湖出現!
アルシアと歩いた時と全然違う。
もしかして、アルシアと歩いた時は、木の枝さえも道を開けてくれていたのかと思うくらいに、植物の邪魔具合まで半端ない。
方向は間違ってないと思うんだけど、なかなか進まない。緩やかな登り道の後は急激な下り坂で、膝がカクカクする。
ん? 雨がポツポツ降って来たよ。
「ナチャ、雨だね。でもこれくらいなら大丈夫だよね」
って言った途端────
「ワワワ! シャイラ、スコールだ! 大きな樹の下に行こうぜ」
雨よけの大きな油紙で頭と体を覆って、樹の下で雨宿り。急に空気が冷えて来た。
「益々降って来たね。何だか見たことないくらいの激しい強さだよ」
足元が降り積もった落ち葉と雨でぐちゃぐちゃだ。地面には水の流れが出来てる。
スコールなのにいつまで降り続くの?
足首まで水が溜まって来たよ。
「おい、シャイラ。なんかヤバくないか? おまえ木登りは出来るのか?」
「当り前だよ。木登り出来ない人なんているの? あ、優雅なエーゼお姉さんは無理そうだけど」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで早くこのデカい木に登れ!! この雨は尋常じゃないぞ!!」
*
「わー・・・急激に晴れて来たね。ナチャ見て、虹が出てるよー・・・」
お空にかかった見事な虹を大きな樹の枝に座って眺める私たち。私の頭の上にはナチャ。
「あー、虹か。おう、虹だねー・・・これはスゲーな・・・」
ナチャと私には何の感動もないよ。
「まさかな、俺らこんなことになるとはな・・・」
「ほーんと、びっくりだよ・・・」
だって私たちは今、湖のど真ん中にいるんだもん。
樹は半分水に沈んで、見下ろせばそこは碧い水を湛えた美しい湖面だよ。
大量の雨が、にわかに作り上げた湖。
「いつ、水が引くのかな?」
「さあな? 俺はここの気候には詳しくはない。まだ来たばっかだし」
「あ、そう言えば、あずま屋で貰ったブローシュアに即席湖のこと、図入りで説明があったよ。ナチャ、ちょっと私の背中のリュックから出してくれない?」
「おう。・・・カサカサ・・・えっと、これか?」
「うん、ありがとう。えっとね、スコールでの出現の場合の数は、早くて5日、遅くても30日ほどで消失することが多いんだって」
「ちッ、ここで水が引くのを待ってるわけにも行かなそうだな。岸は遠くもない。この大樹2本分くらいだろう。泳いで渡るか」
「私には無理だよ。ナチャは泳げるなら一人で行ってもいいよ・・・」
ナチャがいなくなったら寂しいけどしょうがないよ。もう少し水が減って浅くなって岸まで近くなったら私にも渡れると思うんだ。
ふと、下の方でチャプンって音がした。
「わっ! 今の見たッ? すっごい大きなお魚の影が下の方通ったよ! もしかして、エーゼお姉さんが言ってた、このリュックをかじったお魚かも!! ナチャは行っちゃダメ! 水に入ったら食べられちゃうよッ!! ど、どうしよう・・・」
リュックを食いちぎるなんて、きっとすっごい鋭い歯を持っているんだ。もし体を噛まれたら・・・
想像して恐ろしくて狼狽し出した私。
震える。この枝から落ちたら私、食べられちゃうよ!
ナチャは、私の肩から胸までモソモソ移動して来た。
「・・グッスン・・・ごめんね。私とお友だちになったばっかりに、ナチャまでこんな目に合わせちゃったよ・・・ふぇ、ふぇ、うえぇーん!!」
胸にくっついてるナチャを撫でながら泣く、辺りに響く私の大きな声。
泣いててもしょうがないって分かってるけど、どうにもなんないよ・・・
「ふぇっ・・グズグズッ・・このリュックの中身は全部ナチャにあげるよ。おいしいおやつも入ってる。ナチャだけならこれで、この樹の上で生き延びられると思うから・・・ふぇーんっ、ナチャ、ごめんなさぁい! ふぇーん、ふぇーん、ズズッ・・」
「・・・ったく。これだからガキは。シャイラ、よく聞け。俺はこんなところに5日間だろうと、ましてや30日もいるなんてまっぴらごめんだぜ?」
そんなこと言われても、私には他にどうしようもないよ・・・
「もし俺が魚に食われたら、今度は俺がその魚の腹の中から食い潰すからどうってことはないが、いかんせん、俺は魚はあんま好みじゃないし、出来れば俺は泳ぎたくはない。だから、シャイラ? もしおまえが俺を岸まで連れて行く方法を考えられたなら、俺がそれを魔法で実現したところで、俺はおまえを助けたことにはならない。そこにシャイラが便乗したとしてもな」
───私が脱出方法を考えて、ナチャが実現するってこと? それに私が乗っかる?
「俺はシャイラを助けない。シャイラが俺を助けるんだ。俺は俺を助けるために魔法を使うって話」
───ナチャは私を助けようとしてくれてるの? 私に天罰が当たらない方法で・・・
「・・・えっと、ナチャは、どんな魔法が使えるの? ヒック、ヒック・・・」
目をこすって涙を拭う。泣いててもしょうがないよ。何とかしなきゃ、私はアルシアのお友だちでいられない!
「それはシャイラが俺にして欲しいことを言ってみないことには、どうとも言えない」
私は何でも出来ちゃう器用なおじいちゃんの孫だよ。きっと何か方法がある。考えろ、考えろ、考えろ!
水、水、水に浸からないようにするには────
「ナチャ? ならさ、こういうのはどうかな?」
*
「お〜! 湖水上からの景色の眺めは最高だな? な、シャイラ」
せっせと手を動かす私の頭の上で、心地よく風を受けてる魔蜘蛛。
「ナチャはなに言ってるのさ! 漕いでる私は眺めどころじゃないよ!」
「だって、シャイラが俺を助けてんだから仕方がないだろ? 天罰くらいたいわけ?」
「そ、そりゃそうだけどさ〜、えっへっへ・・・」
私はね、持っていた大きな油紙で舟を折ったんだよ。それをナチャに硬くして貰ったんだ。
舟を下ろした時、大きなお魚が寄って来たけれど、お昼用に持って来てたパンを投げたらそっちへ向かって行った。その隙に私たちは舟に乗って脱出。
*
持っていた棒切れで、水を掻きながら岸辺に向かう。この拾った棒っきれは最初からなかなか役に立ってくれてる。これで弱ってたナチャをつついたことを思い出す。棒の先に掴まらせてあずま屋まで運んだね。ただの棒だけど、私たちの出会いの思い出の棒だよ。
「ほらナチャ、着いたよ。風向きも良かったみたい。舟はここに置いておこう。帰りも使うかもしれないしね」
ナチャは私の頭から飛び降り、舟の舳先にぴょんと降り立った。
「シャイラ、風で飛んで流されてしまうぞ?」
ナチャがお尻を上げたら糸が一本シュルッて出て来て、岸辺の木と舟を繋いでくれた!
「ナチャ! スゴーイ!! ありがとう、大好きだよ!」
思わず掴んで抱きしめてナデナデ。
「バッ・・・! あー・・・別にこれくらいどうってことはない」
ナチャ、私のお友だちになってくれてありがとうね。
なんか疲れたので、いくぶん休みます m(_ _)m