楽園(パラダイス)
※ 7月28日 は、江戸川乱歩先生の御命日です。江戸川乱歩先生の『明智小五郎』等を登場させて頂きました。
あらためまして、江戸川乱歩先生の御冥福をお祈りいたします。平成30年7月28日。
1 楽園 2 塚下エンバー社 3 姉妹と名犬
01 楽園
灰色の壁が今にも浮き上がる処で、それが扉になっているらしい。
浅次 が、勢いよく開け放つ、と…… そこには――
――壁も。床も。天井も。総てが。血でも塗りた喰ったかのような、何処もかしこも部屋が赤いのだ!
その、赤い部屋の真ん中にこれも又真っ赤な血の池プールが設えられて在る――
――その血の池地獄の中でいく人かの一糸まとわぬ丸裸の女たちが、無邪気な生まれたての赤子の如くプカプカ泳いでいた。
常彦 は片手で顔を覆い、もう一度それをよく見ることにした。天井には、紫外線を嫌うのか赤い電灯が瞬いている。
「そうか、それで部屋が赤く見えるのか……」
そして、どうしても――――自然と裸の女たちへ眼が向いてしまうのは、まだ若い 常彦 にとって仕方の無い事だった。
縁に上半身を無造作に投げ出しジッと見つめてくる女。
美しい長い髪や手足をタユタユ水に広げている女。
頭を水の中に突っ込んだまま尻だけ向けている女。
角で恥ずかしそうにこちらを覗き込む女。
コチラに興味なくそっぽを向く女……
それぞれの女たちは、堂々とその美しい裸体を無邪気に男たちに晒していた。
妻との生活の――――上手く行かない 塚下 常彦 は、美女たちのその豊かな上半身や美しい下半身に目を奪われないではいられない…… 一人の女が、彼を招く眼差しを離さず送って来て……
彼女のふくよかで艶めかしい曲線が 常彦 の理性を鈍らせる――
「――彼女に触ってみたらいいよ、」
白銀のデスマスク に写り込んだ周りの赤色が、ベットリ鮮血を浴びたかの如き顔となり、その手で 塚下 常彦 の肩を痛く掴み、悪魔の囁きは人としての道を踏み外させるつもりなのであろう……
常彦 はそのまま肩を押され…… 裸体の女に近付いて――――目線がズレる感じがした、同じ方角ばかり見ている。そこにはさっき潜った扉が有るばかりだ――
「まだ、誰か来るのを待っているのだろうか――」
触れてみる、いや。彼女は……
――息をしていない。
周りを見回してみる、
肉が腐って溶けぬよう、防腐剤プールに皆で漬かっているのか!?
常彦 が逃げ出すように後退りするのを 銀死面 が乱暴に抑えた……
かつて皆様も、経験がお有りなのではないだろうか。
学校の実験室の、あの臭いを想い出す……
プンと薬品の腐さが、鼻を突いて入ってくる、
塚下 常彦 は葬儀場の薄暗い階段を、妻である 塚下 衣久子 の弟でセレモニーマネージャの 塚下 浅次 に突き飛ばされながら登っていた……
上がった廊下の壁には30程のデスマスクが所狭しと架けられている、デスマスクは葬儀の告別式に飾られる事もあったのだ。
――― 死んでしまった肉体は必ず朽ちていく―――
放置すれば腐りガスが身体をパンパンに膨らませ、たとえどんなに愛した恋人であろうと放つ悪臭に鼻を摘んでしまうであろう。
それでも、
偉人や肉親の姿をいつ迄でも残しておきたい。
それが人の願いなのであろうか……
せめて腐敗する前に死者の顔だけでも残して置けないだろうか…… 石膏を流し込み型を取り。
想い人の面影が永久にこの世界へ残ることを祈りつつ――――たとえ、自らは死んでもなお……
見ていくと、徳の高い生き方をした高貴な表情の中年女性。家族に看取られた百歳を越える老人。首だけの生き人形のように着色された綺麗な男性のデスマスクたち……
ここに、もう一つのデスマスクがあった。
どんな死に方をしたのであろうか…… 地の底から業火に焼かれた咎人の、逃れることの出来ない恐怖と苦痛によじれ、悶絶した男の顔。
それが、こちらに近づいて来た!
常彦 は跳び上がらんばかりにギョッとして…… 一変に血の気が引き感情ばかりが働いて、身体はまるで固まってしまったのである。
「ワッハッハッハッハッハッハッハッハッー、」
鏡のようにピカピカに磨かれた 銀色のデスマスク の上に。顔面蒼白の 常彦 が小さく写り込むと――
その、 銀死面 が大きく笑い出したのだ。
――首から下は靴から手袋に至るまで、長身の総てを真っ赤な血糊で覆われた男――
呆気に取られるばかりの 常彦 であったが、義弟の身体が乱暴に打つかると、よろけた拍子に我に返ったような気がして、頭を上げてみることにした……
「いい眺めだ、これがオレの〝 楽園 〟さ。」
――仮面の奥のギラギラした眼が 常彦 の正面に見えた。そして男は――――プールの中に手を入れると、 常彦 に興味を示さなかった一体を、愛おしみながら引っ張り出し、縁に座らせるのだ。
「どうだ、美人だろ――」
銀死面 が優しく抱き、女の身体に大きなバスローブを着せ掛け、タオルで丁寧に髪を拭いてやっていると〝 心成しか 〟死んでしまった彼女の顔の、喜色の力が蘇ったかのように…… 常彦 には見えるのだった――
「さあ、復活の呪文を唱えるが良い!!」
銀死面 がおもむろにそう叫ぶと 塚下 浅次 が 常彦 を後ろから捕まえ、力尽くで女の方へ抱え上げた。
常彦 は無理矢理、防腐剤漬けの美女の身体に手を当てさせられ……
それは冷たく、ブヨブヨした弾力と薬剤の強い臭いが 常彦 の脳細胞を激しく刺激して、あらゆる事すべてを許してもらえる痴呆者になってしまったかのような感覚に囚われた。
その、ほんの数秒の悦楽の狭間で、 銀死面 の言う〝 楽園 〟に 常彦 は漂ったのだろう。
「いいぞ、次は口を付けてみようか。」
銀死面 の声に、 常彦 は不浄の世へと引き戻される――
「こっ、こんな事を…… させないで――――くれ……」
「 浅次 くん! きっ君はあゝ……」
ストレスで頬が引き攣った 常彦 の悲痛の呻き声が部屋に響く――
「お前はもう終わりなんだよ、」
塚下 浅次 は 常彦 の顔を、死んだ女の裸の胸の膨らみに近付けると、凄い力で接吻させる……
なっ、何だコノ味は――――
「ほら撮るよー、こっち向いて、」
無理矢理に捻じられた 常彦 の顔を見て、 銀死面 が笑いだした、
「アッハッハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ、」
「イイね。ほら笑って、ほら、もっと! もっと! こっち向け!!」
常彦 の顔が苦悶に歪み、 銀死面 と 浅次 の、嘲笑が零れるのだ。
「ハハハ、ハハハ、ハハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハー!」
撮影する背の高い 銀死面 を見上げながら 常彦 は、自分と云うモノがこの世から遠ざかり、逝ってしまうのが分かるのだった。
ひとしきり撮影を終えると、 銀死面 が流暢に語り出す。
「ここに有る女たちは、死んで解剖されるのを盗んできたんですよ、バラバラにされるなんて可哀想でしょ。」
プールの中からもう一体を 銀死面 が抱き上げると、その肢体に接吻するのだった。
銀死面
「 常彦 さん、ボクに協力してくれたら、マスコミの方も何とかしましょう!」
「いや、ボクが何か出来るって訳じゃ無いんですが、大した事じゃ無いんですけどね――」
「――ボクは、ルポライターの知り合いがいるんですよ。ほら…… ルポライターって知ってます? 常彦 さん。」
「その――ボクの知り合いのルポライターはね…… お金さえ貰えれば、何でも書く奴なんですよ、悪いですよね――」
「――見出しは…… そうだな、『遺体を慰み物にする大手葬儀社の副社長』て、いうのはどうでしょう。」
―― 塚下 常彦 は、頭を「ガン!」と、激しく殴られたような感情に襲われた。そして…… 常彦 の精神は、深い深い暗黒の奥底へと真っ逆さまに墜ちて逝くのだった――
眩い灯りの下、世田谷 塚下エンバー社 の大葬儀会場は、屍体売買オークション会場と化していた――
――商談には。見たことが有るあの芸能人や、このベンチャー企業の役員が…… 余程刺激に飢えているのか、居る居る!
銀死面
「やあ皆さん、お待たせしました。実は本日! 大変素晴らしい特別ゲストに来て頂いたんです。」
「皆さんも御存知の、 塚下エンバー社 セレモニーマネージャで在る 塚下 浅次 氏に続きまして。葬儀業界トップ! 塚下エンバー社 副社長 であり、あの! 神の手を持つエンバーマー 塚下 衣久子 先生の夫でもある、 塚下 常彦 氏です!」
「どーぞ、 塚下 常彦 さん!どーぞ!!」
会場にどよめきが起こった。遂に!あの、『神の手を持つ』 塚下 衣久子 が姿を見せるのではないかと言う期待のどよめきである。
常彦 は、無罪を訴える死刑囚が両脇を抱えられ、見物人のいる処刑台の前に引き立てられるかの如く。二人の男に演台の上へ揚げられそこに捨て置かれたのだった。
常彦 には、もうどうする事も出来ない状況だ。
…… 妻の 衣久子 の方が、自分より皆に望まれるのは慣れている。それでも多少の対抗心が無い訳ではない……
ただ与えられた『副社長』としての責務をきちっと果たし、少しでも観衆の心に〝 塚下 常彦 〟が残れれば――――もし、皆を感動させることが出来たなら…… 己が溜飲を下げることが出来るではないか――
常彦 の、なれた人前での挨拶が終わった。聴衆にどう受け止められたであろう……
――それを知る事も無く、演台から降りてくると。 常彦 はホッとした気分になった、役割を終えた充実感がそこには確かに有るのだ。
しかし、一種の高揚から我に返った途端。
とてもでは無い、取り返す事の出来ぬ重い後悔と。言い知れぬ屈辱が止めどなく湧いて出て、 常彦 は嗚咽するのだった。
それを見ていた 浅次 は、後日。「なんて肝の座らない情けない奴だ、」と、皆の前で吐き捨てたのだという。
02 塚下エンバー社
空には、雲が重くのし掛かり、一筋の光りさえ漏れぬ 夏 の東京を。
明智 小五郎 は一人、青山通りから外苑前の、茹だる猛暑に揺れる銀杏並木の前を、西へ車を走らせていた。
そしてもう日も落ちる頃、ようやく目的の葬儀場の、見える所へ着いたのだった。
古い洋館風の景色は広く白妙に栄え、明かりの灯った窓がまるで驚いた瞳のように瞬く――――その横の白い幹の良く繁った木々と、手入れされた生垣の青さが、夏の盛りを讃えるように、白塗りの鉄格子にふくれ被さっている――
――洋館から歌声が聴こえて来た、それと同時に一羽の蝉が白亜の壁から飛び立つ――――もう故人の追悼が始まっているのだろう。
塚下エンバー社 の行う葬儀は。遺体に対する入念なエンバーミングが特徴で――
金額に段階は有るものの。特に入念なエンバーミングを施されたその遺体は、『 人体標本展 』として全国を周る程の完成されたモノなのです。
一切の腐敗はせず、そればかりか良い香りを放ち。今にも喋り出しそうなその姿を、一目でも観てしまった観客は。
たとえ人の世が滅びようと、コレだけは永遠に現世に留め置かれそうな、そんな幻覚に取り憑かれる程の、驚嘆すべき エンバーミング技術なのでした。
―― 明智 小五郎 は、祭壇の遺影代わりの――――ニコやかに右手を軽く上げ、立つように安置してある――
いや、正に。葬儀の主役として弔問客を持て成すホステスとしての。
良い香りを帯びたその皮膚の暖かみさえ感じる美しい令嬢の。満面の笑みで記念写真に応じ、軽く手を振り会釈する遺体を見た途端――
言い知れぬ憂鬱が、心へインクを落としたかのように痛く染み渡るのが分かるのだった。
しかし――。このように、若くして美しく逝ってしまった不幸な淑女を、邪な欲望の眼差しで視る者が居るとしたらどうだろう。「欲しい」と妄想する者が居たとしたらどうだろう。
――しなやかに伸びた肢体や、肌理の細かい皮膚――
――綺麗な顔の微笑する令嬢の亡骸を、舐め回すように観察している――
上着もシャツもズボンも靴も、総てが真っ赤な痩せた背の高い男が。明智の死角の葬儀会場の後ろ上段に立ち見下ろしながら、やはり赤い手袋の手で赤いオペラグラスを使っていて――
そして、その顔は確認出来ないものの夜暗にも効きそうな眼だけは。 明智 小五郎 にギラギラと敵意に満ちた視線を隠さないのです。
明智 小五郎 ともなればメディアに登場する機会も多く、好く者も嫌う者も居ます――――しかし、これ程の邪眼を 明智 に送る者はそう居ないのでは無いでしょうか……
そんな事に――
――神ならぬ 明智 小五郎 は、気付くはずも有りません。
「 明智 先生っ!」
もう来ぬはずの恋人を、見とがめた少女のように。 衣久子 が人混みのなか声をかけてきた。
「 明智 先生。もう、来て頂けないんじゃないかと思ってましたわ。」
塚下 衣久子 は、 塚下エンバー社 社長である。
衣久子 の傑出したエンバーミングで『町の葬儀屋』を全国グループの上場企業へ押し上げたのが、彼女一代で成された事で有ろうとは。その姿を見て想像する人が居るであろうか――
三十路過ぎの――――しかし、肌の張りやロングの髪の艶。そして、通りの良いその声調を聴いて、彼女を20代と疑う者は居ないで有ろう。
衣久子 は、アル事件のことで探偵である 明智 小五郎 に捜査を依頼していたのだ。
衣久子
「 明智 先生、ありがとうございます。来て頂けて嬉しいですわ。」
明智
「これが貴方の神秘の手になる作品ですか。」
「エンバーミングと云う物は、もっと薄気味悪い。蝋人形のようなモノを想像していたんですが。これは全く違う、」
「完全に別物ですね。いや、感服しました。」
衣久子
「まあ。 明智 先生ったら……」
「実際に。御遺体の表面に蝋を塗るエンバーミングは行われていますのよ。先生――――御存知で言ってらっしゃるんでしょう。」
明智
「蝋を塗られた聖人の中には。まるで今にも起き出しそうに眠る、御遺体も有るそうですね。」
衣久子
「私、その聖人とヨーロッパで対面してきましたわ!」
明智
「本当ですか!?」
衣久子
「勿論です。」
資産家の令嬢であろう、眩いライトの下。
衣久子 によって念入りなエンバーミングを施され、芳しい香りを放ち、肩の開いた真っ赤なドレスで着飾り、下半身は遺体が倒れぬよう支えの仕掛けが有るのであろう、巧みに深紅の薔薇が敷き詰められ、まるで薔薇のスカートを部屋中へなびかせたよう――
生前と何ら変わらぬ、いや――――生前以上の美しさを、この世の総てへ放っているのでした。
衣久子
「最初は誰にも解って貰えませんでしたの。エンバーミングでココまで出来るなんて――」
「ロクに見もしないで、メディアに酷評された事も有りましたわ。悪趣味だとか、御遺体をオモチャにしているだとか……」
「今でも言う人は居るんですのよ、でも――――ココまで来たんです。」
「やっと、御遺族に喜んで頂ける処まで来たのに……どうして――」
――その時。
突然、視界が闇に阻まれ全くの暗黒へと変貌した。会場の明かりとゆう明かりが、一度に全て消えてしまったのだ、
眼が少しなれると、携帯端末の灯りが5〜6ほど見えた、
明智 も自らの端末で、令嬢の遺体を照らそうとした…… しかし〝ピカ〟と光ったと思った途端、何かが明智の腕に当たり端末を落としそうになる――
「 明智 先生……」 衣久子 が明智へしがみ着いた。
――彼女の軟らかな唇が明智の首に触れる、熱い吐息や、早く打つ鼓動さえ自分のモノなのではないかと思う程、まるで一つの生き物ででもあるかの如く。暗闇の中、二人は蠢く――
一人の男が懐中電灯を持って会場へ入って来た、 衣久子 の夫で 塚下エンバー社 副社長の 塚下 常彦 であった。
「キャーーッ、」
弔問の女性の口から、恐ろしい悲鳴が漏れた。そこに立って居たハズのモノが無いのである――
令嬢の遺骸が、すっポリ跡形も無く消え失せていたのだ!
彼女を支えていたハズの棒だけが、コチラから見えている……
衣久子 はあまりの事に動転したのか、みるみる青ざめ、明智の中へ崩れ落ちた。
明智
「どなたか!この方をお願いします、」
近くの女性スタッフへ 衣久子 を任せると、
明智 は葬儀場の裏へ廻り、そこに居た背の高い 青年警備員 と、台車で運ばれて来る棺桶に目を留め検めてみたりしました、しかし拐われた令嬢は見つかりません、
そのうちに警察が来て、やはり棺桶という棺桶をひっくり返し、葬儀場中を探し周りました。
葬儀を待つ他の御遺体は有りましたけれど、令嬢の亡骸らしきは有りませんでした。
――そんな中、 明智 小五郎 の姿が突如として消えてしまったのです。
一体どこへ行ってしまったのでしょう――
果たして、 明智 小五郎 は如何に犯人へ迫るというのでしょうか?
彼等が辿り着く未来とは……
03 姉妹と名犬
―― 明智 が到着するよりも早く――――葬儀の参列者の中に一際悲しみに暮れる一組の 姉妹 が、目にハンカチを当てながら、手を振る令嬢の手を握って別れを差目覚めと惜しんでいました。
姉であろう、金鈴のチョーカーを身に着けた若く美しい女性と。
妹の方は、可愛らしい真っ赤な林檎のような頬をした少女です。
散々、 令嬢 との別れを惜しんだ後。 姉妹 は手はず通り、弔問客から少し離れ二手に別れると。誰にも気付かれ無いよう、姉は後ろの廊下側の出入り口を、妹はスタッフが集まる方の出入り口を監視していました。
実は 姉妹 が連れてきていた黒い体の大きな犬が会場の庭に陣取り、その優れた嗅覚を研ぎ澄ませ、何かが起こるその時をまんじりともせず待ち構えています。
何故、この二人と一匹はこんな事をしているのでしょう?
すると葬儀会場が暗転した……
携帯端末の仄暗い灯りが遠くからチラチラ観える。
二人は素早く用意していた暗視マスクを装着しました。
果たして、二人が見たモノとは…… 闇のため視界を奪われているはずの観客のため、彼女は哀しくも相変わらず一人会釈をしています。
妹が、頬に貼り付けた小型の無線マイクで、姉に急いで話しかけました。
「誰か来ますよ!」
――――やはり暗視マスクを着けているのでしょうか? 仮面を着けた一人の背の高い人物 が遺体に近付こうとします。
そこに携帯端末の灯りを頼りに 明智 小五郎 が来た、 仮面の男 が身体でそれを阻む……
するとその直後、女(衣久子)が 明智 にしがみ着くのが 姉 に見えました!
仮面の男 は、令嬢の震える蜜の如く甘い唇に口づけるように仮面を近付け、そして脇の下に両手を差し入れると〝 ヒョイ 〟と高い高いをして持ち上げます。
薔薇が敷き詰められた土台から、遺体をスッポリ抜き取りそのまま片手で愛おしみ抱き。男は彼女に丁寧なお辞儀をすると、手を取り二人はワルツのステップで踊りだす――――
もちろん、死んでいるはずの令嬢がワルツを踊れるはずはないのですが…… しかし、暗視マスクから見た 姉と妹 にはそうとしか見えなかったのです。
――ワルツを踏む二人は、そのままスタッフが右往左往しているのを擦り抜け擦り抜け、 妹 が居る方の出入り口から会場を出て行くと。廊下を跳ぶようなステップで通り抜け葬儀場からまんまと外へ抜け出てしまいました……
― 登場人物 ―
◆ 塚下 衣久子 : 塚下エンバー社 社長。塚下家4姉弟の一番目。『神の手を持つ』エンバーミング技術を持つ。
◆ 塚下 常彦 : 同社 副社長。 衣久子 の夫。入り婿。
◆ 塚下 正義 : 同社 専務。塚下家4姉弟の二番目。
◆ 塚下 浅次 : 同社 セレモニーマネージャ。塚下家4姉弟の三番目。
◆ 塚下 里美 :学生。塚下家4姉弟の四番目。
◆ 塚下 里子 :塚下家4姉弟の母。他界。
◆ 塚下 善次郎 :塚下家4姉弟の父。入り婿。他界。
◆ 無石 薫 :美青年。美術を志す学生。塚下家に居候していた。
◆ 他仲 鍛夫 : 塚下エンバー社 社員。
◆ 煤来 頼太 : 同社 社員。
◆ 可津 晃 : 同社 警備員。
◆ 赤ドレスの令嬢 :消失した遺体の一つ。 ブッチャー婦人 。
◆ 黒ドレスの少女 :消失した遺体の一つ。 シザーズ婦人 。
◆ 白ドレスの夫人 :消失した遺体の一つ。 チェンソー婦人 。
◆ 波越 警部 :警視庁敏腕刑事。
◆ 小林 少年 :『 明智 小五郎 探偵事務所 』少年探偵。
◆ 名犬シャーロック :黒い大型の優秀な元警察犬。
◆ 玉村 文代 :『 明智 小五郎 探偵事務所 』女性探偵。
◆ 明智 小五郎 :〝 探偵の中の名探偵 〟『 明智 小五郎 探偵事務所 』を主宰。