海の中での苦闘 後編(長い一日)72/200
3番目の船から、4番目の船の間では、大きな問題は無く、順調に泳ぐ事ができた。
4番目の船にも、4人の脱落者が乗っていた。久之助が軽食の有無を確認すると、4人は頭を横に振って軽食が無い旨を伝えた。
久之助達6人が、補給を諦め、船を掴み休憩だけしていると、船に乗っている者のうちの誰かが、2本の瓢箪を投げてよこした。
『スマヌ、我らの飲みかけじゃが、良ければ飲んでくれ!!。』と投げた男が言う。
『ワシらの代わりに頑張ってくれ、応援しておるぞ!。』と別の者が言う。投げ渡された瓢箪の中の水は、それ程多くなかったが、6人が少しずつ飲み、一息入れる事ができた。
瓢箪の水と船の上の者達の優しさに6人は感謝して、5番目の船へ向け出発した。
体には未だ体力が残っていたが、ようやく中間地点を越えただけという現実が、ここまで来た距離と同じだけの距離が残っていると思うと、体への負担よりも、精神的に辛いものがあった。
脱落を選んだ者達の気持ちが理解でき、脱落するとう誘惑に引きずり込まれそうになる自分を精一杯押し止める様に、水を掻く腕に力をこめる久之助であった。
6人全員がその誘惑から逃げるように急いで船から離れたのであった。
4番目の船を出発して、30分ぐらい泳いだ頃だった。久之助は、自分の泳ぐ方向に、黒いモノが見えた気がした。
『皆の衆、一旦止まってくれぃ。』と大きな声で伝える。久之助の声で、その他の5名が動きを止める。久之助同様に、他の5人も前方に目を凝らす。
6人が信じられない光景が其処にはあった。黒い生き物の背びれが、一つ、二つ、三つと海面に出てきたのであった。
黒い5つの背びれが、久之助達の方向に近づいてくるのである。その速度は、恐ろしく速く逃げれるわけなかった。また、波を一緒に連れてくる、波が来る、黒い波がと思った瞬間、一匹の巨体が飛び跳ねた。
3メートルある生き物を、久之助は生まれて初めて見た。
(化け物だ・・・食われる、ワシは此処で死ぬのかも・・・)と呆然と考えていると、動物に詳しい七郎三郎が、『イルカだ、サメじゃない、助かった!』と叫んだ。よく見ると、宙を舞った巨大生物は、可愛らしい顔で、ぽっちゃりしている顔であった。
だが、イルカという生き物も知らなかった久之助にとっては、七郎三郎の言う『助かった。』という言葉の意味が分からなかった。
とにかく、自分達の今の状況が何が何なのかさっぱり分からなかったのである。
飛び跳ねた一匹が重力に負け、海面に音をたておちる、大きな水しぶきが上げる。その迫力に、開いた口がふさがらないのである。
少なく見積もっても、自分の倍以上の生き物が、上から振ってくれば、ぶつかれば、自分は確実に死ぬことだけは理解できた。
イルカと呼ばれた生物が通り過ぎたと思うと、その後ろから何十匹の群れが同じように波の様に押し寄せ自分達の横を泳いでいく。
まるで6人の存在を無視するように、通り過ぎていく黒波の迫力に、『ウワァ~!!』と叫び続ける松田の声が背後から聞こえてくる。
他の者は、松田の様に叫ばなかったが、皆松田と同じ様な心情であったに違いない。
イルカの群れが通り過ぎても、暫くの間、6人は動かなかった、いや動けなかったのである。皆が夢の世界に連れて行かれたように呆然としていたのであった。
『皆の衆、無事か?。』といち早く現実世界に戻ってこれた久之助が皆に声をかける。
『ああ、無事です。』『俺も無事です。』『びっくりしたぁ、無事じゃ!』と、久之助の声で現実世界に戻された者の順から返答する。
皆の全員の返事が聞けて、安堵する久之助であったが、自然の脅威、野生の動物の怖さを身に染みて分かった出来事であった。
(逃げれるわけがない、もしサメであったら・・・)と思うと血の気が引いている自分達を実感する6人であった。
イルカの群れに遭遇した6人の泳ぐスピードは若干落ちた6人であったが、昼過ぎには5番目の休憩船に辿り着いた。
5番目の船にも、村上家の者は乗っていなかったが、3人の脱落者が乗っていた。3人とも、表情は呆然としていた。
呆然としていた3人は、久之助達に気づくと、『これを飲め、もう少しじゃぞ、頑張れよ!。』と、水の入った瓢箪を3本投げ渡してくれたのであった。
5番目の船にも、握り飯は無かった。空腹を癒す事ができなかった6人であるが、船に乗っていた者達の『もう少しじゃぞ。』という言葉が励みになり、気力が湧いてきたのであった。
彼らの無念を、我ら全員が完泳して晴らしてやろうと気力が出てきたのであった。
試練が6人を待ち受けていたのが、それから2時間後であった。久之助の隣を泳いでいた七郎三郎が運悪くクラゲに刺されたのであった。
七郎三郎を刺したクラゲは運悪く赤色であった。
『痛てぇ。』と最初に叫んだ七郎三郎は、あまりの痛さにその場で泳げなくなり、海に沈みかけた。久之助が七郎三郎の緊急事態に気がつき、彼の傍に直ぐ近寄り、七郎三郎の腕を自分の肩に回し、沈むのを食い止めたのであった。
6人の位置は、6番目の休憩船が目視でしっかりと捉えられる位置での事であった。
『七郎、大丈夫か?。』と久之助が七郎三郎に声をかける。苦痛に苦しみながら、久之助の問いに答えようとする七郎三郎であったが、声が出ず、頷く事しかできなかったのである。
頷いた七郎三郎であったが、久之助の肩に回した彼の腕には力が入っておらず、もう片方の腕である左手が海面下にある足を触ろうとしていたが、触ると痛みが走るのか、左手は、左足には触れず、その近くを彷徨っていたのであった。
久之助は、七郎三郎の様子を見ながら、もうすぐ到着する予定の6番目の休憩船に彼を乗せるかどうかを思案するしかなかった。
それは、七郎三郎との別れ、脱落を意味する事は分かっていた、しかし、七郎三郎の命には替えられないとも思い、苦悩していた。
その中で、七郎三郎の弟、与十郎が物凄い勢いで、6番目の休憩船へ向かって泳ぎ出したのであった。
6番目の休憩船には、村上家の者が乗っていたみたいで、与十郎は休憩船につくと、その男と話し合っている様子であった。
村上家の男が船から、与十郎に長い木の棒を渡す。その板を持って、与十郎が戻ってくる。
『久之助殿、これを使って兄者を連れて行けませぬか?。』と与十郎は久之助に提案したのであった。その時の与十郎の表情は、お願いだから兄者を見捨てないでくれと言っている悲痛な表情であった。
久之助は、暫く考え、長い棒の片方を持ち、もう片方を体力がある庄九朗に持たせ、その棒の真ん中を苦痛に顔を歪ませている七郎三郎に両腕で握る様に指示したのであった。七郎三郎に棒を握らせ、試しに泳いでみる。20mぐらい泳ぐ、七郎三郎が、棒を離さなかった事、彼の様子を確認して、与十郎の提案を採用する決断を下した。
新しい陣形に変え、泳ぎ始める6人、速度は落ちざるを得なかったが、この陣形であれば七郎三郎を連れて行ける事が分かった久之助達は運命を共にする事を決断したのであった。
6番目の船を横にして、通り過ぎる時、船の男が、水の入った瓢箪を3本投げて渡してきた。
『お主らの悪運を祈ってるぞ!!』と叫んだ男は、赤組担当のあの若い監視員であった。与十郎以外の者は、その時初めてその事実が分かったのであった。男の言葉は、久之助達の新しい陣形を承認する言葉でもあったのである。
久之助は、七郎三郎の心が折れない様に、わざと6番目の休憩船には近づかず、素通りする事を決めたのだが、監視員の男の思いがけない優しさを心から感謝したのであった。
6人は、心を一つにして、目的地の島を目指したのであった。
6番目の休憩船から離れ、2時間泳いだところで、痛みと前からの水圧に耐えていた七郎三郎の左手が棒を離してしまった。
必死に片手で耐える七郎三郎であったが、バランスが崩れ、直ぐに残った手も離してしまうと思われた瞬間、後ろで泳いでいた松田が七郎三郎の離れた手を掴み、棒まで持っていく。
力技である。七郎三郎が両手で再び棒を握ったのを確認すると、『もう少しだ、頑張れ!。』と松田は、七郎三郎を励ましたのである。
そして、七郎三郎が棒を2度と話さない様に左手に自分の手を乗せ七郎の負担を減らす。
そうしていると守屋が松田と同じように、七郎三郎の右側にきて、同じく七郎三郎の右手に手を添える。『ここまで来たら、気力の勝負ですぞ!!。』と手負いの若者を励ます守屋の言葉は皆の、5人の心の声を代弁していた。
七郎三郎は、仲間に励まされ、勇気づけられ、なんとか完泳できたのだった。
しかし、浜辺にやっとのことで辿り着いた6人全員がその場で力尽き、後ろから、押し寄せる波が動け動けと6人を急かしたが、ピクリとも動かない。見かねた村上家の者達が、6人を担ぎあげ安全地帯まで運ぶ始末。
6人は、こうして長い一日を乗り越え、遠泳訓練を生き延びたのであった。
200名いた清水の精鋭は72名になっていた。
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