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彼氏ができた初恋の幼馴染の妹が最近やたら絡んでくる。  作者: 戸津 秋太
第三章

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54、やりたいこと

「そっかぁ……」


 事のあらましを話し終えると、揚羽は小さくそう呟いた。

 ボクはからからになった喉を潤してから、軽く遠くを眺める。

 道路に面している場所は木々で囲われていて、街灯の頼りない灯りが届かないところは真っ暗だった。


 その間、揚羽は考え込むように俯いたまま口を閉ざしていた。

 やがて、揚羽はちょこんとボクの右肩に頭を乗せるように体を寄せてきて、囁くようにポツリと零した。


「……あたし、お姉ちゃんの気持ちわかる気がする」

「え?」

「西条さんが言ってくるまで何もしないでいいって、そう言ってた理由」


 それはただの見せかけだけの共感ではなく、実感が籠ったものだった。

 揚羽は納得しているようだったけれど、ボクはとても理解できない。


 もしボクが可憐と同じ境遇にあったら、西条先輩に事の真偽を追求したはずだ。


「揚羽は、もしボクがやましいことをしているって気が付いても何も訊かないんだ」

「ううん? あたしは絶対訊くと思う。どういうことなんだー! って」

「なのに可憐の気持ちはわかるんだ」

「あたしとお姉ちゃんじゃ色々と違うもん。もしお姉ちゃんの立場だったら、たぶんあたしもお姉ちゃんと同じ風にすると思う」

「その違いって?」


 ボクが訊くと揚羽は困った風に笑って、頭を持ち上げた。


「たぶんそれはあたしが言ったらダメなんだと思う。いつかハルくんとお姉ちゃんが考えて向き合うべきだよ。……あたしとしては、ちょっと穏やかなことじゃないんだけどねっ」


 前半は真面目に、後半は少しおどけた感じに揚羽は話す。

 そのままの調子で彼女は続ける。


「あたしさ、さっき冗談だって言ってたじゃん。彼女を一人で置いてどこかに行ったこと」

「うん」

「実は少しだけ本気だったの。お姉ちゃんを追いかけていくハルくんの背中を見ながら、ちょっとだけ寂しいなって」

「……それは、ごめん」


 面目なさに素直に頭を下げると、揚羽は笑いながら立ち上がった。

 俯きがちになったボクの足下にすっと影が差す。

 顔を上げれば、ボクの目の前に揚羽が立っていた。


「でもね、こうも思ったんだ。……ああ、ハルくんが彼氏でよかったって」

「きゅ、急にどうしたの」

「これはすっごく本気だよっ」


 その場で屈んで、カフェオレを手にするボクの手に揚羽の細く柔らかい手が覆いかぶさってくる。

 ギュッと手を握って、ジッと目線を合わせて来る。

 ボクは恥ずかしさから目を逸らそうとして、けれど彼女の真剣なその眼差しに吸い込まれた。


 街灯から丁度陰になっていて、揚羽の顔はしっかりとは見えない。

 けれど、真剣な声音に僅かな羞恥を滲ませて彼女は話す。


「あたし、ハルくんのそういう優しいところが好きなの。そりゃあ、彼女としてはあたしに一番優しくしてほしいし、一番甘やかして欲しいけどっ。……でも、ハルくんの誰にでも優しいところは変わんないで欲しい」

「揚羽……」

「で、でもでもでも、ちゃんとあたしを甘やかすのは忘れたらダメだからねっ! 絶対! ぜーったいっ!」

「――っ」


 パッと手を離して距離を取ろうとする揚羽を、ボクは反射的に立ち上がって抱きしめていた。

 腕の中で揚羽が体を固くしたのがわかる。

 小さく、「うぅ、うぇ……?」と困惑している。


 どうして急に抱きしめたのか、自分でもわからない。

 わからないけれど、こうしていたいと思った。


 お互いの体温でじんわりと暑くなるぐらいそうして、やがてボクはゆっくりと揚羽を解放した。

 ボクがベンチに座り直す間、揚羽はボーッとその場に立ち尽くしていた。

 少しのタイムラグの後、ハッと慌てた様子でボクの隣に腰を下ろす。

 いじいじと服を指で弄りながら「あ、甘やかして欲しいとは、言ったけどぉ……っ」と何やら抗議をするような目を向けてきた。


「ごめん、揚羽が可愛くてつい」

「かわっ……ハルくんって、時々勢いに身を任せて行動することあるよね……」


 ぷくっと頬を膨らませて揚羽はそう言った。

 それからふっと表情をやわらげる。


「でも、お姉ちゃんと西条さんのことも、そういう風にすればいいと思う」

「そういう風?」

「つまり、勢いに任せるってこと! どうせみんな自分勝手なことをしてるんだから、ハルくんもハルくんでやりたいことをやればいいよっ」

「ボクの、やりたいこと……」


 揚羽に言われてそれまでゴチャゴチャしていた頭の中がすっきりしていくような感覚が湧き上がる。

 深く考えすぎていたような、色々なことを気にしすぎていたような。


 そうだ、西条先輩だってボクに色々なことを頼んできた。

 可憐だってボクを色々と振り回している。

 それならボクもやりたいことを素直にやればいいんじゃないか。


「……なに」

「ふふん、なんでもないよ~っ」


 ふと、揚羽がこちらを見て笑っているのに気付いて声をかける。

 笑って誤魔化す揚羽にボクは向き直った。


「とりあえず、さ」

「うん?」

「もう一回、抱きしめてもいい?」

「ふぇっ!?」


 驚いたように声を上げて、それから俯きがちに顔を伏せて、やがて周囲を窺うようにチラチラと見て。

 揚羽は、おずおずとボクの方を見て呟いた。


「い、一回だけなら……いいよ」

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