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変化


 それからすぐにアマリリスの葬儀は行われた。

 皆が嘆き悲しむ中、またもや噂は飛び交った。


「また死神の犠牲者か……」

「こう4人も続くと、本当に気味が悪い」

「死神に愛されたフォーク侯爵が哀れでなりませんわ……」

 

 クロードはその噂を、拳を強く握り締めながら黙って聞いていた。


 葬儀が終わるとクロードはフラフラと、何かに導かれる様にアマリリスと2人で初めて訪れた秘密の花園に向かった。

 花園には白い花を眺める美しい女性が先にいた。

 クロードはその女性を見て、どこかで見た事がある気がした。

 しかし、思い出せない。

 首を(ひね)ってその女性を観察していると、女性はクロードの視線に気が付き、フワリと花が咲いた様に笑った。

 それを見て、クロードは思わずその女性に声をかけた。

 

「貴女はここで何をしている? ここは立ち入り禁止のはずだが……」


 それを聞いた女性は何故かクスクスと笑いだす。


「まぁ嫌だわ、フォーク侯爵。私はダリア・ブチエナです。お忘れですか?」

「いや……だが、顔も雰囲気も全然違う」

「フォーク侯爵。女は恋をすると変わるものですよ」

 

 そう言っておかしそうに笑うダリア。

 それにしても今のダリアは変わりすぎだった。

 小さいと思っていた瞳は大きく長い睫毛(まつげ)に縁取られ、荒れた肌は陶器の様になめらかになり、紅い唇は妖艶な色気を(かも)し出す。

 手入れをしていないバサバサだった髪も、艶があり光を反射する。

 いつも無表情だった顔が、今はコロコロと表情を変える。

 そんな今の姿を一目見て誰がダリアと分かるだろうか。


「女性はそんなものなのか。そうとは知らず失礼した。ダリア嬢は今、恋をしているのか?」

「えぇ、貴方に……叶わぬ恋だと諦めておりました。けれど、フォーク侯爵のそんな顔を見ていると私も苦しくて仕方がないのです。アマリリスの代わりに……私が貴方様のお傍にいてはダメですか?」

「ダメだ……私の傍にいると貴女まで死神に殺される」


 ダリアはまた笑う。

 心底可笑しそうに。


「私は死神になど負けません。そんな者より本当に恐ろしいのは、生きている人間です」

「君も死神には負けないと言うのか。死神より生きている人間の方が恐ろしいか……私は死神の方が恐ろしい。だから、もう結婚はしないと決めたんだ。跡継ぎについては今後考える事にしたよ」


 悲しそうな笑顔を浮かべるクロードに、ダリアは不適な笑みを浮かべて言った。


「ならばフォーク侯爵。私と賭けをしませんか? 1年の間、私が死神に負けずに生きていれば……私と結婚して下さい!」

「冗談はやめてくれ。そんな事はありえない。私はもう身近な人の死に、これ以上耐えられないんだ……」

「冗談ではありません! 私は本気です! 私が貴方を、死神の呪縛から解き放ちます!」

「そうなったら、どんなにいいか……」


 クロードは頭を振って下を向く。

 

 ーー死神の呪縛から解き放たれればどんなにいいか……。


 どれだけ頑張って抗おうが、死神はそれを嘲笑うかの様に軽くその上を行く。

 そしてクロードの愛する人は皆、死神によって殺された。

 アマリリスは「死なない」と言って死に、ダリアも「負けない」と言う。

 クロードはダリアが死神の怖さを知らないからそう言えるんだと思った。 


 ーー俺に関わればダリアも死神にきっと殺される。それは、アマリリスに申し訳なさすぎる……。


 アマリリスが大好きだと言った姉 ダリアを死ぬと分かっていながら、本人が何と言おうがクロードは傍に置くわけにはいかなかった。

 人間が死神に勝つなどありえないのだから。 

 

 ーーなぜ自分だけが生きている……。死神よ……いっそ俺を殺してくれ……。


 涙が零れそうになり、クロードは唇を噛み締めた。


「フォーク侯爵、貴方は敵に背を向け逃げるのですか?」

「だが……敵は人間ではどうしようもない死神だ……」

「ですから! 私は先程から何度も死神などに負けないと言ってるではありませんか! 私に機会をお与え下さい!」


 何を言っても諦めないダリアにクロードは苛立ち、感情的に言ってしまった。


「そこまで言うなら勝手にすればいい!」

「ありがとうございます、フォーク侯爵」


 嬉しそうに喜ぶダリアを見て、クロードは自分は何て事を言ってしまったのかと後悔した。

 クロードは慌てて先程の言葉を撤回しようとした。


「ダリア嬢やはり……」

言質(げんち)はとりましたよ、フォーク侯爵」


 ニッコリと微笑むダリアだが、有無を言わせぬ妙な迫力があった。

 クロードはそこまで言うならもういいと、また苛立ち「好きにしろ」と言い放ってその場を後にした。


 ダリアはクロードの背中を見送ると、その足でブチエナ男爵の執務室に向かった。

 扉をノックしても、中からの返事はない。

 ダリアはここにはいないのかと思い、確認のためにドアノブに手をかけた。

 誰も居なければ鍵がかかっている筈なのに、鍵はかかっておらずドアは簡単に開いた。

 ブチエナ男爵は椅子に座って、執務室に飾ってある亡き妻の絵を眺めながら酒を飲んでいた。


「誰だ」


 不機嫌な声でそう言い放ち、ダリアと目があったブチエナ男爵は持っていたグラスを床に落とした。


「エリーゼ……なぜここに……」


 ブチエナ男爵は愛した亡き妻の名前をダリアに向かって呼んだ。


「いや、エリーゼがいるはずはない。少し酒を飲み過ぎたか……」


 困惑するブチエナ男爵にダリアはフッと微笑む。

 それは、ダリアの母エリーゼとそっくりな笑みだった。


「お父様、私はダリアです。貴方と母エリーゼの娘のダリアですわ」

「何を言っている! ダリアは私の子ではない! エリーゼの不貞の……」


 それを聞いてダリアは笑いだす。

 ブチエナ男爵は訳が分からず不機嫌さを(あら)わにする。


「何がおかしい!」

「フフフ、お父様は一体お母様の何を見ていたの? なぜ不貞と言い切れるの?」

「それはお前の顔が……」

「私の顔がどうかしまして?」


 今のダリアの顔は亡き妻エリーゼにそっくりだった。

 そんなはずはないと、ブチエナ男爵は頭を振る。


「お前の顔は誰にも似ていない。私にもエリーゼにも。だから……」

「だからお父様は一体何を見ているのかと、先程から聞いているではありませんか。この顔を見て誰にも似ていないと言えるのですか?」


 そう言ってブチエナ男爵に近付いて行くダリア。

 ダリアの顔を見てブチエナ男爵は呟く。


「本当にお前はダリアなのか……」

「えぇ、お父様。私はダリアです。顔の肌荒れが治ったかと思えば、お母様と似たこの顔が現れたのですわ」

「本当にお前はエリーゼと私の子なのか?」

「勿論ですわお父様。子供の頃にお母様の手記を見つけました。そこにはお父様をお母様がどれだけ愛していたかが(つづ)られていました。そんなお母様が不貞を働くなどありえない事です」

「なぜ、すぐにそれを言わなかった!」

(みにく)い私がそれを言った所で……お父様は信じましたか?」


 ブチエナ男爵はバツが悪そうに視線を()らした。


「だから黙っていました」


 そう言うダリアの声は震えていた。


「そうか……ダリア今まですまなかった……」


 ブチエナ男爵は涙を必死で(こら)えるダリアを抱きしめた。


 ーーお父様、もう遅いのですよ……何もかも。


 ダリアはそう思い一筋の涙を流すと、ブチエナ男爵から離れた。


「お父様もういいのです」


 無理に笑みを作るダリアが痛々しくて、ブチエナ男爵は今までダリアにしてきた仕打ちを思い出す。


「ダリア……本当にすまなかった」


 もう一度謝るブチエナ男爵にダリアは冷たく言い放つ。


「本当にすまないとお思いならば、フォーク侯爵と私の婚約を認めて下さいませ、お父様」

「ダリア! お前は一体何を言い出すんだ! 死神にアマリリスが殺されたばかりだというのに」

「えぇ、分かっていますわお父様。でも、私は死神になど負けません。それを証明するためにフォーク侯爵と賭けを致しましたの」


 フフフと幸せそうにダリアは笑う。


「何を馬鹿な事を……フォーク侯爵もフォーク侯爵だ! 婚約者を亡くしたばかりだというのに……」


 ダリアが何を考えているのか分からないが、フォーク侯爵の考えも理解できない。

 アマリリスが亡くなったばかりだというのに直ぐに次などと、ブチエナ男爵には到底許容出来ない考えだった。

 ブチエナ男爵は苛立ちをぶつけるように、拳を机に叩きつけた。

  

「お父様。フォーク侯爵何も悪くありません。私が無理矢理結婚を(せま)り、賭けの話を持ち掛けました」

「ダリア……なぜそんな馬鹿なマネを……」

「私は4年前の凱旋(がいせん)パレードで初めてフォーク侯爵をお見かけしました。その時からフォーク侯爵をお慕いしております。叶わぬ恋と諦めておりましたが、やっと私にもチャンスが巡ってきたのです!」

「そうだったのか……だが駄目だ! ダリアまで失う訳にはいかん!」


 そこでダリアは静かに、しかしよく通る声で言った。


「お父様、家名をお忘れですか?」

「どういう事だ?」

「我が家の家名ブチエナは元々はブチハイエナの意。ハイエナは腐肉を漁ったり、獲物を横取りするイメージが強いですが、その実彼等は優秀なハンターです。私は家名の名に恥じぬ行いをしたまで。獲物を狩れる絶好の機会を見逃す筈がありません」


 そう言うダリアの目は、獲物を見つけたハンターのようだった。

 「今狩らずに、いつ狩るのか」とダリアの表情が言っている。


「しかし……」

「お父様……今まで私にした仕打ちをお忘れですか?」

「なっ、何を言う。もういいと言ったではないか!」

「違います。謝罪はもういいと言ったのです。お父様がこの婚約を許して下さるなら、私は全てを無かった事に致しましょう」


 ブチエナ男爵をダリアは鋭い視線で射抜く。

 しかし、ブチエナ男爵は首を横に振った。


「……ダメだ。ダリアが死ぬかもしれない婚約を認める訳にはいかない……」


 首を中々縦に振らないブチエナ男爵に、ダリアは最後の切り札を使う。


「お父様、お母様の手記の隠し場所をご存知? 認めて下さるなら、お母様の手記をお父様にお渡しします」

「そんな事を言っても無駄だ! この話はこれで終わりだ! 出て行けダリア!」

「フフフ、そう簡単には見つかりませんよ。お父様は必ずこの婚約を認めてくださるわ」

「出て行けと言っているだろう!」

「ではお父様、失礼致します」


 そう言って静かに部屋を出て行くダリア。

 一つ溜め息をつくと、ブチエナ男爵は力が抜けたようにフラフラと椅子に腰かけた。


「エリーゼ……すまない……」


 そう呟くと、(せき)を切ったかのように涙が止めどなく溢れる。

 ひとしきり涙を流したブチエナ男爵は、家令を呼んで命じた。

 「家をひっくり返してでもエリーゼの手記を見つけろ」と。


 そして1週間エリーゼの手記の捜索が行われた。

 だが何処を探してもそれらしき物は見つからない。

 もちろんダリアの部屋は入念に調べられたが、結局エリーゼの手記を発見する事はできなかった。


「旦那様……もう探す所がございません。失礼ですが、本当にエリーゼ様の手記は存在するのですか?」

「それはどういう事だ?」

「恐れ多くも申し上げますと、ダリア様の虚言(きょげん)ではないかと思われます。これだけ探しても無いというのは可笑しな話です」

「そうか……ダリアをこの部屋に呼べ」


 執務室を出た家令はダリアの部屋に急いだが、廊下の途中でダリアと出会った。

 家令は「ダリア様、旦那様が執務室でお待ちです」とダリアに伝えた。

 ダリアはそれを待ってましたとばかりに笑顔で答える。


「分かったわ。直ぐに行く」


 そう言って急いで執務室へ向かうダリアを見て、家令は驚いた。


「ダリア様はあんな笑顔ができたのか……本当に別人のようだ」


 顔は変われど、いつも無表情だったダリアが花がほころぶ様に笑った。

 アマリリスが居なくなったこの家は、イザベラがショックのあまり寝込んだ事も相まって、灯火が消えたように暗い雰囲気が漂っていた。


「まだ消えてはいなかった……」


 家令はそう呟くと、誰にも見られぬようにそっと涙を流したのだった。


 執務室に着いたダリアは扉をノックする。

 「入れ」と中から返事があったので、自分で扉を開けて部屋の中に入った。


「お父様、一体何の用でしょうか?」

「わかっているくせに、白々しい……ダリア、エリーゼの手記は本当にあるのか?」

「えぇ、もちろん」

「だが、どれだけ探しても見つからん! これだけ探しても見つからないとは可笑しいではないか!」

「そう簡単には見つからないと申し上げました」

「それはそうだが……現物がないのに信じられん!」


 怒るブチエナ男爵に、ダリアはニタリと笑いかけた。


「では、あの話に乗りますか? 婚約を認めてくださればお渡しするという話に」

「あぁ、いいだろう。本当にエリーゼの手記があるなら認めてやろう」

「お父様、本当にいいのですね?」

「あぁ。だがエリーゼの手記など最初から本当はないのだろう?」

 

 ダリアを見て、ニヤリと笑うブチエナ男爵。

 ダリアはそんなブチエナ男爵を無視して、一冊の本をブチエナ男爵の目の前の机に置く。


「こちらが現物ですわ、お父様」

「はっ、どうせ苦し紛れに適当な本を見繕(みつくろ)ったのだろう?」


 そう言いながらブチエナ男爵は本を開く。

 そこには見覚えのあるエリーゼの綺麗な字で、ブチエナ男爵への思いが(つづ)られていた。


 『アベル様はまた珍しい花を私に贈って下さった。花は好きだけど、真っ赤な顔をして照れながら花を渡してくれるアベル様の方が可愛いらしくて私は大好き』

 『貴族は政略結婚が当たり前で好きでもない人と結婚するのだと、子供の頃は諦めていた。でも、私は大好きな人と結婚ができる。なんて幸せなの。私、世界一幸せな花嫁になるの。全てアルのおかげ。ありがとうアル。そして心から愛してる』

 『大好きなアルとの子供がもうすぐ産まれる。嬉しい反面不安もある。でも、アルならきっと大丈夫。分かってくれるはずよ。私はアルを信じてる』


 読み進めて行く(たび)に、ブチエナ男爵の目からは涙が零れ落ちる。


「これは……確かにエリーゼの書いた物で間違いない……私を『アル』と呼ぶのは彼女だけだ」

「では、私とフォーク侯爵の婚約を認めて下さい」

「こんな物を見せられては、認めざるを得ないな……だが、本当に死神にお前は負けないのだな?」

「はい。私は生きてフォーク侯爵と結婚致しますわ」

「その言葉、信じているぞ」


 ダリアは力強く頷いた。


「では私はこれで失礼致します」

「あぁ……」


 ブチエナ男爵はまたエリーゼの手記に目線を落とし、エリーゼの筆跡を指でなぞった。


「エリーゼ……君は何を不安に思っていたんだ?」


 誰も答えない質問を、ブチエナ男爵は何もない空間に問いかけた。


 



 







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