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楽園(パラダイス)

 ※ 7月28日 は、江戸川乱歩先生の御命日です。江戸川乱歩先生の『明智小五郎』等を登場させて頂きました。

 あらためまして、江戸川乱歩先生の御冥福をお祈りいたします。平成30年7月28日。



1 楽園パラダイス 2 塚下つかもとエンバーしゃ 3 姉妹と名犬


 01 楽園パラダイス




   灰色の壁が今にも浮き上がる処で、それが扉になっているらしい。

       浅次あさつぐ が、勢いよく開け放つ、と…… そこには――


 ――壁も。床も。天井も。総てが。血でも塗りた喰ったかのような、何処もかしこも部屋が赤いのだ!

 その、赤い部屋の真ん中にこれも又真っ赤な血の池プールが設えられて在る――

 ――その血の池地獄の中でいくにんかの一糸まとわぬ丸裸の女たちが、無邪気むじゃきな生まれたての赤子の如くプカプカ泳いでいた。


  常彦つねひこ は片手で顔を覆い、もう一度それをよく見ることにした。天井には、紫外線を嫌うのか赤い電灯がまたたいている。


        「そうか、それで部屋が赤く見えるのか……」


 そして、どうしても――――自然と裸の女たちへ眼が向いてしまうのは、まだ若い 常彦つねひこ にとって仕方の無い事だった。



 へりに上半身を無造作に投げ出しジッと見つめてくる女。


 美しい長い髪や手足をタユタユ水に広げている女。


 頭を水の中に突っ込んだまま尻だけ向けている女。


 すみで恥ずかしそうにこちらをのぞき込む女。


 コチラに興味なくそっぽを向く女……



 それぞれの女たちは、堂々とその美しい裸体を無邪気に男たちにさらしていた。


 妻との生活の――――上手く行かない 塚下つかもと 常彦つねひこ は、美女たちのその豊かな上半身や美しい下半身に目を奪われないではいられない…… 一人の女が、彼を招く眼差しを離さず送って来て……


    彼女のふくよかでなまめかしい曲線が 常彦 の理性をにぶらせる――


          「――彼女に触ってみたらいいよ、」


  白銀はくぎんのデスマスク に写り込んだ周りの赤色せきしょくが、ベットリ鮮血を浴びたかの如き顔となり、その手で 塚下つかもと 常彦つねひこ の肩を痛くつかみ、悪魔のささやきは人としての道を踏み外させるつもりなのであろう……


  常彦つねひこ はそのまま肩を押され…… 裸体の女に近付いて――――目線がズレる感じがした、同じ方角ばかり見ている。そこにはさっきくぐった扉が有るばかりだ――


       「まだ、誰か来るのを待っているのだろうか――」


               触れてみる、いや。彼女は……

              ――息をしていない。


               周りを見回してみる、


    肉が腐って溶けぬよう、防腐剤プールに皆で漬かっているのか!?


     常彦つねひこ が逃げ出すように後退あとずさりするのを 銀死面ぎんしめん が乱暴におさえた……




       かつて皆様も、経験がお有りなのではないだろうか。


          学校の実験室の、あの臭いを想い出す……


         プンと薬品のくささが、鼻を突いて入ってくる、



  塚下つかもと 常彦つねひこ は葬儀場の薄暗い階段を、妻である 塚下つかもと 衣久子いくこ の弟でセレモニーマネージャの 塚下つかもと 浅次あさつぐ に突き飛ばされながら登っていた……

 上がった廊下の壁には30程のデスマスクが所狭しと架けられている、デスマスクは葬儀の告別式に飾られる事もあったのだ。



        ――― 死んでしまった肉体は必ず朽ちていく―――


 放置すれば腐りガスが身体をパンパンに膨らませ、たとえどんなに愛した恋人であろうと放つ悪臭に鼻をつまんでしまうであろう。


 それでも、


        偉人や肉親の姿をいつ迄でも残しておきたい。


                      それが人の願いなのであろうか……



 せめて腐敗する前に死者の顔だけでも残して置けないだろうか…… 石膏を流し込みかたを取り。

 想い人の面影が永久にこの世界へ残ることを祈りつつ――――たとえ、自らは死んでもなお……


 見ていくと、徳の高い生き方をした高貴な表情の中年女性。家族に看取られた百歳を越える老人。首だけの生き人形のように着色された綺麗な男性のデスマスクたち……



         ここに、もう一つのデスマスクがあった。


 どんな死に方をしたのであろうか…… 地の底から業火ごうかに焼かれた咎人とがにんの、逃れることの出来ない恐怖と苦痛によじれ、悶絶した男の顔。


            それが、こちらに近づいて来た!


  常彦つねひこ は跳び上がらんばかりにギョッとして…… 一変に血の気が引き感情ばかりが働いて、身体はまるで固まってしまったのである。


        「ワッハッハッハッハッハッハッハッハッー、」


 鏡のようにピカピカに磨かれた 銀色のデスマスク の上に。顔面蒼白がんめんそうはく常彦つねひこ が小さく写り込むと――


         その、 銀死面ぎんしめん が大きく笑い出したのだ。


 ――首から下は靴から手袋に至るまで、長身の総てを真っ赤な血糊ちのりおおわれた男――


 呆気あっけに取られるばかりの 常彦つねひこ であったが、義弟ぎていの身体が乱暴につかると、よろけた拍子に我に返ったような気がして、頭を上げてみることにした……


        「いい眺めだ、これがオレの〝 楽園パラダイス 〟さ。」


 ――仮面の奥のギラギラした眼が 常彦つねひこ の正面に見えた。そして男は――――プールの中に手をれると、 常彦つねひこ に興味を示さなかった一体を、いとおしみながら引っ張り出し、へりに座らせるのだ。


             「どうだ、美人だろ――」


  銀死面ぎんしめん が優しくいだき、女の身体に大きなバスローブを着せ掛け、タオルで丁寧ていねいに髪をいてやっていると〝 心成しか 〟死んでしまった彼女の顔の、喜色きしょくの力がよみがえったかのように…… 常彦つねひこ には見えるのだった――


         「さあ、復活の呪文を唱えるがい!!」


  銀死面ぎんしめん がおもむろにそう叫ぶと 塚下つかもと 浅次あさつぐ常彦つねひこ を後ろから捕まえ、力尽ちからずくで女の方へ抱え上げた。


  常彦つねひこ無理矢理むりやり防腐剤漬ぼうふざいづけの美女の身体に手を当てさせられ……

それは冷たく、ブヨブヨした弾力と薬剤やくざいの強い臭いが 常彦つねひこ脳細胞のうさいぼうを激しく刺激しげきして、あらゆる事すべてを許してもらえる痴呆者ちほうしゃになってしまったかのような感覚かんかくとらわれた。


 その、ほんの数秒の悦楽えつらくの狭間で、 銀死面ぎんしめん の言う〝 楽園パラダイス 〟に 常彦つねひこただよったのだろう。


          「いいぞ、次は口を付けてみようか。」


  銀死面ぎんしめん の声に、 常彦つねひこ不浄ふじょうの世へと引き戻される――


       「こっ、こんな事を…… させないで――――くれ……」


           「 浅次あさつぐ くん! きっきみはあゝ……」


 ストレスでほおが引きった 常彦つねひこ悲痛ひつううめき声が部屋に響く――


            「お前はもう終わりなんだよ、」


  塚下つかもと 浅次あさつぐ常彦つねひこ の顔を、死んだ女の裸の胸の膨らみに近付けると、凄い力で接吻させる……


             なっ、何だコノ味は――――


          「ほらるよー、こっち向いて、」


 無理矢理むりやりじられた 常彦つねひこ の顔を見て、 銀死面ぎんしめん が笑いだした、


 「アッハッハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ、」

 「イイね。ほら笑って、ほら、もっと! もっと! こっち向け!!」


  常彦つねひこ の顔が苦悶くもんゆがみ、 銀死面ぎんしめん浅次あさつぐ の、嘲笑ちょうしょうこぼれるのだ。


 「ハハハ、ハハハ、ハハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハー!」



 撮影さつえいする背の高い 銀死面ぎんしめん を見上げながら 常彦つねひこ は、自分と云うモノがこの世から遠ざかり、逝ってしまうのが分かるのだった。



 ひとしきり撮影さつえいを終えると、 銀死面ぎんしめん流暢りゅうちょうに語り出す。


 「ここに有る女たちは、死んで解剖かいぼうされるのを盗んで(たすけて)きたんですよ、バラバラにされるなんて可哀想でしょ。」


 プールの中からもう一体を 銀死面ぎんしめん が抱き上げると、その肢体したい接吻せっぷんするのだった。



銀死面

 「 常彦つねひこ さん、ボクに協力してくれたら、マスコミの方も何とかしましょう!」

 「いや、ボクが何か出来るって訳じゃ無いんですが、大した事じゃ無いんですけどね――」

 「――ボクは、ルポライターの知り合いがいるんですよ。ほら…… ルポライターって知ってます? 常彦つねひこ さん。」

 「その――ボクの知り合いのルポライターはね…… おかねさえもらえれば、何でも書く奴なんですよ、悪いですよね――」

 「――見出しは…… そうだな、『遺体をなぐさみ物にする大手葬儀社の副社長』て、いうのはどうでしょう。」



 ―― 塚下つかもと 常彦つねひこ は、頭を「ガン!」と、激しく殴られたような感情に襲われた。そして…… 常彦つねひこ精神せいしんは、深い深い暗黒あんこく奥底おくそこへと真っ逆さまに墜ちて逝くのだった――




 まばゆい灯りの下、世田谷 塚下つかもとエンバーしゃ の大葬儀会場は、屍体売買したいばいばいオークション会場と化していた――

 ――商談には。見たことが有るあの芸能人や、このベンチャー企業の役員が…… 余程刺激よほどしげきに飢えているのか、居る居る!



銀死面

 「やあ皆さん、お待たせしました。実は本日! 大変素晴たいへんすばらしい特別ゲストに来て頂いたんです。」

 「皆さんも御存知の、 塚下つかもとエンバーしゃ セレモニーマネージャで在る 塚下つかもと 浅次あさつぐ 氏に続きまして。葬儀業界トップ! 塚下つかもとエンバーしゃ 副社長 であり、あの! 神の手を持つエンバーマー 塚下つかもと 衣久子いくこ 先生の夫でもある、 塚下つかもと 常彦つねひこ 氏です!」

 「どーぞ、 塚下つかもと 常彦つねひこ さん!どーぞ!!」



 会場にどよめきが起こった。ついに!あの、『神の手を持つ』 塚下つかもと 衣久子いくこ が姿を見せるのではないかと言う期待きたいのどよめきである。


  常彦つねひこ は、無罪を訴える死刑囚しけいしゅうが両脇を抱えられ、見物人のいる処刑台しょけいだいの前に引き立てられるかの如く。二人の男に演台えんだいの上へ揚げられそこに捨て置かれたのだった。


         常彦つねひこ には、もうどうする事も出来ない状況だ。


 …… 妻の 衣久子いくこ の方が、自分よりみなに望まれるのはれている。それでも多少の対抗心が無い訳ではない……

 ただ与えられた『副社長』としての責務せきむをきちっと果たし、少しでも観衆かんしゅうの心に〝 塚下つかもと 常彦つねひこ 〟が残れれば――――もし、みな感動かんどうさせることが出来たなら…… おの溜飲りゅういんを下げることが出来るではないか――



  常彦つねひこ の、なれた人前での挨拶あいさつが終わった。聴衆にどう受け止められたであろう……

 ――それを知る事も無く、演台から降りてくると。 常彦つねひこ はホッとした気分になった、役割を終えた充実感じゅうじつかんがそこには確かに有るのだ。


 しかし、一種の高揚こうようから我に返った途端とたん

 とてもでは無い、取り返す事の出来ぬおも後悔こうかいと。言い知れぬ屈辱くつじょくが止めどなく湧いて出て、 常彦つねひこ嗚咽おえつするのだった。



 それを見ていた 浅次あさつぐ は、後日ごじつ。「なんてきもの座らないなさけない奴だ、」と、皆の前で吐き捨てたのだという。





 02 塚下つかもとエンバーしゃ




 空には、雲が重くのし掛かり、一筋ひとすじの光りさえ漏れぬ 夏 の東京を。

  明智あけち 小五郎こごろう は一人、青山通りから外苑前の、だる猛暑に揺れる銀杏いちょう並木の前を、西へ車を走らせていた。


 そしてもう日も落ちる頃、ようやく目的の葬儀場の、見える所へ着いたのだった。


 古い洋館風の景色けしきは広く白妙しろたええ、明かりのともった窓がまるで驚いたひとみのようにまたたく――――その横の白い幹の良くしげった木々と、手入れされた生垣いけがきの青さが、夏のさかりをたたえるように、白塗りの鉄格子にふくれかぶさっている――


 ――洋館から歌声うたごえが聴こえて来た、それと同時に一羽のせみ白亜はくあの壁から飛び立つ――――もう故人こじん追悼ついとうが始まっているのだろう。




  塚下つかもとエンバーしゃ の行う葬儀は。遺体いたいに対する入念なエンバーミング(死体防腐処理)が特徴で――

 金額に段階は有るものの。特に入念なエンバーミングをほどこされたその遺体は、『 人体標本展じんたいひょうほんてん 』として全国を周る程の完成されたモノなのです。


 一切の腐敗ふはいはせず、そればかりか良い香りを放ち。今にも喋り出しそうなその姿を、一目ひとめでも観てしまった観客かんきゃくは。

 たとえ人の世が滅びようと、コレだけは永遠に現世げんせに留め置かれそうな、そんな幻覚げんかくに取りかれる程の、驚嘆きょうたんすべき エンバーミング技術なのでした。



 ―― 明智あけち 小五郎こごろう は、祭壇さいだん遺影いえい代わりの――――ニコやかに右手を軽く上げ、立つように安置あんちしてある――

 いや、正に。葬儀の主役として弔問ちょうもん客を持て成すホステス(女主人)としての。

 良い香りを帯びたその皮膚ひふの暖かみさえ感じる美しい令嬢れいじょうの。満面の笑みで記念写真に応じ、軽く手を振り会釈えしゃくする遺体を見た途端とたん――

 言い知れぬ憂鬱ゆううつが、心へインクを落としたかのように痛く染み渡るのが分かるのだった。




 しかし――。このように、若くして美しく逝ってしまった不幸な淑女しゅくじょを、よこしま欲望よくぼうの眼差しで視る者が居るとしたらどうだろう。「欲しい」と妄想もうそうする者が居たとしたらどうだろう。


 ――しなやかに伸びた肢体したいや、肌理きめの細かい皮膚――

 ――綺麗な顔の微笑する令嬢の亡骸なきがらを、舐め回すように観察している――

 上着もシャツもズボンも靴も、総てが真っ赤な痩せた背の高い男が。明智あけちの死角の葬儀会場の後ろ上段に立ち見下みおろしながら、やはり赤い手袋の手で赤いオペラグラスを使っていて――


 そして、その顔は確認出来ないものの夜暗やあんにも効きそうなまなこだけは。 明智あけち 小五郎こごろう にギラギラと敵意てきいに満ちた視線を隠さないのです。


  明智あけち 小五郎こごろう ともなればメディアに登場する機会も多く、好く者も嫌う者も居ます――――しかし、これ程の邪眼じゃがん明智あけち に送る者はそう居ないのでは無いでしょうか……


 そんな事に――

      ――神ならぬ 明智あけち 小五郎こごろう は、気付くはずも有りません。




               「 明智あけち 先生っ!」


 もう来ぬはずの恋人を、見とがめた少女のように。 衣久子いくこ が人混みのなか声をかけてきた。


   「 明智あけち 先生。もう、来て頂けないんじゃないかと思ってましたわ。」



  塚下つかもと 衣久子いくこ は、 塚下つかもとエンバーしゃ 社長である。

  衣久子いくこ傑出けっしゅつしたエンバーミングで『町の葬儀屋そうぎや』を全国グループの上場企業へ押し上げたのが、彼女一代で成された事で有ろうとは。その姿を見て想像する人が居るであろうか――


 三十路みそじ過ぎの――――しかし、肌の張りやロングの髪のつや。そして、通りの良いその声調せいちょうを聴いて、彼女を20代と疑う者は居ないで有ろう。



  衣久子いくこ は、アル事件のことで探偵である 明智あけち 小五郎こごろう に捜査を依頼していたのだ。



衣久子いくこ

 「 明智あけち 先生、ありがとうございます。来て頂けて嬉しいですわ。」


明智

 「これが貴方の神秘の手になる作品ですか。」

 「エンバーミングと云う物は、もっと薄気味悪うすきみわるい。蝋人形ろうにんぎょうのようなモノを想像していたんですが。これは全く違う、」

 「完全に別物ですね。いや、感服かんぷくしました。」


衣久子いくこ

 「まあ。 明智あけち 先生ったら……」

 「実際に。御遺体ごいたいの表面にろうを塗るエンバーミングは行われていますのよ。先生――――御存知で言ってらっしゃるんでしょう。」


明智

 「蝋を塗られた聖人の中には。まるで今にも起き出しそうに眠る、御遺体も有るそうですね。」


衣久子いくこ

 「私、その聖人とヨーロッパで対面してきましたわ!」


明智

 「本当ですか!?」


衣久子いくこ

 「勿論もちろんです。」



 資産家しさんか令嬢れいじょうであろう、まばゆいライトのもと

衣久子いくこ によって念入りなエンバーミングをほどこされ、かぐわしい香りを放ち、肩のいた真っ赤なドレスで着飾り、下半身は遺体が倒れぬよう支えの仕掛しかけが有るのであろう、たくみに深紅しんく薔薇ばらが敷き詰められ、まるで薔薇ばらのスカートを部屋中へなびかせたよう――


 生前せいぜんと何ら変わらぬ、いや――――生前せいぜん以上の美しさを、この世のすべてへ放っているのでした。



衣久子いくこ

 「最初は誰にも解ってもらえませんでしたの。エンバーミングでココまで出来るなんて――」

「ロクに見もしないで、メディアに酷評こくひょうされた事も有りましたわ。悪趣味あくしゅみだとか、御遺体ごいたいをオモチャにしているだとか……」

「今でも言う人は居るんですのよ、でも――――ココまで来たんです。」

「やっと、御遺族ごいぞくに喜んで頂けるところまで来たのに……どうして――」


 ――その時。

突然、視界が闇にはばまれ全くの暗黒あんこくへと変貌へんぼうした。会場の明かりとゆう明かりが、一度にすべて消えてしまったのだ、



      眼が少しなれると、携帯端末の灯りが5〜6ほど見えた、


  明智あけち も自らの端末で、令嬢の遺体を照らそうとした…… しかし〝ピカ〟と光ったと思った途端、何かが明智あけちの腕に当たり端末を落としそうになる――


 「 明智あけち 先生……」 衣久子いくこ明智あけちへしがみ着いた。

 ――彼女の軟らかなくちびる明智あけちの首に触れる、熱い吐息といきや、早く打つ鼓動こどうさえ自分のモノなのではないかと思う程、まるで一つの生き物ででもあるかのごとく。暗闇くらやみの中、二人はうごめく――

 一人の男が懐中電灯かいちゅうでんとうを持って会場へ入って来た、 衣久子いくこ の夫で 塚下つかもとエンバーしゃ 副社長の 塚下つかもと 常彦つねひこ であった。


              「キャーーッ、」


弔問ちょうもんの女性の口から、恐ろしい悲鳴ひめいが漏れた。そこに立って居たハズのモノが無いのである――

令嬢の遺骸いがいが、すっポリ跡形あとかたも無く消え失せていたのだ!

彼女を支えていたハズの棒だけが、コチラから見えている……



  衣久子いくこ はあまりの事に動転どうてんしたのか、みるみる青ざめ、明智あけちの中へ崩れ落ちた。



明智

 「どなたか!このかたをお願いします、」



          近くの女性スタッフへ 衣久子いくこまかせると、


  明智あけち は葬儀場の裏へまわり、そこに居た背の高い 青年警備員せいねんけいびいん と、台車で運ばれて来る棺桶かんおけに目を留めあらためてみたりしました、しかしさらわれた令嬢は見つかりません、

そのうちに警察が来て、やはり棺桶という棺桶をひっくり返し、葬儀場(じゅう)を探し周りました。

葬儀を待つ他の御遺体ごいたいは有りましたけれど、令嬢の亡骸なきがららしきは有りませんでした。



   ――そんな中、 明智あけち 小五郎こごろう の姿が突如とつじょとして消えてしまったのです。


          一体どこへ行ってしまったのでしょう――


    果たして、 明智あけち 小五郎こごろう如何いかに犯人へせまるというのでしょうか?


              彼等かれら辿たどり着く未来みらいとは……





 03 姉妹と名犬




 ―― 明智あけち が到着するよりも早く――――葬儀の参列者の中に一際ひときわ悲しみに暮れる一組ひとくみの 姉妹 が、目にハンカチを当てながら、手を振る令嬢の手を握って別れを差目覚さめざめと惜しんでいました。



 姉であろう、金鈴のチョーカーを身に着けた若く美しい女性と。

 妹の方は、可愛らしい真っ赤な林檎のような頬をした少女です。



 散々、 令嬢 との別れを惜しんだ後。 姉妹 は手はず通り、弔問客から少し離れ二手ふたてに別れると。誰にも気付かれ無いよう、姉は後ろの廊下側の出入り口を、妹はスタッフが集まる方の出入り口を監視していました。

 実は 姉妹 が連れてきていた黒い体の大きな犬が会場の庭に陣取り、その優れた嗅覚きゅうかくを研ぎ澄ませ、何かが起こるその時をまんじりともせず待ち構えています。


      何故、この二人と一匹はこんな事をしているのでしょう?




            すると葬儀会場が暗転した……



 携帯端末の仄暗ほのぐらあかりが遠くからチラチラ観える。

 二人は素早く用意していた暗視マスクを装着しました。


 果たして、二人が見たモノとは…… 闇のため視界を奪われているはずの観客のため、彼女は哀しくも相変わらず一人会釈をしています。


 妹が、頬に貼り付けた小型の無線マイクで、姉に急いで話しかけました。


              「誰か来ますよ!」



 ――――やはり暗視マスクを着けているのでしょうか? 仮面を着けた一人の背の高い人物 が遺体に近付こうとします。

そこに携帯端末のあかりをたよりに 明智あけち 小五郎こごろう が来た、 仮面の男 が身体でそれをはばむ……

するとその直後、女(衣久子いくこ)が 明智あけち にしがみ着くのが 姉 に見えました!


  仮面の男 は、令嬢の震える蜜の如く甘い唇に口づけるように仮面を近付け、そして脇の下に両手を差し入れると〝 ヒョイ 〟と高い高いをして持ち上げます。

 薔薇が敷き詰められた土台から、遺体をスッポリ抜き取りそのまま片手でいとおしみいだき。男は彼女に丁寧なお辞儀をすると、手を取り二人はワルツのステップで踊りだす――――


 もちろん、死んでいるはずの令嬢がワルツを踊れるはずはないのですが…… しかし、暗視マスクから見た 姉と妹 にはそうとしか見えなかったのです。


 ――ワルツを踏む二人は、そのままスタッフが右往左往しているのを擦り抜け擦り抜け、 妹 が居る方の出入り口から会場を出て行くと。廊下を跳ぶようなステップで通り抜け葬儀場からまんまとそとへ抜け出てしまいました……


 ― 登場人物 ―


塚下つかもと 衣久子いくこ塚下つかもとエンバーしゃ 社長。塚下家つかもとけ4姉弟の一番目。『神の手を持つ』エンバーミング技術を持つ。

塚下つかもと 常彦つねひこ : 同社 副社長。 衣久子いくこ の夫。入り婿むこ

塚下つかもと 正義まさよし : 同社 専務。塚下家つかもとけ4姉弟の二番目。

塚下つかもと 浅次あさつぐ : 同社 セレモニーマネージャ。塚下家つかもとけ4姉弟の三番目。

塚下つかもと 里美さとみ :学生。塚下家つかもとけ4姉弟の四番目。

塚下つかもと 里子さとこ塚下家つかもとけ4姉弟の母。他界。

塚下つかもと 善次郎ぜんじろう塚下家つかもとけ4姉弟の父。入り婿むこ。他界。


無石なしいし かおる :美青年。美術を志す学生。塚下家つかもとけ居候いそうろうしていた。

他仲たなか 鍛夫きたお塚下つかもとエンバーしゃ 社員。

煤来すすき 頼太らいた : 同社 社員。

可津かつ あきら : 同社 警備員。


◆ 赤ドレスの令嬢 :消失した遺体の一つ。 ブッチャー婦人 。

◆ 黒ドレスの少女 :消失した遺体の一つ。 シザーズ婦人 。

◆ 白ドレスの夫人 :消失した遺体の一つ。 チェンソー婦人 。


波越なみこし 警部 :警視庁敏腕びんわん刑事。

小林こばやし 少年 :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』少年探偵。

◆ 名犬シャーロック :黒い大型の優秀な元警察犬。

玉村たまむら 文代ふみよ :『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』女性探偵。

明智あけち 小五郎こごろう :〝 探偵の中の名探偵 〟『 明智あけち 小五郎こごろう 探偵事務所 』を主宰。

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