はそんな糸は出してないぞッ?」
正面に4つ並んだ目の、美しい湖のような色の色合いの深さが微妙に震えてる。
大きな蜘蛛は、両前足で目をコショコショ拭った。
ナチャは仕草もかわいいね。ヨシヨシ、ナデナデ♡
*
さっきの雨で、あちこちぬかるんで足元は最悪だよ。
進むに連れて周りが白くなって行く。だんだん空気がひんやりして来た。
「・・・霧が出て来たな」
「うん、あんまり動かない方がいいかもね。どこか休憩出来そうな場所を見つけて霧が晴れるのを待とう」
「おう」
休めそうな場所を探して進むうちに、崖の断面の壁になってる行き止まりに突き当たった。地層のしましま模様が左右に向こうまで続いてるみたい。
どこからか登れないかな? 断面に沿って林の中の道無き道を進む。
「あれ? ナチャ、見て。ここに大きなトンネルがあるよ」
土がむき出しの壁には、アレックさんの馬車も通れそうなくらいの、大きなトンネルがあった。
覗いたけど
今は霧もあるし、第一、奥の方は暗くて全く見えない。向こう側に通じてるわけでもないのかな?
「このトンネルで休もうか? 奥にいかなければ暗くないよ」
「・・・・シャイラ。静かにここから離れろ」
私の肩でナチャが囁いた。もしかして中になんかいる? まさか誰かのおうち?
「うん、わかった」
穴を通り過ぎ、霧の中、テクテク進む。
「あれ? ここにも同じような穴があるよ?」
「チッ! まずい。ループに嵌ったか!!」
「ループ? ・・・ナチャ、何か生臭くない? 腐った池の臭いがするよ」
「シャイラッ、走れッッ!」
ナチャが叫んだ。
私はナチャから放たれる戦慄を感じて、言われるままダッシュした瞬間、後ろから「シュバッ」って何かをなげるような音がして、同時に何かがシュッと私の足元をかすめた。
「ワッ?!」
振り向いた私の目の先には、白くかすんだ空気。目を細めて凝らしても、なんにもいないように見える。
けれど────
ううん、いるッ!
霧の中、何かがボコンッ、ボコンッって近づいて来る。
強まる生臭い臭気。
何かすごく大きな物体。
白く煙った空気の中にうっすら姿を現したシルエットは、馬車くらいある小山。
正体を見極めたい気持ちと、「すぐさま逃げろ!」って鳴り響くベルの音が、私の中で交差する。
私の胸はバクバク迷いがらも、あと少しだけならって気持ちの方が強くて、逃げ態勢ながら足は留まってる。
そしてそれがボコンッと重量の音を響かせて、落ち葉の積もった地面にもう一歩踏み出した瞬間、私に はっきり姿を見せた。
瞬時に、おじいちゃんの教えが頭に蘇る。
───シャイラ。赤いキノコと赤いカエルには触っちゃいかんぞ? 毒があるからな。人間なんて簡単に死んでしまうでの。
「ゲコッ、ゲコゲコッ」
毒々しい赤いぬめりの皮膚。大きな口と、鳴くたび膨らむ喉。左右に付いた光沢の目は、どうやら私をロックオンしてる。
こんなに大きなカエルっているの? さすが不思議の世界だよ・・・ってか!
「ギャァァァーーーッ!!!」
背中を見せて走り出した私は、ぬらっとした、柔らかくも冷たい鞭に、あっという間で巻き取られた。
カエルの長いベロだッ!!
「ナチャ! 逃げてッッッ」
咄嗟に叫んだ。私はリタイアも出来るし、最悪でも死なないらしいけど、ナチャは違う!!
けど、もう何がなんだか、ナチャがどこにいるのかもわかんないッ!!! けど、私からは落っこちたよね?
「やめろー!! 私を放せーーー!!」
体がぐるぐるビヨンビヨンして何がなんだかわかんない間に、抵抗虚しく、私はカエルの口の中にヒュルンって引き寄せられた!!
「ギャァァァ!!」
為すすべもなく、私はそのままカエルにゴクリとまるごと飲み込まれた!