どうしてこうなった!?
凄く短いですが、少しでも楽しんで頂けたら幸い。
とある朝の平日。滅茶苦茶忙しい時間に、自分がゲームの世界の住人であると唐突に理解した。それも所謂『乙女ゲーム』と呼ばれる類のものに。どうだ、意味が分からないだろう。わたしも分からん。
洗面台の前で髪を梳かしていた瞬間に鹿島茉莉はそう唐突に理解したのだ。思わず櫛を髪に刺したまま固まり突っ立ったまま呆然とする茉莉の横で、ああでもないこうでも無いと髪を弄っていた弟が「何だコイツ」という顔で見てきた事に気付かない程度には驚愕した。それから油の切れたブリキの玩具のようにぎこちない動きで弟を見遣ると、不審そうな顔と目が合う。すると何の躊躇いもなく目の前の頬を抓った。
「痛った!! え、なに、ちょっ………え、イタイイタイイタイッ!!」
「………夢じゃない」
「人の頬を掴んだまま何言っ………、あだだだ!! クソ姉貴っ、いい加減離せってば!!」
「あ、ごめん」
むぎゅううっと頬を抓っていた手を離すと、痛がる弟を無視して茉莉は思案する。どうやら寝ぼけている訳ではないらしい。その証拠に弟は己に向けた怨嗟の言葉を吐き散らしている。少々煩かったので足を蹴飛ばして黙らせたのだが、涙目で睨まれてもちっとも怖くはなかった。
時に上の兄弟という者は下に対して理不尽な振る舞いをしてくるものである。大人になれよ、弟よ。
などとその理不尽な振る舞いをした茉莉はふっと鼻で笑った。
しかしそれよりも、唐突に理解した所謂『乙女ゲーム』のことである。
乙女ゲーム、略して乙ゲーは雑に説明すると主人公である少女がハイスペックなイケメンにちやほやされて恋愛をしていくゲームである。大体攻略対象である相手は六人くらいか。勿論何の努力も無しに恋愛感情が芽生える訳も、展開が進む訳もなく。狙ったルートに入りたければそれ相応のステータスを上げたりして、獲物を狩りに行くのである。狩猟民族かな?
そしてその乙女ゲームには大体お助けキャラが存在する。それは主人公の友人であったりマスコットキャラであったり、時にはスマホなどの無機物であったりする。そこは世界観によって異なるが、相手の好感度をやたらと詳しく教えてくれたり相談に乗ってくれたりするのは一緒だ。
因みに茉莉はこのお助けキャラにあたるようだった。そうなると近くに主人公となる人物がいる事になるのだが、思い当たる人物が一人だけいる。
幼馴染みの三ツ川美玲だ。
ふわふわの髪にアーモンド型の瞳。愛らしい顔立ちに小柄でありながら豊満な体付きをした、自称平凡な何処からどう見ても美少女にしか見えない少女だ。美玲は性格も天真爛漫で明るく優しい。因みに親の再婚で出来た美少年の義弟まで居たりする。
こいつが主人公で間違いないだろうなと、茉莉は少し遠い目をした。
道を歩けばスカウトに合い、待ち合わせをすればナンパをされる。ストーカーだっていたし、変質者に襲われる事も数知れず。それで平凡な少女だなんて、よく言ったものだ。
それに、だ。
極め付けに校内でも指折りの美人な親友が居て、隣にはイケメンな幼馴染み。そのイケメンとら部屋だって窓越し会話したり渡っていけるほどに近い。
茉莉も友人であり幼馴染みではあるが、正直なところ美玲を介して知り合った程度でそこまで親しい間柄とは思っていない。向こうも茉莉の事を重要視していないだろうし、気にしてもいないだろうが。
(あー、やっぱり美玲が主人公ちゃんで間違いないだろうなー。二年生に進級してから、何でか校内のイケメン達の事を聞いてくるから変だなぁとは思ってたけど………)
そこは茉莉がお助けキャラであるから聞きに来ていたのか。成る程成る程。
茉莉は見た目も中身も至って普通の少々である。唯一普通で無いとしたら人脈の広さか。学年性別問わずに友人は多く、教師陣からの信頼もあった。それは校内に収まらず、ご近所さんにも発揮されている。母親が聞き上手で話し上手である為、それを受け継いでいるのだろう。それ故か皆聞かずとも校内での噂話や相談事などを話してくれるのである。
だから茉莉は校内での恋愛模様や噂話などに大層詳しい自負がある。それで頼られていると思っていたのだが。
これが乙女ゲームであるのなら納得である。
校内でも有名な六人のイケメンとの遭遇率が二年生になった途端に爆上がりし、美玲の義弟も何やら不穏な雰囲気を隠しもしない。それもこれもゲームが始まったからか。
しかしこの世界が乙女ゲームであろうと無かろうと。それは茉莉の知ったところでは無い。茉莉の日常はこれから続くのだし、きっと最終回を迎えても終わらなく続くのだろうから。
(まあ、わたしが考えても仕方ないしね)
そう折り合いを付けると、未だに鏡の前で髪のセットに悪戦苦闘している弟に声を掛けると一足早く身支度を整えて家を後にする。すると玄関の戸が閉まる寸前、呼び止める声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
今日も一日何事も無く平和に学校を終えた。
途中件の主人公こと美玲や、今ではその取り巻きと化したイケメン達に絡まれはしたがいつもの事だ。気にするほどでも無い。
放課後の教室。そのほぼ中央で六人のイケメンと美玲、その親友で高嶺の花と謳われる瀧響子がわいわいと騒いでいる。そこから幾分か離れた廊下側の席で帰り支度をしていた茉莉は、掛けられる声にのんびりと返していた。一通り終えたところで、さて帰るかと荷物を詰めたリュックを背負う。そして席から一歩踏み出したところで、騒がしい面々に捕まってしまった。
「あ、茉莉ちゃん! 茉莉ちゃんも一緒に帰ろ?」
「え?」
イケメンと親友に囲まれていたら声を掛けて来ないというのに、一体全体どうしたのか美玲が話しかけて来た。しかも一緒に帰ろうなどと言ってくる。
美玲とは小学生以来登下校は一緒にしていなかった筈だが、どういう風の吹き回しだろうか。しかしそれにしても面倒だな、というのが率直な感想である。なので。
「いや、いい。一人で帰るし部活だってあるから」
「え…………」
あっさりと拒否すれば、何故か涙目で縋るように見て来た。きっと断られるなど思いもしていなかったのだろう。茉莉とて意思のある人間なのだ。主人公だからと、誰しもが彼女の誘いに乗るわけないだろうに。周りの人間は悲しげにしている美玲を励まそうと言葉を掛けるが、しかし彼女の大きな瞳は水の膜に覆われていく。それを見かねたらしい親友である響子が睨み付けるように茉莉を見る。
「ちょっと茉莉、そんな言い方しなくても!」
「そんな言い方って? 断った事?」
「そうよ。折角美玲が誘ったのに」
その言い草だと、慈悲深い美玲がお前如きに声を掛けてやったのにと聴こえるが。しかしそうか。茉莉が主人公である美玲の誘いを断るという事は許されざる事なのか。へえ。
「何それ。不愉快」
「は?」
何だ、お助けキャラは彼女の言う事ならほいほい頷けと言うのか。予定があっても、優先すべき事が他にあっても。主人公の幸せの為に、己を殺せと。そんなふざけた話があるか。
茉莉は深々と溜息を吐くと半眼で目の前の彼等を見やる。今は十二月で、もうすぐクリスマスイベントが発生する時期か。そこで選んだ相手でルートが確定するはずだ。こんなにイケメンを侍らせているので誰狙いなのかは知らないが、お助けキャラだからと言って常に付き従うつもりは無い。というか、もう彼等に付き合うのが大変面倒くさい。美玲は確かに良い子かもしれないが、茉莉にとっては長く付き合いたい相手では無い。
「そうですか。折角誘っていただいたのに、わたし如きが三ツ川さんの誘いを断ってしまうなど大変心苦しいのですが二度と誘って頂かなくて結構です。なんなら存在を認知しなくても構いませんし、話し掛けていただかなくて結構ですので」
「え、茉莉ちゃ…………」
「鹿島?」
「それではこれ以上時間を取らせても申し訳ありませんので、わたしは失礼しますね」
「え、あ」
「それでは、」
さようなら。
にっこりと笑って固まる彼等の前を通り過ぎて教室を出る。余程鈍くなければ、あれは絶縁宣言と取ってもらえるだろう。だが美玲は難聴系主人公でもあるので、都合の悪い事は聞き流しているかもしれないが。
しかしこれでもう、時間問わずに彼等が絡んでくる事はないだろう。友達と話していても呼びつけられたり、部活に行く途中で引き止められたり。それも無くなるなら、せいせいすると言うものだ。美玲が好きな人達からのあたりが強くなるかもしれないが、知ったことか。
茉莉は久々の清々しい気分で部活へと向かい、その日を楽しんだ。
あれから宣言通り、彼等は茉莉には近付いて来なかった。美玲だけは小動物のように震えて涙目で話しかけてくる事が増えたが、誘いには乗らないが普通に返答はするので周囲から何かを言われた事はない。時折物言いたげに美玲の取り巻きでもう一人の幼馴染みだけはちらちらと見てくるが、特に何も言って来ないので放っておいている。
そうして時は過ぎ、卒業式の日。つまりゲームの終わりの日という事だ。美玲はクリスマスの日に俺様系御曹司の先輩とデートしていたらしいので、今日はその告白をしてハッピーエンドを迎えるだろう。因みにその親友の響子はちゃっかり取り巻きの一人であった腹黒眼鏡と付き合い始めた様だった。腹黒同士お似合いではないだろうか。知らんけど。
式はつつがなく終わり、今は校内の至る所で卒業する先輩達を見送っている。茉莉もまたお世話になった先輩方との別れを惜しんで涙を流したり、記念写真を撮って笑ったりもした。その時に裏庭の桜並木の下で抱き合う美玲と先輩がいたから、きっと無事にエンドを迎えられたのだろう。お助けキャラとして離れた所からとはいえ最後を見守ったので、これでお役目ごめんであろう。
そう思って窓越しに彼等を見ていれば、誰もいない教室に幼馴染みが入って来た。
あの日から事務的な会話はすれど、私的な交流は途絶えていた。彼はきょろりと教室内を見渡し後、何処か緊張した面持ちをしている。忘れ物でもしたのだろうし、直ぐに出て行くだろうと思っていれば影が差した。言わずもがな幼馴染みの彼で、先ほどの比ではないくらい顔が赤く染まっている。一体どうしたのかと怪訝に思っていれば、強い視線に射抜かれて絡め取られた。
「茉莉、お前に言いたい事がある」
「ん?」
いや、本当にどうした。何故茉莉相手に緊張しているのか皆目検討もつかず、首を傾げる。すると幼馴染みはそっと壊れ物に触れる様な仕草で茉莉の頬に手を添えると、震える声で思いもよらない言葉を告げて来た。
「俺、お前の事がーーーー」
そして茉莉が熟れた林檎のように顔を染めて叫び出すまで、後少し。