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 隣の部屋から、お母さんの喘ぎ声。

 ぼくはぷよに没頭する。

「……え?」

 ぼくは、ぷよをしている。

 ふすまに目を向けた。じっと見つめる。

 そのうち、お母さんの喘ぎ声がなくなって、上半身裸の男が出てきた。

「お、帰ってたか」

 ふすまの向こうで服を着るお母さん。

「またこれやってんのか」

 男がぼくの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 ぼくはぽかんと口を開けて、タケシを見ていた。

「どした?」

「さっき、ぼくを殴った。数えきれないくらい」

「はあ? いまお前の顔見たばっかだろ、コラッ」

 タケシがぼくを蹴る。何度も足を振った。ぼくは身を丸くして耐えた。

「ちょっとやめてあげてよ」

 服を着終えたお母さんが、タケシを止めた。

「悪い……やりすぎた」

 タケシはお母さんに抱きついて、ごめん。お母さんはタケシを撫でる。

「実を言うと、またちょっと金が必要なんだ……貸してくれないかな」

「えー! もぉ、いくらなの」

「いくらでもいい」

 お母さんは渋々、財布から一万を出す。ぼくは小声で呟いた。

「ありがとう、ユウミがいてくれてオレは幸せだよ」

「ありがとう。ユウミがいてくれて、俺は幸せだよ」

 台詞が一致した。

 金を受け取って、タケシはさっさと帰る。ぼくはお母さんを見つめた。

「アルくんどうしたの?」

「……夢を見てたのかな」

「どういうこと?」

「正夢の話、前に教えてくれたでしょ」

 ロトが当たる夢を見たお母さんは、それを正夢だと言って、夢で見た数字を買った。見事に全部はずれだけれど。

 さきほどのお母さんとタケシのやりとりが、夢の状況とまったく同じだったことを話した。

「不思議な夢見たんだねえ。アルくん、その夢、なんかお金儲けに繋がりそうなことなかったかなぁ?」

 すぐにロトのことが思い浮かんだ。

「お母さん、ロト7を買ってた。それで当選数字、お母さんが買った数字から全部一つずれててね、驚いてたよ」

「へー。前にずれてたの? それとも後?」

「たしか、お母さんの買った数字の、一つ後にずれた数字が、当選数字」

「お母さんの買った、数字の、一つ、後。それ本当にたしか?」

「と思うけど。心配なら三つ買ったら? お母さんの考えた数字と、全部前にずれた数字と、全部後にずれた数字」

「うわぁ、アルくん頭いい! 天才!」

 お母さんはぼくを抱きしめて、たくさん撫でる。やめてよお母さん、と鬱陶しがったけれど、嬉しかった。


 ネットでロト7の抽選結果を見るお母さん。ぼくはぷよをしていた。

「……うそ。うそうそうそうそー!」

 ゲームを停止する。お母さんの傍に駆け寄った。

「見てよアルくん! ほら!」

 お母さんの持つクジは4、7、12、14、19、21、35。モニターに映る数字は4、7、12、14、19、21、35。

「アルくんの言った通り買ったら、全部一致したの! 信じられない……」

 お母さんの目に涙がこみあげる。大きく手を広げて、ぼくに抱きついた。

「十億よ! 億万長者よ! あぁ、愛してるわアルト!」

「よかったね、お母さん。これでお仕事辞められる。もっと良い家に住める」

「うんうん、住める。三人で幸せになろ」

 バッとお母さんから離れた。「三人?」

「え、三人でしょ? 私と、アルくんと、タケシ。ほら三人だ」

「あいつはダメだ! あいつに見つからないところに行こう。大金手に入れたことを知られたら、一生お母さんに金を要求して、全部奪われちゃうよ」

「だ、だいじょうぶよ……」

「お金があれば、もっといい人と結婚できる! あいつはぼくに暴力ふるうんだよ? お願い、もうあいつとは会わないで」

 お母さんは悲しげな目で、ぼくを見つめた。その目が、諦めたように伏せた。

「わかった……。あーあ、最高に私好みの顔だったんだけどなぁ」

「かっこよくても頭がイカれてるよ」

 お母さんは不満そうに口を尖らせた。

「でも、いいの? タケシに見つからないように逃げるってことは、この街を離れちゃうんだよ? 万実ちゃんと離れ離れだよ」

「あ……」すっかり考えていなかった。

「あー、やっぱ万実ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「違うよ! ほんとにそんなんじゃないんだって。別にいいよ、離れ離れでも。会えなくなるわけじゃない」

 お母さんはにやにや笑う。「会いにくるつもりなんだ」

 余計なことを言うとつけこまれるので、もうぼくは黙った。

 お母さんはネットで買いたいものを漁りはじめた。ずっと鼻歌を歌っていた。


「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってくるね!」

 玄関を開けると、万実がちょうど出てきた。万実のおじいちゃんとおばあちゃんは、ニコニコして手を振っている。ぼくは頭を下げた。

「有飛おはよう。はいこれ。今日もどうせ持つんでしょ」

 万実は赤いランドセルを掲げる。ぼくは無言でランドセルを持った。

「どうしたのよ、なんか元気ないよ?」

「なんでもないって」

 ぼくは階段を下りていく。

「いつもランドセル持ってくれてありがと」

 ぼくはなにも言わず、階段を下りつづけた。


 万実は鼻歌を歌いながら、楽しそうに通学路を歩く。

「あ、ねえねえ、明後日――」

「七夕祭りにぼくを誘うんだろ」

「え、すごい、よくわかったね。有飛って時々、勘が鋭いよね」

 えへへ、と万実は笑った。

「悪いんだけど、ぼくは行かないよ」

「はあ?」

「お前友達いるんだし、そいつらと行けよ」

「なんでそんな言い方するの! 有飛に友達いないから一緒に行ってあげようかなって思ったのに!」

「余計なお節介は迷惑だ」

 ムムムムッ、と万実は大声をあげた。

「ランドセル、返して! あたしも有飛のお節介、イヤ!」

「これはぼくのトレーニングのためだ、返さない」

 ぼくは走りだした。バカ、と何度も叫ぶ万実を笑いながら。


 校門前にリムジンが止まる。純が降りた。いってらっしゃい、と車の中の男の声。いってきます、と純。

 リムジンが離れると、近くにいた女子が純の周りに集まった。

「おはよ、純」

「おはよう。えっと、永井有飛くんだ」

「うん。毎日すっげー車で送ってきてもらって、うらやましいな」

「ボクは歩いて登校したいんだけどね。パパが危ないからだめだって」

「金持ちで誘拐されるかもしれないから、とか?」

「その通り。ウチの親は心配性なんだよ」

「ふーん。でも、金持ちだしさ、不自由ないだろ。デカイ家に住めるし、なんでもほしいもん手に入る。いいよな、金があるって」

 万実が肘で突いた。「バカ、失礼なことばっかり言って」

「たしかに、お金で買えるものはたいがい手に入るけど……。ボクはいずれパパの仕事を継がなきゃいけないし、毎日勉強や色んなレッスンで忙しくて、自由がない。そのせいでどこにも行けないんだよ」

 まるでぼくに説教をする言い方に聞こえた。嫌な感じがした、というわけではない。ガキっぽいことを言った自分を恥じた。

「金持ちでも辛いことがあるんだな」

 純はふっと笑みを浮かべた。

「永井くん、優しいね」

「え? ぼく、なんかやさしいことした?」

 万実と純がなぜか見合う。すると、万実はぼくと純を交互に見て、目を泳がせた。

「あ、そうだ!」唐突に手を叩く万実。「純くん、明後日の七夕祭り、一緒に行こう。有飛と行く予定だったんだけど」

「行かないって、ぼくは」

「純くんも一緒に」万実は純の手を掴んだ。「ね?」

「悪いけど、パパが許さないから無理だよ」

「かもだけど、一応聞いてよ。もしかしたら許可もらえるかも」

「でも……」

 ぼくは万実と純の手を無理やり離した。

「純が困ってるだろ。行きたくないやつを無理に誘うのやめろ、お節介」

「あー、もうそういう言い方ほんとひっどい!」

「待って、ボク、行きたくないわけじゃない。お祭り、一度も行ったことないし……聞いてみる。パパが許してくれたら行くよ」

 うわーいやったー、と万実は無邪気に手をあげて喜んだ。

「ボクが行けたら、永井くんも来てね」

「えー、うーん……しょうがないな」

「ちょっとちょっと、なんで純くんの誘いは受けて、付き合いの長い私の誘いは拒むのよ!」

 万実はぼくの肩をばちん、と叩く。

「いったいなあ。ほら、ランドセル」

 万実に返して、ぼくはさっさと教室に向かった。


 下校中、万実はしつこく言っていた。明後日の七時、大宮神社。迎えにいく、と。

 ……まったく同じだ。やっぱり正夢なんかじゃない。

 あれは本当に起こったできごとなんだ。

「ねえ、今日の有飛、なんかヘン」

 万実に話そうか迷った。話しても、信じられないか。

「ぼく、この街を離れるよ」

「え、どういうこと?」

「実はロト7が当たってね、大金が手に入ったんだ。ぼく、タイムリープしてるんだよ。それでロトの抽選結果を知ってたんだ。億万長者だよ。お母さんの交際相手の話、前にしたろ? あいつ嫌いだし、あいつから逃げたいし、それもあって、もっと良いところに住むつもりなんだ」

 万実はじっとぼくを見ている。やがてぼくから赤いランドセルを取りあげて、

「次に会ったときはまともな会話をお願いね。じゃなかったらもう絶交だから」

 小さく手を振り、走っていった。


 家に帰ると、お母さんがいて、スーツケースにいろいろ詰めていた。

「アルくんおかえりぃ。アルくんのスーツケースも買ったから、必要なもの詰めて」

「どういうこと?」

「どういうこと、って、家を出るのよ」

「待って、聞いてない。早いよ」

「今日換金に行ってね、お金もらうまでに時間かかるみたいなんだけど、本当に十億が手に入るって、現実味が増してね、そしたらこんな汚い団地からすぐおさらばしたくなったの」

 まだ住む先は決まっておらず、とりあえずホテル暮らしする、とお母さんはウキウキしながら言った。

 万実には引っ越すことを手短に話したけれど、ぼくの冗談だと思ってまともに聞いてくれなかった。

 ホテルから学校に通うことを想像したのだが、隣の県に移ってしまい、ぼくの学校はどうするのと聞くと、すっかり忘れてた、とお母さんは言った。

 学校に行かないまま夏休みになって、莫大な当選金額が手に入り、海が見える立派な家を買った。ぼくの転入先も決まり、九月の始業式から新しい学校に通った。すぐに友達ができて、ようやく自分の居場所が見つかった気がした。

 万実には手紙を出した。電車でこられるから、いつでも遊びにこいよ、と。


 インターホンが鳴る。

 ゲームを中断して、スマホで、カメラに映る人物を確認すると、ぼくは駆け足で玄関まで行き、鍵を開けた。

「久しぶり」

「ひ、久しぶりね」戸惑う万実。

「本当に来るとはな」

「なによ、電話でこの日って話したじゃない」

「まあ入れよ」

 万実はきょろきょろ室内を眺めるので、面白かった。

「信じられないわ。すごく立派な家……ロトが当たったって話、本当だったのね」

「ああ。何度も言うけど、ロトのこと誰にも言うなよ」

「しつこい、喋ってないよ」

「電車代いくらかかった? 往復の分を渡すよ」

 万実は顔の前で手を振る。「いらない」

「金はあるから、もらっとけよ」

「いい。あたしを甘やかさないで、ほいほい受け取りそうで怖いから」

 ぼくはふっと笑った。万実はリビングへ進む。広さに驚いた。三階の展望室から海が見える、と話すと、万実は急いで階段をあがり、海を眺め、うっとりしていた。

「そういえば、おばさんいないね」

「出かけてる。詳しことはわからんけど、金を持ったからには土地を転がさなきゃ、とかなんとかよく言ってるから、それでどっか行ったと思う」

「ふぅん」

「とりあえずゲームするか?」

「後でね。もうちょっと、ここにいたい」

 椅子に座って、二人でしばらく海を眺めながら話した。だいたいお互いの学校の話だった。

「久しぶりなのに、有飛、全然普通だね」

「どういうことだよ」

「だって、ほとんど毎日顔合わせてたんだよ。それが突然いなくなってさ……」

「お、もしかして万実、さみしかったか?」

「ち、ちがう!」

 真っ赤な顔をした万実がぼくをばんばん叩く。やめろよ、と言ってもやめてくれない。ばんばんの音に、泣き声がまじった。万実が泣いている。

「え、お前、なんで泣いてるの」

「……ほんとはちがくない」

「え」

「だって、いきなりいなくなって、ランドセル、毎日重くて……これいつも持ってくれてたんだって……」

「しょうがないだろ、ぼくは引っ越したんだし。毎朝電車でお前の家行ってランドセル持ちたいけど、難しいじゃん」

 ぶんぶんと首を振る万実。

「あたし、有飛が好き」

「……はい?」

「有飛が好きなの! 友達の好きじゃなくて、これは告白の好きよ!」

「お前、それ、いきなりすぎだろ」

「いきなりじゃない、有飛が鈍感なだけ!」

 万実は大泣きをはじめた。

「ずっと好きだった! でも、有飛、いつもそっけないし――急にいなくなったら、もっと好きになったの!」

「お、落ちつけよ……」

 ぴたりとやむ泣き声。万実は顔をぼくの間近に寄せた。

「返事は?!」

「え……」

「私の告白をどう受けるかの返事よ! にぶちん!」

「いや、突然言われても」

「なによ、あんたは私のこと、なんとも思ってなかったわけ? 毎日私の荷物持ってくれて……私が好きだから持ってくれたんじゃないの?!」

「んなわけないだろ! ぼくはただ、自分のトレーニングのためにだな」

「照れ隠しでそう言ってたんじゃないの……?」

「え、うん」

 万実は大泣きを再開。

「有飛のばかああああああ!」

 走りだして、階段を下りていった。追いかけると、万実は玄関に向かってしまう。

「おいおい、帰っちゃうのかよ!」

 万実は出ていった。

「なんだよ、あいつ……」

 さっさとゲームに戻った。

 遊んでいると、ぼんやり昔のことを思いだす――

 ほとんど毎朝顔を合わせる万実。はじめは仲良くなかった。小学一年から三年の二学期までは、顔を合わせていながらも、一言も会話しなかった。

 小三の三学期。十月に入った頃。ぼくはひどい風邪をひいた。お母さんはいなくて、孤独だった。このまま死ぬと思った。

 朦朧としていると、インターホンが鳴った。起き上がるのは辛かったけれど、死ぬ前に誰かに会っておきたかったんだ。たとえセールスの人でも。

 玄関を開けると、万実だった。学校のプリントを届けに来たと言った。

 ぼくは笑顔で、「ありがとう」と言った。嬉しかったから。

 すると万実は急にぼくの額に手を押しつけて、すごく熱があると知ると、血相を変えてぼくを布団まで引っ張って寝かせ、自分の家から氷枕を持ってきて、それから万実の祖母とおかゆを作ってきてくれた。万実は母さんが帰ってくるまで、ずっと傍にいてくれた。

 ぼくが元気になり、朝、顔を合わせると、「体調はどう?」と万実は聞いた。ぼくはすっかり良くなったことを証明しようと、万実の荷物を全部持った。

 それから、ずっと、万実の荷物を持ちつづけた。特別な感情はなかった。そのはずだった。

 でも……。

 万実に「好き」と言われて、どきどきしている。

 万実は携帯を持っていないけれど、電話はできるし、会えなくなったわけじゃないから、さみしいと思わなかった。でも、もし会えなくなったら。嫌だ。

 嫌なんだ、ぼくは。

「告白か」

 付き合う、がどういうものか、いまいちわからない。でも、万実にもう一度好きだと言われたい。次に会ったら、言ってくれるかな。そうしたら、ぼくは――

 ピンポン。

 インターホンの音。反射的に立ち上がっていた。玄関へ駆けだして、扉を開けた。

 立っていたのは、万実じゃなかった。

「よぉ、アル坊」

 タケシだった。

 息がつまった。少し、呼吸できなかった。

「水くせえじゃねえか、こっそりこんな豪邸に引っ越すなんてよ」

「どうしてこの場所が……」

 タケシがぼくに迫る。足が震えて動けなかった。

 ドアがガチャンと閉まる。

「嬢ちゃんをつけてきたんだよ」

 万実がばらしたのかと、ぼくは一瞬疑っていた。そうじゃなくてよかった。疑った自分を責めた。

 タケシがぼくの首を掴んだ。「なんで俺から逃げた? こんな家に引っ越したってことは、めちゃ金回りよくなったんだよな? 金づるつかまえたか? あの年増が金持ちの愛人になれるとは思わねえけど。あいつ脱ぐ仕事は絶対しないって言ってたけど、ついに風俗に落ちたか? まあそれくらいじゃこんな豪邸無理か」

 黙っていると、タケシはぼくを殴った。

「なんか答えろよ。俺は心が広いから、別に今回のことは許してやるから」

 殴る。蹴る。その繰り返し。

「俺がどんなに辛い思いしたか、わかるか? 急にお前らいなくなってよ、そりゃショックだったよ。見つけたら殺してやろうかってくらいに。思うだけで絶対にやらないけどな。俺たち、家族だろ?」

 そう言って、殴る。

「なあおい、金の出どころはどこだって聞いてんだよ!」

 押し飛ばされ、ぼくは床に転げた。タケシはため息をつく。

「いいよ、もう。今日じっくりママをいたぶって吐かせるから」

 悪魔のように笑うタケシ。

「うわああああああ!」

 ぼくは叫び、立ち向かった。大人の力にかなうはずないのに。殴り飛ばされ、タケシはぼくを踏みつけた。何回も、踏みつけた。ひどく苦しかった。

 ガチャン。ドアが開く音。

「有飛!」

 万実の声。万実はタケシに立ち向かった。なにもできず、捕まった。

「お前……なんで戻ってきた!」

「なんでって、あのまま帰りたくなかったからよ。それより、なんでこの人がいるの」

「嬢ちゃんには礼を言わないとな。俺を案内してくれてありがとう」

「ついてきてたのね……ごめん、あたしのせいで」

「万実は悪くない――おい、万実を離せよ!」

 タケシが舌なめずりをする。

「年増のママもそろそろ飽きてきたなあ。嬢ちゃんにいたずらしてみるか」

 タケシの手が、万実の唇を撫でる。万実は悲鳴をあげた。その声が、ぼくを奮い立たせた。タケシに突撃した。万実を掴む腕に、噛みついた。

「いってええええええ!」

 万実も、ぼくのマネをしてタケシの腕を噛んだ。タケシは絶叫して、万実を思いきり殴り飛ばした。

「万実!」

 駆け寄って、顔に触れた。目を開けてくれない。

「このやろおおおおおお!」

 タケシに体当たりする。まるでびくともしなかった。殴り飛ばされ、また体当たり。蹴り飛ばされ、また体当たり。

 意識がある限り、タケシに立ち向かった。足腰が立たなくなっても、腕で這いずってタケシに向かった。

「殺してやる、殺してやる!」

 そう声をあげつづけた。

 タケシは、そんなぼくをあざ笑っていた。

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