衣久子の柩
11 衣久子の柩 12 夜の夢 13 聖母よ 14 踊れる死体 15 起屍鬼 16 火炙り
11 衣久子の柩
夜のワイドショーが騒がしい。
「 塚下エンバー社 から 塚下 衣久子 が創った遺体が盗まれた。
いや、それだけでは無い。これまでも遺体が盗まれる事件が起こっており、事件を捜査中だった 明智 小五郎 が行方しれずになってしまった!」
もう夜も晩いと云うのに中継の車が数台停まっている。無作法に葬儀場の前へ陣取ると、声高にガ鳴り立てた。
そうしていて、集まった野次馬にカメラを向けたり、その一人を捕まえてマイクを突き出す始末である。
まるで騒ぎを助長させるのが目的ででも有るかのように――――無責任に振る舞うのであった。
塚下 衣久子 はイラ立った。
警察の規制線がこんなに有り難いとは、思っても見ない事であった。
波越 と言う 警部 に、弟の 塚下 正義 が事情を聴かれている。
―― 17年前のあの事件の事も話したに違いなかった――
何の事のない事件である。母の愛人の失踪事件……
アメリカ留学でエンバーミング技術を一通り身に着け、一時帰国した 衣久子 は、弱冠 二十歳だった。
父 の存命中にも関わらず。 母 の 里子 は「 将来有望 の 青年 」と嘯いて、 若い燕 を家に入れていたのだ。
入り婿の 父 善次郎 が急逝したのは、これが原因であろうと、 衣久子 と 正義 の 共通認識 であった。
――その、 無石 薫 が失踪したのは、 衣久子 が帰国した晩の事である。
里子 の 狂乱振り は激しいモノで…… その矛先は 衣久子 にも向けられたが、すでに大人に為っていた 衣久子 は、昔のようではなかった。
元々、美術で海外留学を望んでいた 無石 薫 である。 衣久子 の自信と誇りに満ちた態度に触発されたのであろうと、警察に話したのは、その時も 正義 であった。
―― 正義 はアノ事も話したであろうか――
もう一人の弟、 浅次 の姿が見えなかったが……
夫の 常彦 は、先程からこちらをチラチラ見てくる。
常彦
「もう寝るのかい、」
「あのネ……」
今日も夫の誘いを断った。
憤然たる態度の 常彦 はそのままソファーに狸寝入りをしている。
一度だけ、 常彦 の誘いを断らなかったことが遭った。
どんなモノなのか、一度くらいは試してみても良いのではないかと思ったからであるが、
ぎこちない愛撫に、下手なキス。
――――耐えられず嘲笑ってしまい、 常彦 を「初めてじゃないのか!」とひどく怒らせた。
それでも懲りずに誘って来るのは、己が妻の美しさに惑わされているからであろう。
気の毒な 常彦 を後に、リビングを出た 衣久子 はこんな時、一人 地下の作業室に籠もるのだ。
そこに在った物とは、黒漆の棺桶である。
――白銀と真珠の紋様は絢爛を描き。フタをずらすと、内側は――――朱のビロード地を貼り、青碧のシルクのクッションをタップリ敷き詰めその上に――――ピタリと素肌にまとわる雪のようなレースの、寝間着姿の 衣久子 は。ゆっくり身体を沈めた――
本物の 死者 の如く柩へと肢体を委ねた 衣久子 は。深く目をつぶり身動きもせず、薄暗い揺れる蝋燭の灯りの中、最も平安で穏やかな気持ちに浸ってゆくのであった。
常彦 は、ヤリ場の無い気持ちを抱えたまま、 衣久子 の後を着けた、着けたのは勿論これが初めてでは無い。
初めて着けた時、部屋の何処にも 衣久子 が居ないのに驚いたモノであった。まさか柩に眠って居ようとは…… 最初は気付か無かったのである。
これが我が妻である、仕方が無いのだ。しかし、初めて柩のフタを開けたあの驚嘆とその美麗に、また部屋へと入りあの光景を目にしたい。
柩の妻をどうにかしたいという、一度は抑えた欲望がムラムラ湧き上がって来て、 常彦 は耐え難い衝動に何もかも委ねてしまおう。すでに、今メディアで騒ぐ『 明智 小五郎 失踪 』に係わっているじゃないか、もうどうなっても良いんじゃないのか!?
いや、むしろ 衣久子 に話してしまった方が見直してくれるかもしれない。恐怖に慄けば、無理やりにでも――
悶え苦しむ 常彦 が、 衣久子 の作業室の扉の前で立ったまま悶絶したかのように魘されているのを、 塚下 浅次 が肩を叩いて来た。
どうせ、ニヤニヤして見ていたのだろう……
浅次
「アレの改造は終わったのか?」
常彦
「――アレ、と言うと……」
浅次
「〝 アレ 〟だよ、〝 アレ 〟!」
常彦
「…… あぁ、済んだよ――」
浅次
「そうか…… オレは里美が欲しいんだ、」
常彦
「きっ、君の妹じゃないか!」
浅次
「フンッ、何も知らないんだな、お人好しもいい加減にしたらどうだ?」
常彦
「!?」
浅次
「フフフフフ、いずれ教えてヤルよ。アンタ大変な処へ婿に来たな〜」
常彦
「?????」
この会話は不用意にも、 衣久子 の作業室の前で行われたのである。これが耳に入らぬ訳は無かったであろう。
そして、柩の中の 衣久子 に或る決意をさせるのに充分だったのでは無かろうか。
12 夜の夢
明智 小五郎 が失踪して数日後……
そんな事には気にも止めず、幾日目かの熱帯夜に、街は眠らぬ人々が集い、夏の宵がいつまでも続くことを願っているのでした。
「夏は、いつまで続くだろう……」
ここにも、物憂げに、夏の出来事を思い返す一人の少女が居ました、 塚下 家 の一番下の妹、 塚下 里美 です。
里美 は、あの時の出来事が頭から離れないのでした。
あれは、友人達と別れた帰り道、原付バイクが着けていたらしく 里美 の持ち物を引ったくろうとしたのです……
幸い怪我は無かったけれど。その時、背の高い男が助けてくれたのでした。それが、同じ学年の 可津 晃 だったのです――
その後、アルバイトで 可津 晃 は 塚下エンバー社 の警備員として勤務しているのだけれど――――そう言えば、『 遺体盗難事件 』の時も、あの人は青山の葬儀場に居たと兄の 正義 から聞いている……
「又あの人に会えないかな、」
そんなコトを想いながら、 里美 は着替えを準備しているのでした――
里美 がバスタブに静かに身を沈めようとした瞬間、とても良い香りが漂い、 一つの影が 里美 の視界に入って来て――――見上げるとソコに居たのは…… 真っ赤なドレス に長い髪を濡らし、右手に刃渡りの長い肉切り包丁を振り上げた若い女が、低く呻いて立って居た――
「・・・」
―― 里美 は声も出ず、腰だけ湯に浸かっている状態で固まってしまって――
濡れて流れる血のように 真っ赤なドレスを着た令嬢 は、髪に隠れた顔から目だけを出して 里美 を凝視したまま、左手で 里美 の右腕を掴むと「殺すゾ」と凄み、バスタブから引っ張り出す!
「イーャャャ……」
力は無かったものの、やっと声が出ましたが 里美 はモノ凄い力で半分脱衣所まで連れてこられて仕舞いました。
風呂場と脱衣所の境の柱に掴まり、連れて行かれまいと 里美 が抵抗すると、 真っ赤なドレスの令嬢 は肉切り包丁を持った右腕を更に上げ、 里美 目掛けて振り下ろし……
その時、疾風が如き一陣の風が 里美 の隣りへ来たかと思うと振り下ろされる 赤ドレスの令嬢 の右腕を両手で受け止める者が居た――
―― 里美 が振り向くと、 塚下エンバー社 の警備員になっている 可津 晃 が女の肉切り包丁を振り払おうとしている処でした。
―― 可津 の腕から鮮血が迸り、白いシャツを真紅に染めています――
「キャャャーー!」
この悲鳴に、もう一人50絡みで白髪の混じった男性が入って来て、 真っ赤なドレスの令嬢 と格闘している、
里美 は一糸も纏わぬ自分の姿に、 可津 の腕に縋るしかなかったのです。そして 可津 は、自分の傷もかまわずバスタオルで優しく 里美 を包むのでした。
後から入って来た男性は、 赤ドレスの令嬢 のモノ凄い力と振り回す肉切り包丁に苦戦して、中々捕らえることが出来ないでいました。
「もっと誰か来てくれると良いのですが……」
と、突然―――― 赤ドレスの令嬢 が踵を返して脱兎の如く走り出した!
やっと、騒ぎを聴き付けた 塚下 正義 が廊下に出て来たが、疾走する 赤ドレスの令嬢 を見送るしか出来ません――
「あっ、 奥田 さん!」
塚下 正義 が50代に見える男性に声を掛けた。 赤ドレスの令嬢 と格闘した男性は、最近『 塚下エンバー社 』に入社したばかりの 奥田 睦秋 氏だったのだ。
出て来た 塚下 衣久子 は、 里美 の側に居た 可津 晃 を押し退けるようにして、 里美 を気遣いますが、 可津 の怪我が心配な 里美 はそれを振り解いて、 可津 と一緒に居ようとします。
やって来た救急車にさえ 里美 は一緒に乗り込もうとした程でした――
奥田
「 正義 さん、残念。取り逃がして仕舞いました、」
正義
「いや、残念でした。しかし、お陰様で 里美 は無事です!」
奥田
「警備員の青年のお陰ですね。彼は令嬢失踪の時も…… とにかく、彼のお手柄ですよ。」
「それで、どうでしたか?あの 赤ドレスの女 は、盗まれた令嬢でしたか?!」
「 衣久子 さん、どうでしたか。」
正義
「僕はそうだったと思う。姉さんはどうでした?」
衣久子
「さあ…… 私は見ていなかったので――」
奥田
「そうですか、アレを作った 衣久子 さんの確証が有れば、絶対だったんですが、」
「 正義 さんの証言で、十中八九間違い無いでしょう。」
「では、会社の方では『盗まれた御遺体』とほぼ断定します。」
「しかし、どうやってあんな風に動くんでしょう――――不思議です。」
正義
「思い当たらない訳じゃ無いけど、ここではチョット……」
奥田
「では後で、警察にどのように証言するか決めましょう。」
衣久子
「私、 里美 の所へ行ってやります。」
奥田
「――分かりました。 正義 さん、こちらへ――」
里美 は、病院から戻って来た 可津 晃 と同じ時を過ごすのです―――― 里美 の、今は亡き父と母の事を思い出して暗い気分になってしまった。残念、せっかく好きな人と一緒にいるのに……
まだ小さな頃――――とてもハンサムなお兄さんが家に居ました。しかし、何時しか居なくなってしまって…… 母 はお酒に溺れ、情緒不安定になり、入り婿だった 父 の身体的特徴《薄毛》を馬鹿にして大声で罵倒して…… いたのを覚えている――
――そして自分に対しても一度だけこんな事が有った、酔っ払った 母 が、 里美 を「泥棒ネコの仔!」と、 罵ったのです……
今の 里美 には、あのお兄さんが母の愛人だったのだと分かるのでした――
父 の 善次郎 は幼稚園まで生きていました、とても優しくて……「お父さんは、かわいそうだったな、」 里美 の心に今なぜか、父に対する憐憫の情が、止め処なく溢れてくるのです。
13 聖母よ
「♪〜 アーヴェ・マリーィア 〜♪」
今日は、世田谷の 塚下エンバー社 大葬儀会場、で 屍体売買オークション の上得意だけを集めた『 仮面舞踏会 』の催しである。
演台に登る 銀死面 にスポットライトが当たり、白銀の仮面が磨き上げられ一際輝き、見えぬ表情も誇らしげで有ったに違い無かった。
銀死面
「生きた人間の頭に穴を開け、脳を酸で焼き『 ゾンビ 』を創ろうとした犯罪者が居ました。」
「やはり生きた人間の頭に穴を開け、脳に電極を着けて思いのままに操ろうとしたカルト集団も居ました。」
「しかし、彼等は成功しなかった――」
「観てください、これが僕らの〝 楽園 〟です!」
明かりが次々に点いた会場には、例の〝 死体プール 〟に居た 五人の裸の女たち が仮面を着けて設えられ。
シューベルト の『 アヴェ・マリア 』が流れる中。真っ白な衣装に着せ替えられ、やはり仮面をした 塚下エンバー社 より盗んで来られた 三人の屍美人たち による宗教儀礼を題材とした寸劇が興じられたのだ。
――観客は、幻想的な光景に息を呑んだであろう。その〝 怪異 〟を心征くまで嬉しんだコトだろう――
そして、次は…… ハチャトゥリアン の『 組曲「仮面舞踏会」からワルツ 』で皆が 三人の屍美人たち を相手に踊り舞うのです――――夜更けを過ぎてもなお……
――朝になり宴のあと、皆が穢れた日常への帰路に着く頃。 銀死面 は未だ、非日常に在った。いや、彼には非日常以外の存在意義は無いのだ。
『 アヴェ・マリア 』を唄いながら、 五人の裸の女たち 。そして、 三人の屍美人たち と戯れる。この時こそが正に、彼の〝 楽園 〟が具現化された瞬間と言えるのであろうか――
「 三人のメンテナンスが有るから、そろそろ終わりにしないか。」
夢を壊しに 塚下 常彦 がやって来た。
「ねえ、また死体が欲しいな〜」甘えるように 銀死面 がソファーにゴロゴロしながらねだる。
先日 無理をさせてしまった 赤ドレスの令嬢 の調子がどうしても気になる 常彦 だった、だからメンテナンスをする代わりとして話すのだ……
常彦
「こんな事件があったばかりだから、中々手頃な物件が無かったけど――」
「今度の葬儀の女性は、遺族のたっての希望で『 衣久子 のエンバーミングをぜひ受けたい。しかし会釈などのオプションは要らない。』との事で――」
「――で、動くようにするなら僕が遺体を取り出しやすく細工する猶予が有るんだけど。今回は無いから、この前のような派手なやり方は止めたらどうかな?」
銀死面
「ん?ゥン――――期待する常連のお客様も居るしね、この前のやり方でヤル。」
「ヤレるよ、もう 明智 居ないしね〜」
常彦
「いや、でも――――この前より時間がかかるし……」
銀死面
「時間?何の時間?!」
常彦
「いや……」
銀死面
「あのさ、今更ぬけられないよ――――どうするの、」
常彦
「いや、妻が――」
銀死面
「奥さんがどうよ、うん?何!」
常彦
「妻が、 衣久子 がショックを受けていて――」
銀死面
「 衣久子 か〜それで?」
「アー、分かった分かった。じゃオレが話すよ、直接 話す。」
常彦
「いや、それは――」
銀死面
「直接 話す。直接 話すよ、な、」
「いいのいいの。大丈夫大丈夫。」
部屋に行ってみたけど誰も居ないから、 衣久子 の作業室に来てみた。
初めてだけど、良い香りだ。 三人の屍美人たち も吐き気がするほど 良い臭いがする、 常彦 が「死体は必ず香水で洗浄している。」って言ってたけど。なる程この臭いだ。
作業室と言っても、ここに〝 香水洗浄 〟用のプールは無い。有るのは作業台と小高い場所に丁寧に安置してある 柩 だけだ。
銀死面 は、当然これに興味を持った。
「新しく処理した死体が入っているのかな?」
「わざわざ、こんな柩に入れる必要ないだろうに――――それとも空なのかな?」
柩に手を掛けようとして、部屋の外が気になった。多分、 常彦 がドアに張り付いて居るだろう。
内からしっかり施錠をし、 柩 を開て――――見たけれど何も無い。ただ青いシルクのクッションが在るだけの柩だ、入ってみるとだいぶ底を上げてあるようだけどね――
「あれっ? 香水の臭いじゃない他の臭いがする…… 人の臭いだ! 良い臭いだな――――とても良い臭いだ――」
…… まだ、小さかった頃。兄弟たちから言われて分かっていたコトだ、自分は コノ家 の子では無いと。
ある時、昔の自分の持ち物の中から『 まこと 』の名前が角に小さく、しかしハッキリ縫い取られた手作りの 小さな 手さげ袋 を発見した! コレは自分にとって大発見だ!!
名門だか何だか知らないが、タダ厳しいだけの義父母たちも見落とした!
この、漢字も分からぬ『 まこと 』の文字が誇らしく思える。コレが自分の本当の本名なのだろう。それが分かっただけで充分 救われたのだった……
―― 銀死面 は思わず仮面を脱ぎ捨て、その顔をクッションの上へ投げ出し直接 鼻を擦り付けて生きた人間の臭いに酔ってみた。
これは何だろう、オレは何故この臭いに魅了されるのだろうか……
――やっと戻って来ることが出来た――――今度の葬儀の打ち合わせ…… 事件解決の打ち合わせ……
塚下 衣久子 はようやく作業室へ帰って来ることが出来たのだ。
――襲われた 里美 の事、それとあの警備員のコトも気になる――――アレやコレやで忙しく、ゆっくり休む暇もない。せめて柩の中で眠りたい……
柩のフタを開け、中へ身体を沈め目を閉じ深い 死者 の眠りへと――――あれ?何か違う。ナンだろう…… そう考えた瞬間、ゴトゴトっと柩の底が 衣久子 ごと持ち上がったのだ!
上げ底からハイ出て来たのは 銀死面 …… しかし 衣久子 は柩に入った以上 誰に何をされようと、あく迄も〝 死者 〟であった……
銀死面
「見たぞ見付けたぞ、何だ〝 コレ 〟は!? 衣久子 さん〝 コレ 〟は何ですか?」
「あゝそう、ハハハハ。死んだふりしてるんだ、アハハハハハハハ、それなら――」
その光景を〝 コレ 〟と言われた モノ が見守るなか。季節は長かった夏が終わり秋の訪れへと変わって行きます――――何一つとして変化せぬモノなど無い、現し世の 理 を告げているようです。
この昼下がりの情事も、その一つなのでしょう。
14 踊れる死体
本日、世田谷の 塚下エンバー社 の大葬儀会場で、厳かに葬儀が執り行われていた。
昨日は 銀死面 が〝 楽園 〟を催したばかりである。
祭壇の遺影の代わりに エンバーミング を施され、えも言われぬ芳潤な香りに包まれた、まだ若い綺麗な女性が五色の華花と共に、起こされた柩に納められていた。
弔問客は15人ほど、椅子とテーブルが設えられており――――立食形式の歌で送っていた青山の葬儀とは趣もかなり違います。
焚かれた白いスモークと巧みなライトが、より凝った演出に成っていました。
今回は。椅子とテーブルを置いて、容易に犯行が出来難くして有ります。
そして。明かりを消すことが出来ないよう、配電盤に警備員を着けました。
しかし、葬儀も中盤に差し掛かった頃。
スモークが祭壇全体を覆い始め、遺影代わりの柩とそれに納められた女性までも見えなくなってしまったのです――
――祭壇の後ろでは、 常彦 が柩の裏底を外そうと焦っていた…… スモークで隠したスキに柩の裏から女性の遺体を盗もうというのだ。
銀死面 はもうスタンバイしてるのに外れない―――― 塚下 浅次 までヤッて来て、柩を抑える…… やっと外れた、 銀死面 が後ろから女性の脇の下へ両腕を差し入れ抱き上げようと…… 瞬間、
「ウッッ! あぁぁぁ――」
――股間へ痛みが襲う! 次は左目に何か入って来た――――余りのコトに祭壇の上から墜落する 銀死面 !!
――驚いた 常彦 もヨロヨロ落ちて来た――
それを、一頭の大型犬が脚にガブリ!と噛み付いた今度は「ヒョエェェ!」と跳び上がる!!
「死体が、死体が〜」 浅次 も裏から飛び出すッ――――それを女性の遺体が祭壇から宙を舞って「ヲォリァァ!!」ジャンピング・キックを見舞い葬り去った。
スモークが徐々に晴れてゆき状況が分かって来る……
女性遺体の正体は、実は 玉村 文代 が成り済ましたモノだったのです。犯人たちを誘き寄せる餌を、この〝 女探偵 〟が買って出たのだった。
まず、 文代 さんは右膝を畳んで後方へ反らせ、後ろから抱き上げようとする 銀死面 の股間にヒールで一撃!
左側に 銀死面 の顔が有ったので、左手親指を後ろへ突き出し左目をエグったのだ!
流石の豪胆な 銀死面 もその場を逃げ出さずには居られなかった訳である。
弔問客は全て警察官であった、 波越 警部 が指揮したモノだったのだ。
塚下 常彦 と 塚下 浅次 は今 確保された。
銀死面 が最後まで抵抗した、しかし多勢に無勢、3人の警察官に床へ押さえ付けられている。
塚下エンバー社 新人の 奥田 睦秋 が 銀死面 に近付き手を伸ばした。その仮面を外そうとしたのだ――――左目は潰れ血が噴き出しているものの、右目は以前と変わらぬ力をまだ蓄えていた――
――その時。
五月蝿いエンジンのけたたましい騒音が聞こえて来たのだ!
鈴の音が「シャンシャン」と鳴り響くと同時に、黒い稲妻が部屋に飛び込んで来て、 奥田 の伸ばした手を裁ちバサミが襲った! それをバックステップで避ける 奥田 ――
奥田
「――また会ったね、」
黒ドレスの少女 は「ケケケケケ!」と奇声を上げると、もう一方の手の裁ちバサミを更に突付けた! 奥田 がスウェイで又 避ける――
別のドアをチェンソーの餌食にして 白ドレス姿の チェンソー婦人 が、ゆるりと駆け付けた。
メンテナンスの恩義が有るのか、 塚下 常彦 を確保する警察官に下段袈裟懸けにチェンソーを振り回す、「あっ!」避けない訳にいかぬ警察官は 常彦 を捕える手を思わず緩めてしまったのだ!
「俺も 俺も、」の 塚下 浅次 も、しょうが無いから助けてやろう。
返す刀で 塚下 浅次 を押える警察官へも、回転する歯に床を擦らせながらの下段袈裟懸けにチェンソーを振り回す!
そこへ今度は 赤ドレスの令嬢 が、例の刃渡りの長い肉切り包丁を片手に持ち脱兎の如く走って来て 銀死面 を捕えた警察官に斬り付ける!
浅次 が逃げ出した―――― 一人の私服警官が銃を構える。が…… この乱戦の状況で射つことは危険だ出来ない!
常彦 も、 銀死面 までもが逃げ出してしまった――
15 起屍鬼
白ドレスの夫人 と 赤ドレスの令嬢 が警察を通せんぼして、 常彦 と 浅次 そして 銀死面 を逃がそうというのだ。
黒ドレスの少女 は 奥田 睦秋 を行かせまいとした――――しかし、 奥田 がやっとのことで彼女を捕まえた!
「 波越 警部 、この娘の鈴を! 首に掛かった鈴を外してください!!」
奥田 の言う通り、少女の首に掛かる二つの 金鈴 を 波越 警部 が取り上げる! すると――
―――― 何と言う事でしょう。今まで、あれだけ暴れていた彼女の動きが嘘のようにピタリと停止したのです。
波越
「あっ! 奥田 君、これだね――」
奥田
「そうです、コレが。 玄奘 三蔵 が インド より持ち帰った 経文 に有る〝 起尸鬼呪法 〟です。」
波越
「〝 起尸鬼呪法 〟か、良く分かったね――」
奥田
「…… えぇ、」
「それより、早く追いましょう! 犯人を逃がしてしまいます。」
奥田 睦秋 は、目を開けたまま動かなくなった 黒ドレスの少女 の瞳を閉じさせた。
「彼女は死体です、自らの意思で行動した訳じゃ有りません。遺族へ返して上げるべきです、出来るだけ早く。」
波越
「すぐ遺族に連絡するよ、警察に任せてくれ 奥田 君。」
波越 警部 は彼女をパトカーへ乗せると、その日の内に両親と対面。無事、御遺族の元へと帰ることが出来たのです。
16 火炙り
それより少し前、一台の霊柩車が世田谷の 塚下エンバー社 、大葬儀会場を後にした。
すでに男性の遺体が入った柩の中に、 塚下 常彦 と 塚下 浅次 は二人して入り込み隠れたのだ。詰まり一つの柩に男三人が折り重なってじっとしているのである。
三人分の重い柩は霊柩車に乗せられると、堂々と葬儀場正面玄関から逃げおおせたのであった。
霊柩車を運行するのは 塚下エンバー社 社員の 他仲 鍛夫 と、 煤来 頼太 で、
その前方に黒塗りの先導車が1台、後ろに遺族のクルマが4台。計6台の葬列が綺麗に並んで着いて行く。
いったい、この中に 銀死面 たちが 居るのだろうか?
後ろから、ヘリコプターのローターが回転する音がして来ました。
文代 さんが近くのビルの屋上ポートから、ヘリコプターを拝借して来たようです。 奥田 睦秋 氏を乗せ、操縦しています。
パトカー数台も加わって葬列を追って走って来ました、無線で 奥田 氏と連携しているのです。
柩の中の 常彦 と 浅次 は、霊柩車が停車する度「警察の検問に引っ掛かったんじゃないのか!?」と、死者の顔を見るための窓を開けて覗き込む――――息を殺して「柩を調べないでくれ……」と祈るばかりだ。
霊柩車が止まって柩が引き出されたのか? ココは何処なんだ? 自分は死者である、この場を上手く切り抜け無ければ――
――もしかして、柩ごと警察へ運ばれたりしてないよな。今すぐフタを跳ね上げ飛び出し一戦交えなきゃならない! しかし、警察署内にしては静かだ……
警察なら警察官が複数で待ち構えてるはずだ、ノコノコ出てくるのを笑って見ているのか? それとも上手く逃げられたのかな?
柩の中の三人の死者は、身じろぎもせずジッとしている他は無いのです。
〝 ボォッ 〟と音がした。あきらかに気温が上がって来る、イヤ「熱い!」
どう考えても異常な状況が起こっているとしか思えない――
フタを押し上げたが、10センチくらいしか上がらない…… しかも、隙間から炎が入って来て直接炙られる!!
霊柩車が停車したのは火葬場でした、社員二人は係員と火葬の手続きをしたのです。
「畜生!裏切りやがったな!!!」 浅次 はこの世に有らん限りの悪態を着き出した――――考えるコトは 常彦 とてこの悪人と同じだ…… いや、己とて悪人なのか? 罰が当たったのか!? だが自分のやったコトは 死体損壊 と 遺棄 くらいだろぅ!? 大した罪では無いはずだぁ…… 殺されるなら、この悪人だけにしてくれ!
「オレは無実だ!!」
柩はみるみる焼けて仕舞、炎が中へ入ってきた。
ドン!ドン! と、そこら中を叩き二人は暴れた。ありとあらゆる方法でこの惨状を知らせようと試みた!
――確かに外に、この騒ぎは聞こえて来たけれど――
他仲
「生き返ったのかな?」
煤来
「まさか、ハハハハ、」
係員
「音がする事あるんですよ、御遺族から強く焼くのを止めてくれと言われて止めたコト有りますけどね、止めて見てみますか?」
他仲
「いえいえ、結構です。」
煤来
「このままヤッて下さい。」
常彦 は、火葬の時に大きな音がするコトも有るのを知っている。
死後硬直している遺体が、火葬の温度変化で動くコトが有るのだ。関係者ならそう判断するだろう…… でも〝 もしかしたら 〟に賭けるしか無いィ!
しかし、虚しい抵抗も永くは続かない。
皮膚が焼ける、肉まで焼ける、息が出来ない、
二人と一体は自然と抱き合い分かち合った。
炎と三人だけの世界がソコには確かに有るのだ。
それが最後であった。
波越
「しまった! 遅かった――」
パトカーが駆け着けた時、何事も無かったように火葬は終了していた。
「まだ熱いですよ!」と言う係員の冷静な声を無視して、 波越 警部 は引き出された柩が有ったハズの台車をのぞき込む。
遺族も見守る中。ステンレスの台車の上には、白い灰とその中のまぎれも無い三つの頭蓋と目が合った。三人は心無しか苦楽を共にした仲間の如く親しそうに並んで居るのでした。
しかし、葬列の中に 銀死面 たちは居なかったのです。
塚下エンバー社 の大葬儀会場は警察が完全に押さえ、プールの美女たち5人も発見されました。
銀死面 が主催していたと言う『 屍体売買オークション 』の全容は闇の中です…… 塚下 常彦 、 塚下 浅次 が亡くなってしまった今、 銀死面 逮捕が待たれます。
いったい、彼等は何処へどう消えてしまったのでしょう。
― 登場人物 ―
◆ 塚下 衣久子 : 塚下エンバー社 社長。塚下家4姉弟の一番目。『神の手を持つ』エンバーミング技術を持つ。
◆ 塚下 常彦 : 同社 副社長。 衣久子 の夫。入り婿。
◆ 塚下 正義 : 同社 専務。塚下家4姉弟の二番目。
◆ 塚下 浅次 : 同社 セレモニーマネージャ。塚下家4姉弟の三番目。
◆ 塚下 里美 :学生。塚下家4姉弟の四番目。
◆ 塚下 里子 :塚下家4姉弟の母。他界。
◆ 塚下 善次郎 :塚下家4姉弟の父。入り婿。他界。
◆ 無石 薫 :美青年。美術を志す学生。塚下家に居候していた。
◆ 他仲 鍛夫 : 塚下エンバー社 社員。
◆ 煤来 頼太 : 同社 社員。
◆ 可津 晃 : 同社 警備員。
◆ 赤ドレスの令嬢 :消失した遺体の一つ。 ブッチャー婦人 。
◆ 黒ドレスの少女 :消失した遺体の一つ。 シザーズ婦人 。
◆ 白ドレスの夫人 :消失した遺体の一つ。 チェンソー婦人 。
◆ 波越 警部 :警視庁敏腕刑事。
◆ 小林 少年 :『 明智 小五郎 探偵事務所 』少年探偵。
◆ 名犬シャーロック :黒い大型の優秀な元警察犬。
◆ 玉村 文代 :『 明智 小五郎 探偵事務所 』女性探偵。
◆ 明智 小五郎 :〝 探偵の中の名探偵 〟『 明智 小五郎 探偵事務所 』を主宰。