【Prologue】 アルシアとの出会い
───それは余りにも遠く昔の事ゆえ、このわたくし本人の体験であるにも関わらず、自身にさえ夢現だったのではと思えてしまうくらいなのですわ。
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わたくしがシャイラ、という女の子として生まれた家では、果樹園を経営しておりましたの。
物心ついた頃のわたくしは既に、果樹園で作業に精を出す家族の元と、周囲の緑の中とを行ったり来たりしながら好き勝手に駆け回って過ごしておりましたの。
まだ力も無くほぼ役に立たない私は、忙しい家族の周りでウロチョロされると仕事の邪魔だったのでしょう。まあ、お陰様で放牧状態といいますか。
退屈など一切しませんでしたわ。毎日が、私の、私による、私のための時間だったのですもの。
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そのように、都から外れた村民の子どものわたくしですのに、なぜか金色輝く眩しい夢のような美しい宮殿に、わたくし1人だけ出入りしていたのです。こんなのって不思議なことですわよね?
地方のごく普通の農家の末娘であるわたくしですのに。
それはわたくしの家族も知らないことでした。もちろん、わたくしは宮殿での体験などを家族に話したのですが、兄弟たちからはウソつき呼ばわりされたし、親からは妄想癖の子どもだと思われていたようですわ。
本当のことですのに。
宮殿に出入り出来るなんて、それはなぜだか存じませんでしたが、高位のあるお方がわたくしのことを気に入ったゆえの特権だったようなのですが、いつどこで誰がわたくしを見かけて気にかけて下さったのかは、当初は知る由もなく。
ただ、わたくしを宮殿に招き入れて下さる優雅な紳士の使いが突然わたくしの元へ来るのです。たなびく鬣がエレガントなツヤツヤの毛並みの白馬が引く、紅いビロードのふかふかの座席を備えた素敵な馬車と共に。
「シャイラ様、お迎えに上がりました。宮殿にてゼニス様がお待ちです」
夢心地で美しい装飾の施された箱型の馬車に乗って、ふわふわした気持ちのまま案内された先には、物知りで上品なゼニスおばあさまがいらして、自身の若き頃の冒険譚を聞かせてくれたり、遠き昔に失われた伝説の大陸の興亡の壮大な物語などを、まるで間近で見てきたかのように生き生きとお話してくださるのです。
お陰様でわたくしは、無自覚ながら自分の家での生活ではまず知り得なかった世界の理も少しづつ知れていたのですわ。
おばあさまのお部屋は、とても不思議なお部屋でした。おばあさまがツンと床を杖で叩けば、硬い床に波紋が広がって、その真ん中はまるで澄んだ水鏡。そこからすごく高いところからズームして、地上の至る場所の様子を見ることが出来たのですもの。
数回通う内に、わたくしと同じくらいの年頃の「アルシア」と呼ばれる女の子を紹介されましたの。アルシアはその宮殿の片隅に住んでいるらしかったのですが、詳しいことはわかりません。
彼女はわたくしと同じ年頃の幼き少女だったけれど、わたくしとは全てがまったく違いましたわ。彼女の本当の身分を知ることは、ゼニスおばあさまのお特別なお話を授かるあの日まで知ることはありませんでしたが、子どもながらも大変高貴な生まれに違いないとは感じおりましたわ。
アルシアは常時、ギリシャ神話に出て来る女神のドレスの裾を短くしたような、シンプルでいて美しい衣装を纏っておりましたが、その薄絹の布地からして、私のとは全然違っていましたし、滲み出る雰囲気も、私や私の周りにいる子どもたちとは全然違っていましたもの。それに柄の装飾が美しい小さな短剣を腰に下げておりましたし。
高貴の身の上だろうに私に高飛車な態度を取ることはない、穏やかで優しいアルシアだったこともあり、まして子どもの私にはさして忖度など働くことは無く、ごくごく普通に接していました。
アルシアは、好奇心に溢れた無鉄砲でお転婆なわたくしと、会う度に仲良くなっていきました。
広く複雑な作りの宮殿のあちこちや、小さなあずま屋が幾つもある広大な敷地の庭をアルシアと探検した記憶は、ふとした時に思い出す懐かしき楽しき思い出ですの・・・
紛れもない、アルシアとの出会いこそが、わたくしの魂を壮大なものに変えたのですわ。
思い出す、その運命の動いた起点はあの日────
次回、子供時代から、物語始まり始まり _φ(゜Д゜ )