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シニガミノムン

作者: 物書きの端くれ

「実は僕、人間じゃないんだ」 その言葉が彼の、ムンの運命を変えることとなったのでした……。



「おい、ムン!! まだ終わらないのか?!」 デスクでデータ打ち込みの仕事をしていたムンは慌ててノートパソコンの画面から顔を上げます。引き攣りそうな顔を無理矢理笑顔に変えて言いました。


「はい、すいません。もう少しかかりそうです」

「まったく、鈍いったらありゃしない。とにかくそれが終わったら、俺のデスクまで来いよ。すぐにだぞ!」


「はい、すいません……」 ムンは少し泣きそうになりましたが、これがいつものことです。更に周りの社員の視線と馬鹿にしたような笑い声がムンを突き刺しますが、ムンは気にしないようにしました。


 NO.4242564[氏名:デニス・バートン / 性別:男性 / 年齢:89歳 / 職業:退職済み(元郵便局員) / 好物:ハンバーガー / 死因:老衰 / 備考:現在天国にて転生待ち]などのたくさんの情報を最後の欄に打ち込むとムンは、はあ、と溜息をつきます。しかし、休んでいる暇はありません。さっき呼んでいた上司の元にすぐにでも行かなくてはなりません。


 ムンはもう一度溜息をつくと、重い腰を上げて呼んでいた上司のデスクまで行きました。

「あ、あの……、大変お待たせ致しました」


「ああ。あ、なんだお前か。やっと、きたのかよ。はいこれ」 ムンは差し出された用紙1枚を受け取りました。

「えっ? これって、何でしょうか」 ムンは大量の打ち込みの為の資料を与えられると思っていたので、予想外のことに尋ねていました。

「何って、見てわからないのか? 次のお前さんの仕事だよ。下界に行ってその資料に書かれている人物の魂を回収するんだ。シニガミの仕事の基本だろうが、まったく……」 上司は機嫌が悪いのか忌々しいそうに言いました。


「あ、あの、そんなこと言われましても、僕、その、派遣ですよ?」 そう、ムンは正規のシニガミではなく、派遣のシニガミなのでした。


「いちいちうるさい奴だな。そんなんだから、新卒で派遣なんかやってんだよ。周りを見てみろ、忙しいんだ! お前みたいな、役立たずでも使わないと回らないんだよ」

「で、ですけど、この資料は何ですか? 名前はおろか、性別も書いてないし、年齢も書いてないじゃないですか。そんな人間がどこにいるって言うんですか」 

 ムンの貰った資料は空白だらけだったのです。書いてあったのは、亡くなる日時とその人物の所在地だけでした。あとは対象人物が写っている写真が1枚です。それもぼやけていてあまりよく見えません。


「だから、うるさいと言っているだろう!! 亡くなる前にそれらを調べあげて、魂をあの世にまで無事に連れてくるのがお前の仕事なんだよ。亡くなるまでの期限は2週間、さっさと調べて来やがれ」


 ムンは呆然としました。2週間後に亡くなるということはつきっきりで対象人物に寄り添い、調べ上げなければなりません。死因が何なのか、もわかりません。亡くなるその日、一時も目を離せないでしょう。


 そして、何より重要なのは魂を回収することです。シニガミが回収し損ねた魂は下界を飛び回ることになります。最悪の場合には悪魔に魅入られ、魂は適切な判断を下されることなく、地獄に落ちることになるでしょう。

 もし、そうなってしまったらムンは派遣としても即刻クビを言い渡されることになります。


「わ、わかりました……」 ムンは歯切れ悪くそう返事をしました。しっしっ、と上司はあっちへ行けというジェスチャーをしていたので、準備をしようとムンは自分のデスクに戻ろうとしました。

 しかし、「あ、ああ、そうそう」と再び上司に呼び止められてしまったのです。


「下界に行く前にあの世派遣協会のお前の担当者が来てたから。ちゃんと挨拶しておけよ」

「はい、わかりました……」


 ムンは待っていた担当者の元へ行きます。

「すいません、お待たせ致しました」

「あ、はいはい、ムンさんね。えっと、君は今月までだったね」

「ええ。そうなりますね」

「来月からも来て欲しい旨は聞いてないから、今月で退職ということになるからね。退職の手続きの資料は君の家の方に送るから、書いたらそのまま送り返してくれたらいいから」

「はい……」

「じゃ、残り一ヶ月頑張って。くれぐれも迷惑はかけないように」 そう言うと、ムンの担当者は帰っていきました。

 

 ムンは今月で仕事を失います。前から決まっていたことですが、次の仕事は決まっていません。ムンは退職したら早く仕事を探さなきゃな、と心に決めたのでした。


 自分のデスクに戻ってきたムンは下界に行く準備を整えます。下界は現在、真冬です。ムンは父から受け継いだ黒いコートを羽織りました。と言っても、父は生きてはいます。祖父も生きています。ただ、現役のシニガミを退いたというだけです。

 準備をしていると、他の社員が「おい、鎌は持っていかないのか」とちょっかいをかけてきました。今どき、あんな大きな鎌を持ったシニガミはほとんどいません。あれは、あくまで言うことを聞かない人間を脅すための道具でした。

 ムンにとっては、そんな道具は野暮であまり好きにはなれませんでした。代わりにナイフを懐にしまいました。ムンはこっちの方が手軽に持ち運びが出来て気に入っていたのです。


 会社から支給される2週間分の資金4万円を財布に突っ込むとムンは下界へと降りて行きました。遂に資料にあった対象人物のいる近くに降り立つのです。

 降り立った時には夜でムンの知っている下界とは少し様子が異なりました。そこは人が住むような場所ではなかったからです。

 家屋があったような跡は沢山ありますが、崩れて倒壊しています。酷いものだと家の原型をとどめていないものもありました。

 そんな中、いくつか壊れていないコンクリート製の建物があります。ムンは探している対象人物はこのどこかにいるかもしれないと思いました。

 ムンは1つの建物の外壁をすり抜けると、内部に入り込みました。

 

 シニガミとして働いている者には力があります。ある限定の限られた人物にしか姿形、声が認められなくなるもので、その状態になると、下界のあらゆる物体をすり抜ける力を使うことが出来ます。限られた人物というのは、近いうちに亡くなってしまう対象人物になるわけです。

 また、この力は便利なもので、あの世の住人でありながら、下界の人間社会に溶け込むことも出来ます。つまり、姿形が全ての人間たちに見える状態にもなることが出来るということです。例え、派遣のシニガミでも……。


 対象人物に自身がシニガミであると理解してもらうには、力を使った状態がいいだろうと判断したムンはその状態で建物に忍び込んだのでした。ムンは不器用ですが、馬鹿ではありません。そしてムンには真っ当な施設の建物にはどうしても思えなかった、という点もあるのでしょう。


 ムンは建物のあっちこっちを歩き回りました。途中、機関銃を抱えた恐ろしい顔をした背格好の大きな人たちとすれ違いましたが、ムンの姿は見えていないようで、そのまま素通りしていきました。


 とある壁をすり抜けた時でした。ムンは思わず、声を上げてしまいました。

「な、何だこりゃあ!! おいおい、嘘だろ……」 そこは大きな監獄施設でした。檻がいくつもあり、中には1人ずつ人間が収監されているようでした。

 なるほど、刑務所だったのか、とムンは機関銃を抱えた人たちを思い出し、1人納得しました。


 ですが、おかしいのです。収監されているのは年老いた人たちや痩せ細った人たちばかりで、ムンにはどうしても犯罪者には見えないのでした。

 1つずつ、檻の中を確認していきますが、誰もムンの姿は見えないようです。ムンもぼやけた写真を片手に顔を確かめていきますが、対象人物は見つかりません。


 隅から隅まで確認し終え、隣の建物なのかもしれない、と思いその場所を後にしようとした時でした。ムンの耳には微かに鼻歌が聞こえたのでした。

 それは聴いたことがないメロディにも関わらず、なぜか懐かしいとムンは感じていました。

 鼻歌のする方へ耳を澄ましながら進むと、もうないと思っていた箇所に1つ鉄の扉がありました。

ここから、鼻歌は聞こえてきます。ムンは中を確かめようと、鉄の扉をすり抜けました。


 ──突如、鼻歌が止みます。


「あなた、だあれ?」 代わりにそんな言葉が投げかけられたのでした。鉄の扉の向こうは真っ暗でムンには最初何も見えませんでした。しかし、可愛らしい声は聞こえました。

 ムンには見えませんが、向こう側には見えているようです。そう、つまりムンが探していた対象人物がそこにはいたわけです。

 ムンはしばらくすると、暗闇に目が慣れてきました。回りを見回してここが小さな光1つも通さない独房であることもわかりました。


 そして、ムンは独房の真ん中で鎖に繋がれた1人の子どもを見つけたのでした。首を覆うまで伸びた髪はボサボサで、埃のせいか白くなっていて、一部は赤黒色をしています。古い血のようで固まり、髪にこびり付いていました。

 よく見てみると、頭には4センチ程度の亀裂がありました。亀裂が出来て長い間放置されていたのでしょう、血は止まっていますが、傷口はそのままです。


 子どもの顔面は鼻血が流れたまま固まった血の跡があるものの、ムンの顔を認めた途端、無邪気に歯を出してニイッと笑いました。

 服装もぼろ切れのような長いシャツ1枚だけです。もちろん薄汚れ、血の跡があります。一番気になったのはその子の体型でした。見たところ10歳位なのですが、酷く痩せ細っていました。


「あなた、だあれ?」 その子が同じ問いを投げかけます。

「ワタシはムンだ。シニガミをしている。君を迎えに来た。魂を回収しに……」

「ムン? シニガミ? タマシイ?」

「そうとも。君の名前は?」 ムンは報告書作成のために名前を聞きました。

「名前? そんなのないよ」 ムンは顔を顰めました。失礼だと思いながらも性別も聞いてみます。

「男の子、女の子?」

「女、と思うけど……」 ムンはまたしても顔を顰めます。確かめたくても、そんなことムンには出来ません。ムンは仕方なく性別は女性と記しました。


「ねえ、ムン」 少女が呼びかけてきます。

「──ん?」

「実は僕、人間じゃないんだ」 ムンは内心マズいと思い、心を落ち着けさせるよう心がけました。

「女の子なのに、僕って言うのかい?」

「そんなん、関係ない! よくここに来て僕を殴る奴らは僕をゴミって言うよ? ね、だから、人間じゃないんだよ」 ムンは心が締め付けられる思いがしました。

 恐らくこの子は奴隷だ。そしてこの子の死因は、餓死か暴力による……、それ以上は考えたくなどありませんでした。


「なあ、名前呼ばれるなら何がいい?」 ムンは少女に尋ねました。

「ええっ、名前? うーん、なーんだろ。僕が決めていいの?」

「いいとも」


「僕ねえ、逆さま遊び大好きなんだあ。しんぶんし、逆さまから呼んでも、しんぶんし、ねえ!」 少女はけらけら、と嬉しそうに笑いました。

「だからねえ、あいつらが言うゴミを逆さまにして、ミゴがいい!」

「そうか、ミゴか。わかった、良い名前だ」 その時にはすでにムンの中では気持ちが固まっていたのでした。


「なあ、ミゴ。ムンと一緒に来ないか?」

「へえ? シニガミさんとミゴ行くの。ムンはミゴの魂を取りに来たんじゃないの?」

「気が変わった。どうせ、あと一ヶ月でムンも無職なんだ。どうせ、最後なら1つデカいことをしてやりたい」

 死期を決められた者の寿命を延ばすこと、それはあの世では絶対にやってはいけないきまりだったのです。そのきまりを破った者は仕事のクビどころの騒ぎではありません。あの世に住む者には死刑はありません。それ以上、どこにも行けないのですから。つまり、あの世からの追放、下界に降りるしかないのでした。


「わかったあ、ムンと一緒に行くー!」 ムンは懐からナイフを取り出すと、ミゴの鎖を断ち切ってやりました。これも、シニガミの力と言っていいでしょう。

 そのままムンはミゴを抱きかかえると、ミゴと共に壁をすり抜けて行きました……。


 ──数時間後、遠く離れた地のファミレスでムンとミゴは食事を摂っていました。ミゴは口周りをケチャップで汚して、ニコニコと笑っています。


 ムンは財布の中身を確認しつつ、はあ、下界でも仕事探さなきゃな、と思いました。しかし、ミゴの笑顔を見ると、自分のしでかしたことを誇らしげに思うのでした……。

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