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衣久子の柩

11 衣久子いくこの柩 12 夜の夢 13 聖母よ 14 踊れる死体 15 起屍鬼きしき 16 火炙り


 11 衣久子いくこの柩




 夜のワイドショーが騒がしい。

塚下つかもとエンバーしゃ から 塚下つかもと 衣久子いくこ が創った遺体が盗まれた。

 いや、それだけでは無い。これまでも遺体が盗まれる事件が起こっており、事件を捜査中そうさちゅうだった 明智あけち 小五郎こごろう が行方しれずになってしまった!」


 もう夜もおそいと云うのに中継の車が数台停まっている。無作法に葬儀場の前へ陣取ると、声高にガ鳴り立てた。

そうしていて、集まった野次馬にカメラを向けたり、その一人を捕まえてマイクを突き出す始末である。


 まるで騒ぎを助長させるのが目的ででも有るかのように――――無責任に振る舞うのであった。


              塚下つかもと 衣久子いくこ はイラ立った。



    警察の規制線がこんなに有り難いとは、思っても見ない事であった。


      波越なみこし と言う 警部 に、弟の 塚下つかもと 正義まさよし が事情を聴かれている。



      ―― 17年前のあの事件の事も話したに違いなかった――


        なんの事のない事件である。母の愛人の失踪事件……


 アメリカ留学でエンバーミング技術を一通ひととおり身に着け、一時帰国した 衣久子いくこ は、弱冠じゃっかん 二十歳はたちだった。


  父 の存命中にも関わらず。 母 の 里子さとこ は「 将来有望しょうらいゆうぼう の 青年 」とうそぶいて、 若い燕 を家に入れていたのだ。

 入り婿の 父 善次郎ぜんじろう急逝きゅうせいしたのは、これが原因であろうと、 衣久子いくこ正義まさよし共通認識きょうつうにんしき であった。


 ――その、 無石なしいし かおる が失踪したのは、 衣久子いくこ が帰国した晩の事である。

  里子さとこ の 狂乱振り は激しいモノで…… その矛先は 衣久子いくこ にも向けられたが、すでに大人に為っていた 衣久子いくこ は、昔のようではなかった。


 元々、美術で海外留学を望んでいた 無石なしいし かおる である。 衣久子いくこ の自信と誇りに満ちた態度に触発しょくはつされたのであろうと、警察に話したのは、その時も 正義まさよし であった。


         ―― 正義まさよし はアノ事も話したであろうか――


         もう一人の弟、 浅次あさつぐ の姿が見えなかったが……


        夫の 常彦つねひこ は、先程からこちらをチラチラ見てくる。



常彦

 「もう寝るのかい、」

 「あのネ……」


 今日も夫の誘いを断った。

 憤然たる態度の 常彦 はそのままソファーに狸寝入りをしている。



 一度だけ、 常彦 の誘いを断らなかったことが遭った。

どんなモノなのか、一度くらいは試してみても良いのではないかと思ったからであるが、


 ぎこちない愛撫に、下手なキス。


 ――――耐えられず嘲笑わらってしまい、 常彦つねひこ を「初めてじゃないのか!」とひどく怒らせた。

 それでも懲りずに誘って来るのは、おのが妻の美しさに惑わされているからであろう。



 気の毒な 常彦つねひこあとに、リビングを出た 衣久子いくこ はこんな時、一人 地下の作業室に籠もるのだ。


          そこに在った物とは、黒漆くろうるしの棺桶である。


 ――白銀と真珠の紋様は絢爛けんらんえがき。フタをずらすと、内側は――――朱のビロード地を貼り、青碧せいへきのシルクのクッションをタップリ敷き詰めその上に――――ピタリと素肌にまとわる雪のようなレースの、寝間着姿の 衣久子いくこ は。ゆっくり身体を沈めた――


 本物の 死者 の如く柩へと肢体をゆだねた 衣久子いくこ は。深く目をつぶり身動きもせず、薄暗い揺れる蝋燭の灯りの中、もっとも平安で穏やかな気持ちにひたってゆくのであった。




  常彦つねひこ は、ヤリ場の無い気持ちを抱えたまま、 衣久子いくこあとを着けた、着けたのは勿論もちろんこれが初めてでは無い。

 初めて着けた時、部屋の何処にも 衣久子いくこ が居ないのに驚いたモノであった。まさか柩に眠って居ようとは…… 最初は気付か無かったのである。

 これが我が妻である、仕方が無いのだ。しかし、初めて柩のフタを開けたあの驚嘆とその美麗に、また部屋へとはいりあの光景を目にしたい。


 柩の妻をどうにかしたいという、一度は抑えた欲望がムラムラ湧き上がって来て、 常彦つねひこ は耐え難い衝動に何もかもゆだねてしまおう。すでに、いまメディアで騒ぐ『 明智あけち 小五郎こごろう 失踪しっそう 』に係わっているじゃないか、もうどうなっても良いんじゃないのか!?

 いや、むしろ 衣久子いくこ に話してしまったほうが見直してくれるかもしれない。恐怖におののけば、無理やりにでも――


 悶え苦しむ 常彦つねひこ が、 衣久子いくこ の作業室の扉の前で立ったまま悶絶もんぜつしたかのようにうなされているのを、 塚下つかもと 浅次あさつぐ が肩を叩いて来た。

 どうせ、ニヤニヤして見ていたのだろう……



浅次あさつぐ

 「アレの改造は終わったのか?」


常彦

 「――アレ、と言うと……」


浅次あさつぐ

 「〝 アレ 〟だよ、〝 アレ 〟!」


常彦

 「…… あぁ、済んだよ――」


浅次あさつぐ

 「そうか…… オレは里美が欲しいんだ、」


常彦

 「きっ、君の妹じゃないか!」


浅次あさつぐ

 「フンッ、何も知らないんだな、お人好しもいい加減にしたらどうだ?」


常彦

 「!?」


浅次あさつぐ

 「フフフフフ、いずれ教えてヤルよ。アンタ大変なところ婿むこに来たな〜」


常彦

 「?????」



 この会話は不用意にも、 衣久子いくこ の作業室の前で行われたのである。これが耳にはいらぬ訳は無かったであろう。


 そして、柩の中の 衣久子いくこ に或る決意をさせるのに充分だったのでは無かろうか。





 12 夜の夢




  明智あけち 小五郎こごろう が失踪して数日後……


 そんな事には気にも止めず、幾日目いくにちめかの熱帯夜ねったいやに、街は眠らぬ人々がつどい、夏のよいがいつまでも続くことを願っているのでした。



           「夏は、いつまで続くだろう……」


 ここにも、物憂ものうげに、夏の出来事を思い返す一人の少女が居ました、 塚下つかもと 一番下いちばんしたの妹、 塚下つかもと 里美さとみ です。

  里美さとみ は、あの時の出来事が頭から離れないのでした。


 あれは、友人達と別れた帰り道、原付バイクが着けていたらしく 里美さとみ の持ち物を引ったくろうとしたのです……

 幸い怪我は無かったけれど。その時、背の高い男が助けてくれたのでした。それが、同じ学年の 可津かつ あきら だったのです――


 その後、アルバイトで 可津かつ あきら塚下つかもとエンバーしゃ の警備員として勤務しているのだけれど――――そう言えば、『 遺体盗難いたいとうなん事件 』の時も、あの人は青山の葬儀場に居たと兄の 正義まさよし から聞いている……



            「又あの人に会えないかな、」


    そんなコトを想いながら、 里美さとみ は着替えを準備しているのでした――




  里美さとみ がバスタブに静かに身を沈めようとした瞬間、とても良い香りがただよい、 一つの影が 里美さとみ の視界にはいって来て――――見上げるとソコに居たのは…… 真っ赤なドレス に長い髪をらし、右手に刃渡りの長い肉切り包丁ぼうちょうり上げた若い女が、低くうめいて立って居た――


 「・・・」


 ―― 里美さとみ は声も出ず、腰だけ湯に浸かっている状態で固まってしまって――


 濡れて流れる血のように 真っ赤なドレスを着た令嬢 は、髪に隠れた顔から目だけを出して 里美さとみ を凝視したまま、左手で 里美さとみ の右腕を掴むと「殺すゾ」とすごみ、バスタブから引っ張り出す!


 「イーャャャ……」


 ちからは無かったものの、やっと声が出ましたが 里美さとみ はモノ凄い力で半分脱衣所まで連れてこられて仕舞いました。

風呂場と脱衣所の境の柱に掴まり、連れて行かれまいと 里美さとみ が抵抗すると、 真っ赤なドレスの令嬢 は肉切り包丁ぼうちょうを持った右腕をさらに上げ、 里美さとみ 目掛めがけて振り下ろし……

 その時、疾風はやてが如き一陣いちじんの風が 里美さとみ の隣りへ来たかと思うと振り下ろされる 赤ドレスの令嬢 の右腕を両手で受け止める者が居た――


 ―― 里美さとみ が振り向くと、 塚下つかもとエンバーしゃ の警備員になっている 可津かつ あきら が女の肉切り包丁を振り払おうとしている処でした。

 ―― 可津かつ の腕から鮮血がほとばしり、白いシャツを真紅に染めています――


 「キャャャーー!」


 この悲鳴に、もう一人50絡みで白髪の混じった男性がはいって来て、 真っ赤なドレスの令嬢 と格闘している、

里美さとみ は一糸もまとわぬ自分の姿に、 可津かつ の腕にすがるしかなかったのです。そして 可津かつ は、自分の傷もかまわずバスタオルで優しく 里美さとみつつむのでした。



 あとからはいって来た男性は、 赤ドレスの令嬢 のモノ凄い力と振り回す肉切り包丁ぼうちょうに苦戦して、中々らえることが出来ないでいました。


 「もっと誰か来てくれると良いのですが……」


 と、突然―――― 赤ドレスの令嬢 がきびすを返して脱兎の如く走り出した!




 やっと、騒ぎを聴き付けた 塚下つかもと 正義まさよし が廊下に出て来たが、疾走しっそうする 赤ドレスの令嬢 を見送るしか出来ません――


 「あっ、 奥田おくだ さん!」


  塚下つかもと 正義まさよし が50代に見える男性に声を掛けた。 赤ドレスの令嬢 と格闘した男性は、最近『 塚下つかもとエンバーしゃ 』に入社したばかりの 奥田おくだ 睦秋むつあき 氏だったのだ。


 出て来た 塚下つかもと 衣久子いくこ は、 里美さとみそばに居た 可津かつ あきら を押し退けるようにして、 里美さとみ を気遣いますが、 可津かつ の怪我が心配な 里美さとみ はそれを振りほどいて、 可津かつ と一緒に居ようとします。

 やって来た救急車にさえ 里美さとみ は一緒に乗り込もうとした程でした――



奥田

 「 正義まさよし さん、残念。取り逃がして仕舞いました、」


正義まさよし

 「いや、残念でした。しかし、お陰様で 里美さとみ は無事です!」


奥田

 「警備員の青年のお陰ですね。彼は令嬢失踪の時も…… とにかく、彼のお手柄ですよ。」

 「それで、どうでしたか?あの 赤ドレスの女 は、盗まれた令嬢でしたか?!」

 「 衣久子いくこ さん、どうでしたか。」


正義まさよし

 「僕はそうだったと思う。姉さんはどうでした?」


衣久子いくこ

 「さあ…… 私は見ていなかったので――」


奥田

 「そうですか、アレを作った 衣久子いくこ さんの確証が有れば、絶対だったんですが、」

 「 正義まさよし さんの証言で、十中八九間違い無いでしょう。」

 「では、会社の方では『盗まれた御遺体』とほぼ断定します。」

 「しかし、どうやってあんなふうに動くんでしょう――――不思議です。」


正義まさよし

 「思い当たらない訳じゃ無いけど、ここではチョット……」


奥田

 「では後で、警察にどのように証言するか決めましょう。」


衣久子いくこ

 「私、 里美さとみ の所へ行ってやります。」


奥田

 「――分かりました。 正義まさよし さん、こちらへ――」




  里美さとみ は、病院から戻って来た 可津かつ あきら と同じ時を過ごすのです―――― 里美さとみ の、今は亡き父と母の事を思い出して暗い気分になってしまった。残念、せっかく好きな人と一緒にいるのに……



 まだ小さな頃――――とてもハンサムなお兄さんが家に居ました。しかし、何時しか居なくなってしまって…… 母 はお酒に溺れ、情緒不安定じょうちょふあんていになり、入り婿だった 父 の身体的特徴《薄毛》を馬鹿にして大声で罵倒して…… いたのを覚えている――


 ――そして自分に対しても一度だけこんな事が有った、酔っ払った 母 が、 里美さとみ を「泥棒ネコの仔!」と、 ののしったのです……


 今の 里美さとみ には、あのお兄さんが母の愛人だったのだと分かるのでした――


  父 の 善次郎ぜんじろう は幼稚園まで生きていました、とても優しくて……「お父さんは、かわいそうだったな、」 里美さとみ の心に今なぜか、父に対する憐憫れんびんじょうが、なくあふれてくるのです。





 13 聖母よ




          「♪〜 アーヴェ・マリーィア 〜♪」


 今日は、世田谷の 塚下つかもとエンバーしゃ 大葬儀会場、で 屍体売買オークション の上得意じょうとくいだけを集めた『 仮面舞踏会 』の催しである。

 演台に登る 銀死面ぎんしめん にスポットライトが当たり、白銀はくぎんの仮面が磨き上げられ一際ひときわ輝き、見えぬ表情も誇らしげで有ったに違い無かった。



銀死面

 「生きた人間の頭に穴を開け、脳を酸で焼き『 ゾンビ 』を創ろうとした犯罪者が居ました。」

 「やはり生きた人間の頭に穴を開け、脳に電極を着けて思いのままに操ろうとしたカルト集団も居ました。」


          「しかし、彼等かれらは成功しなかった――」


        「観てください、これがぼくらの〝 楽園パラダイス 〟です!」



 明かりが次々に点いた会場には、例の〝 死体プール 〟に居た 五人の裸の女たち が仮面を着けてしつらえられ。

シューベルト の『 アヴェ・マリア 』が流れる中。真っ白な衣装に着せ替えられ、やはり仮面をした 塚下つかもとエンバーしゃ より盗んで来られた 三人の美人たち による宗教儀礼を題材とした寸劇がきょうじられたのだ。


 ――観客は、幻想的な光景に息を呑んだであろう。その〝 怪異 〟を心征こころゆくまでたのしんだコトだろう――


 そして、次は…… ハチャトゥリアン の『 組曲「仮面舞踏会」からワルツ 』で皆が 三人の美人たち を相手に踊り舞うのです――――夜更よふけを過ぎてもなお……



 ――朝になりうたげのあと、皆がけがれた日常への帰路に着く頃。 銀死面ぎんしめんいまだ、非日常にった。いや、彼には非日常以外の存在意義は無いのだ。

 『 アヴェ・マリア 』を唄いながら、 五人の裸の女たち 。そして、 三人の美人たち とたわむれる。この時こそが正に、彼の〝 楽園パラダイス 〟が具現化された瞬間と言えるのであろうか――




 「 三人のメンテナンスが有るから、そろそろ終わりにしないか。」

 夢を壊しに 塚下つかもと 常彦つねひこ がやって来た。


 「ねえ、また死体が欲しいな〜」甘えるように 銀死面ぎんしめん がソファーにゴロゴロしながらねだる。


 先日 無理をさせてしまった 赤ドレスの令嬢 の調子がどうしても気になる 常彦つねひこ だった、だからメンテナンスをする代わりとして話すのだ……



常彦つねひこ

 「こんな事件があったばかりだから、中々手頃な物件が無かったけど――」

 「今度の葬儀の女性は、遺族のたっての希望で『 衣久子いくこ のエンバーミングをぜひ受けたい。しかし会釈などのオプションは要らない。』との事で――」

 「――で、動くようにするなら僕が遺体を取り出しやすく細工さいくする猶予ゆうよが有るんだけど。今回は無いから、この前のような派手なやり方はめたらどうかな?」


銀死面

 「ん?ゥン――――期待する常連のお客様も居るしね、この前のやり方でヤル。」

 「ヤレるよ、もう 明智あけち 居ないしね〜」


常彦つねひこ

 「いや、でも――――この前より時間がかかるし……」


銀死面

 「時間?なんの時間?!」


常彦つねひこ

 「いや……」


銀死面

 「あのさ、今更ぬけられないよ――――どうするの、」


常彦つねひこ

 「いや、妻が――」


銀死面

 「奥さんがどうよ、うん?何!」


常彦つねひこ

 「妻が、 衣久子いくこ がショックを受けていて――」


銀死面

 「 衣久子いくこ か〜それで?」

 「アー、分かった分かった。じゃオレが話すよ、直接 話す。」


常彦つねひこ

 「いや、それは――」


銀死面

 「直接 話す。直接 話すよ、な、」

 「いいのいいの。大丈夫大丈夫。」




 部屋に行ってみたけど誰も居ないから、 衣久子いくこ の作業室に来てみた。

初めてだけど、良い香りだ。 三人の美人たち も吐き気がするほど 良い臭いがする、 常彦つねひこ が「死体は必ず香水で洗浄している。」って言ってたけど。なる程この臭いだ。

 作業室と言っても、ここに〝 香水洗浄 〟用のプールは無い。有るのは作業台と小高い場所に丁寧に安置してある 柩 だけだ。

  銀死面ぎんしめん は、当然これに興味を持った。


 「新しく処理した死体が入っているのかな?」

 「わざわざ、こんな柩にれる必要ないだろうに――――それともからなのかな?」


 柩に手を掛けようとして、部屋のそとが気になった。多分、 常彦つねひこ がドアに張り付いて居るだろう。

うちからしっかり施錠せじょうをし、 柩 を開て――――見たけれど何も無い。ただ青いシルクのクッションが在るだけの柩だ、入ってみるとだいぶ底を上げてあるようだけどね――


 「あれっ? 香水の臭いじゃない他の臭いがする…… 人の臭いだ! 良い臭いだな――――とても良い臭いだ――」



 …… まだ、小さかった頃。兄弟たちから言われて分かっていたコトだ、自分は コノいえ の子では無いと。


 ある時、昔の自分の持ち物の中から『 まこと 』の名前がすみに小さく、しかしハッキリい取られた手作りの 小さな 手さげ袋 を発見した! コレは自分にとって大発見だ!!

名門だか何だか知らないが、タダきびしいだけの義父母ようふぼたちも見落みおとした!


 この、漢字も分からぬ『 まこと 』の文字がほこらしく思える。コレが自分の本当の本名なのだろう。それが分かっただけで充分 救われたのだった……



 ―― 銀死面ぎんしめん は思わず仮面を脱ぎ捨て、その顔をクッションの上へ投げ出し直接 鼻を擦り付けて生きた人間の臭いに酔ってみた。



     これはなんだろう、オレは何故この臭いに魅了されるのだろうか……




 ――やっと戻って来ることが出来た――――今度の葬儀の打ち合わせ…… 事件解決の打ち合わせ……

  塚下つかもと 衣久子いくこ はようやく作業室へ帰って来ることが出来たのだ。


 ――襲われた 里美さとみ の事、それとあの警備員のコトも気になる――――アレやコレやで忙しく、ゆっくり休む暇もない。せめて柩の中で眠りたい……


 柩のフタを開け、中へ身体を沈め目を閉じ深い 死者 の眠りへと――――あれ?何か違う。ナンだろう…… そう考えた瞬間、ゴトゴトっと柩の底が 衣久子いくこ ごと持ち上がったのだ!

上げ底からハイ出て来たのは 銀死面ぎんしめん …… しかし 衣久子いくこ は柩に入った以上 誰に何をされようと、あく迄も〝 死者 〟であった……



銀死面

 「見たぞ見付けたぞ、なんだ〝 コレ 〟は!? 衣久子いくこ さん〝 コレ 〟はなんですか?」

 「あゝそう、ハハハハ。死んだふりしてるんだ、アハハハハハハハ、それなら――」



 その光景を〝 コレ 〟と言われた モノ が見守るなか。季節は長かった夏が終わり秋の訪れへと変わって行きます――――何一つとして変化せぬモノなど無い、うつし世の ことわり を告げているようです。


        この昼下がりの情事も、その一つなのでしょう。





 14 踊れる死体




 本日、世田谷の 塚下つかもとエンバーしゃ の大葬儀会場で、おごそかに葬儀がり行われていた。

昨日は 銀死面ぎんしめん が〝 楽園パラダイス 〟をもよおしたばかりである。

 祭壇さいだん遺影いえいの代わりに エンバーミング をほどこされ、えも言われぬ芳潤ほうじゅんな香りに包まれた、まだ若い綺麗な女性が五色ごしき華花はなばなと共に、起こされた柩におさめられていた。

弔問ちょうもん客は15人ほど、椅子とテーブルがしつらえられており――――立食形式の歌で送っていた青山の葬儀とはおもむきもかなり違います。


 かれた白いスモークとたくみなライトが、よりった演出に成っていました。


 今回は。椅子とテーブルを置いて、容易よういに犯行が出来難くして有ります。

 そして。明かりを消すことが出来ないよう、配電盤に警備員を着けました。


 しかし、葬儀も中盤に差し掛かった頃。

スモークが祭壇全体をおおい始め、遺影いえい代わりの柩とそれに納められた女性までも見えなくなってしまったのです――




 ――祭壇の後ろでは、 常彦つねひこ が柩の裏底をはずそうと焦っていた…… スモークで隠したスキに柩の裏から女性の遺体をぬすもうというのだ。

銀死面ぎんしめん はもうスタンバイしてるのにはずれない―――― 塚下つかもと 浅次あさつぐ までヤッて来て、柩をおさえる…… やっとはずれた、 銀死面ぎんしめん が後ろから女性の脇の下へ両腕を差し入れ抱き上げようと…… 瞬間、


             「ウッッ! あぁぁぁ――」


 ――股間へ痛みが襲う! 次は左目に何かはいって来た――――余りのコトに祭壇の上から墜落ついらくする 銀死面ぎんしめん !!



         ――驚いた 常彦つねひこ もヨロヨロ落ちて来た――


 それを、一頭の大型犬が脚にガブリ!と噛み付いた今度は「ヒョエェェ!」と跳び上がる!!



 「死体が、死体が〜」 浅次あさつぐ も裏から飛びすッ――――それを女性の遺体が祭壇から宙を舞って「ヲォリァァ!!」ジャンピング・キックを見舞い葬り去った。




        スモークが徐々に晴れてゆき状況が分かって来る……



 女性遺体の正体は、実は 玉村たまむら 文代ふみよ が成り済ましたモノだったのです。犯人たちをおびせるえさを、この〝 女探偵 〟が買って出たのだった。


 まず、 文代ふみよ さんは右膝みぎひざたたんで後方へ反らせ、後ろから抱き上げようとする 銀死面ぎんしめん の股間にヒールで一撃!

左側に 銀死面ぎんしめん の顔が有ったので、左手親指を後ろへ突き出し左目をエグったのだ!

 流石の豪胆な 銀死面ぎんしめん もその場を逃げ出さずには居られなかった訳である。



 弔問ちょうもん客は全て警察官であった、 波越なみこし 警部 が指揮したモノだったのだ。

塚下つかもと 常彦つねひこ塚下つかもと 浅次あさつぐいま 確保された。

  銀死面ぎんしめん が最後まで抵抗した、しかし多勢に無勢、3人の警察官に床へ押さえ付けられている。


  塚下つかもとエンバーしゃ 新人の 奥田おくだ 睦秋むつあき銀死面ぎんしめん に近付き手を伸ばした。その仮面をはずそうとしたのだ――――左目は潰れ血がき出しているものの、右目は以前と変わらぬ力をまだたくわえていた――


 ――その時。



 五月蝿うるさいエンジンのけたたましい騒音が聞こえて来たのだ!

 鈴の音が「シャンシャン」と鳴り響くと同時に、黒い稲妻が部屋に飛び込んで来て、 奥田おくだ の伸ばした手を裁ちバサミが襲った! それをバックステップでける 奥田おくだ ――



奥田

 「――また会ったね、」



  黒ドレスの少女 は「ケケケケケ!」と奇声を上げると、もう一方の手の裁ちバサミを更に突付つきつけた! 奥田おくだ がスウェイで又 ける――



 別のドアをチェンソーの餌食にして 白ドレス姿の チェンソー婦人 が、ゆるりと駆け付けた。


 メンテナンスの恩義が有るのか、 塚下つかもと 常彦つねひこ確保かくほする警察官に下段袈裟懸けにチェンソーを振り回す、「あっ!」避けない訳にいかぬ警察官は 常彦つねひことらえる手を思わずゆるめてしまったのだ!



 「俺も 俺も、」の 塚下つかもと 浅次あさつぐ も、しょうが無いから助けてやろう。

返す刀で 塚下つかもと 浅次あさつぐ を押える警察官へも、回転する歯に床をこすらせながらの下段袈裟懸けにチェンソーを振り回す!



 そこへ今度は 赤ドレスの令嬢 が、例の刃渡りの長い肉切り包丁ぼうちょうを片手に持ち脱兎だっとの如く走って来て 銀死面ぎんしめんとらえた警察官に斬り付ける!



  浅次あさつぐ が逃げ出した―――― 一人の私服警官が銃をかまえる。が…… この乱戦の状況で射つことは危険だ出来ない!


         常彦つねひこ も、 銀死面ぎんしめん までもが逃げ出してしまった――





 15 起屍鬼きしき




  白ドレスの夫人 と 赤ドレスの令嬢 が警察を通せんぼして、 常彦つねひこ浅次あさつぐ そして 銀死面ぎんしめん を逃がそうというのだ。


  黒ドレスの少女 は 奥田おくだ 睦秋むつあき を行かせまいとした――――しかし、 奥田おくだ がやっとのことで彼女を捕まえた!


 「 波越なみこし 警部 、このの鈴を! 首に掛かった鈴を外してください!!」



  奥田おくだ の言う通り、少女の首に掛かる二つの 金鈴きんれい波越なみこし 警部 が取り上げる! すると――

 ―――― なんと言う事でしょう。今まで、あれだけ暴れていた彼女の動きが嘘のようにピタリと停止したのです。



波越なみこし

 「あっ! 奥田おくだ 君、これだね――」


奥田

 「そうです、コレが。 玄奘げんじょう 三蔵さんぞう が インド より持ち帰った 経文きょうもん に有る〝 起尸鬼呪法きしきじゅほう 〟です。」


波越なみこし

 「〝 起尸鬼呪法きしきじゅほう 〟か、良く分かったね――」


奥田

 「…… えぇ、」

 「それより、早く追いましょう! 犯人をがしてしまいます。」



  奥田おくだ 睦秋むつあき は、目を開けたまま動かなくなった 黒ドレスの少女 のひとみを閉じさせた。


 「彼女は死体です、みずからの意思で行動した訳じゃ有りません。遺族へ返して上げるべきです、出来るだけ早く。」



波越なみこし

 「すぐ遺族に連絡するよ、警察に任せてくれ 奥田おくだ 君。」



  波越なみこし 警部 は彼女をパトカーへ乗せると、その日の内に両親と対面。無事、御遺族の元へと帰ることが出来たのです。





 16 火炙り




 それより少し前、一台の霊柩車が世田谷の 塚下つかもとエンバーしゃ 、大葬儀会場をあとにした。


 すでに男性の遺体が入った柩の中に、 塚下つかもと 常彦つねひこ塚下つかもと 浅次あさつぐ は二人してはいり込み隠れたのだ。詰まり一つの柩に男三人が折り重なってじっとしているのである。

 三人分の重い柩は霊柩車に乗せられると、堂々と葬儀場正面玄関から逃げおおせたのであった。


 霊柩車を運行するのは 塚下つかもとエンバーしゃ 社員の 他仲たなか 鍛夫きたお と、 煤来すすき 頼太らいた で、

 その前方に黒塗りの先導車が1台、後ろに遺族のクルマが4台。計6台の葬列が綺麗に並んで着いて行く。


       いったい、この中に 銀死面ぎんしめん たちが 居るのだろうか?



 後ろから、ヘリコプターのローターが回転する音がして来ました。

文代ふみよ さんが近くのビルの屋上ポートから、ヘリコプターを拝借はいしゃくして来たようです。 奥田おくだ 睦秋むつあき 氏を乗せ、操縦しています。


 パトカー数台も加わって葬列そうれつを追って走って来ました、無線で 奥田おくだ 氏と連携しているのです。




 柩の中の 常彦つねひこ浅次あさつぐ は、霊柩車が停車するたび「警察の検問に引っ掛かったんじゃないのか!?」と、死者の顔を見るための窓を開けてのぞき込む――――息を殺して「柩を調べないでくれ……」と祈るばかりだ。

 霊柩車が止まって柩が引き出されたのか? ココは何処なんだ? 自分は死者である、この場を上手く切り抜け無ければ――

 ――もしかして、柩ごと警察へ運ばれたりしてないよな。今すぐフタをね上げ飛び出し一戦交えなきゃならない! しかし、警察署内にしては静かだ……

 警察なら警察官が複数で待ち構えてるはずだ、ノコノコ出てくるのを笑って見ているのか? それとも上手く逃げられたのかな?


  柩の中の三人の死者は、身じろぎもせずジッとしているほかは無いのです。



 〝 ボォッ 〟と音がした。あきらかに気温が上がって来る、イヤ「熱い!」

どう考えても異常な状況が起こっているとしか思えない――

 フタを押し上げたが、10センチくらいしか上がらない…… しかも、隙間から炎が入って来て直接炙あぶられる!!


 霊柩車が停車したのは火葬場でした、社員二人は係員と火葬の手続きをしたのです。



 「畜生!裏切りやがったな!!!」 浅次あさつぐ はこの世に有らん限りの悪態あくたいを着き出した――――考えるコトは 常彦つねひこ とてこの悪人と同じだ…… いや、己とて悪人なのか? ばちたったのか!? だが自分のやったコトは 死体損壊したいそんかい遺棄いき くらいだろぅ!? 大したつみでは無いはずだぁ…… 殺されるなら、この悪人だけにしてくれ!


              「オレは無実だ!!」



        柩はみるみる焼けて仕舞、炎が中へ入ってきた。


 ドン!ドン! と、そこら中を叩き二人は暴れた。ありとあらゆる方法でこの惨状さんじょうを知らせようとこころみた!


       ――確かに外に、この騒ぎは聞こえて来たけれど――



他仲たなか

 「生き返ったのかな?」


煤来すすき

 「まさか、ハハハハ、」


係員

 「音がする事あるんですよ、御遺族から強く焼くのをめてくれと言われてめたコト有りますけどね、めて見てみますか?」


他仲たなか

 「いえいえ、結構けっこうです。」


煤来すすき

 「このままヤッて下さい。」



  常彦つねひこ は、火葬の時に大きな音がするコトも有るのを知っている。

死後硬直しごこうちょくしている遺体が、火葬の温度変化で動くコトが有るのだ。関係者ならそう判断するだろう…… でも〝 もしかしたら 〟に賭けるしかいィ!


 しかし、むなしい抵抗も永くは続かない。


 皮膚が焼ける、肉まで焼ける、息が出来ない、


 二人と一体は自然と抱き合い分かち合った。


 ほのおと三人だけの世界がソコには確かに有るのだ。


 それが最後であった。



波越なみこし

 「しまった! 遅かった――」



 パトカーが駆け着けた時、何事も無かったように火葬は終了していた。

 「まだ熱いですよ!」と言う係員の冷静な声を無視して、 波越なみこし 警部 は引き出された柩が有ったハズの台車をのぞき込む。


 遺族も見守る中。ステンレスの台車の上には、白い灰とその中のまぎれも無い三つの頭蓋ずがいと目が合った。三人は心無しか苦楽を共にした仲間の如く親しそうに並んで居るのでした。



       しかし、葬列そうれつの中に 銀死面ぎんしめん たちは居なかったのです。


  塚下つかもとエンバーしゃ の大葬儀会場は警察が完全に押さえ、プールの美女たち5人も発見されました。

銀死面ぎんしめん主催しゅさいしていたと言う『 屍体売買オークション 』の全容は闇の中です…… 塚下つかもと 常彦つねひこ塚下つかもと 浅次あさつぐ が亡くなってしまった今、 銀死面ぎんしめん 逮捕が待たれます。



       いったい、彼等は何処へどう消えてしまったのでしょう。


 ― 登場人物 ―


塚下つかもと 衣久子いくこ塚下つかもとエンバーしゃ 社長。塚下家つかもとけ4姉弟の一番目。『神の手を持つ』エンバーミング技術を持つ。

塚下つかもと 常彦つねひこ : 同社 副社長。 衣久子いくこ の夫。入り婿むこ

塚下つかもと 正義まさよし : 同社 専務。塚下家つかもとけ4姉弟の二番目。

塚下つかもと 浅次あさつぐ : 同社 セレモニーマネージャ。塚下家つかもとけ4姉弟の三番目。

塚下つかもと 里美さとみ :学生。塚下家つかもとけ4姉弟の四番目。

塚下つかもと 里子さとこ塚下家つかもとけ4姉弟の母。他界。

塚下つかもと 善次郎ぜんじろう塚下家つかもとけ4姉弟の父。入り婿むこ。他界。


無石なしいし かおる :美青年。美術を志す学生。塚下家つかもとけ居候いそうろうしていた。

他仲たなか 鍛夫きたお塚下つかもとエンバーしゃ 社員。

煤来すすき 頼太らいた : 同社 社員。

可津かつ あきら : 同社 警備員。


◆ 赤ドレスの令嬢 :消失した遺体の一つ。 ブッチャー婦人 。

◆ 黒ドレスの少女 :消失した遺体の一つ。 シザーズ婦人 。

◆ 白ドレスの夫人 :消失した遺体の一つ。 チェンソー婦人 。


波越なみこし 警部 :警視庁敏腕びんわん刑事。

小林こばやし 少年 :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』少年探偵。

◆ 名犬シャーロック :黒い大型の優秀な元警察犬。

玉村たまむら 文代ふみよ :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』女性探偵。

明智あけち 小五郎こごろう :〝 探偵の中の名探偵 〟『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』を主宰。

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