僕の幼馴染があまりにも凶悪すぎました。婚約破棄してかわいい嫁を貰いました、が。
幼馴染、パワハラ、婚約破棄という要素の作品が流行しているという話を聞きました。「モラハラ幼馴染に愛想を尽かせた主人公が距離を置いた結果、主人公モテモテ」という筋書きなのだそうです。三点お題ということで短編にしてみました。自作キャラの(一応)過去話です。元の話を読んでいなくても構わないご都合主義です。頭を空っぽにして読んでいただければ幸いです。
僕、ハロードの婚約者が決められたのは9つの年だった。
僕の住んでいるアルトフィデスでは貴族の子息はだいたい幼いうちに婚約者をあてがわれる。それが、精霊神殿の関係者であればなおのことだ。
「お前の血は神殿のためにある」父はそう僕たち兄弟に説いていた。「私たちもそうであるように、血をつなぐことはとても大切なことなんだ」
結婚は一族同士の結びつきでもある。初婚は家が決める、それが僕らの流儀だ。
「ごめん、今日は抜ける」
その日は早く帰ってこいといわれていた。でも、遊びの途中で帰るのは難しい。
「えーーーー」
案の定、僕たちのグループを統率していたエルが口を尖らせた。
「なんでなんだよぉ。まだ戦争の最中だぞ」
僕たちは今、隣の区と絶賛戦闘中だった。僕たちの区と隣の区は伝統的に仲が悪くて、しょっちゅう境界を巡って小競り合いを繰り返していた。今のこちらの区のトップはエルで、僕は副官だった。
「副官、おまえ、テキゼントウボウをするのか? テキゼントウボウはショケイだぞ」
エルが怖い。
「でも、絶対に帰ってこいといわれてるんだ」
僕が言うとエルはちっと舌打ちをした。
「しかたない。脇から安全に行こうと思ったが、時間がない。おまえら、ショウメントッパだ」
その日、記録的な短時間で僕たちは勝利を収めた。僕も何とか親ににらまれる程度の時間に家に帰ることができた。
「今日は婚約者同士の顔合わせだ」父は、きれいに洗われてまだ髪も乾いていない僕に厳しい顔でアドバイスをした。「お前の相手は高名な騎士の家系だ。家としては申し分ないお相手だぞ。礼儀正しく、優しく、いいな。相手が女性ということを忘れずに、騎士らしく振舞うんだぞ」
僕は余所行きの服を着て相手が来るのを待った。
相手がやってくるのにずいぶん待たされた。父はちらりちらりと時間を確認しながら、渋い顔をしていた。
そんな時、ようやく婚約者の乗った馬車が現れた。屋敷の前に止まり、家人総出で出迎えをしている前で扉が開き、そこから美しい令嬢が……
「よう。ハロ」
現れたのは先ほど別れたばかりのエルだった。くしゃくしゃの髪のまま、汚く汚れた服の上から新しい上着に手を通しながら登場だ。
「いやぁ、すまないねぇ。待たせたな」
エルはいつものように僕の肩をたたいた。
「戦勝会が長引いてよ。遅れちまった」
え? 僕の婚約者は、エルの姉妹なのだろうか? 僕はエルの肩先から馬車を覗き込んだが、下りてきたのは申し訳なさそうな顔をした男だった。
「今日はこっちでもご馳走が食べられるって聞いてきたぞ」
エルはにんまりと笑う。
「腹いっぱい食おうぜ」
僕は、ポカンとして父の顔を見た。父は、居心地が悪そうに僕とエルを見ている。
「父上、これは……」
「お前の婚約者のエルカ殿だ」父は咳ばらいをして、そう告げた。「エルカ殿、こちらが私共の息子のハロードです」
「いまさら、俺とお前の仲で自己紹介なんか必要ないよな」
エルは僕に言う。
「……父上、一つ質問があります」
しかし、どうしても、これだけは聞いておかなければならない。
「あの、婚約というのは男同士でもできるものなのでしょうか?」
ふおっと、誰かが息をのんだ。エルについてきた男が何かもごもごと詫びながら後ろを向いた。肩が小刻みに揺れている。父は、父もなにかをこらえるように口を結んだ。
「何を言ってるんだ。ハロ。婚約というのは男と女じゃないとできないんだぜ」
大真面目な顔でエルは僕にそういった。
結論だけ言うと、僕とエルとの婚約は成立した。彼は、いや、彼女は、正真正銘の女性だった。僕よりも、数段喧嘩が強くて、剣の腕も優れていて、男前で、女の子にもてていても、体のつくりは女だった。筋肉がもりもりで、背が高くて、肩幅も広くても女だった。
なんてこの世は理不尽なんだろう。僕よりも数段頭がよくて、度胸もあって、年下の者にも慕われている奴が僕の婚約者なのだ。
エルカがこの辺りのボスとして君臨している間、僕らの地区は連戦連勝だった。周りの地区から一目おかれる伝説の“男”、それがエルカだった。
「まぁ、細かいことは気にするな、ハロ」エルカはいつも僕にいった。「お前が女で俺が男でもいいじゃないか」
よくない。全然よくない。僕の男としての誇りはどうなる。騎士としての心得を家族から叩き込まれている間、僕は何度も教えられたものだ。男は強い。だから、か弱い女性を守ってやらなければいけない存在なのだ、と。でも、どう考えてもエルカのほうが強かった。エルカが大将で僕はその副官、それが序列だった。
それから数年して、僕たちは神殿の学び舎に入ることになった。本当は神殿騎士の学び舎は男だけが入ることができる場所だった。ごく例外的に女の騎士も認められていたが、それは女性の護衛や警護のため、とされていた。そう、普通は神官とか術者とかそういう学び舎に女は行くはずだったのだ。
もちろん、エルカはその例外だった。例外中の例外だった。
すぐに僕らの同じ組の中でエルカにかなうものはいないことが分かった。彼女を女扱いするものはいなくなり、姐さんと慕われるようになった。
才能のない僕など足元にもよれないほどの強さだった。
それでも僕は努力した。彼女の婚約者にふさわしい男として認められるように、頑張ったのだ。
「そうか、ハロ、一緒に走り込みをしたいか」僕は半分の距離でばてた。
「今日は、泳ぎに行くぞ」僕は溺れて死にかけた。
「魔獣狩りに行こう。ちょっとした手慣らしだよ」伝説の魔獣と会って僕は失神した。
彼女についていくことは僕にとって拷問だった。
僕の心を傷つけたのはそれだけではない。エルカはめちゃくちゃ女の子にもてたのだ。
「エルカ様、飲み物はいかがですか?」「お姉様、汗を拭きましょう」
彼女の周りには親衛隊のように女の子が群がっていた。僕はといえば、誰にも相手にされずボッチだった。それどころか、エルカの周りについているゴミ扱いだ。
「え? おまえ、姉御の婚約者なの?」男友達には生暖かい目で見られた。
「おまえ、不幸だよなぁ。あれには、どうやっても勝てないよ」
「漢の中の漢だからなぁ」
「くー。おまえ、いいよな。あの人の足置きになりたい」
成長期になって、背が伸びたら、きっと僕のほうが大きくなるに違いない。女の子は早く成長して、成長が止まると聞いていたから。僕はそんなことを期待していた。
僕の背はどんどん伸びた。でも、エルカもどんどん伸びた。おまえ、本当に女か、といいたくなるほどの成長っぷりだ。幼いころからひときわ目立っていたいい男ぶりも、成長するともっと増してきた。なんで、こうなんだろう。僕はいつまでたってもエルカには“男”として勝てなかった。僕はすっかり自信を無くしていた。
そんな時に、転機が訪れた。僕の兄が小競り合いで倒れたのである。神官だった兄が亡くなったことで、代わりに誰かが神官にならなければいけなくなった。ちょうどいい年ごろの子供がいなかったことから、僕が神官に転身することが一族の会議で決まった。
僕とエルカの婚約は互いに騎士候補同士だから決まったことだった。大切な初めての結婚だ。神官との結婚は彼女の一族の特性からして許されない。
「ごめん。エル。婚約を破棄することになって」僕はエルカのところに謝りに行った。
実のところ、内心僕はほっとしていた。騎士でなければエルと比べられることはなくなる。エルカの婚約者でなければ彼女の背中を追いかける必要もない。エルカの陰に隠れてばかりいなくてもよくなるのだ。
「そうか。仕方がないな」驚いた顔をしたエルカは、すぐに理解してくれた。「残念だが仕方がない。ハロが俺の処女をもらってくれる人になると思っていたんだけどな」
その時エルカはちょっと恥じらうような表情を見せた。男前のエルカが初めて見せた少女の顔だった。なんだか、思いもよらないところでみせられた女性のエルカに僕は罪悪感を覚えた。
神官に転向してよかったことがあった。実は僕もそこそこのモテる男であるということが分かったのだ。いままで雲の上のような美男子がそばにいたから、女の子たちは僕のほうを見向きもしなかった。エルカがいなくなってから、今まで見たこともないかわいい女の子が僕に声をかけてくれるようになった。天国だ。
そして、僕は新たに神官の家系の女の子と婚約を結びなおした。とても清楚で、おしとやかな女の子だった。僕が今まで夢を見ていたような女の子が僕の婚約者になる。こんな幸運があっていいのだろうか。
それからも僕の人生は順調だった。神官として働き始め、かわいいというよりも美しくなった婚約者と結婚した。皆に祝福されての結婚だった。時々エルカのことが気になったが、立場の違う僕と彼女と顔を合わせることはなくなっていた。
それでも、いくつかの噂は耳に入ってくる。当たり前のように、彼女は精霊剣士として神官騎士団の中で要職を占めるようになっていった。帝国にまで名がとどろく武勇の持ち主として。そして彼女は高名な精霊剣士と結婚した。その夫が腹上死した、という話を聞いた時に僕は心底彼女と結婚しなくてよかったと思った。僕が相手だったら初夜を迎えた日に死んでいただろう。
僕はというと、美しい妻と才能の片鱗を見せている子供たちに囲まれて、穏やかな神官としての生活をしていた。していたはずだった。
何かがおかしいと思い始めたのは、いつからだっただろう。
気が付くと召使たちが、こそこそと何か隠し事をしているようにふるまうようになっていた。周りの神官が僕を見てひそひそとうわさをしたり、一族の者が意味ありげな視線で僕のことを見るようになっていた。
なんなのだろう。
そして、ついに妻のふるまいまでが変わっていることに気が付いた。新しい衣装や装身具がいつの間にか増え、髪型が変わった。それまでは僕一辺倒だったのに、時々上の空になっていることがある。
これは、浮気というやつだろうか。
僕はそれとなく、探った。妻はこのところ頻繁にどこかへ出かけているようだった。やはりこれは間男と会っているのだろうか。
僕は、妻のことを愛していた。家同士が決めた結婚ではあったが、それでも僕の妻は彼女だけだと思っていた。彼女の怪しい行動について、それとなく家人に聞いてみたがみんな口を濁して逃げるように去ってしまう。僕は疑いを深めた。
ある日、僕は妻の後をつけた。彼女は大きな屋敷の中に慣れた様子で入っていく。僕の頭に血が上った。このくらいの障壁は乗り越えてやる。むかし、戦争ごっこをしていた時の経験が役に立った。僕は間男の住んでいると思われる屋敷に潜入した。
屋敷の中は、あまり人がいないようだった。どうやら、ここは間男の本宅ではないようだ。僕は人の気配がある奥まった部屋に近づき、妻の声が聞こえるのを確認すると勢いに任せて乗り込んだ。
間男に天罰を。
勇ましく、部屋に入った僕は、しかし、そこで優雅にお茶をしている妻と椅子に腕を広げて座っているエルカを見てしまった。
エルカ?
二人もいきなり入ってきた僕に驚いているようだった。
「なんだ、刺客だと思ったら、単なるハロじゃないか」
なんだか剣呑なセリフのようだったが、思いもよらない相手に僕は動転していた。
「な、な、な、なんで、ここにエルカが……」
妻とエルカはバツが悪そうに顔を見合わせた。
「ごめんなさい。あなた」妻は俺に謝った。「あなたに内緒でエルカさんと会っていて」
まさか、妻の相手はエルカ? いやいや、いかにいい男ぶりだからといって、エルカは女だ。僕は口をパクパクさせるだけだった。
「ひょっとして、あたしを間男か何かと勘違いしたのか?」エルカはふうとため息をついた。「まぁ、落ち着けよ。ハロ」
「落ち着いていられるか? なんでここにエルカがいるんだよ」
「実はなぁ」エルカはまた妻と目を合わせた。「あたしはリゼリア夫人に頼みごとをしにきたんだよ」
「はい?」
「夫人の夫を貸してくれないかって、ね」
夫人の夫……それがさす相手は一人しかいない。
「はい?」声が裏返る。
「じつはなぁ、あたしの子供の親として精霊の加護が強いハロの名前があがっていてね。すでに一族同士の話はついているのだけれど、形としては夫を寝取ることになるだろう? あたしもさすがに気が引けてねぇ。こうして何回かリゼリア夫人と会って、納得してもらおうと、ね」
「はい?」
それはつまり、僕が、エルカの愛人になるというわけですか? ちょっと待て?
「仲がいいことで有名な夫婦だからね。あたしとしても気が咎めてねえ」
まって? なんで肝心の僕のところに話が来ないのだろうか? 周りの何かを隠しているような行動を思い出す。ひょっとして、周りの人は全員そのことを知っていて、知らないのは僕だけ、なんてことがあるのか?
「冗談じゃな……」僕は断ろうとした。
「エルカ様」しかし、妻がエルカのほうに身を乗り出した。「エルカ様にそこまで思っていただけただけで私は幸せです。エルカ様のお役に立つのなら、私の夫も差し出しましょう」
「いいのか? リゼリア殿。子種をもらうんだぞ? 来年にはほかの女との子供が生まれるかもしれないんだぞ」
「そのことなら覚悟しております。エルカ様とわが夫との間の子供なら実の子にも負けない愛情を注ぐことができると思います」それから、妻は目線を床に向けて恥じらった。「あの、エルカ様。これからはお姉様とお呼びしてもいいですか?」
「ということだ。ハロ」エルカは僕を見てにんまりと笑った。「ご内儀の同意は得た。じゃぁ、早速だが、子作りに励むか」
野獣だった。目の前にいるのは人ではない。僕を取って食おうとしている獣でしかなかった。
「いってらっしゃい」
ずるずると奥の部屋に引きずられていく僕に妻は微笑んだ。