蜘蛛の恩返し
寝袋に収まってぐーぐー寝ていた私は頬を突つかれて起こされた。
「おいっ! 起きろ。もうとっくに朝だぞ」
「う・・ん・・・あ? ナチャ、おはよ。ファァァー・・・」
ベンチが固くてなかなか眠れなくて、けど、いつの間にかぐっすり寝てたな。ふぁー・・・
あくびをしながら半身起き上がった。
私の膝の上のナチャが変だ。
「えーと、その・・・昨日は・・・あー・・・んーと・・・あー・・ってか・・」
「大丈夫? まだお腹が痛いの?」
「おい、シャイラ。えっと・・・あ・・あ・・あり・・あり・・・」
白い靴下を履いたような、先端だけが白い両前足をモジモジさせてる
「あり? アリさんが私に付いてるの? どこに?」
「そうじゃないッ! えっと、昨日は助けてくれてありがとさん。俺はもう回復した。なんたって俺は大蜘蛛アトラナート様だからな!」
「ふうん。良かったね。また毒キノコを食べ過ぎないようにね。ナチャは自分が思ってるほど丈夫じゃないだよ。だから気をつけなきゃダメだよ。ハァ・・・私はこれでも結構忙しいんだよ。朝ごはん食べたら出発するよ。ナチャはこれからどこに行くの?」
話しながら寝袋を脱いで畳んでベンチの座面のふたを開ける。ナチャは私のお腹に引っ付いてる。
「ちっ! 何言ってやがる。俺様にお前の恩を背負ったままでいろと言うのか? そんな気色悪いままでいるわけがないだろ。何か望むものを言え。俺様が叶えてやる」
へぇ。蜘蛛の恩返しか。何でもいいんだ? なら───
「やったぁー!! ならナチャは私のお友だちになって!」
「・・・!!」
「わあい! これからはナチャと私はお友だちだー!!」
私はナチャの靴下部分を掴んでくるくる回る。ヤッホウ、たっのしー!!
「ま、待て! 俺様は・・まだ・・・」
いけない。嬉しくてテンション上がり過ぎた。振り回されてナチャは目が回っちゃったかな? この子、まだ病み上がりだったよ。よしよし。抱っこしてあげる。
胸に抱き上げナデナデ。
「さあ、お友だちよ。朝ごはんを一緒にたべよう! ナチャは何が好きなの? ベンチの中に食糧が入ってるんだよ。・・・えっと、ほら、バナナもライチもあるよ。ふわふわのパンもある!」
「・・・ったく、なんて強引なガキなんだ。あ、俺バナナな」
「ガキじゃないよ。ナチャのお友だちのシャイラだよ? 私もバナナ食べる!」
*
一緒に朝ごはんを食べながら、私がなぜ一人で宮殿の広大な庭を探検しているのかお話した。
でもって、ナチャのお話も聞いた。
ナチャは情報収集のためにここに来たんだって。人間の、眠りに落ちる瞬間の隙間を探っているそうだよ。この宮殿にカギがあるらしきことがわかって数日前に来たばっかりなんだって。
毎日のように行くから確実にあるのに決して存在を確認出来ない場所があるんだって。でもってそこを見つけて、その国の王様になるのが目標なんだって。聞いても何が何だかまったく分からないけど、魔物にしか分からないことなんだろう。
もしかして、ゼニスおばあさまが言ってた清廉の雫の『輪廻』っていうのに関係あるのかな?
「ほぉ・・・清廉の雫か。なかなか興味深い。なら、俺はシャイラに協力するしかないな!」
「でもさ、お手伝いしてくれるのはうれしいけど、手伝って貰うとその分、困難が課される仕組みなんだよ。ズルと見なされると天罰が下るらしいんだ。だから一緒に行くのはいいけど、私を手伝ったらダメだよ。それに魔は清廉の雫に近寄ってはいけないんだよ。私だってゼニスおばあさまに怒られちゃうし、試験失格になっちゃったら困るよ」
「大丈夫だ。俺はむやみに人を助けるようなお人好しではない。それにそんな神聖な場所に、そもそも俺が入るわけないだろう? 俺様の力こそが弱っちまうじゃないか。俺は眠りに落ちる瞬間の謎が知れればそれでいいのさ。後は自分であの眠りと死への空間の存在確認をする」
「ふうん。なら一緒に行こう。ナチャも私も目的が果たせるといいね。私、宮殿のこの庭で魔物に会うとは思わなかったよ」
「あん? 俺はここで幾つもの魔物に出会ってるぞ? この密林が神聖な場所って訳ではない。スポット的に神聖なエリアがあんだけじゃね? シャイラが今まで魔物に出会わなかったのは、そのアルシアって女と一緒だったからだろうな。階級が高位過ぎて、ザコ魔物からは忌避されてるんだと思う」
「・・・なるほど。アルシアと一緒にいた時は私、なぜか不安感も無かったのはそれだったのかも」
*
さあ、出発だ。すがすがしい朝の空気を胸いっぱい吸ってから、テクテク歩き始めた私。
地図を失くした私は、記憶を頼りに、先ずは祠を目指せばいいのかな?
「ねぇ、ナチャ。どうしてお帽子みたいに私の頭に被さっているの?」
「こうしていれば俺様は全方位見えるだろ? 実は俺の目は横にも後ろにもある」
「さすがになんか重たいし気になるよ」
私は両手で頭からヒョイッと下ろして抱っこする。
「じゃあ、縮んどくか」
わわ、びっくりしたぁ! ナチャは、つつつって小さくなって、私の手のり蜘蛛みたいになった。
なんだか、これならかわいいと思う。えへへ・・・
───私は肩にお友だちのナチャを乗せて、いざ、祠を目指すよ!