見世物小屋(越中富山の薬売り)
久之助達4人には、修行用として6尺の棍棒(重量1㎏)と鉄の棒(重量4㎏)の2本が支給された。
稽古が始まって3週間は、棍棒を使って剣技の基本の型を覚えさせられた。
棒を回転させる事から、始めるのだが、見ると簡単にできそうな棒回しが、思ったよりも難しく、持ち方、初期動作が身についた時は、既に季節は夏(7月)になっていた。
久之助は、個人的に思う事が有り、自分の馴染みの刀鍛冶に特注の鉄棒を作らせ、長屋に帰った後も其れを用いて個人で修業をしていた。
彼が特注で作ってもらった鉄の棒は、長さは8尺(約242㎝)、太く重量は10斤(約6㎏)にも達していた。
毎日、長屋に帰り、食事を済ませた後、黙々と習った技を思い出し、特注の鉄棒で素振りを繰り返す久之助の後姿は、まるで武の神に祈りをささげる求道者の様であった。
そんな姿を、見かねた鶴姫が久之助に話しかけた。
『久之助、いい加減にせい、お前、能島の時、いやそれ以上に自分を追い込んで修業をしておるぞ。何のために、其処迄しなければならないのだ。』
『城でも毎日厳しい修業をしておるのだ、家に帰った時ぐらい、ユックリしても罰は当たるまい。何時も言っているが、お勤めだけが人生では無いのだぞ・・・。』
『私は、4人の中で一番才能がありませぬ、その為、皆に差をつけられない為にも、一生懸命やらないと駄目なんです。』と素振りを止めずに久之助が言う。
鶴姫があきれ顔で『そんな事は無い、最初は要領が悪い感じはしたが、とっくに他の3人には並んでおる。それなのに、お前は他の者達の倍ぐらいの時間修業をしておる。休め、休むのじゃ。たまには気晴らしで外で酒でも飲んで来い。』と言った。
『そうですね、もうちょっと、やってから考えてみます。』と鶴姫の考えに賛同する素振りを見せるが、言葉よりもその素振りで、久之助にその気がないのが分かるので鶴姫は腹立たしいのであった。
『久之助、そういえば、最近、城下町に見世物小屋がきておるそうじゃ、お前、気晴らしに見てきたらどうじゃ。』
『私は、もうチラッと見てきたが、口から火を出す男や、見た事のない動物もいたし、楽しそうじゃったぞ!!』
『見世物小屋等、幼き日に一度ぐらいしか行った事しかございません。この齢になると、少し行くのも恥ずかしい気がするのですが・・。』と鶴姫の進めを遠回しに断る久之助であった。
『幼き日、そうそう、そういえば2日前、原三郎も、桐浦殿と一緒に見世物小屋を見に行っておったぞ!。』
『桐浦殿曰く、子供の時には、なるべく多くのモノに触れる事が良いのじゃと、私もあのお方の考えには同感じゃった。』
『しかしな、運悪く、原三郎が昨日から熱をだしてな、今、高松城の他の者達からは、桐浦殿が見世物小屋に連れて行くからじゃと陰口を言われておる。』
『其れを知ってか知らずか、今日、桐浦殿は自分で探したという、越中富山の薬売りの者と一緒に登城し、原三郎にその者の薬を飲ませたのじゃ。そのお蔭もあって、原三郎は回復に向かっておる様子じゃった。私の見方であれば、もう原三郎は大丈夫な筈じゃ。』と鶴姫は、久之助の知らない高松城の事件を教えてくれた。
『偶然ですが、薬売りがちょうどこの町に来ていて良かったですな、桐浦殿も胸を撫でおらしている事でしょう。』と久之助は桐浦の胸の内を察し感想を述べた。
そんな二人の会話を知らない、桐浦久秀であったが、ちょうどその時、世話になった薬売りに原三郎の状況をおしえ、感謝の言葉と共に礼金を渡そうとしていた。
薬売りは、中年の男で人の好さそうな顔をしており、秀久が用意した礼金が多すぎると、半分返そうとした。
『いや、これはワシのほんの気持ちじゃ、受け取ってくだされ。』と秀久も返金を拒む。
『もらって下さらなければ、ワシの気もおさまらぬ、是非にも。』という秀久に、薬売りの男は、『それでは、どうでしょう。今度、私がこの町に来た時、この家に薬を売りに来させて頂ければ、その方が私も気が楽でございます。宜しいですか?』と男は笑顔を見せながら、返金を受け取ってもらう妥協案を提案した。
『そんな事等、お安い御用じゃ。これから、この町に来た時は、ワシの家に来てくれ、家の者達にも其方の事は伝えておくから、ワシが留守でもいつでも来て下され。』と秀久は男の妥協案を快く引き受けたのであった。
『それでは、又何時の日か参りますので、その時は宜しくお願い致します。』と薬売りの男は挨拶をして、秀久の家を出て行ったのである。
秀久は、恩を売りつけない、その薬売りの潔さに好感を持ち、見送ったのであった。
薬売りの男は、その後、2日前に秀久と原三郎が行った見世物小屋に寄り、その後自分の故郷へ戻ったのであった。
しかし、薬売りの故郷は、越中富山ではなく、播磨国の姫路であった。播磨国に戻った男が先ず向かったのが、黒田官兵衛の屋敷であった。
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