王子と侍従
クローデンバアム王国には、誰もが溜息をついてしまうほどにお美しい王子様がいらっしゃいます。
第五王子様のレンフォード様。
御年も二十五歳になられ、結婚を考えられるには丁度良い。
それなのに、浮いた話一つない。
なんと悲しい事でしょう。
月の輝きそのものの御髪に彩られたお顔は、そこいらのご令嬢にはない麗しき、どころか天上画さえ霞む神々しさ。
両の瞳など、晴れ渡る空そのものです。
ですが、ですが、浮いた話が一つもない。
性格が悪いとお思いですか?
そんなことはございません。
下々の者を気遣い、常に優しいお言葉をかけて下さる高尚な方です。
美人だろうが醜女だろうが、態度を変えられた事などございません。
個人的にちょっと美人には差を付ければ、簡単に一夜の遊びぐらい。
いえいえ、今のは聞かなかった事に。
いえいえ。
ここまで侍従長でありますわたくしが言ってしまうぐらい、王子の浮いた話が無い事にわたくしが心を痛めていると受けとってくださりませ。
恋愛ごとなど自由にさせろ、と?
侍従長であるわたくしの死活問題でございます。
よろしいですか?
わたくしは侍従長。
わたくしこそが王子に一番に付き従うべきものなのです。
王子がどこに行くにもお供をし、生きも死にもお供をする。
それが侍従長でございます。
ですが、死出の旅路は、寿命を達成してからのお話しではありませんか?
「セバスチャン。軍部から元帥府の着任要請があるのだが、私としてはギラリウス砦の守備の方に赴きたいのだがどうだろう?」
「ギラリウス砦は前線じゃないですか!!残虐で無学な異教徒、チャザワ族との諍いが絶えない所でしょうが!!却下です。却下」
「でもね。私が行くことで砦への補給は確実なものになるでしょう。安全を守ってくれる兵士の生活環境が良くなるんだよ?」
本当に二十五歳か?
あなたの兄は、同じ年の頃は三人の愛人を囲んでいたぼんくらですよ?
兵士の命?消耗品でしょ、な、お方達ですよ!!
「おやおや、セバスチャン。急に泣き出すなんて、君の家族が砦にいたのかい?」
王子の侍従が出来るような身分の人間に、前線に送られるような末端兵の身内はいません。
そして殿下、私はセバスチャンではなく、ディラン・ジェイコブスという本名があるのです。
ジェイコブス伯爵家の三男です、殿下!!
なぜにセバスチャンとしかお呼びにならないのですか?
「どうした?セバスチャン」
「なんでもございません殿下。わたくしは殿下の慈愛に満ちたお考えにいつも感動して言葉を失ってしまうだけです」
「では、賛成か」
「反対です」
あ、珍しく、気分を害したぞ、というお顔をされた!!
初めて出会った子供の頃を思い出すのそのお顔に、わたくしは思わず奥歯を噛みしめてしまいました。
ああ!!
ふふ、とお笑いになった。
天使、ここに天使がいる!!
「君も笑ってくれたらいいのに」
「わたくしは侍従長です。わたくしがフラフラしては下々に示しがつきません」
あ、またむっとした。
五歳児にも見える表情です、殿下。
ああ、もしかして!!
殿下は気さくな性格ゆえ、表情が豊かでいらっしゃる。
そんな表情をされるから、女性方のお気持ちを惹けないのでは。
女性は不機嫌な顔つきをした三下悪に何故か惹かれやすい。
女性が身を持ち崩しやすいのは、本当の優良物件を見抜ける目が無いからか?
我が殿下はこんなにも素晴らしいというのに。
いや。
殿下の素晴らしさがわからない女など、殿下の妃候補に値するわけ無いのだ。
これは素晴らしい振るいになるのでは。
はっ!!
無意識で女性を振るい分けていらっしゃった?
「浅はかでした~」
「いや。どうした?」
「いいえ。まず殿下の女性へのお好みこそ聞くべきでした」
「私は君の話の方向性をまず聞きたいな」
「よう聞いてくださりました!!」
「前言撤回して良いか?」
「何をおっしゃいます!!聞いて頂きます。前線基地に着任して兵士の士気をあげたい。それは素晴らしいお考えです」
「では」
「聞いて頂きます。良いですか?あなた様は尊い存在。もしもの事をお考えになり、身を固めなさるべきなのです。お世継ぎのことをお考えあそばしてください」
「私は五男だが?逆に無駄に繁殖したら、国民の負担にならないか?」
「大丈夫です。従兄妹同士は結婚できますから、兄上様方の王子やお姫様に差し出せばよろしいのです。さすれば、殿下の素晴らしい外見を持ったロイヤルファミリーが出来上がります。王家への支持率アップです!!」
「いっそう繁殖する気が無くなった。そして君が私を血統書付きの犬猫程度にしか考えていないとわかって悲しい」
「何をおっしゃいます!!殿下は至高です。そんな殿下のお子様をこの腕に!!そう考えるのは仕える者の夢!!殿下はぜんぜんわかっていらっしゃらない」
「それで、私の砦行きはどうする?私は行く。君は嫌ならば王宮に留まっていればよい。そうだ。君が私に結婚を薦めるのはそれが理由だろう。学校を出た後は軍部に入り、君は私の副官としてどこまでもついて来てくれた。それに甘えてしまったが、君は戦場などほとほと嫌だったのだな」
当たり前です。
砲弾が飛び交う戦場を愛する人間などおりません。
ですが、そんなしょんぼり顔をなさらないでください!!
「私は君といる限り、どんな場所でも学生時代のような気がしていた。だが、私はそろそろ大人になるべきなんだろうな」
…………卑怯なり!!
その憂いを含んだ寂し気な表情とその台詞!!
わたくしの胸に、ストンストンとおかしなものが刺さるではありませんか!!
「セバスチャン?」
「ギラリウス砦への着任の準備をしてまいります。前線基地に生半可な気持ちで向かう事などできません。殿下の覚悟はようわかりました」
わたくしは、最高の侍従。
殿下の幸せを第一に考える僕でございます。
ええ、あなた様の為に学生時代を差し上げましょう。
わたくしの青春な時代が戦場ですりつぶされてしまいますが!!
「やっぱり君は戦場が好きなんだな。学園でも上級生を幾人ものし、戦場では強面連中が震えながら君に膝を折っていた。私は輝ける君の輝きを消したくはない。そのためならば、どんな環境でも耐え忍ぼう」
わたくしは殿下への笑みを崩さなかった。
しかし、私の中で殿下の人物像はしっかりと崩れていた。
がらがらと音を立てて。
こんな鈍感で視野が狭いんじゃ、女にモテるわけねえ。
誰よりも信頼し、何よりも大事な侍従が下がったあと、レンフォード王子は王子にはあるまじきぞんざいな仕草で大きく溜息を吐いた。
これで兄の親友の妹に手を出した問題から逃げられる、と。
「大丈夫だ。セバスチャンならば前線だろうがなんとかしてくれる。私よりも小柄だが、闘牛並みに喧嘩が強い。絶対に彼が私を守ってくれる」
ろくでなしな王子と侍従の掛け合いでした。
王子は高身長の金髪碧眼の美青年です。
そして侍従のディラン・ジェイコブスは、黒髪にカラメルシロップ色の瞳をした、王子よりも小柄な美青年となります。




