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彼氏ができた初恋の幼馴染の妹が最近やたら絡んでくる。  作者: 戸津 秋太
第三章

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66、こくはく

 パンケーキを食べ終えて家に帰ると、改めて試験から解放されたことを実感した。

 とりあえず勉強机の上に貼ってある勉強スケジュール表を剥がし、丸めてからゴミ箱に放り捨てる。

 制服からゆるい私服に着替えれば、自然と伸びをしたくなった。


「んぁ~~」


 間の抜けた声と共に伸びをする。

 椅子に座りながら、うっかり寝てしまわないうちにニャインを起動して揚羽にメッセージを送る。


「『今帰ったよ』――っと」


 まだ帰ってる途中だったんだろうか。

 揚羽にしては少し遅れてから既読がついて、今日食べたパンケーキの写真が送られて来た。

 写真の隅の方は加工で模様が入っていて、すごく女の子らしい感じだ。


 とりあえず写真をタップして保存していると、さらにメッセージが送られてくる。


『ハルくん、今日はもうずっと家にいる?』

『そうだね。……あ、でもご飯を買いに行くかも。父さんも母さんもいないから』


 帰宅した際、リビングのテーブルにお金と共に『今日遅いから適当にすませといて』と母さんからのメモが置かれていたことを思い出す。

 それにしてもどうしてそんなことを聞いてきたんだろう。


 ボクが不思議に思っていると、揚羽は続けて送ってくる。


『あたしが良いって言うまで家に居といてね!』

『それってどういう?』

『いいから! 可愛い可愛い彼女からのお願いっ』

『……はいはい』


 画面越しに揚羽の表情が浮かんできた苦笑いする。

 どういうつもりかはわからないけど、幸い今はパンケーキを食べたばかりでお腹が空いていないので素直に従っておくことにした。


 ぼんやりと本を読んで過ごしていると、階下でインターフォンの音が響き渡る。

 パタリと閉じて階段を降り、扉を開ける。


「はーい……って、可憐。どうしたの?」


 扉の前にいたのは可憐だった。

 反射的にそう言ってから、そう言えば学校でボクに用事があるかどうか訊ねてきたことを思い出した。


「……話があるの」

「来るなら連絡してくれたら良かったのに。ボクがいなかったらどうするつもりだったの」


 どこか真剣な空気にボクは若干気圧されながらひとまず普段通りの会話のテンションを保つ。

 けれど、可憐は静かに「ごめん」と謝るだけだった。


「とりあえず入りなよ。話は中で聞くからさ」

「ううん。すぐに終わるからここで大丈夫」

「わかった」


 なんとなく、可憐がどういう話をしに来たのかわかった気がした。

 数瞬の間の後、やはりというべきか、可憐は切り出した。


「……西条くんと、別れたの」

「……そっか」


 気まずい沈黙が流れる。

 薄々気付いてはいたことだけれど、ここ数日の吹っ切れたような可憐の様子はやっぱり気のせいじゃなかったみたいだ。


 可憐に対してボクはかける言葉を持ち合わせていない。

 どんな慰めの言葉も、楽観的な未来像を語っても、たぶん意味はない。

 何より可憐はそんなことを求めてボクに話しに来たとは思えなかった。


 だから、ボクは努めてあまり気にしていない風に装うことにした。


「話ってこのこと?」

「ううん、これもそうだけど、本題は別なの。……私が今から口にすることが最低だってことはわかってる。ハルが絶対に怒るってこともわかってる。だから、これは私の我儘。……でも、本気だから。だから、ハルにもそのつもりで聞いて欲しい」

「…………わかった」


 俯きがちだった可憐がそこで初めて顔を上げた。

 その瞳は決意の色で染まっている。


 たぶん、時間にすると一瞬だったと思う。

 それでもボクたちにとっては長く感じた瞬間だった。


「――私、ハルが好き。……好き、なの」


 僅かに潤んだ瞳。見上げてくるその眼差しには、冗談の気配は微塵もない。

 本当に、本当の愛の告白だった。


 かつて夢想したことのある光景が、目の前に広がっている。

 あの頃なら、ボクはどう返したんだろう。

 あたふたと戸惑って、その後に頷き返したんだろうか。

 それとも無言で抱き寄せたりしたんだろうか。


 ――なんて、あり得ない可能性が一瞬浮かび、そして弾けた。


 弾けた泡沫の向こうで、揚羽の笑顔が広がる。


 だらりと体の両脇に下げている拳に力を込めて、ボクは可憐の瞳を見返した。


「ごめん。ボク、大切な人がいるんだ。可憐よりも、愛おしいと思える人が、いるんだ」


 付き合っている人がいるとか、恋人がいるとか、そういう言葉を返そうという気は起きなかった。

 そんなこと、可憐は百も承知のはずだから。


「……うん」


 ボクの言葉に可憐は小さく頷くと、そのまま俯いた。

 彼女が今何を考えているのかわからない。

 何を思ってボクに告白してきたのかも。


「――ごめんね、私の我儘につき合わせちゃって。……ありがとう」


 そう言って、俯いたままボクに背を向ける。

 道路へ踏み出そうと歩き出した可憐を呼び止めることができないでその背中を見届けていると、不意に可憐が足を止めた。


「一つだけ、聞いてもいい?」

「うん」

「……私のこと、好きだった?」

「――――っ」


 そう言いながら振り返ってボクを見てきた可憐の顔は、笑顔だった。

 目尻に涙を浮かべながら、今まで見た笑顔の中で最高の。


 ボクは、この質問にどう返せばいいんだろう。

 そんなわけがないと、笑い飛ばせばよかったのか。

 直前の話をもう忘れたのかと、冗談めかして言えばよかったのか。


 けれどボクは、自分にもわからない感情の渦に委ねるようにして気が付けば口を開いていた。


「昔、そうだった時があったような気がする」

「ふふっ、じゃあ私たち、同じ相手に失恋したんだ」

「そうなるね」

「――ね、ハル。後悔しないでね」

「するもんか」

「……じゃあ、また明日!」


 強引に話を打ち切るようにして、可憐は今度こそ道路へ歩き出していった。


 彼女の気配がしなくなって、ボクも家の中へと入る。

 靴を脱ぐために屈むと、何かが靴の上にぽつりと落ちた。

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