高松城攻め【最終話】(宴に華を!)
1582年6月3日の朝、羽柴陣中より1人の使者が高松城へ派遣される。
加藤清正である。清正の任務は、清水宗治達に切腹の時刻を伝える事であった。
清正は、清水宗治達4人が待つ部屋に通された。
『某、加藤清正と申します。本日は、皆様に明日の時刻をお伝えに参りました。』と清正が宗治達に必要な事を簡潔に、礼儀正しく伝えた後、月清が清正に話かけた。
『加藤殿、つかぬ事を尋ねるが冠山城について知りたい。冠山城には私の弟子達が数多くいた筈じゃ。その者達がどうなったか、いや、お主が戦いながら感じた事でもよい、話してはくれませぬか。』
『ハッ、私が分かる事であれば何なりと!。』と、素直な大男の若武者は、二つ返事で快諾したのであった。
清正は、冠山城の者達がそれぞれ獅子奮迅の働きをし、序盤は戦上手で知られる宇喜多忠家率いる宇喜多軍を一方的に壊滅した事を告げる。
1週間の戦いで宇喜多勢は、半分以上の兵を失い、共闘した羽柴軍にも少なくない犠牲者が出た事を伝えた。
45名の槍部隊と、大太刀の4剣士の武力は織田軍の脅威の象徴であり、気がつけば8千人近くの者が討ち死にした事も告げた。
その話を聞いた月清、宗治、宗忠、三兄弟全員が、涙を流し嬉しがる。
泣いている3人を清正が不思議そうに見ていると、末っ子の宗忠が説明するように清正に言う。
『スミマセヌ、その者達は、もともと我が家の者達で、みな家族のような存在でした、その者達の話を聞くと、皆がこの城にいた時の事が浮かんできて・・・』
『そうでしたか・・。』『それでは、竹井将監殿も・・・。』と清正が久之助の名前を出すと、宗治が反応した。
『久之助、いや、竹井将監はどの様にして亡くなったのじゃ?清正殿、もし知っていれば教えて下され。』
『竹井将監殿は、私が討ち取りました。私が出会った敵の中でも、一、二を争う程の強者でした。』
『城へ一番に飛び込もうとした時、いきなり、私の馬が斬られ、馬から落ち、目にも止まらない速さと連続攻撃、何度も死を意識しました。何とか、運よく倒す事が出来ました。もう2度としたくない経験でした。』と清正は情景を思い出しながら本音を漏らした。
『・・・・・。』、清正は何か言いたそうで、言えない、そんな素振りを見せる。
『将監殿は、私が目標にしたいと思った武士でした。』と清正は言葉を選んで話を終わらせた。
日頃、それ程口数の多くない、清正であったがその後も、3人から聞かれる事には丁寧に答えた。気がつけば1刻が過ぎていたと思うぐらい時間はあっという間に過ぎたのである。
『清正殿、お主と将監が命のやり取りをしていたとは、しかもあの強い将監をお主が討ち取ったとは、驚いたぞ。』
『ワシらも武士じゃ、お主に恨み言は言わん、ただ、討ち取られた将監の名誉の為にも、これから自分の命を大切にして下されよ、ワシらは、明日久之助の待つ場所へ逝くがお主の武運を祈っておるぞ。』と宗治は、最後に優しい言葉を清正にかけ、別れの挨拶をしたのであった。
(実は竹井将監殿は未だ生きている。)と喉の奥まで言葉が出かかったが、口止めされた時の秀吉、秀長の顔が浮かびグッと我慢した清正であった。
加藤清正を見送り、部屋に戻ると其処には鴨鍋が用意されていた。
『宗治殿、月清殿と宗忠殿が、最後に4人で美味しい物を食べようと提案されて、ワシは兄弟3人水入らずで、と言ったのだが・・・。』と気恥ずかしそうに末近信賀が宗治に状況を説明する。
『何を言うのですか、それこそが無用の遠慮と申すモノ。信賀殿は、既に心の兄弟じゃよ。』と、宗治は笑いながら信賀の隣に座る。
月清と宗忠がどこからか、鴨肉と野菜を持ってくる。
『清正殿が着た後に、織田方の陣から食料と酒が届いたそうじゃ、相手の大将、羽柴秀吉とは気の付く御方らしいのう。』と月清が言う。
『偶然にも、我々と同じく鴨汁が好物らしいと噂が、六郎兄、今日は鴨肉独り占め駄目ですよ。』と宗忠が、ナマグサ坊主の兄に前もって注意するように言う。
『酒もある、粋な心遣いじゃ。』と宗治が言う。
(その宴、私にも参加させてはくれませぬか?)、女性の声が4人の心に聞こえた様な気がした。
突然閉まっていた襖が勢いよく開く。一瞬まぶしく光る。
光で目がくらんだ4人が、みた者は美しい天女の様な女性が礼儀正しく座っている姿であった。鶴姫であった。
『お初にお目にかかる、私は三村家親の娘、鶴と申します。今日は、皆様の最期の宴に華を添えたく、参りました。』と鶴姫は自己紹介しスッと部屋に入ると、4人の盃に酒を注ぐ。
4人は狐につままれたような状況になり、驚く。
『さあ、宗治殿、月清殿、信賀殿、宗忠殿、先ずは一杯お飲みくだされ。』と鶴姫は陽気に言う。
『鶴姫殿、名前は何度も聞いていたが初めてお会いする。想像してた以上の美人じゃな。』と月清は言い、鶴姫の言葉に誘われるように盃に入った酒を豪快に飲み干した。
それを見た宗治も、『冥途の土産に、良い経験ができるものだ。』と自分の盃の酒を飲む。
気がつけば、5人は楽しく食事と酒を楽しんだ。鶴姫は4人と共に酒を飲み、時には余興として舞を踊る。
楽しい時間が流れる様に過ぎていく。宴会が進むにつれ、会話が弾む。
『鶴姫殿、久之助、竹井久之助はそちらで元気にやっておりますかな?。』と宗治が鶴姫に久之助の事を聞く。
『宗治殿、驚かないで下さい。久之助は悪運強く、未だ生き残っておりまする。』
『ェええ、今何と申された。久之助が生きている。一体どこで??。』
4人は驚き、それぞれ鶴姫の言葉を聞こうと集中する。
『先程、加藤清正という大男の若武者が来ておられましたでしょ。』
『あの者が、久之助に止めを刺さず、自分の家来に担がせて逃げてくれたのです。今は近くの寺で身体を休めておる。』
『あの若武者は、久之助の刀と兜だけを持ち、陣へ戻り、久之助に止めを刺さなかった事を主君に報告したのです。』
『報告を聞いた主君は、若武者に口止めをした後、それを条件に、竹井将監を死んだ事として処理したのじゃ。』
『先程、若武者が物言いたそうな素振りをしていたじゃろう。』と言い、鶴姫はニコリと笑う。
『宗治殿、大丈夫じゃ、久之助は私達の分迄生きてくれる。お主の息子原三郎もそうじゃ、宗忠殿の子も、信賀殿の子も、みんな大丈夫じゃ。』と優しき女幽霊は4人の男の目をそれぞれ見て、笑顔で伝える。
鶴姫の言葉を聞いた男達も、鶴姫の笑顔以上の笑顔を見せる。3兄弟は、久之助の生存をしってうれし泣きである。
『鶴姫殿、もしや、其方、その事を我々に伝える為に来てくれたのか?。』と宗治が鶴姫に聞く。
『私は、先程言った様に、この宴を盛り上げに来ただけじゃ、7年間、皆様のお蔭で楽しい経験が出来た。お主らが良い人間であったから、私も幸せだったと感謝の言葉を言いたくてな。』と鶴姫は照れた様な笑いをして、宗治の推測を否定した。
『それより、宗治殿、明日一つ頼みがあるのじゃ。お主の身体を借りて、皆の前で一つ舞を踊りたいと思ってな、私の願い、聞いてはくれぬか?。』
『鶴姫様の願いであれば、聞かなければなりますまい。』と宗治は言い、盃の酒を美味しそうに呑んだ。
宴が終わる頃には4人は酔っ払い寝てしまった。宗治達が目覚めると鶴姫は既にいなくなっていた。
夕方になってはいたが、4人はそれぞれ自分の部屋に戻り、最高の笑顔で最後の時間を過ごしたのであった。
宗治は、原三郎に遺書を書いて、小早川隆景に、後事を託す書状を残す。(領民から借りた米を返してもらう事も忘れず書いていた。)
6月3日の夜、明智光秀が放った毛利への使者が、羽柴秀吉の手の者が捕らえ、秀吉たちは京で起こった本能寺の変を知る。
清水宗治の切腹する前日の夜である。羽柴秀吉は、その事を毛利には悟らせぬ変わりない様子で清水宗治の切腹を見届けた。
清水宗治は、切腹の前に能の誓願寺を羽柴軍と毛利軍4万の兵の前で舞ったと伝わっている。
誓願寺とは、菩薩の姿をした和泉式部が成仏する喜びを表現して舞うという能である。不思議な事に、その日清水宗治の舞を見た者達は、宗治の姿が美しい女性に見えたという。鶴姫もやっと成仏できたのである。
世話好きの彼女らしく、きっと皆を先導して仲良く逝った事だろう。
清水宗治は、死後武士の鑑として名を歴史に刻み、冠山城で亡くなった者達の名も残っている。
戦国の時代、歴史には、埋もれる者達が沢山いた。清水宗治は、敗れながらも名を遺し、その生き方を愛された稀有な人物であったのである。
清水宗治とそれに殉ずる者達の切腹の場にいた群衆の中に、久之助もいた。しかしその後、歴史上に竹井久之助と言う人物は出てこない。
後日談であるが久之助の残された妻は、子供達を連れ早島城から離れたという。妻は、田舎で偶然会った加藤清正の家来の男性と再婚したそうである。久之助の遺児達は、なぜかその男性に直ぐに懐き、3人は幸せに暮らしたという。男は片腕に古傷があった為、戦場には出ず、城づくりを勉強し、その方面で清正公を支えた。男は真面目に生き、そして天寿を全うした。
その男の話はまたの機会にしたいと思う。
完
読んでくれた読者の方々、長い作品にお付き合い頂き有難うございました。
執筆の順番で、外伝と書かせて頂いた本作ですが、気がつけば本伝である作品よりも長くなってしまい、どっちが外伝なのかと、突っ込まれる方もいるのではないかと思われます。
皆様もご承知だと思いますが、羽柴軍団は、これより中国大返しをし、山崎の合戦で明智光秀と戦います。現在(2024年 4月末)、その敵となる明智光秀を主人公に、『王になりたかった男。(徐福伝説と明智光秀)』を連載しております。
宜しければ、引き続き当方が書いております空想の世界にお付き合い頂ければ恐縮です。
トラとシノの戦国ものかたり(トラの好物には塩加減が大事です)は、加藤清正が主人公の話です。
ご興味を持たれた方、どうぞ、お読み下さい。本作を呼んで、意味が分からないと思った事が、分かるかも知れません。(サラっと宣伝致します。)
皆様の健やかな生活をお祈りいたしまして
野松 彦秋
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