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美青年

21 美青年 22 崩壊 23 永遠なる 24 いつわりのうつわ 25 清明せいめい


 21 美青年




  母 の 里子さとこ が連れて来た 無石なしいし かおる という青年は、美術を志す学生だった。留学費用を捻出してもらう約束で母に連れ込まれたのである。


 見た目の良い美青年の彼は、 塚下家つかもとけ に溶け込んだ様にも見えた。しかし、 夫 で入り婿の 善次郎ぜんじろう や 子供たち の居る前で、恋人同士のように振る舞う二人を、なんの違和感も無く家族がむかえた訳では勿論もちろんなかったのだ。


 最初それは、 無石なしいし かおる に現れた。なんの努力をする必要も無い生活が彼を目標を持たぬ自堕落じだらくな生活へととしていったのである、そしてそれが自暴自棄じぼうじき態度たいどとして家族に示されたのだ。


 志のある青年が変わり果てても、 里子さとこ は「待ってました!」とばかりに 無石なしいし かおる をオモチャにしていくのだった。




  衣久子いくこ は 父 に同情してもどうする事も出来ず…… また、あんなに明るかった青年の精気せいきを亡くした表情を見る度――



               ひとと言うモノは、


    ――怖い…… コノ 母 の女の血がわたしの中にも流れているのか――



    こんなコトを考える度、 衣久子いくこ の頭の右側がズキズキ痛むのです。



 そんな時、小さな頃からの家業の必需品ひつじゅひんである 柩 に入って 死んだ振り をして遊ぶ 子供 でした――

  柩 に入って、お葬式のおごそかな雰囲気ふんいきを想いながら、悲しむ遺族を想像しながら、死者としての気持ちを考えながら……

 昔は若かった父や、まだ生きていた祖父が 自分 を見付けてくれるのを待っていた。



             誰かが見付けてくれるまで……


 そうすると、不思議と頭の憑物つきものが取れて、とても安らかな気持ちに成るのでした。


 「 死んだ人達も、こんなに穏やかな気持ちで、黄泉の世界へ旅立てるのだろうか。」


 ―― 衣久子いくこ の 意識 は。深い深い海の底の、硬い貝の中で大切にはぐくまれた 一粒 の 真珠 へと〝 結晶 〟していくのが分かるのです――



         その時、誰もけないはずの 柩 のふたひらいた、


   無石なしいし かおる は、ただなんとなく 葬儀場 の方へ来てみただけ、それだけでした。

 

        柩 が置いてある、そのふたを開けてみただけでした。


   中に、こんなに美しいモノが入っているとは想ってもみなかったのです。



 ほおに触れてみました。

 目を開けません。


 手を持ち上げてみました。

 力なく落ちます。



         まるで本当に死んでしまった人のようです。


 前髪を上げてみたり、耳に触れてみたりするうち。それは二人の秘密になった。




       気付かれたのは、皆で食事を取ろうとした時でした。


衣久子いくこ が倒れ破水したのです、誰も彼女の妊娠に気付いていなかった。

衣久子いくこ のお腹は目立たず、また彼女も皆に知られないよう気を付けていたから――



         衣久子いくこ は17歳で 二人の子 を産み 母 になった。



 一番優しかったのは父でした。何が起こったのか気付きながら何も言わず、彼女と乳飲み子を気遣きづかった。


  それに引き換え、母の怒りはすさまじく。男を盗られた女そのモノだった。

衣久子いくこ の身体の心配などしなかった、そればかりか産後の彼女をののしあざけったりしたのだ。


 生まれた 二卵性双生児にらんせいそうせいじ兄妹きょうだいを、女の子はさっさと自分の娘に、男の子は養子に出してしまった。それが娘に対する復讐であるかのように……


  弟の 正義まさよしかおる に対して「殺してやる!」とまで言ったがまだ15歳の中学生ではどうする事も出来なかった――


        浅次あさつぐ は間もなく、10歳で家に寄り付かなくなった。




         これが17年前、 塚下家つかもとけ に起きた出来事です。





 22 崩壊




波越なみこし

 「 衣久子いくこ さん、イイですか。大切なところです、良くいていてください。」

 「警察で調べた処、 無石なしいし かおる 氏の左腕には…… ある顕著けんちょ特徴とくちょうが有ったのですが…… それは、高度こうどなエンバーミングがほどこされていると言う点です。」

 「――詰まり、 無石なしいし かおる 氏の、見た目の若さも考えにれると――――失踪しっそうした直後に殺された上、エンバーミングされ、何処かにかくされていたと考える事が出来る訳です。」


明智

 「生きて失踪しっそうしていたのでは有りません、殺されて入念なエンバーミングで保存されていたんです。そして幾度いくどにも渡り、メンテナンスをおこなっていましたね、 衣久子いくこ さん。」



 ――そんな声など耳にも入らず、 衣久子いくこ が知りたいのは只一ただひとつ。 明智あけち に問いたいのは唯一ゆいいつ、コレだけである――



衣久子いくこ

 「では 明智あけち さん! その男の 遺体 は何処どこに在るんですか?」

 「警察には無いんでしょ! 何処どこに在るんです?」

 「貴方がかくしてらっしゃるんじゃ有りませんか!?」


明智

 「僕の所には在りませんよ、 衣久子いくこ さん。」


衣久子いくこ

 「嘘おっしゃい! 分かっているんですよ…… 見た人が居るんです、」


明智

 「見た人? それは誰ですか、 衣久子いくこ さん。」


喜久子いくこ

 「〝 わたしの 〟です返しなさい 明智あけち 小五郎こごろう !」


明智

 「もう少し話をさせて下さい、 衣久子いくこ さん、」



  明智あけち 小五郎こごろう に、つかみ掛からん勢いの 衣久子いくこ を見て、慌てて止めに入る 正義まさよし でしたが。

衣久子いくこまで無石なしいし かおる の 遺体 に固執こしつしています。しかしそれは〝 る事実 〟を示しているでは有りませんか。


    衣久子いくこ はその事に気付かぬ程に、我を忘れてしまっているのでした。




明智

 「 可津かつ 君、キミの 部屋 は家宅捜索済かたくそうさくずみだよ。」


可津

 「 明智あけち さん、オレが貴方と初めてあった時、無くなった 女の人の遺体 を一緒に探したじゃないですか〜」


明智

 「 可津かつ 君、キミは 僕、 明智あけち 小五郎こごろう が葬儀会場に来ているコトに気付いていたんだ。」

 「キミは、 女性の遺体 を連れ出すと、 手下てした と入れ替わり。元々 警備員 として潜入せんにゅうしていたキミは、何喰なにくわぬ顔で 僕 に近付ちかづいて手伝うフリをした。」

 「入れ替わった 手下てした は『 他仲たなか煤来すすき 』だろうね、 可津かつ 君、いや―――― 銀死面ぎんしめん 。」


可津

 「なんのコトを言ってるのかさっぱり〜」


明智

 「急いでアジトへ戻ったキミは、 常彦つねひこ さん 手下てした 二人と一緒に。盗まれた 遺体 を追って来た僕を 柩 ごと川に〝 水葬 〟したじゃないか。」

 「あの時、どうやって 柩 から僕が脱出だっしゅつ出来できたのか教えて上げよう。 柩 にはね必ず故人の顔が見えるように 窓 が有るんだよ。そこから腕を出して縛ってあるロープを切ったのさ。」

 「その、コノ 手下てした 二人は可哀想かわいそうに、人体標本じんたいひょうほんにサレていたよ。」

 「 常彦つねひこ さんと 浅次あさつぐ さん を 火葬 したのもコノ二人ですね。 柩 に隠れて逃走しようとしたのだから同情は出来ないけど、これは手続きミスに見せ掛けた計画殺人けいかくさつじんですよ、そうですね 衣久子いくこ さん。」


衣久子いくこ

 「・・・」


明智

 「 常彦つねひこ さんと 浅次あさつぐ さんを殺したのは、 里美さとみ さんが襲われたのと関係有りますね。 他仲たなか煤来すすき は、ある段階から、 衣久子いくこ さんの 手下てした にも為っていたんです――」

 「――そして 手下 も口封じに殺した。イヤ…… 無石なしいし かおる さんの遺体のを聞き出そうとしたのかな? かおる さんを屋根に吊り上げて回収したのは彼等かれらでしょうから。」

 「その時…… くるまぎれに『 明智あけち 小五郎こごろう 』の名前が出てキタんじゃ有りませんか? 衣久子いくこ さん。自分たちで殺したと、思って居たでしょうからね。『 死人しにんに口無し 』です。」


衣久子いくこ

 「そっ、そぅヵ……」


明智

 「 衣久子いくこ さん、これに見覚えは有りませんか? この小さな『 手さげ袋 』です。」

 「『 まこと 』と刺繍ししゅうがされています。」


可津

 「返せ! それはオレのだ!!」


明智

 「もう分かったんじゃないですか? 衣久子いくこ さん。」



  明智あけち 小五郎こごろう は、ビニールに入った『 手さげ袋 』を 衣久子いくこ眼前がんぜんに上げて見せました。

 手作りらしいその小さな『 手さげ袋 』は、すみに小さく。しかしハッキリと『 まこと 』とい取られているのです――

 それは――――まぎれもなく 衣久子いくこ が子供たちのためになにかをと思い、産後のベッドで 里美さとみ御揃おそろいのを、息子の『 まこと 』のためにってやったモノでした。



衣久子いくこ

 「あぁぁぁぁ」


可津

 「えっ? なんなんだ!?」




 窓から、もう秋も来ようかと言う午後の日差しが、 衣久子いくこ を明るく照らし出しています。


 よろよろと、 衣久子いくこ はソコへ崩れ落ちてしまいました。もう、 明智あけち罵倒ばとうする気迫きはくさえ無く――


 ――視線は虚空こくう彷徨さまよい、聴き取れぬ一人語ひとりがたりの綺麗な声が、澄んだ空気をただよっています。


 みなはそれを拾おうとして、静まり返ってしまいましたけれど…… 衣久子いくこ は真っ青になった顔を、ついには両手でおおい隠してしまいました――





 23 永遠なる




明智

 「 可津かつ 君、キミがいきなり姿を消したコト。 里美さとみ さんの不審ふしんな行動から。仲の良かった二人が一緒に居るだろうと、推測してね……」

 「キミが怪我をしているらしコト。病院へも行かず専門学校に潜伏せんぷくして、 里美さとみ さんに治療させているコト――」

 「――捨てられた包帯やガーゼに付着した血液のDNAと、 文代ふみよ さんの左手親指に付着した 銀死面ぎんしめん のDNAとが、一致したんだよ。」

 「 里美さとみ さん、聴いていますか? 何処かに居るんでしょ 里美さとみ さん!」


衣久子いくこ

 「 里美さとみ がココに居るんですか!?」


明智

 「ボクたちが来たので隠れているんですよ。」


衣久子いくこ

 「 里美さとみ ……」


可津

 「 里美さとみ は居ないよ!!」


衣久子いくこ

 「 里美さとみ っ! 里美さとみ ちゃん!! 何処どこ!?」



  里美さとみ を見つけ出そうとする一団に、 可津かつ あきら が立ちはだかった。それとほぼ同時に、鈴の音が聞こえ、そして例の チェンソーの歯が回るエンジン音が近付いて来て――


       明智あけち文代ふみよ 。そして 波越なみこし 警部 は銃を抜いて身構える。


 壁を両断して登場した 白ドレスの チェンソー婦人 と 赤ドレスの ブッチャー婦人 、


 「失敗したぁ、失敗したぁ、失敗したぁ、失敗したぁ、失敗したぁ、おまえはぁぁ失敗したぁぁぁ……」



 その時……

チェンソー が可津かつ の 首 がちゅう血飛沫ちしぶき と共に 白い天井 までき上がり 赤くグラデーションをえがいて舞った。


 屍体したい生体せいたいまさり るがるにまさったのだ

 ハーデスがデメテルを苦しめ 冥府めいふ現世げんせおびやかした

 亡者もうじゃは海より大地にのぼ勝鬨かちどきを上げる時が来たのだ


  首 を鷲掴わしづかみに捕獲ほかくすると、それを 高くかかげた 赤ドレスの令嬢 が 大きくうめてる!

それでも、 可津かつ の 残った右眼だけがまだ生命をたたえ、その邪眼じゃがん だけは 明智あけち衣久子いくこ 、そこに居る全員をのろい グルグルにらみ回して……

 ただそれも15秒ほどのこと 徐々にそれは殺気さっきを失い、まるであの時の 母親から 生まれたばかりの無垢むく乳飲ちのごとき 瞳 に戻ったように 明智あけち には見えた。



  可津かつ あきら の、いや 銀死面ぎんしめん の 首を誇らしげに掲揚けいようし小躍りする 二人の屍美人しびじんたち は、後を追おうとする者を チェンソー で牽制けんせいしながら、 エンバーミング 用の薬剤が保管してある部屋に立てもって仕舞うと……


 煙りが立ってきた、アルコールなどの燃えやすい物も有るのだ――――小規模な爆発が発生した! このままではおそらく大きな事故に為るだろう。全員、専門学校より退避たいひしなくては……

 消防車がやって来た、その時、すさまじい音と共に火柱ひばしらが上がり火の粉や、様々なモノが降ってキタ――――誰のモノなのかも知れぬ腕や脚が打ち上げられ、そこら中にバタバタ落ちてクル――

 ――彼女たちは、もう他者たしゃに使われるをしとせず、みずからに決着を付けたモノなのであろう。



         今気付いたが、 塚下つかもと 衣久子いくこ は何処だ!?


 「 葬儀場です、 文代ふみよ さんも一緒に走って行きました。 シャーロック が追っています!」 小林こばやし 少年 だ、 名犬シャーロック と外を見張ってもらっていたのだ――


 「 作業室だね!」 明智あけち 小五郎こごろう が叫ぶ、「 もう手遅れかも知れない―― 」



 自分を『 全自動エンバーミング機 』にまかせた 塚下つかもと 衣久子いくこ は、今 エンバーミング 溶液が洗濯機のようにグルグル回転するところです、それを先に到着していた 文代ふみよ が見つめかしこまり、そして シャーロック はうやうやしくひかえていました。

 もう、どうする事も出来ない…… 明智あけち たちはすべも無く呆然ぼうぜんと立ちくし、ただ彼女の望み通りの結末けつまつを見守るしか無かったのです。





 24 いつわりのうつわ




 結局、 可津かつ あきら銀死面ぎんしめん )も、そして屍美人しびじん二人も、火柱でバラバラに飛び散り、その身体は全て集めたハズですが…… あの時、二人に持って行かれた 可津かつ の『 首 』だけが、どうしても見付から無かったのです。


 『 屍体売買オークション 』に関係する名簿などの証拠も、 銀死面ぎんしめん の捜索された部屋から発見されることは有りませんでした。専門学校の爆発と共に灰に為ってしまったのでしょうか……


      そして―――― 塚下つかもと 里美さとみようとして知れません――



       世間はもう、すっかり秋の色合いに衣替ころもがえしています。




明智

 「 文代ふみよ さん、疲れているでしょう。僕がつかまってしまった時も、変装している時も、働き通しだから――」


文代

 「いいえ、先生のお役に立てるのでしたら、」


明智

 「さっ、鈴を外しましょう。身体がまいってしまいますよ。」



 彼女の柩のフタを 明智あけち が開けると、とても良い香りが辺りへふわりと流れ出た。

         文代ふみよ は柩の中へ身を横たえ、ゆっくり瞳を閉じる、


            「おやすみなさい 文代ふみよ さん。」


  明智あけち は、 文代ふみよ の金鈴が二つ付いたチョーカーをくと、柩のフタを静かにかぶせようとして…… ふと、手を止めた――


    ――昔の事を思い出し、そして 塚下つかもと 衣久子いくこ を想ったからである――



  文代ふみよ は―――― 養父 が『 復讐鬼ふくしゅうき 』となり、きびしい自分の責任から、若くして 娘 を亡くしてしまったのをはかなみ。


     ――おそらくだが…… 塚下つかもとエンバーしゃ に依頼したのであろう――


 そして彼女は、 塚下つかもと 衣久子いくこ の手にる完璧な 死体防腐処理エンバーミング を、ほどこされたモノと成り帰って来たのだ……


 ――犯人として追い詰められた彼《養父》から、 明智あけち文代ふみよたくされたのだった――



       文代ふみよ衣久子いくこ を会わせたく無かったのは、その為である。




 〝 起尸鬼呪法きしきじゅほう 〟の〝 起尸鬼きしき起屍鬼きしき )〟とは、 インド の〝 ヴェーターラ ( 毘陀羅ビダラ ) 〟の事で、

  玄奘げんじょう 三蔵さんぞう天竺てんじく ( 現在のインド )より持ち帰り 訳した、『 薬師瑠璃光如来やくしるりこうにょらい本願功徳経ほんがんこうとくきょう 』などに有り、


 「新鮮な〝 死体 〟を香水で洗い、金鈴きんれい二つを首に掛ける。」

 「呪者じゅしゃが〝 起尸鬼呪きしきじゅ 〟を唱えると、起きた〝 死体 〟が、誰を殺すのか 呪者じゅしゃに問う。」

 「失敗すれば、 呪者じゅしゃ は〝 死体 〟に殺される。」


  脳 に〝 意識情報《魂》 〟が宿やどっていれば、喋ったり記憶が有ったり、生きている人間と何ら変わりません。ただし食べないため、誰かがメンテナンスをする必要が生じます。メンテナンスが無ければ死んでいるのと同じ状態ですから、いずれ〝 意識情報《魂》 〟は 脳 から離れてしまいます。

 ですが、〝 魂魄こんぱく 〟の内、 意識情報《魂=我》 が 脳 から離れた状態で〝 はく 〟だけが 身体 に宿やどり残るなら…… 〝 我を忘れた状態 〟に至り、他者を襲う〝 鬼 〟『 キョンシー( 僵屍きょうし ) 』に為ってしまう恐れも有るのです。そのため、メンテナンスをおこたるべきでは有りません。

  呪者じゅしゃおのれが死ぬ時、信頼出来る誰かに〝 コレ 〟をたくすか。或いは、〝 死体の身体 〟を壊して〝 はく 〟が離れられるようにするべきです。


    ただし〝 失敗すれば、 呪者じゅしゃ は〝 死体 〟に殺される 〟のですが……




 …… しかし、こうして毎日のように彼女に接していると、 明智あけち は或る想いに支配されるのでした――


 ――死者のたましいは、悠久ゆうきゅうの肉体にとらわれてはいないだろうか。

 囚われたたましいは、永久とこしえ転生てんせいすること無く、現世げんせ彷徨さまよい続けるのではあるまいか――



  明智あけち 小五郎こごろう海馬かいばには、滅びぬ肉塊にっかい拘禁こうきんされ、脱出だっしゅつし得えぬ亡者もうじゃ魂魄こんぱくが、永遠なるしかばねの成すがままに、虚妄きょもう揺蕩たゆたうのがえるのです。





 25 清明せいめい




         みのりの秋が終わって季節は移り変わり、


        激しく吹いた北風もいつの間にか過ぎ去った、


 気温もゆるみ始める春の晴れた或る日の朝、新聞に小さな記事がりました。


  塚下つかもと 衣久子いくこ の遺体が消失しょうしつしたと言うもので。 塚下つかもとエンバーしゃ 葬儀場の、かつては作業室の部屋を安置所あんちじょとした地下の奥深く。彼女の壊されていた 柩 は修復しゅうふくされ、その中で心安こころやすらかに永眠えいみんしていたはずだったのですが――


 ――しかし、二日前の午後。安置所を調べていて 衣久子いくこ亡骸なきがらが無くなっているのに気付いたのだそうです。


 かつてはメディアを活気付かっきづかせた『 塚下つかもとエンバーしゃ 遺体消失いたいしょうしつ 事件 』も 衣久子いくこ の死をもってしおが引くように終息しゅうそくしていくのでした……




 桜もさかりの目黒川沿いは今日が満開とあって、春の行事に出遅れまいと夜桜見物よざくらけんぶつの人出もそれは凄いもので――

 人々の熱気に日が落ちた肌寒さも忘れ、家族連れやカップル、撮影の人たちも来ていて、数日後には散るであろう桜の花の、この一瞬の眩耀げんように皆が魅了されているのです。



 その目黒川を、一艘いっそうの 小舟 がユラユラと川に沿って流て行き、桜を見に来た人々もいよいよそれが目に止まり、その様子が分かってきました。

 純白の結婚衣装けっこんいしょうに包まれた 一組の幸せそうな男女 が 白百合しらゆり に埋もれ、仲睦なかむつまじく並んで立って居るのです。


           「おめでとう、」「お幸せに!」



 撮影に答えて手を振る 衣久子いくこ の遺体と、満面の笑みをたたえた 無石なしいし かおる微動びどうだにしない顔。




 それを眺める人達の中に…… あれは 里美さとみ ではないでしょうか? それと、一緒に居る男は…… 左目に眼帯をし左腕を首から吊っていて――

 ――そして二人は、舟上せんじょうの幸福なカップルを皆と一緒に祝福しゅくふくし、共に幸せな永遠にもおもえる時の中を見つめ合いむつみ合うのです。


 子供たちが大人に連れられてうれしそうに走って来ました、この子達に幸多さちおおきことを祈ります。皆が幸せである事を確かめ合う、良き日に。




 

                   完

 ― 登場人物 ―


塚下つかもと 衣久子いくこ塚下つかもとエンバーしゃ 社長。塚下家つかもとけ4姉弟の一番目。『神の手を持つ』エンバーミング技術を持つ。

塚下つかもと 常彦つねひこ : 同社 副社長。 衣久子いくこ の夫。入り婿むこ

塚下つかもと 正義まさよし : 同社 専務。塚下家つかもとけ4姉弟の二番目。

塚下つかもと 浅次あさつぐ : 同社 セレモニーマネージャ。塚下家つかもとけ4姉弟の三番目。

塚下つかもと 里美さとみ :学生。塚下家つかもとけ4姉弟の四番目。

塚下つかもと 里子さとこ塚下家つかもとけ4姉弟の母。他界。

塚下つかもと 善次郎ぜんじろう塚下家つかもとけ4姉弟の父。入り婿むこ。他界。


無石なしいし かおる :美青年。美術を志す学生。塚下家つかもとけ居候いそうろうしていた。

他仲たなか 鍛夫きたお塚下つかもとエンバーしゃ 社員。

煤来すすき 頼太らいた : 同社 社員。

可津かつ あきら : 同社 警備員。


◆ 赤ドレスの令嬢 :消失した遺体の一つ。 ブッチャー婦人 。

◆ 黒ドレスの少女 :消失した遺体の一つ。 シザーズ婦人 。

◆ 白ドレスの夫人 :消失した遺体の一つ。 チェンソー婦人 。


波越なみこし 警部 :警視庁敏腕びんわん刑事。

小林こばやし 少年 :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』少年探偵。

◆ 名犬シャーロック :黒い大型の優秀な元警察犬。

玉村たまむら 文代ふみよ :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』女性探偵。

明智あけち 小五郎こごろう :〝 探偵の中の名探偵 〟『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』を主宰。

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