冠山城の戦い【1】(最初の犠牲者)
1582年4月17日、境目七城を次々と落とし、宇喜多勢1万、織田軍2万の併せて3万の大軍が林重真と久之助達が守る冠山城を囲んだ。
その時、冠山城に立て籠っている毛利勢は3,600名。約10倍の兵力を前にしても、3,600名の戦意は落ちず、戦は始まった。
3,600名の中には、小さい弘法大使を首飾りにした49名の精鋭部隊がいた。
織田軍の戦略を知った清水宗治が、冠山城の助太刀として自らの軍より精鋭部隊を冠山城に派遣したのである。
能島村上水軍の厳しい訓練に耐えた精鋭達49名を統率するのが、早島城主竹井将監であった。
宇喜多の手勢8,000が、自分達の武力を誇る様に数を頼りに攻め込んでいったが、冠山城の矢倉には武器が大量に保管されていた為、籠城した兵達は弓矢や鉄砲を使い、効率的に敵の侵入を防いだ。
鉄砲や弓の援護を受けながら、戦場を有利な形で維持したのが精鋭45名の長槍部隊と、久之助達4名の大太刀部隊であった。
先ずは、大太刀部隊の4名が敵に突っ込み、敵の出鼻を挫く、体力の問題も有り、敵の先陣を蹴散らすと、4名はその場を退き、その後は長槍部隊の後ろに下がる。
長槍部隊を中心に、敵を堰き止め、後ろから鉄砲と弓を容赦なく放つ。その戦略に宇喜多軍は、はまり初日、2日、3日と大きな被害を出す。
数に有利な、織田軍はそれでも消耗戦を仕掛ける。
冠山城の兵達の気力、体力の消耗を狙い、休む間も与えず、次々と兵を向かわせたのだが、次から次へと、攻め寄せる敵の中、冠山城の兵の中で最も活躍したのが精鋭部隊49名である。
能島での厳しい訓練が、正に花を開いたのであった。
宇喜多軍の大将、宇喜多忠家が呆れるほど、彼らの体力気力は底なしで、気がつけば3日間の死傷者は4,000名近くになっていた。
『化け物か、奴らは、先ずは一旦戦力を立て直す。』と言い、退却を決断した3日目の夜、忠家の顔には余裕が無く、これからどれだけ死傷者がでるのかと、悲壮感すら出ていた。
4日目まで、有利に戦を進めていた冠山城側であったが、4日目にその戦力に綻びが生じる。
攻め入った宇喜多軍の中で、短銃を持った者がおり、短銃で精鋭部隊を指揮をする久之助を狙ったのである。
『久之助、危ない、銃で狙われておるぞ!!。』
鶴姫の悲鳴のような声で短銃に気づき、咄嗟に逃げようとした久之助であったが、相手の動きが一足早い。
(殺れる、・・・逃げれない)と久之助が覚悟をした時、久之助を助ける様に一人の大きな影が銃弾と久之助の前に立ちはだかる。
バァンと、火薬が弾ける音が聞こえたと思うと、影が一瞬小刻みに震えた様な気がした。鳥越佐兵衛が己の巨体を使い、凶弾から久之助を救ったのである。
熊殺しの佐兵衛は、腹を撃たれたが、そのまま、撃った男へ近づき、男は、佐兵衛の迫力で動けなくなり、佐兵衛の愛刀雪丸で切り捨てられた。
しかし、佐兵衛も男を切り捨てた後、まるで、糸が切れた操り人形の様にその場に力なく倒れたのである。
『鳥越殿!!。』と久之助は佐兵衛に駆け寄り、その駆け寄った久之助と佐兵衛を守る様に、長槍部隊と、庄九朗と松田が宇喜多兵に切りかかる。
久之助が鳥越を抱き起すと、佐兵衛は直ぐに口から血を吐く。腹から大量の出血が見られ、その顔は驚くほど血の気を失い白くなっている。
『竹井ど・・・の、無事でした・・・か、・・・良かった・・・。』と言った直後に、優しき大男は息を引き取る。
久之助は、佐兵衛の目を手のひらで閉じ、佐兵衛の持っていた大太刀を握り、戦っている仲間達の後ろから、遅れを取り戻す勢いで、敵に切りかかる。
何時もの美しい剣舞ではなく、怒りに飲み込まれた男の荒々しい剣舞であった。久之助の凄まじい斬撃が次々と敵兵を襲う。
辺り一面、血の海になる。
久之助の鬼の様な攻撃と迫力に、宇喜多勢は悪鬼だと言って逃げるように退却をしたのであった。
敵の退却を知った松田が、佐兵衛と共に城へ戻りましょうと悲壮な顔の久之助に進言する。
見ると、庄九朗が佐兵衛の身体を支え、城門へ向かっている。
『‥‥。』、久之助は無言で頷き、松田と共に城門へ向かったのである。
月清の弟子の中で、最初の犠牲者がでた日が籠城4日目であった。
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