ネリネ
今日は……
ネタが無い、、
毎日ブログを更新してると、こんな日もある
小学生の絵日記とは違うから毎日書く必要はないのだが…
それでも…
美咲は考えていた
必死にネタを探すには訳があった
気になるブロ友ができたからだった
恋愛の経験はあるが結婚迄は進まなかった。まだ若かったこともあるが、元彼とは結婚という未来が見えて来なかったし
勢いで結婚する情熱もなかった
良く言えば慎重だが
そんな美咲も30をとっくに過ぎてしまっていた
そんなとき気分転換にとブログを始めた
自分で日記は書いてはいたが、公の場でしかも不特定多数の人に見られるという経験は初めてだった
最初は何を書いていいのかわからなかった。いろんな人達のブログを見て、自分なりに考え…
初めての投稿は、登録してから五日後だった
朝の目覚めのこと
母のこごとのこと
会社の上司のこと
ランチのメニュー
お気に入りのドラマ
あたり触りのない日記だった。投稿する前に読み返し、訂正してまた読み返す
一時間以上かかって投稿を終えたときには、目も疲れ指も痛くなっていた
それほど時間を費やしたブログは小学生時代の作文より酷い気がした
(登録なんかするんじゃなかった)
初めての投稿を終えた美咲の感想だった
でも、せっかく始めたんだからと自分に言い聞かせ日記を更新し続けた
そんな美咲のブログにコメントが送られて来た
投稿を始めてから、ひと月が過ぎようとしていた
男性からだった
(ベビーズブレス)
聞きなれない、それでいて穏やかで、優しくて温もりのあるそんな名前だった
(ベビーズブレス)
美咲は口に出して名前を呼んでいた
最初はコメントを送ったことを彼は後悔しいた
黙っていつものように、第三者としてブログを読むだけで良かったのかもしれない
だから、コメントにたいする返事を期待してはいなかった
でもいつも思うのは
どんなかたちでもいいから誰かと、繋がりが欲しかった
独りきりの彼には、僅かな繋がりを求める為のブログだった
そんなある日
期待してなかった、返信があった
それからは、お互いのブログへのコメント以外に、子供の頃のことや、過去のことなどを話していた
ブログサイトの中だけの繋がりだった
でも、彼にとっての幸せの始まりだった
仕事中もこっそりと携帯を確かめるようになっていた
いつ途絶えるか解らない、微かな繋がりだと思った
だからよけい大切にしたかった
自分の顔が優しくなった気がしていた
ブログを更新してから、彼は仕事に出かけた
今日は病院に行く日だった
自転車で転倒してしまった叔母は右足を骨折し入院していた
寂しがり屋の叔母のため、時間があれば見舞いに行く美咲だった
今日は花を持って行くことにした
ちょうど、病院へ行く途中に花屋があった
観葉植物でさえ、枯らした経験のある美咲だった
花屋に来ることは、殆どなかった
叔母が入院しなければ隣り町の花屋に来ることもなかっただろう
どの花がいいのか分からず、花屋の主人に頼んだ
綺麗だからといって見舞いには向かない花もあるだろう
店先には色とりどりの花が咲き乱れていた、花に疎い美咲には名前を知らないもののほうが多かった
(女性失格かな)
心の中でつぶやいた自分が可笑しかった
主人が花を選んでくれてる後ろで、青年が働いていた
客商売の店に勤めてるにしては寡黙な青年だった
主人が選んだ花束は青年に渡され綺麗にラッピングされていた、出来上がった花束を受けとり店をあとにした
病院から帰った美咲はブログを書き始めた、骨折したドジな叔母のこと、観葉植物も枯らす自分のドジも付け加えてブログを綴っていた
時間を持て余している叔母は、花の名前を色々と教えてくれたが、美咲はあまり覚えてはいなかった
あまり興味のないことだった
名前を知らなくても
眺めて綺麗なら、それで充分だった
テーブルの片隅に、美咲が唯一枯らさないでいるポトスが、 あった
淡いグリーンのポトスだった
水中に長く根を伸ばして緩やかに成長していた
自分にはポトスが、あってると美咲は思った
観葉植物枯らしちゃうか、
彼は声を出して笑っていた
独り暮らしの部屋に笑い声がしたのは、いつ以来だろう
笑ったあとで彼は、思った
慣れたはずなのに、笑ったあとの余韻が少し虚しくなっていた
虚しさを振り払うようにコメントを書き始めた
コメントをやりとりするようになって、早いもので、ひと月が過ぎようとしていた
少しずつではあるがお互いの家族構成や年齢などが分かり始めていた
でも、どこまで質問が許されるのか、ためらいながらの手探り状態だった
せっかくできた繋がりを失いたくはなかった
慎重に言葉を選び、コメントにつけ加えていた
冬がやって来た
一日が終わるのが早いぶん、季節も駆け足で過ぎていった
ブログの繋がりも、三ヶ月が経とうとしていた
彼は悔やんでいた、 夕べのコメントの最後に、書いてはいけないことを書いてしまったと、、、
自分の中の感情を抑えきれなくなっていた、繋がりが途絶えてしまうかも知れない言葉を書いてしまっていた
寂しさが癒やされ、気持ちが贅沢になった、望んではいけない贅沢だった
繋がりが途絶えてしまったら、
また孤独に苛まれなければいけない
そうなったら、きっと後悔する
自分自身を責めるだろう、そんな姿を何度となく想像していた
でも、それ以上の気持ちが送信を許してしまっていた
午後から降り出した雨が、雪に変わっていた
くもりかけた窓ガラスの隙間から、灰色の空が覗いていた
驚きはなかった
自分でも不思議だが何故かそんな予感がしてた
コメントにたいして少しずつお互いのことをやりとりした彼の印象には好感が持てていた
貴女さえ良ければ会って貰えませんか、
夕べのコメントの最後の文章だった
いつも遠慮がちではあるが、温かく優しく包み込んでくれるような彼に、会ってもいいと思った
自分は待ち望んでいたのかも知れない
目には見えてない、何かで引き合わせられるような不思議な偶然を
(わかりました)
それが美咲が送った返事だった
会う日が決まった
イブの夜だった
日が決まると、コメントのやりとりも、慌ただしくなった
はっきりした時間と場所を決めるためだった
そして、会うまではお互いの名前も連絡先も言わない約束をしていた
もしも、どちらかの気持ちに変化が起き 会わないときのための約束だった
自分の気持ちは変わらないと美咲は思った
まったく不安が無いと言うと嘘に聞こえるかもしれない
でも、今の美咲には不安の何倍も見えないものに惹かれていた
見えないものが
自分を何処へ導き そしてどんな結末を与えてくれるのか
新しい水を入れて、葉を拭いたポトスは淡いグリーンの輝きを放っていた
約束の日は、あと少しだった
(わかりました)
コメントの最後に、添えられていた
会う日を決め約束をした
会うまでは名前も聞かない
連絡先も聞かない
どちらかが会うのをためらったときの為そう約束した
会ってくれませんか
と書くのを何度ためらったことか
悩み続けたのが嘘のようだった
自分の思いが通じ、とても爽やかな気持ちだった
その反面、彼女の気持ちが変わりはしないかと不安にもなっていた
この間までは一日が過ぎるのを早く感じていたが、会う日が決まると、遅く感じるようになっていた
街はクリスマス一色だった
夕べも雪がふり、本当のホワイトクリスマスになっていた
いつもならこの時期仕事以外で外出することはなかった
どこに行ってもカップルかファミリー
独り者にはうんざりな時期だった
でも、今年は違った
カップルの仲間入りができる
そう思うと仕事も楽しかった
この時期、彼の仕事は忙しかった
午後からは配達も入っていた
雪が車の屋根を覆い尽くしていた
今日は朝から少し、落ち着かなかった
約束の日だった
待ち望んでいたわり に時間が迫って来ると、緊張し始めたことが分かった
場所は確かめていた
着く迄の時間を逆算して…
美咲はメイクし始めた
約束の時間が迫っていた
最後の配達だった
それが済んだら部屋に戻り、着替えをし
て…
配達をしながらも、考えていたので、客との会話は覚えていなかった
記念になるイブの夜だった
時が経ち微笑みながら、この日のことを思い出してる自分を考えていた
そのときは、独りきりでは無かった
また雪が降って来た
美咲は早めに家を出た、雪が降ってたし始めて会うのに遅れて行く訳にはいかない、外に出ても不思議と寒さは感じなかった、足元に気をつけ駅に向かっていた
待ち合わせは喫茶店だった
客は少なかった
約束の時間には、まだかなり早かった
美咲は珈琲を飲みながら、くもったガラスの向こうにいるはずの、見えない彼を探していた
ガラスを撫でた指先についた水滴が、少し心地良く感じた
リビングの壁にはポスターが張ってあった。花のポスターだった。勤め始めて暫く経ったある日、奥さんがくれたものだった
最初は興味なく眺めていたが、ブログのコメントをやりとりするようになってからは、ポスターを眺める彼の表情は優しくなっていた
鮮やかなピンクの花だった
部屋も、そして、
自分のことも
温めてくれる
そんな鮮やかな色だった
ネリネ
(また逢う日まで)
彼はリビングを後にしていた
粉雪に変わっていた
街灯に照らされた所だけが輝き
街は闇に包まれていった
店内にいるのは美咲だけだった
約束の時間は、とっくに過ぎていた
携帯を出しブログサイトを確認したが、コメントはなかった
(これが結末なんだろうか…)
くもりきったガラスからは、外を見ることさえできなかった
閉店までいて
美咲は店を出た
粉雪が美咲に降り注
いでいた
その夜
美咲はブログを閉じ
登録を解除していた
隣り町に来るのは、久しぶりだった
今朝、出かける前に母に頼まれていた
花を買って来て欲しいと
知り合いの誕生日のプレゼントらしい
叔母が入院してたときに行った花屋を思い出し、ここで買うことにした
相変わらず店先にはたくさんの花が咲いていた
花の香りが美咲を包み込んでいた
(薔薇でしたね)
主人の言葉に美咲は頷いた
深紅の薔薇をかすみ草が覆っていた
美咲の目は鮮やかな薔薇よりも白くて、つぶらな、かすみ草に惹かれていた
受けとった花束は、美咲の腕の中で静かな息づかいをしていた
レジに行った美咲の
視線が釘付けになっ
ていた
かすみ草
英名
ベビーズ・ブレス
以前、来たときにい
た青年はいなかった
イブの夜
交通事故で亡くなっていた
完