表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

完璧なもの

残虐描写があるのでご注意下さい


 月日は流れ、アマリリスとクロードの結婚式は2週間後に迫っていた。

 今日も慌ただしくブチエナ男爵邸の使用人達は働いていた。

 ダリアはそれを横目で見ながら、いつもの花園へと足を運ぶ。

 

「これで完璧な物ができるわ」


 一方その頃、ブチエナ男爵邸の応接室にはクロードとアマリリスが並んで座っていた。


「クロード、私に急ぎの話って何かしら?」


 飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻し、先程から中々話し始めないクロードに痺れを切らしたアマリリスは、自分から話を切り出した。


「リリー……私の死神の話を知っているか?」 

「えぇ、知っているわ。有名だもの。でもあれは、ただの偶然でしょ?」


 アマリリスの言葉に青い顔をして下を向き、黙り込むクロード。


「クロード?」


 クロードのいつもと違う様子にアマリリスは戸惑ったが、話の続きが気になるのでクロードの名を呼び、先を促した。

 クロードはゆっくりと顔を上げ、アマリリスに視線を向けたかと思うと、今度は視線を床に落とした。


「あれは、何者かの仕業かも知れない。君を守るためにもう一度イチから調べ直したんだ。そしたら、ある人物が関わっている事が分かった」

「クロードは今までの事を偶然でも死神のせいでもなく、人為的に起こったと言いたいの?」

「あぁ、そうだ。彼女達が死んだ日の昼間に、同じ男が必ず目撃されている。私はその男が怪しいと思うんだが……その男の足取りが全く(つか)めない。そして、次はリリーが狙われる可能性が高い」

「そんなっ! クロード、その方は一体どんな人物なんですの?」

「プラチナブロンドの長い髪を後に縛り、青い瞳で目鼻立ちがハッキリしていて、中性的な雰囲気を持つ美男子だそうだ。人の目を引く容姿をしていたので、使用人がよく覚えていた。これが証言を元に作った似顔絵だ」


 そう言ってクロードは一枚の紙を、机の上に広げる。

 その絵を見て、アマリリスはその人物に見覚えがあった。

 だが、いくら考えてもどこで見たのか思い出せない。

 アマリリスはもう一度その絵をじっと見つめる。


「綺麗な方……物語の王子様みたいだわ」


 ーーあぁ、そうだわ。きっと物語か何かの絵を見て、見た事があると勘違いしたんだわ。


 アマリリスはそう結論づけ、考える事をやめた。

 見れば見るほど男性とは思えない美貌に、アマリリスは疑問を抱く。 


「でも、本当にこんな(ひと)が実際にいるのかしら?」

「あぁ、私もそう思ったんだが……出来上がったこの絵を確認してもらった所、皆口を揃えて言うんだ『この男だ』とね」

「そう。クロードは、この方が私の所に訪ねてくると思っているのね?」

「あぁ、十中八九何かしら理由をつけてリリーに会いに来ると思っている」


 クロードは強い眼差しをアマリリスに向ける。

 アマリリスにはその眼差しが「君を必ず守る」とクロードが言っているように思えて、怖さよりも嬉しさと幸福感がアマリリスの胸を満たした。


「分かったわ、私はこの男が訪ねてきても絶対に会わない。ありがとうクロード」

「あぁ、リリーは必ず私が守る。他にも何かあれば直ぐに言ってくれ。私はこれ以上近しい人を亡くすのは耐えられない……」


 そう言って泣きそうな顔をするクロードを、アマリリスは優しく抱きしめた。


「安心して、クロード。私は絶対に死なないわ」


 自信たっぷりに笑って言うアマリリスをクロードは抱きしめ返し、頬にキスを一つ落とした。

 それに驚いたアマリリスは真っ赤な顔をしてクロードの顔を見るが、クロードが座っているせいでクロードの顔がアマリリスの目の前にあった。

 更に真っ赤になって慌てて離れようとするアマリリスを、クロードはしっかりと抱きしめ自分の方へ引き寄せる。

 そして今度はアマリリスの唇に自分の唇を重ねるクロード。


 初めてのキスにアマリリスは戸惑った。

 しかし恥ずかしいのは最初だけで、クロードが必死に自分を求めてくれるのが嬉しくて、アマリリスはクロードに身を委ねた。 


 何度も何度も二人は唇を交じ合わせる。


 2人の唇がやっと離れた時、アマリリスは真っ赤な顔に瞳を潤ませて「クロード、愛しているわ」と言った。

 それを聞いたクロードも、アマリリスを愛しそうに眺め「私も愛しているよ、リリー」と言う。  

 そんな幸せの絶頂にいる2人は、少し開いているドアの隙間からその様子をじっと眺める人物に、全く気付けなかった。 


 その日の夜遅く、アマリリスの部屋にダリアが訪ねてきた。


「こんな遅くにどうしたのお姉様?」

「遅くにごめんなさい。でも、リリーにどうしても渡したい物があって……」

「まぁ、何かしら?」

「もうすぐ結婚式でしょ? だからリリーにはもっと綺麗になってほしくて、美肌になる薬を作ってきたの」


 そう言ってダリアは手に持っていた小さな紙の包みを開ける。

 包みを開けた途端、ふわりと花の良い香りが漂う。


「薬なのにとてもいい香りがするのね、お姉様」

「えぇ、この粉末の中に乾燥させた花も入っているから。やっと、完璧な物ができたのよ。完璧なリリーには完璧な物を……だから作るのにとても苦労したわ」

「ありがとう、お姉様! 私のために作ってくれたなんて嬉しいわ!」

「いいのよ、リリー。貴女のためだもの。それに、これは夜寝る前に飲まないと効果がないの。だから、今飲んで寝るといいわ」 

「わかったわ、お姉様」


 アマリリスはダリアから薬を受け取ると、部屋に置いてある水差しから水をグラスに移す。

 薬を全て口の中に含み、アマリリスはそれを水で流し込む。

 

「全部飲んだわね……じゃあ、私は部屋に戻るわ。リリー、良い夢を」

「おやすみなさい、お姉様」


 ダリアは薬を包んでいた紙を回収して、アマリリスの部屋を後にする。

 アマリリスもベッドに横になり、眠る事にした。


 横になってから少しして、アマリリスの体に異変が起こった。

 ひどく喉が渇いて、目を覚ましたアマリリスはベッドサイドに置いてある水を飲もうと起き上がろうとした。

 しかし、手足が痙攣(けいれん)して上手く体に力が入らなかった。


「ど……ひて……」


 舌も痺れていて、呂律(ろれつ)もまわらない。

 これでは、助けを呼ぶ事もできない。

 アマリリスは恐怖した。

 このまま自分は死んでしまうのではないかと。


 アマリリスは心の中でクロードに助けを求めた。


 ーー助けて、クロード! 

 

 そんなアマリリスの目の前に「それ」は突然現れた。

 「それ」は天井にまで届きそうな大きな身長に、着ているローブの隙間から覗く肌は漆黒の黒色をしていた。

 そして「それ」に顔はなかった。あるのはイヤらしく歪んだ口元だけ。

 よく見れば「それ」は宙に浮いている。

 人の様で人ではない何か。 

 アマリリスは「それ」こそが「死神」なのだと思った。


 死神は動けないアマリリスにゆっくりと手を近付ける。


「いや……こなひで……」


 アマリリスは必死に声をだした。

 だがその声はあまりにも小さく、かすれていた。


 死神の手がアマリリスの頭に触れると、死神は姿を消した。

 次にアマリリスの目に映ったのは、クロードだった。


 ーークロード! 助けに来てくれたのね!


 そう喜ぶアマリリスを、クロードはベッドの上に立ったまま冷たい眼で見下ろす。

 クロードの隣にはアマリリスとそっくりな女性がいた。

 

「だ……れ……」

「何を言っている。リリーに決まっているじゃないか」


 不機嫌な顔をして訳の分からない事を言うクロード。 

 アマリリスはその言葉を否定したかったが、声がでない。

 その隣にいるアマリリスではない偽者のアマリリスが、こちらを見て笑う。


「なんて不様な姿なの、アマリリス。完璧ではない貴女はアマリリスではないわ。この完璧な私こそ本物のアマリリス。そうでしょ? クロード」


 クロードは偽者のアマリリスを見て、アマリリスにいつも向けているような甘い笑みを浮かべる。


「あぁ、そうだな。あれは私が愛するリリーではない。お前こそが本物だ」


 2人はアマリリスの前で熱い口づけを交わす。

 それを見たアマリリスは二人に手を伸ばし叫ぶ。


「いやあぁぁ!!」


 先程までは全く出なかった声が出るようになり、体も少し動かせる事に気付いたアマリリスは、頭の上にあるいくつかのクッションの間に手を入れた。

 そこから隠してあった護身用のナイフを取り出すと、上半身を必死で起こし、偽者のアマリリスに刃を向けた。


「私がアマリリスよ! 貴女にクロードは渡さない!」

「まぁ、なんて野蛮な」


 偽者のアマリリスは扇で口元を隠すと、侮蔑(ぶべつ)の含んだ眼でアマリリスを見る。

 

「うるさい! 偽者は消えなさい!」

「まぁーおかしい。貴女に私が殺せるとでも思っているのかしら」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


 アマリリスはそう叫びながら、一心不乱に偽者アマリリスをナイフで切りつける。


「フフフ、何度やっても同じ事。貴女に私を傷つける事は出来ないわ」


 偽者のアマリリスが言うとおり、何度切りつけても、彼女は傷一つ負わない。


 ーー何故なの……


 上半身を無理に動かしたため、体から一瞬力が抜け、手からナイフが滑り落ちた。

 落ちたナイフはアマリリスの太股(ふともも)に突き刺さる。

 ナイフが太股に刺さっているというのに、アマリリスは不思議と痛みを感じ無かった。

 だが、目の前の偽者のアマリリスは急に太股を押さえて苦しみだした。


「おのれ偽者め、私に傷をつけるとは……」


 その様子を見たアマリリスは、力を振り絞りまたナイフを握って太股から引き抜くと、自分の腹にナイフを突き刺した。

 すると偽者のアマリリスは、今度は腹を押さえてうずくまる。

  

「やめろ……やめてくれ……」


 そう懇願(こんがん)する偽者を見て、アマリリスは確信した。

 自分を傷つければ、目の前の偽者も傷付くと。

 クロードを自分から取ろうとする偽者を殺さなければいけないと、アマリリスは強く思った。


「死ね! 死ね! 死ね!」


 アマリリスはそう叫びながら、自分の体にナイフを何度も何度も刺した。

 途中誰かの叫び声やら、手を押さえて止めに入って来る者もいたが、それらを振り払いアマリリスは狂った様に自分を刺し続けた。


 目の前の偽者のアマリリスから大量の血が流れ、やがて彼女は倒れたまま動かなくなった。

 

「これでクロードは……私の……もの……」


 アマリリスはそう呟くと、そのまま後に倒れ、目を閉じた。

 ボフッとベッドのクッション達が彼女の体を優しく受け止め、そのままアマリリスは二度と目覚める事はなかった。   

 

 アマリリスの異変に気付いた使用人達がその最後を見ていた。

 血の臭いが充満するアマリリスの部屋で涙を流す使用人達。


「やはり、死神はアマリリス様まで……」

「なんとむごい……」


 ダリアはその光景を、部屋には入らず扉の前で見ていた。


「アマリリス……完璧な貴女でも、神には愛されていなかったのね」


 アマリリスの亡骸を遠目で見ながら、ダリアは呟く。

 そんなダリアの耳に、廊下を走りながらアマリリスの名を呼ぶブチエナ男爵の声が聞こえた。

 ダリアはブチエナ男爵に会わないように、自分の部屋へ戻る事にした。

 (きびす)を返したダリアの背後でブチエナ男爵の嘆き悲しむ声が聞こえた。


「アマリリス! アマリリス! 返事をしてくれ! アマリリスーー!!」

 

 アマリリスの死は直ぐにクロードにも知らせられた。

 アマリリスの最後の様子も、事細かく。


「なぜだ! あれだけ気をつけていたのに、なぜ死神はまた現れる!」


 それを聞いたクロードは取り乱し、慌ててブチエナ男爵邸に馬を走らせた。

 着いて早々挨拶もおざなりにクロードはアマリリスの部屋へ踏み入った。 

 息を切らしたクロードがそこで見た物は、血まみれのベッドに血まみれのアマリリス。

 そして、ベッドの傍らにブチエナ男爵がアマリリスの手を握り涙を流して泣いている姿。

 クロードはアマリリスに駆け寄る。

 それに気付いたブチエナ男爵は顔をあげた。


「やはり噂は本当だった。私はあの噂を信じていなかった……信じていればこんな事には……娘を亡くす事はなかった……」

「ブチエナ男爵……本当に例の男は見なかったのか?」

「見ていない。それに、よく知りもしない親しくない者を今までアマリリスに会わせた事など一度もない」

「ならばなぜ!!」

「こっちが聞きたいぐらいだ! やはり死神は本当にいたのだよ、フォーク侯爵」


 死人の様に青白い顔をしたブチエナ男爵は立ち上がると、クロードの横を通り過ぎ、フラフラとした足取りで部屋を出て行った。

 その背中を見ながらクロードはブチエナ男爵に言われた言葉を思い返す。


「死神は本当にいたのだな……」


 ベッドに近づき、アマリリスの頬にクロードはそっと手を這わせる。

 昼間はあんなに温かかったリリーの頬が、今は少し冷たく感じた。

 

「リリー、君は絶対に死なないと言ったじゃないか……」


 クロードの視界は徐々に歪んでいく。


「リリー、守れなくてすまない……」


 クロードはキュッと唇を噛み締めた。


「何が英雄だ! 俺は愛する者を誰一人として守れない……俺はなんて無力なんだ……」


 クロードの頬を涙が濡らす。

 そして、こぼれ落ちた涙は床にそっと染みを作っていった。


 


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ