疑心の種(黒田官兵衛)
1576年3月まだまだ寒い京のとあるお寺にて、二人の男が人目を避けるように狭い部屋で話し合っていた。
一人の男の名は、黒田官兵衛といった。この年30歳の男である。
久之助が住む備中の国の隣国、備前の国にて勢力を誇っていた戦国大名小寺政職の家臣であった。
彼の母は、主君正職の養女であり、彼自身の正妻も、主君正職の姪にあたる女性であった。
彼の父である黒田職隆も、小寺家の優秀な家臣であり、彼ら一族の力を認めた小寺家は、血縁を結び彼らを一族へと迎えいれたのである。
官兵衛は、小寺家の行く末を託す相手として、織田信長を選び、自分の主君正職へ、信長への臣従を進言していたのであった。
信長自身からも、官兵衛は能力を認められ、小寺家の窓口として、自国と信長の領地を行ったり来たりしていたのがこの時期のこの男の状況であった。小寺家の一族である彼の発言力は小寺家家中では別格で、他の誰よりも強かったのである。
そんな彼と話をしているのは、織田家中で信長の草履取から北近江12万石の大名へと異例の大出世をした男、羽柴秀吉であった。
『黒田様、もう知っておられると思うが、将軍義昭様が毛利の備後の国に着いたと思った矢先に、毛利家には内密にして朝廷に室町幕府の再興を宣言したとの事じゃ。知っておるじゃろ?。』
『知っておりまする・・・。』と官兵衛は、秀吉の問いかけに先ずは軽く頷き、短く答えた。
『ついに、信長様は中国攻め、毛利家との直接対決を始める決意をしたぞ、実は三日前、信長様に内々に中国攻めの総大将を任せるというご命令を頂いたのじゃ。』と、秀吉は声を低くし、官兵衛に伝えたのであった。
『この事は、ワシの弟秀長と竹中半兵衛以外は、未だ知らん。未だ内々の話で聞いた段階なので、迂闊に他の者には話せない内容であるが、頼りにしている貴殿にだけはお伝えしたいと思ってな・・・頼りにしておりますぞ。』
『中国攻めの成就、毛利家を倒すには、小寺家、いや貴殿からの御助力が必要だと思っておる。何卒宜しくお頼みまする。』と秀吉はひたすら官兵衛を立てるのであった。
『ハッハハァ!、秀吉様、この黒田官兵衛、微力ながら主君政職及び貴方様の勝利の為に全身全霊の力で、努力致しまする。』と秀吉の問いかけに答えたのであった。
『そうか、よう申してくれた。これでワシは100万の味方を手に入れた様なものだ。この羽柴秀吉の命、貴殿に託しまする・・』と今度は秀吉が官兵衛に跪き頭を下げたのであった。
其れを見た官兵衛は、『秀吉様、頭を私に下げるなど、御止めくだされ、私自身、貴方様の腹心のつもりでおりますのに、要らぬ礼儀、演技も必要ございませぬ・・・。』と言い、官兵衛も秀吉と同じように頭を下げたのであった。
両者が互いに頭を下げあったので、部屋は沈黙の時が暫く流れた。
その沈黙に耐えられず、猿芝居もここまでかと観念したように先に秀吉が頭を上げる。
『官兵衛殿、分かった。回りくどいことは抜きダギャ、来年には備前、いや備中にも攻め込むかもしれん。事前にやれる事があれば、やっておきたいのじゃ。』
『何をすればいい?いや、何ができる?』と秀吉は頭を下げたままの官兵衛に聞いた。
官兵衛は面を上げず、ひれ伏したまま、そのまま語り出した。
『それでは、先ず…種を蒔きまする。毛利家へ疑心という種を。囲碁での定石どおり、布石を打つのです。早ければ早いほど良いのです。2年後ぐらいにその花が咲くように、じっくりと種を蒔きましょう。』と官兵衛は言うと、面を上げた。
官兵衛のその表情は、冷静で、眼光はまるで何もかも見えているような悟った顔であった。
『秀吉様、御耳を。』と、官兵衛が言うと、秀吉は自分の耳を官兵衛に向ける様に横を向いたのである。
その耳に自分の口に両手を当て、内緒話をする様に囁く。官兵衛の言葉を聞いた秀吉の顔は、驚きが隠せず、そして一言『備中の国・・・か。』と漏らしたのであった。
未来の歴史家に秀吉に天下を取らせた男と称された、黒田官兵衛の才を知る者は未だ少なかった。そして物語は、備中の国に戻るのである。
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