気分はお母さん
怖いから、棒の先に掴まらせて、あずま屋まで連れて行くことにした。
大きな蜘蛛さん。
「さっき地図で見たら、休めるとこがすぐ先にあったからすぐ着くよ」
「ああ、あずま屋か・・・。俺は魔だから結界に弾かれて入れない」
「そうなの? 私と一緒なら大丈夫じゃないかな? 蜘蛛さんが入れなくても、私は入れるし、救急セットがあるはずだから、手当してあげられるよ。ハァ〜・・ダメだよ? 綺麗な色だからって知らないキノコを食べたら。私のおじいちゃんも、キノコには絶対触るなっていつも言ってるよ。特に白い点々がついた赤いやつ。それと赤いカエルも要注意だよ」
「・・・いや、俺様は敢えて食ったんだ。毒素を体に蓄える為にな。それに俺の体も毒に慣れて強くなれるだろ? あのキノコには特に毒の量が多かったようだ」
「ふうん? 毒を食べなきゃいけないなんて、魔蜘蛛も楽じゃないんだね」
声はまだ弱々しいけどおしゃべりなんかして、さっき吐いたから少し良くなったみたいだね。
神聖な宮殿の庭にも魔蜘蛛がいるなんてね。恐ろしい大蛇もいるし、噛みつく魚もいるみたいだし、そんなもの?
「ふぅ、蜘蛛さん。着いたよ」
蜘蛛さんは入れないって言ったけど、私が持って入れば大丈夫じゃないかな? だって、私の荷物だもん。
「・・・蜘蛛さん。私を噛まないよね? 毒、吐かないよね?」
「・・・オイオイ、ガキ。俺は魔蜘蛛だが、姑息な下級魔物とは格が違うぜ?」
「ガキじゃないよ。シャイラだよ。私の肩においで、ほら」
木の棒を私の肩に寄せると、ヨロヨロしながら乗って来た。
「・・・シャイラ、俺はアトラナートだ。ナチャとも呼ばれてる。好きな方で呼べ」
「じゃあ、ナチャでいいや。入るよ」
ゆっくりとそおっと、一歩踏み入れる。
「おっ! 俺も入れた」
「わあい! やったね!」
さっそくベンチの座面を開けてみると、あったよ! 救急セット。
ナチャをベンチに下ろして横に救急セットの箱を置き、中を漁る。
幾つかの同じビンが並んでて、後は傷の手当の塗り薬と当て布やら、包帯とか。
ビンを1本手に取った。
えっと・・・これは「全ての生き物全般に使える万能薬(錠剤 服用)」だって。飲み薬だね。何に効くの?
開けてみたら、すっごく薬草っぽいまずそうな臭いがモワッとした。小さな細かな黒い粒状のお薬。
「こう書いてあるよ。全ての症状に対応します。持ち合わせている魔力許容量に応じて量を調節してください、だって。一回10〜1粒服用。人間は一粒以上飲まないでください。ナチャ? お薬はこれで良くない? あなたは大きな蜘蛛とは言え、私よりは体は小さいし、一粒でいいかもね」
「いや、今の俺は仮の姿だし、俺の魔力は甚大だぞ? 一瓶全部よこせ」
「ねぇナチャ?・・・そう思って毒キノコを食べ過ぎたんだよね? 注意事項に、飲み過ぎると、体が爆発するって書いてあるよ? じゃあ、取り敢えず、3つにしときなよ。開けたこの一瓶だけ貰っておこうよ。だから足りなかったらまた飲めばいいよ。傷の手当ての包帯も、リュックに一つ入れて置こうっと」
「ちっ、あるんだから全部持っとけばいいだろ?」
「それはダメだよ。後から誰か来て困ってしまうかも知れないよ? ほら、ナチャは お口を開けなさい」
ナチャは素直に私の言うことを聞いたよ。青い目の色の深さが変わるから感情もわかる。お薬、苦いんだ?
ウフフ・・・案外、蜘蛛もかわいいね。
「さあ、具合の悪い蜘蛛さんは私のお膝においで」
「えっ!? わわっ・・・!!」
私はナチャをそっと持ち上げて膝に乗せた。その体はビロードの綺麗なふわふわの毛に包まれてる。触ると気持ちいい。
「ゆっくり休めばじきに良くなるよ。おやすみ、ナチャ」
「お・・おう・・・」
なんだか私、小さい子の看病してるお母さん気分だよ。
膝の上のナチャを優しく撫でながら、お歌を歌った。この状況に自然に思い浮かんだ自作の子守唄。
ナチャはよい子 よい子はおやすみ おやすみは夢の中 夢の中は思いのまま ラララーララ〜♫
う? 私、もしかして音楽家の才能アリだったりする?
すぐにナチャは眠りに落ちたみたい。目の色が、スーっと暗くなった。
備品の毛布に包んで、そっと向かいのベンチに寝かせた。
顔を近づけて寝顔を覗いてみた。
ふふふっ・・・良い子に寝てるよ。
こんな蜘蛛さんでも一緒にいたらちょっと嬉しかったりする私は変かな?
私はエーゼお姉さんが持たせてくれた美味しい焼き菓子とお茶を飲みながら一休み。
今日始まったとこなのに、全然進まなかったな。まだ昼さがりだけど、今日はこれでおしまいだね。
まあいっか。
ここには壁についた棚に、薄いブローシュアが置いてあったよ。ご自由にお持ちくださいって書いてある。
この宮殿の庭について、イラスト付きで書いてあるみたい。
暗くなるまでここでこれを読んでいようっと。だったらこの時間は無駄じゃないよ。
*
子どもの私にはわかんない言葉も多くて、何回も読み返していたら、いつの間にか夕暮れになっていた。
壁についてた小さなランプがポワっと自然について、オレンジ色の柔らかい光で、ほんのりナチャと私を照らしてくれた。
ナチャは楽しい夢をみてるみたい。ムニャムニャ寝言、言ってる。
「ムニャ・・俺天才・・遂にやったぜ・・・空間魔法・・・ムニャ・・・完成・・ムニャニャ・・」
この分なら明日の朝には元気になってるね。