改名(将軍の本音)
『義昭様、備中の酒の味は如何でしょうか?』と言いながら、宗治は義昭の盃にお酒を注ぐ。
『まずまずじゃ、京の酒には敵わんが、悪くない。』と答え、盃の酒をグッと飲む。
盃の酒の量が減った事を確認して、今度は久之助がスッと前に進み、義昭の盃に酒を注ぎ足す。
『お主、名前を何といったか?』と、義昭は酒を注いでいる久之助へ名前を聞く。
『・・・竹井久之助と申します。』と久之助が遠慮気味に名前を名乗ると、『久之助とは、長い名じゃ、もっと短くはならんのか?』と上機嫌になった義昭が、お道化たように改名を進める。反応をどうするべきか分からず、困っている久之助を見ながら、『ワシが良い名を考えてやる。』と盃の酒を飲み干し、盃を置き、盃を持っていた手で自分の顎髭を触りながら、暫し考える。
『おお、そうじゃ、将監というのはどうじゃ。』と義昭が閃いたと言わんばかりの大きい声で、二人に同意を得る様に聞く。
『将監とは、公家様の近衛府の三等官にちなんだ武家官位じゃ、名は体を表すというではないか、お主も武勲を立て、この毛利家で其れぐらいの力を持てるように頑張れと言う意味じゃ、我ながら、良い名じゃ。今から、お主は竹井将監じゃ!!』
『久之助、こんな名誉な事は無い、慎んで御受けしろ、義昭様、先ずは私から御礼を申し上げます。』と宗治は義昭に頭を下げる。
其れを見た久之助も、『ハッハハァ、有難き幸せ、我が一族末代までの誉れでございます。』と跪き頭を下げた。
宗治も、久之助も義昭に対しきちんと返礼をしたが、義昭はこの時点でかなり酔っぱらっており、明日義昭がこの事を記憶してなくても仕方がなく、酒の席での一つの戯れとして二人は捉えていた。
それから、三人は暫くの間酒を飲み続けた。酒宴の終わりの雰囲気が見え始めた頃、義昭は二人に語り出した。
『我は、10年前、兄義輝が三好三人衆に殺され、その時、母と弟も殺された。』
『我も、その時殺されていたかもしれんが、松永久秀は我を殺さず、興福寺という寺に我を幽閉したのじゃ、その後、我を慕う有力大名から支援を受け、その寺から逃走した。』
『突如、次期将軍候補になった我の命を狙う者も、一人や二人では無かった。その時も、今と同じく、居を転々とし、流浪したのじゃ。』
『和田、六角、武田(若狭の国)、朝倉、織田と宿木を変え、やっと15代将軍になれたと思ったら、たったの5年で、信長と袂を別ち、また流浪生活に逆戻りじゃ。』
『たった5年だぞ、5年。』と吐き捨てる様に繰り返す義昭に、二人は何も言えず、頷く事も出来ず、義昭の目を見る事しかできなかったのである。
『我が信長を裏切ったという者がおるじゃろうが、我は世の趨勢に従っただけじゃ!』
『信長の勢力が増せば増すほど、皮肉な事に反対勢力の力も強くなる、信長が一強であれば、問題無かった・・・、甲斐の武田が、あの信玄が京への上洛を開始した時の勢いは凄まじく、一時京の民の間では、これから間もなく信玄の時代が来るという話題で持ちきりじゃったのだ。』
『その気持ちの高揚は正に流行り病の様に人々の心に伝染し、我も同じくして熱病にかかっただけじゃ。信玄の勢いに乗じて、我も信長へ戦を仕掛けたのじゃ、そして敗れた。』
『我はもともと、仏門に入っておった。御仏を信じ、今まで毎日拝んできた。なのに、何故じゃ、仏を信じている我がこのような辛い経験をしなければならない。』
『もうウンザリじゃ。長く辛抱して、将軍になったと思ったら、又流浪生活じゃ、御仏は我に何をさせたい。』
『こんなに苦労させて、我には何もしてくれない御仏等、もう我は信じぬ、馬鹿にしおって、もう天下人にもならなくてよい、京に戻らんでも良い、一人の普通の人として死のうと、此の何カ月、ずっと考えていた。やっと、決心した筈だったのじゃ。』
二人はただ沈黙し、聞き続ける。
『この城に入る時まで、いや、このわらび餅を見る迄、わらび餅を見た時、我がどれだけ腹が立ったが分かるか?。』
『何もしてくれない、薄情者の御仏が、やっと解放されたと思っていた我に、意地悪く、京を思い出させるわらび餅を持って来たのだと腹がたったんじゃ。』
『そして、お主らを呼んだが、お主らを呼びながらも、我は心の何処かで来たものを、御仏の化身として来る者を怒鳴り散らそうと思っておった。』
『この10年間の溜まりに溜まった我の怨念を、恨み言をその者にぶつけてやろうと思っておったのじゃ!』
『そう思っていると、将監、お主が来たのじゃ、そして言ってくれた。』
『・・・我が天下を平定する事を願い、わらび餅を出したと。その言葉を聞いて我は解放された気がしたのじゃ、御仏のお導きという呪縛から・・・。』
『ワシは御仏という、いるかいないか分からない存在の力を信じ、天下を取る、治めるのではない。』
『我に天下を治めて欲しいという者達の為に努力し、天下を取れば良いのだという事が分かったのじゃ。もう御仏など信じない、自分のみ信じるのだと・・。』
そう言いながら、義昭は美味しそうに盃の酒を飲み干し、倒れるのを限界まで我慢した案山子の様に、食膳にもたれかかる様に倒れこんだ。
酔いつぶれた義昭を部屋の片隅に引いてあった布団へ寝かし、彼が起きない様に二人はそっと部屋を出たのである。
義昭の気持ちの良い寝息と、その楽になった表情をみて、そして本音が聞けたことで、おなじ人間として応援してあげたい、助けたいという心がより強くなった二人であった。
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