over turn②
そんな一瞬の隙を突いて狙ったかのような向こう側からの射撃音。瞬時に目の前の、今にやってくる弾道を注目・見切り、紙一重にそれを避ける。彼女自身の長い黒髪はふわりと宙を舞い、地面へとひらひら落下し弾丸をかすった頬からは一筋の血液がぽたりと流れ落ちる。
「…なかなか上手いね。けど、そんな簡単にはやられてあげられないよ」
余裕綽々であると見せつけるように、口角をあげにやりと笑ってみせる。そのまま少女の手元を狙って2、3発銃を発射する。2連弾の音が鳴り響き、同時にからん からん と個体が転がっていく音を確認してから距離間を取るべく、跳躍して少女から離れる。
「…っ!」
そんな少女の声が聞こえてきた。続けざまに負傷したであろう、右手を弾くようにもう一発撃ち込む。
ぱあああんー…
2発も弾丸を食らったのだから、利き手は暫く使い物にはならないだろう。止まらない血と痺れが、今に少女を支配する事だろう。そこからどう動くか。男はすっと顔を上げ表情を伺い少女の顔前に視線を送るも、何一つ変わらない云うならば“静”のまま。
怪我を負っても凍てついた表情のまま、少女は距離を埋めるべく駆け出す。
まさに無傷であるかのように振る舞いながら。
「…痛みを感じないのか?」
それさえも耳に入っていないのか否か、少女は走り込みながら狙いを定めて銃を構える。
ぱぁん!ぱぁん!男に向けて威嚇目的で、発砲しているのだろう。直接当たらぬように態と男の頬を掠めるようにして外して撃ってきているようだ。
ますます男の中で疑問が膨らんでゆく。
「挑発か。彼女は一体何を考えている…?」
小さく呟いて、銃撃の雨を避けながら愛銃に万全の体勢で臨戦に応じれるように弾丸を積める。そして負けじと、駆け抜ける少女の足元を狙っての発砲。ここで動きを停止させなければ…臨戦は苦しいものになるであろう。狙うは少女の下半身。
「(動き出せぬよう…足元か膝、股関節部分に撃ち込んで暫し制止させなければ)」
作戦を練ればあとは遂行するのみ。走り来る少女の足首を狙い先ずは第1発。パン!手応えを感じながら小さく唸る呻き声を認知して、続いて第2発。今度は肩の関節を狙い発砲、貫通の手応え。
それでも止まる事のない少女の動きに、もう一度弾丸を撃ち込む。
「(直に終わる。ここまで来れば後は崩れ堕ちるのも時間の問…)」
「下らない小細工ばっかりしてんじゃないわよ!」
「!?」
突如聞こえた少女の怒声。振り向く間もなく投げ込まれた小型の卵型の固形物。
「(…なに!?しまった!発光弾か!)」
気付いた頃には遅く、それは軽快な音をさせながら白くそして黄色に色変わりを見せて破裂していく。
「…ちっ。目眩ましか!」
咄嗟に後ろへ下がりそれを阻止するも、発光弾の回避に集中する余りにがら空きになってしまった背後を取られてしまったようだ。ぱぁん!と背後から聞こえる激しい射撃音。
「…しまった!」
男の焦りに反響しその弾道は首の皮を掠り、そこからもうっすら血が吹き出し始める。どうやら男の血管に損傷を与えてしてしまったよう。振り向くと金糸を靡かせた少女は拳銃を構え、迷わず胸に狙いを定めて目掛けての発砲。
パン!パン!
それも威嚇のようで、左右に頭蓋をかするように撃ち込む。威嚇掃射、三発目でのリボルバーが下がる瞬間を狙ってがら空きの少女の手首に一髪蹴りを入れ込む。
「な…っ!?」
護身銃は音を立てながら遠くの方へ遠ざかる。
苦虫を潰した表情をとっさに浮かべた少女は、懐に手を入れて銃を取り出そうと仕草。この僅かな時間を逃してはならないとばかりに連動で走り続ける。一瞬、男からの視界から遮断させたタイミングを狙い、少女の下腹部に蹴りを打ち込む。
「がは…っ!」
口から赤い液体を吐き出しながら、少女は元いた場所へ転がり落ちる。その瞬間、男は自身の勝利を確信した。
「ごめんね、悪く思わないでね」
銃を構え、倒れたままの少女の頭上に照準を合わせる。その刹那、倒れこんだはずの少女の姿が見えなくなる。代わりに所々に朱色の水滴が縦横無尽に散らばっている。
「…まさかまだ動けるのか…!」
辺りを見回しても姿は皆無。一体どこへ…。
「こっちよ」
冷たい回答。背筋がぞっとする感覚を覚え振り向くとそこには、満身創痍な少女が見せた口角が一瞬上がったような形跡。勝利を確信した笑みなのだろうか。
男の背を狙い一発撃ち込まれた。放たれた弾丸、それを避けるためについて懐に隠していたもう一丁の小型銃を取り出し構えて応戦するが刹那、少女の方がスピードを上回っていた。
「あなたには恨みは無いが、クライアントのため…あの世で後悔するが良い!」
「!」
言葉を言い切るかの刹那に弾かれたリボルバーにぱぁん!と響き渡る銃声、無情にも胸を貫く弾丸。
「がは…っ」
血反吐を吐いてその場に崩れ堕ちる男の肢体。からんからんと、手から溢れてしまった拳銃に手を伸ばすも、それに気付いた少女に明後日の方向に蹴り飛ばされてしまった。遠くへ落ちていった愛銃。
これで男の身を守るものは何もなくなった。
どくん どくんと溢れだし止まることを知らないの朱色の雫。何にしろ、このスピードは早すぎる。ギリギリのところで致命傷は避けたが、この傷では戦闘は不可能に近い。
そこで漸く男は自身の見当違いに気付く。少女の姿を見て
どうやらはとんだ見込み違いをしていたようだと。少女とて、奴は手練れだ。
横たわり絶え絶えな息を吐き血を吐き出す姿を見ても顔色ひとつ変えず少女は冷笑する。
カチャリ。
「なかなか強かったわ。でもまあわたしの勝ちよ。自分の業を呪いながら等しく灰に還るが良い!」
最後の止めといわんばかりに、躊躇いもなく頭蓋を狙って弾射。何かが暴発したような様々な破裂音。そこから 男の記憶はぷっつりと閉ざされた。
鳴り響くは硝煙が立ち込める銃口と崩れ堕ちる物言わぬ骸と化した肢体。
どくどく と朱色が一帯を赤く染め上げて色づけていく。あっと言う間に黒から朱へ視界は変貌を遂げる。
物言わぬ身体に一言吐き捨て、闇はそっと黒と同化して姿を消していく。
まるで初めから存在などなかったかのように。
「…悪く思わないでね。」