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彼氏ができた初恋の幼馴染の妹が最近やたら絡んでくる。  作者: 戸津 秋太
第三章

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67、意外

「お腹、空いたなぁ……」


 ベッドに寝転がり、時折スマホを眺めては天井を見つめ、眺めては見つめと繰り返しているうちに、空腹感を覚えた。

 時計を見れば十九時を回っていた。

 可憐と話をしてから二時間ぐらいこうしていたことになる。


「何か買いに――」


 気怠い体を起こしながら、勉強机の上に置いておいたお金を手に取る。

 そこでふと、揚羽から送られて来たメッセージを思い出した。


 ――あたしが良いって言うまで家に居といてね!


 何が目的かはわからないけれど、一度承諾した手前出かけるわけにもいかない。

 くぅとお腹が鳴った。


 せめて何か飲もうと一階へ降りると、まるで見計らっていたかのように揚羽から着信が来た。


「あ、もしもし?」

「もしもし、お待たせ! 家、出ていいよ! というより、今すぐに出て!」

「う、うん……? わ、わかった」


 どこかワクワクしたような声音で捲し立ててくる揚羽を不思議に思いながらも、キッチンへ向かおうとしたその足を玄関へ向ける。

 靴を履いてガチャリと扉を開ければ、目の前に揚羽が立っていた。


「ハルくん、こんばんはっ」

「こんばんは……って、そうじゃなくて、どうしてここにいるの」


 一瞬可愛い笑顔に騙されそうになったけれど、なんとか持ち直して質問をぶつける。

 ボクの問いに、揚羽は嬉しそうに手に持っていたトートバッグをボクへ押し付けるように掲げた。


「ご飯、持ってきたのっ。一緒に食べよ!」

「もしかして、そのつもりでボクに家にいろって言ったの?」

「うんっ」

「うんって……」


 いつも以上にテンションの高い揚羽を家へ招き入れる。

 靴を脱ぐ際、揚羽からトートバッグを受け取る。

 ずしりと重量感があった。


「最初からそう言ってくれていたら色々と準備できたのに」

「えへへ、サプライズしたかったの。押しかけ女房? ってやつ」

「誤用だから。ボクたち同居してないから。……それにしても危なかったよ」

「何が?」

「ボクが空腹に耐えられなくて外食でもしに行ってたら入れ違いになってた」

「大丈夫だよ。ハルくんならあたしとの約束を破っていくわけないもん」


 あっけらかんと言ってのける揚羽に、ボクは怒ればいいのか喜べばいいのかわからなくなって微妙な表情をしてしまう。

 そうこうしているうちにキッチンへ入った揚羽は、ボクから受け取り直したトートバッグの中からピンク色のエプロンを取りだした。


「え、何してるの?」

「何って、料理の準備だよ」

「ご飯持ってきたって言ってなかった?」

「うん、ハンバーグ作ってきたの。後は焼くだけ!」


 そう言って、エプロンを着終えた揚羽は、可愛い……じゃなくて、トートバッグの中からタッパーを取りだした。

 中には揚羽が言ったように、焼く直前の工程まで進められたハンバーグのタネがラップにくるまれて二つ入っている。


 ご飯を持ってきたと言っていたからてっきりお弁当を持ってきてくれたのだと思っていたボクは面食らったけれど、そんなボクにはお構いなしに揚羽は髪を一つに纏め始めた。


「……言ってくれたならご飯も炊いておいたのに」


 ささやかな抗議と共に炊飯器から窯を取り出す。

 お米を計量していると、「それじゃあサプライズにならないでしょ!」と声が飛んできた。


 サプライズって、何か特別な日にするものだと思うけれど……。


 早炊きモードを選んで炊飯を開始する。

 二十分後には炊き上がりそうだ。


「何か手伝おうか?」


 ハンバーグ以外にも何か作ろうとしているのか。

 ごそごそとトートバッグの中を探っている揚羽に声をかける。


 そういえば、確かにあのバッグの重みは色々と入ってそうだった。


「ううん、下ごしらえはほとんどすませてきちゃったから、ハルくんはリビングで休んでてよ。あ、調味料とか使ってもいいよね?」

「何がどこにあるかとかあんまりわからないけれど、ご自由にどうぞ」


 手の平をヒラヒラと振って、揚羽に言われた通りリビングへと向かう。

 ソファに腰をかけながら、ぼんやりとキッチンの方を見た。


 カウンターキッチンだから料理をしている揚羽の顔がここからでも見える。


 ふんふんふんと、鼻歌を歌いながらポニーテールをゆらゆらと揺らしている。


 ……なんだか、落ち着かない。

 そわそわとしてしまう。


 ソファに座って少しして、ボクは耐え切れなくなって立ち上がった。

 そのままその場を軽く歩き回ってから、再びキッチンへ吸い込まれるように足を運ぶ。


「なーに?」

「いや、見てようと思って」


 ボクが近付くと、揚羽はフライパンに油を敷きながら苦笑いを浮かべた。

 調理の邪魔をしないように少し離れたところに立って、コンロの火を調整する揚羽を眺める。


「ハンバーグ、揚羽が作ったんだ」

「うん。ハルくんが今日一人だって聞いて、お母さんにお願いしたの」

「おばさんには後でお礼を言っとかないとね」

「あたしには?」

「……ありがとうございます」

「ふふふっ、冗談冗談!」


 かしこまって頭を下げると、揚羽はおかしそうに笑った。

 そのままハンバーグのタネを取ってラップを丁寧に剥がす。


 ジュゥッと、ハンバーグが焼かれる音と共に香しい匂いが漂い始めた。


 ピクニックの時も思ったけれど、揚羽は意外にも料理が上手い。

 昔はこういうのは可憐の方が得意だと思っていたけれど。


 そんなことをぼんやりと考えて、ボクは密かに薄く笑った。

 頭を小さく横に振る。


 意外。……意外、か。

 長い間、彼女の想いに気付けなかったボクが、一体何を以て意外と評しているんだろう。

 長い付き合いでも知らないことはたくさんある。

 普段とは違う姿を見て、意外と思うことがある。


 でも、その意外を無くしていくことが、付き合うってことなのかもしれない。

 この先、一緒に過ごしていく中で、いつしかたくさんの意外が当然に塗り替わっていくんだろう。


 そうなればいいと、心底から思う。

 そうするんだと、強く思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『その意外を無くしていくことが、付き合うってことなのかもしれない。』 この文章いいですね。 意外があるのは、まだ理解が足りないわけですもんね。理解が深まってずっと一緒に居られる様になるか、…
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