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白い花

暴力シーンがあるのでご注意下さい



 あなたを一目見て 恋に落ちた

 あなたは私にとって 希望の光

 あなたの事を考えるだけで モノクロだった世界が色鮮やかになった


 私の幸せは あなたの隣にある

 私の世界に あなたしかいらない


 あなたの世界にも 私しかいらない 




 雲一つない青い空に、太陽が地上を容赦なく照りつけ、段々と暑さが増してきた頃、ブチエナ男爵邸の庭の片隅に白い花が咲き誇った。

 この白い花はブチエナ男爵にとって自慢の一品だった。

 この国ではまだ誰も知らない花。

 だが、とても美しい花。


 ブチエナ男爵は元々平民の商家の生まれだった。

 ある時、父親が商売に成功して大陸一の商会となり、その功績を称えられ、男爵位を受け賜った。

 晴れて貴族の仲間入りをしたものの、新興貴族は「成り上がり」と馬鹿にされ続けた。


 そんな時、南の国でこの花を見つけた。

 一目見てブチエナ男爵はピンと来た。

 これで成り上がりと自分を馬鹿にしてきた貴族達を見返せると。


 この白い花を見るたびにブチエナ男爵は笑みがこぼれる。

 自分と同じでこの花を見た瞬間、皆この花の(とりこ)になる事だろう。

 そして、皆この花欲しさに自分に頭を下げる姿が脳裏に浮かび、とても愉快な気持ちになるからだ。


 そんな楽しい気分に浸っているブチエナ男爵の目の端に、小汚い女が映る。


「おい、ダリア! 私の目に映るなと何度言えば分かる!」

「ごめんなさい、お父様! 花の手入れをしていて気付きませんでした!」


 ブチエナ男爵が怒鳴ると、急いでブチエナ男爵の足元でひれ伏し、震えながら許しを請うのはこの家の長女ダリア・ブチエナ。

 彼女は男爵家の娘だというのに、小汚いお仕着せを着て、使用人と代わらない……いや、それ以下の扱いを受けていた。

 男爵の秘密の白い花も、彼女が世話をしていた。


「そんな(みにく)い姿でお父様と呼ぶな! 私に少しも似ていないその醜い姿を見るだけで虫唾(むしず)が走る」


 彼女の容姿は「社交界の花」と呼ばれた死んだ母にも、目の前の30代後半だというのに若々しく容姿が整っている父とも似ていない。

 ダリアの容姿は小さな目に低い鼻。おまけに肌が弱いため、肌は荒れ放題。

 お世辞にも綺麗とは言えなかった。

 ただ唯一似ていたのは青い瞳の色とプラチナブロンドの髪色。

 だが、青い瞳とプラチナブロンドの髪は別段珍しい訳でもなく、ありふれた色だった。


 彼女の母親は彼女を産むと同時に亡くなり、ブチエナ男爵は愛しい人の忘れ形見とダリアを大切に育てた。

 最初から違和感はあった。

 だが、それは赤子だからであって成長すれば違和感はいずれ無くなるだろうと、ブチエナ男爵は軽く考えていた。

 しかし、ダリアが成長すればする程その違和感は、やがて確信に変わる。


 誰にも似ていないダリア。


 これが意味するのは、愛しの妻の不貞(ふてい)

 死んだ妻を疑いたくはないが、唯一真実を知る妻はもういない。

 ブチエナ男爵はダリアの顔を見るたびに「私は成り上がりの貴方なんか好きではなかった」と亡き妻の幻聴が聞こえるようになった。

 その度にブチエナ男爵は、一心不乱にダリアに殴る蹴るの暴力をふるった。幻聴を振り払うかのように……。  

 幻聴が消え、我に返った時には目の前に血まみれのダリアがいた。

 顔を腫れ上がらさせ、涙と鼻水と血が混ざってぐちゃぐちゃのダリアの顔を見ると、罪悪感がブチエナ男爵の胸を占める。

 そんな時は決まって、部屋に籠もって酒を浴びる様に飲むブチエナ男爵。

 その横にはダリアのためにと後妻に入ったイザベラもいた。


「旦那様は何も悪くありません。全て旦那様を悲しませるダリアが悪いのです」

 

 甘い蜜の様なその言葉を、イザベラはブチエナ男爵の耳元で繰り返し(ささや)く。

 そうしてブチエナ男爵はダリアを段々と憎むようになった。


「ダリアさえいなければ、私はこんなに苦しむ事はなかった!」


 ブチエナ男爵はダリアを殴った後いつものように酒を飲み、持っていたグラスを机に乱暴に置く。

 それを見ていたイザベラは、込み上げる笑いを(こら)えある提案をした。


「旦那様、ダリアを使用人として扱ってはどうでしょう? 旦那様には貴方によく似た娘、アマリリスが居ます。ダリアを見る度に暴力をふるっていては、リリーの教育にも良くありませんし……使用人ならば旦那様の目に入る機会も減りましょう」 

「あぁ、そうだな……私にはアマリリスがいた」


 それはダリアが8歳の時であった。

 彼女は使用人として扱われ、3歳年下の腹違いの妹アマリリスは大切に扱われるようになった。


 他の使用人達からは最初は同情的に見られていた。

 しかし、暴力に耐え続けたダリアに昔の面影(おもかげ)はもうなかった。

 ダリアの瞳から輝きは消え、表情も消え、ただ淡々と言われた仕事をこなすだけのダリアを、使用人達は不気味に思った。


 それから月日は流れ、ダリアは今年で18歳になる。

 彼女は背が普通の女性よりも高く、細く丸みのない体に生気のない顔はまるで亡霊のようだと更に人を遠ざけた。

 そんな人を遠ざける彼女にブチエナ男爵は目をつけ、情報が漏れない様に3年前から秘密の花の栽培を彼女1人に命じていた。

 やっと数を増やした、秘密の花。

 この数があれば今年は王家に献上(けんじょう)できるだろうとブチエナ男爵は思っていた。


「まぁいい……それより今年こそは王家に献上できるのだろうな?」

「いいえ、旦那様。まだできません」

「なぜだ? こんなに数があって綺麗に咲いているではないか」

「私が南の国で見たこの花は、もっと白く、花も大きかったです。けれど、この花はまだまだです。そんな未熟な物を王家にはとても献上できません」

「そうか? 私には同じに見えるが……これについては誰よりも詳しく、育てているお前がそう言うならそうなのだろう」 

「申し訳ございません。次こそは必ず! 必ず立派な花を咲かせてみせます!」

「その言葉はもう聞き飽きた! 言葉よりまず結果を見せろ!」

「かしこまりました、旦那様」


 フンッと鼻を鳴らして立ち去るブチエナ男爵をダリアは立ち上がり、姿が見えなくなるまで腰を折って見送った。

 フゥーと息を吐いて、ダリアが元の姿勢に戻ると今度は異母妹のアマリリスが少し離れた所で花を眺めていた。

 アマリリスはダリアに気付くと話しかけてきた。


「お姉様、この花とても綺麗で可愛いわ。私の部屋に飾ってはダメ?」


 無邪気で可憐なアマリリス。

 彼女はブチエナ男爵に似ていて、大きな瞳に筋の通った高い鼻、ぷっくりした紅い唇に小さな顔。

 白い陶器の様な肌に、細く小柄な身長。その割に胸は大きく女性らしい体つき。

 青い瞳とプラチナブロンドの髪はダリアと同じだが、アマリリスの髪はダリアとは違いよく手入れされていた。

 その髪は日に当たるとキラキラと輝き、アマリリスが微笑めばそれはもう天使のような愛らしさで、国中の男性は皆彼女に目を奪われる。  

 醜い亡霊のダリアと天使のようなアマリリス。

 使用人達は皮肉を込めて、影でそう呼んでいた。

 

 しかし、周りがどう思おうがアマリリスはダリアを姉として慕っていた。

 ダリアの姿を見れば、嬉しそうに傍に駆けよるアマリリス。


 そんなアマリリスをダリアはずっと苦手に感じていた。

 アマリリスにそんなつもりはないが、ダリアにとってアマリリスの話は「私はとってもお父様に愛されてるの」「私はお姉様と違うの」と自慢されているようで、ダリアには苦痛の時間だった。


 今日もアマリリスはダリアと話がしたくて、ブチエナ男爵に入ってはいけないと言われているこの一画に、中々会えないダリアが居ると聞いてこっそりとこの場所へやって来た。

 そこで初めて見る白い花にアマリリスは心を奪われた。


「ねぇ、お姉様お願い! 少しでいいの、この花をずっと眺めていたいのよ」


 中々返事をしないダリアに、アマリリスはもう一度お願いする。 

 普段無表情のダリアはフッと笑うと、首を横に振った。


「ダメよ、リリー。この花はまだ未熟なの。完璧な花が咲いたら1番に貴女に贈るわ」

「未熟でも十分綺麗だわ。ねぇ、少しだけ! 少しだけでいいから、いいでしょ?」

「ダメよ!」


 突然のダリアの大きな声にアマリリスは驚いた。

 普段物静かなダリアのいつもと違う様子に、アマリリスは戸惑う。

 

「お……姉様?」


 そのアマリリスの声でダリアはいつもの無表情に戻り、もう一度言った。


「ダメよ、リリー。私は完璧な貴女に未熟な物など贈りたくないの。完璧な貴女には完璧な物がよく似合う。そうでしょう?」


 無表情なのに有無を言わせぬダリアの気迫に、アマリリスは頷くしかなかった。


「そう、わかってくれたのね。必ず完璧な物ができたら貴女に贈るから待っていて」

「絶対よ、お姉様。私楽しみにしているから!」


 無邪気に喜ぶアマリリスにダリアは約束した。


「えぇ……必ず……」 


 その一言に満足したアマリリスは、初めて見た白い花をよく見ようと花に近づいて行く。

 もう少しという所で、アマリリスを呼ぶ侍女の声が聞こえた。 


「アマリリス様ー! アマリリス様どこですかー! フォーク侯爵がお付きになられましたよ!」


 その声に驚いたアマリリスは花を触ろうと伸ばした手を引っ込める。


「あっ、いけない! 忘れていたわーーひっ!」


 振り向いたアマリリスの背後にダリアが立っていて、無表情でこちらを見下ろしていたため、アマリリスはひどく驚いた。


「もうお姉様、驚かせないで下さい」

「ごめんなさい」

「そうそう、お姉様。私やっと婚約者が決まったの。その相手はなんとフォーク侯爵なのよ! 男爵家なのに侯爵家の方と縁談を持てるなんて夢みたい」


 嬉しそうに瞳をキラキラさせて話すアマリリスに、無表情で聞いていたダリアは祝福の言葉を贈る。


「おめでとう、リリー」

「ありがとう、お姉様」


 満面の笑みで喜びを素直に表すアマリリスの耳に、もう一度侍女がアマリリスを呼ぶ声が聞こえた。


「もう行かなくちゃ。またお話しましょう、お姉様」


 そう言って侍女の声が聞こえた方へと急ぐアマリリスの背中を、ダリアは無表情で見送った。


「知っていたわ、アマリリス。貴女が死神に愛されたクロード様と婚約した事」


 ダリアは小さな声でそう言うと、白い花の手入れを再開した。


 アマリリスと婚約するのはクロード・フォン・フォーク侯爵。

 彼は若いながらも騎士団の団長を務め、4年前に隣国の兵士が国境に攻め入って来た時、彼の采配で最小限の犠牲で見事敵兵士を打ち払った彼は、英雄と呼ばれるようになった。

 そして、この(いくさ)で父親を亡くした彼は侯爵位を継いだ。

 申し分の無い肩書きに、整った容姿を持つ彼を人々は放って置かなかった。

 恋心を抱いた若い娘も数多くいた事だろう。


 しかし、彼には幼い頃からカトリーヌという婚約者がいた。

 二人はいつ見ても仲睦まじく、理想のカップルとして社交界では有名だった。

 だが、そんな2人に悲劇が訪れる。

 結婚を控えたある日、彼の婚約者カトリーヌが、何かを叫びながら自分の顔をナイフで滅多刺しにし、自殺してしまったのだ。

 それは何の前触れもなく突然の出来事だった。

 クロードは最愛の人を亡くし、塞ぎ込んでしまった。

 しかし、侯爵家の跡継ぎ問題があるためクロードに悲しんでいる暇はなく、すぐに新しい婚約者をあてがわれた。


 2人目の婚約者シャルルは心優しい女性で、彼女のおかげで少し心の傷が癒えたクロード。

 クロードが彼女に心を開きかけた時、再び悲劇は起こる。

 シャルルもまた奇声を発したかと思うと、自分の体を滅多刺しにして自殺してしまった。

 カトリーヌと同じ死に方に、クロードは疑問を覚え、何かの毒物ではないかと疑った。

 しかし、調べてみたものの何も発見されず、彼女もまた自殺と片付けられた。


 益々心を閉ざしていくクロードに3人目の婚約者が決まった。

 クロードはまた身近な人が死んでしまうのではないかと恐怖し、今度は彼女と結婚式まであまり会わない様にした。

 1週間後に控えた結婚式に、ホッとするクロード。

 今度は大丈夫だと思った矢先に、彼女も皆と同じように自殺してしまう。

 

 世間はこの相次いだ自殺を「死神」のせいだと噂した。

 死神に愛されたクロードと結婚をする女性は、死神の嫉妬で命を奪われる。

 そんな馬鹿な話があるかと思うが、3人も続くと妙に信憑性があった。


 噂のせいで、クロードに今まで大量にきていた結婚話はパタリとこなくなった。

 そんな時、ブチエナ男爵から娘との結婚話を持ち掛けられた。

 クロードは、本音を言えばもう結婚などしたくなかった。

 けれど、跡継ぎの問題からクロードはその話を受ける事にした。

 この結婚がだめなら、死神の話を信じ、結婚はもう諦めようとクロードは心に決めた。

 

 そうして、クロードはブチエナ男爵の娘アマリリスに会うために、ブチエナ男爵の邸に訪れ、応接室のソファーで紅茶を飲んでいた。

 ブチエナ男爵と他愛ない話をしていると、応接室の扉がノックされる。

 部屋に入って来た少女にクロードは目を奪われた。

 それに気付いたブチエナ男爵はそっとほくそ笑む。


「娘が気に入った様で何よりです」


 その後2人は自己紹介をすませ、少し話をして緊張が解けた所でアマリリスは言う。

 

「クロード様、少し2人で庭を散歩しませんか?」


 アマリリスの提案にクロードは快く了承し、2人で庭を散策する事となった。


 庭を少し歩いた所で、アマリリスはいたずらっ子のような笑みを浮かべて言う。


「クロード様、お父様には内緒だけれど貴方にぜひ見てほしい物があるの。私は一目で気に入ったわ。きっと貴方も気に入るわ」

「それが何なのか凄く気になるな」

「それは見てからのお楽しみよ」


 無邪気に笑うアマリリスにつられてクロードも微笑む。

 自分が笑っている事に気付いたクロードは驚いた。

 

 私は一体いつぶりに心から笑っただろうか。

 もしかしたら、アマリリスなら……私の心の傷を癒してくれるかもしれない。


 そう考えたクロードは、今度こそ婚約者を死神から守ろうと固く決意する。

 帰ったら、またイチから事件を調べ直そうと考えていると、アマリリスの目的の場所に着いたらしい。

 

 アマリリスは嬉しそうに両手を広げる。


「クロード様! ここが私の見せたかった秘密の花園よ!」


 アマリリスの後に白い花が咲き誇る。


「なんと見事な……」


 見た事がない綺麗な花にクロードの目は釘付けになった。

 その様子を見てアマリリスは笑う。


「フフフ、綺麗でしょ? 私も今日初めて見てすぐに気に入ったの」

「これはなんという花だ?」

「あっ、いけない。お姉様に花の名前を聞くのを忘れていたわ。でもこの国にはここにしかないはずよ。お父様がとても大切にしているから」

「そうか、ここにしかないのか。市場に出るのが楽しみだな」


 そう2人で微笑み合っていると、アマリリスはおもむろに花に近づいた。


「少しぐらいならいいと思うわ。クロード様の今日のお土産にーー」

「触らないで!」


 アマリリスと花の間に、息を切らしたダリアが割り込む。


「ダメだと言ったはずよ!」


 キッとアマリリスを睨みつけるダリア。

 しかし、アマリリスはそれを気にせず反論する。


「少しくらいいいじゃない。それとお姉様、クロード様がいる前で大声を出さないで。それにその格好……みっともないわ」


 ダリアはアマリリスの正論を歯をぐっと食いしばり、スカートをギュッと握り締めて苛立ちを抑えた。

 確かに淑女は大声を出さないし、全身汗だくの土まみれのこの姿で人前に出るなどありえない。

 しかし、ここはダリアとブチエナ男爵以外は立ち入り禁止区域。

 突然お客様を連れて来たアマリリスが悪いとダリアは思った。

 だが、その気持ちを押し殺し謝罪の言葉を述べる。

 

「失礼いたしました……しかし、ここは情報規制のために立ち入り禁止区域となっております」

「そうか、そうとは知らず悪かった。すぐに立ち去ろう。だがその前に花の名前だけ教えてくれないか?」

「ダチュラという花です。前はエンジェル・トランペットととも呼ばれていたそうです。天使を思わせる清純な白色の花が、トランペットのような形をしている事からそう言われていたと」

「エンジェル・トランペット……なんと縁起の良い花だ。この花を結婚式の時に飾る事は可能なのか?」

「そうね。天使のトランペットって、何だか天使が私達を祝福してくれているみたいで素敵だわ」


 ダリアはフフフっと笑うと、いつもの無表情ではなく笑顔で答えた。


「えぇ、構わないわ。だって可愛い妹の結婚式だもの」


 その言葉を聞いて嬉しくなったアマリリスはダリアに抱きついた。


「ありがとう、お姉様! 大好きよ!」

「私もリリーが大好きよ……でも離れてちょうだい。リリーの綺麗な服が汚れてしまうわ」


 ダリアはそう言って、そっとアマリリスの肩を押して自分から離す。


「ごめんなさい、お姉様。私嬉しすぎてはしゃいでしまったわ」

「いいのよ、リリー。貴女達の結婚式までに最高の物を用意するから、それまでここには二度と立ち入らないと約束してくれる?」

「もちろん約束するわ。あぁー楽しみ。早く結婚式をあげたいわクロード様」

「あぁ、私も楽しみだ。だが、どれだけ急いでも結婚式までに半年はかかるな……」


 アマリリスの可愛いお願いを聞いてやりたいクロードだが、どれだけ急いでも準備には時間がかかる。

 それを苦笑いで返すクロードにアマリリスは笑う。


「分かっているわ、クロード様。そんな困った顔をなさらないで」


 2人の仲睦まじい様子を無表情で眺めるダリア。

 ただいつもと違うのは、ダリアの握り締めた拳から血が滲み出ている事。

 そんな事に全く気付かない2人は「すまなかった」「またね、お姉様」と言ってこの場所から立ち去って行く。


「アマリリス……例外なんてないのよ。貴女の後にも死神はもう来ているわ」


 ダリアはポツリとそうこぼすと、2人に背を向け白い花を眺めた。

 

 庭園から遠ざかった時、クロードは最後にもう一度花を見ようと後を振り返った。

 彼の目にダリアが花を愛しそうに眺める姿が映った。


「彼女はアマリリスの姉なのに、君とは全然似ていないな」 


 クロードは思った疑問を率直に言葉にした。

 それを聞いたアマリリスは悲しげな表情をして答える。


「お姉様は私と血が繋がっていないの。お父様が私の小さい頃に何度もそう言っていたわ。前妻の不貞の子だって……」

「アマリリス……そんな顔させるつもりはなかったんだ……すまない」

「いいのです、クロード様。いつかは話さなければならない事だから……。でも、私はお姉様が大好きよ。それに心が綺麗なお姉様だからこそ、あんなに綺麗な花を咲かせられるんだと思いませんか?」

「確かにそうだな。心が(にご)っていては、あんなに綺麗な花は咲かせられないだろう」

「やっぱり、そう思いますよね! クロード様とは気が合いますわ」


 クロードはもう一度後を振り返った。

 そこには白い花が咲き誇るだけで、ダリアの姿はもうなかった。




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