出発
鬱蒼とした小道を一人歩く私。
出発する前に優雅なお姉さんが貸してくれたリュックを背負って。
お天気だけど薄暗い道。よくわかんない動物の鳴き声が聞こえただけでビクッてするし、近くでガサッと音がすれば思わず足が止まってしまう。
アルシアと歩いた時は楽しい気持ちしか無かったのに・・・
てくてく歩きながら出発前のことを思い出す。
ゼニスおばあさまの侍女の優雅なお姉さんとの会話。あのお姉さんは優しいし、陽気で気さくで好き。
*
「シャイラちゃん、焼き菓子がまだたくさん残ってるわ。飲み物と一緒にこのリュックに入れてあげましょう」
優雅なお姉さんが、すんごい古くてボロっちいリュックをどこからか持ち出して私に持たせてくれた。
「優雅なお姉さん、どうもありがとう。けど、このリュック、ずいぶんと使い古しだね・・・」
「どういたしまして。クスクスッ・・・私は確かに優雅なお姉さんかもだけれど、名前はエーゼよ。それと、このリュックはこれでも一番マシな物を選んで来たのよ。かつての試験に挑んだ子どもたちが使った、歴戦のリュックなの」
(。ŏ﹏ŏ) ムムッ
・・・えっと、なんだか今から始まる私の冒険はすんごくハードだって物語ってない?
「エーゼお姉さん・・・ここに大きな穴が空いたのかな? 当て布で繕ってあるよ?」
「ああ・・・その穴は確か、試験に挑んだ子が湖に落ちて、大きなお魚に襲われたのだけど、幸いにも噛まれたところがリュックで助かったという幸運のリュックなのよ。よって、このリュックは縁起がいいのよ♡」
「・・えっと、エーゼお姉さん。その子はどうなったのですか?」
聞くのも怖いけど、聞かずには出発出来ないってば。
「その子は、そこでリタイアしたわ。危機一髪で助かったけれど、そこで怖気づいてしまったの。優しくていい子だったのに残念だったわ・・・」
「へー・・・」
人を襲うお魚がいるなんて知らなかったよ! 宮殿の庭に湖なんてあったの? 今まで何回も遊んでても見たことない。 アルシアと祠に行った時にも、そんなとこ通ってないよ。その子、迷子になって道が逸れてしまったのかも・・・
「あの湖は気分によって現れたり消えたりするの。いつも水をたたえているわけじゃないのよ。現れる場所も神出鬼没なのよね・・・。けどシャイラちゃんは大丈夫よね? アルシアが前回道案内してくれたから、だいたい行き方はわかるもの。祠に行き着くまでは本当に難しいものね」
難しい? アルシアと行った時はそうでも無かったけどね。まあ、私は道はなんとなく覚えていると思うけど、油断は禁物だね。それはいいけどさ、私は祠に行く前に、大蛇から短剣を取り返さなきゃなんないんだよね・・・
ってことはだよ? 知らない道にも行かなきゃなんないってことだよ。だって探さなきゃいけないもん。
*
手頃な棒を拾って邪魔な葉っぱをバシバシ払いながら進む。
点在するあずま屋は安全スポットだよ。
どこにあるのか地図で場所を見ておこう。結構歩いて来たけれど、この近くにもあったっけ?
アルシアと祠に行った時は幾つか途中で見かけた記憶はあるけれど、寄ってない。小さな茅葺き屋根の、壁が少ししかない扉もないおうちなのに、そこには怖い動物は入って来ないんだってエーゼお姉さんが教えてくれた。ベンチの椅子を開くと寝袋や食べ物も入ってるんだって。救急セットもあるらしい。
持っていた棒は小脇に挟んで、両手で地図を広げる。
えっと・・・今はここだから、あずま屋はすぐ先にあるみたい。まだ疲れてはいないけど、行ってベンチの中身を確認しておこう。うん。
・・・ボテッ。
んっ?!
地図の上に突然現れた黒い物体。
「た・・・助けて・・くれ・・・クラクラして・・・クッ、俺様としたことが・・・・」
ビロードの綺麗な毛に包まれたずんぐりしたフォルム。正面に4つ並んだ透き通るような深いブルーの大きな目。足がいっぱいのこれは・・・
ゲゲッ!!!! ((((;゜Д゜)))
でっかい蜘蛛が私の地図の上に落ちてきたッッッ!! 上の木の枝から?
ググッ・・・恐怖で固まって動けない・・・
ドキドキドキドキ。物体から目が離せないまま、自分の鼓動が痛い。
アルシアを守るためだったらあんなに勇気が出たのに、これはどうしたことなんだろう・・・
───オエッ・・・レロレロレロ・・・オエッ・・・ウウウ・・・
ウソッ! しかもこの蜘蛛、ゲロを吐いて、私の地図を台無しにッ!!
立ち込めた鼻を突く臭気と、湯気を上げながら溶け始めた私の地図。
地図が破れて大蜘蛛がボテッと地面に落っこちた。
私の両手はそれぞれ、地図の切れ端を握ったまま、ワナワナ震えてる。これは恐怖のため?
違うよ。これは怒りのためだッ!
「ちょっと蜘蛛さん! これはどういうことなのッッ!! なんてことしてくれたのさッ! 私、これがないと大蛇探しに支障が出るよ!」
「す、済まない・・・ウウウ・・・俺様、なんという失態・・・しかし・・・いかんせん・・・今だけは・・・」
お父さんの手のひらくらいありそうな大きな蜘蛛さんは、震え声で答えた。
弱ってる可哀想な生き物を目の前に、私の怒りは緩やかにしぼんで行く。こんなに弱ってたらもうすぐ死んじゃうのかも。
───ってか、待って! なんで蜘蛛が喋るのさッ!?
持っていた棒でつついてみた。
「バ、バカヤロウ、ヤ、ヤメロ・・お、俺は・・・オエッ・・・アトラナート。魔蜘蛛だ・・・おい、ガキ。助けてくれ。ここで俺に恩を売って置いて・・お前に・・・損は・・ないぜ? オ゙ェッ」
ここは不思議な世界だから、きっと蜘蛛が喋ることもあるんだね。けれど、それはさて置き。
ムムッ・・・ (ー_ー;)
魔蜘蛛アトラナートとやら。私に助けて欲しいくせに、しかもすっごい迷惑かけたくせに態度デカくない?